対決半島(前編) 3/3
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【二〇一三年五月七日 一七時三〇分
三実町 琴森温泉郷 琴森の宿】
琴森温泉郷。いかにもひなびた昭和の温泉街、といった感じだ。
今回一行が宿泊する『琴森の宿』という旅館も、実際建物自体は古く、決してきれいとはいえないのだが、手入れはしっかりされているようで、味がある。
さて、無事(?)宿にチェックインした一行は、男女別に部屋割りをし、夕食までめいめいに過ごすことにした。この状態を秋穂県のローカルテレビCMで表現するなら、こうだ。
「ミレニアムブックス修学旅行団は、日程一日目、シーリオン、グリーンランドを見学したのち、全員元気に宿泊先の琴森温泉へ到着しております。ご安心ください。電話一本、一品からお届け、中華料理『梅林』の提供でお送りしました」
もちろん画面は文字のみの静止画だ。最近のは写真付きらしいが、実際修学旅行に行っている人たちとはなんら関係がないだろう。いや、あるのか?
閑話休題、『無事(?)』などと言うからには何かあったのだろうと思うのが人である。まあ、当然起こるべくして起こったことではあるのだが。
皆様よく思い出してほしい、一行の中には、ちょっと、いや、結構風変わりなモノが混じっていなかったか。そう、二つも。
もしかしたら、地方都市――そう、秋穂市とか――のホテルとかであれば、多少変な目で見られはするものの、なかったことにしてくれるだろう。しかし、ここはど田舎の旅館である。従業員のじいさまばあさま達が、やれ東京から芸能人が来ただの、いやこんな田舎さきてけるのはGMT47だだの、ついには数珠持ち出してありがたやーと拝み始める始末である。さすがに、孫のためにサインをくれは丁重にお断りしたようだ。
そんなわけで、一躍この旅館の時の人となってしまったコスプレ娘二人は、きっと夕食時にはあの姿で出て行かないとがっかりされることだろう。ということで、今のうちに温泉に入ってくるなりその辺散歩してくるなり好きにしろ、ということになったのである。
男部屋の片方は「眠い」と寝てしまった。きっと夜中に慣れない格ゲーを練習しすぎたのであろう。暇を持て余したもう一人は、さっそく温泉につかりに行くことにする。
ロビーを通り大浴場へ向かおうとしているところに、その向かおうとしている先から声をかけられる。
「やあ、大平くん。これから?」
ボブカットなショートヘアー、知性的に見える銀縁メガネ。服装はなぜか旅館の浴衣ではなく、小豆色のイモジャージ。それが逆にしっくりきている。
「やあ、彩子さん。温泉行ってきたんだね」
姿形は違えども、先ほどまでの黒セーラー服と同一人物である。
「突然、引率の先生みたいになっててびっくりしたよ」
「ふふ、そうね、似合うでしょ」
二人はどちらからともなく、ロビーのソファーに座り、話し始める。
「しかし、こんなにたくさん大平くんと一緒にゲームするのも、ひさしぶりね」
「そうだねえ、小学生以来? といっても過言ではないかも」
往々にして、年の近い異性の友達というのは、小学校高学年になるにつれて、お互い何か気恥ずかしくなり、遊ばなくなるものだろう。この二人もご多分に漏れず、そうだったようだ。
「私ね、この前大平くんのお店で対決したの、すごく楽しくてね。もっと盛大に、みんなで遊びたいなーって。そう思ったら、いてもたってもいられなくなって、新政くん巻き込んで計画しちゃったんだ」
「……それだけ?」
大平は大げさに目を見開いている。
「そう、それだけ」
にこにこと、さらっと返す彩子。
「それだけであんなきっつい罰ゲーム考えつくなよー!」
「だって、それくらいしたほうが本気でやれるでしょ」
「まあ、間違いないし、俺も楽しんでるけどね……」
「じゃーいいじゃない」
談笑する二人を他のソファーの陰からこっそり覗き見る四つの目が。
「不貞不倫、闇夜の戯れ……」
「いやいや泉さん、あの二人に限ってそれはないんじゃないですか。だってそもそも新政さんも来ているんですよ?」
二人ともばれまいとして、ひそひそ声である。ちなみに、こちら二人もお風呂上がりで、二人とも旅館の浴衣に着替えている。
「それくらいのスリルがあるほうが、ほら、大人の恋って感じじゃない?」
「もー、何言ってるんですか泉さんは……」
旭川の上気している頬は、お風呂上がりのせいか、それとも、インモラルな興奮のせいか。
「とかなんとか言いながら、千秋ちゃんだってコソコソしちゃってるじゃないの」
「あ、えと、ほらこれは、だって泉さんがこうしてるからであって」
会話こそ聞こえてはいないが、こっそりやっているつもりの二人組は、大平たちからは普通に気付かれてしまっている。
慈愛に満ちた表情で、彩子は大平に問いかける。
「ほら、あの二人。かわいいわよねー。大平くん、どっちなの?」
「どっちって、なにがさ」
なぜか少しむくれながら大平が答える。
「とぼけちゃってまたあ……。ま、いいか」
大平の態度にあきらめた様子で立ち上がると、スタスタと二人娘のところにまっすぐ向かう彩子。
「わわ、ばれてるよっ泉さんっ」
「逃げろ逃げろー! 彩子先生が怒るぞー!」
どこかのスライムの如く逃げていく浴衣姿の二人。元気なものである。
「じゃあね、大平くん。今度の合宿も楽しみにしてるね!」
振り向きながらそう言い残して、二人を追いかけるイモジャージ。
「ふん、まだ勝負は終わっとらん! 合宿なんか行かん!」
彩子の前では、いつになっても弟のような大平である。子供のような反応を返し、温泉に向かうのであった。
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【二〇一三年五月七日 二二時〇〇分
三実町 琴森温泉郷 琴森の宿 302号室】
地元の海の幸山の幸をふんだんに使った、贅沢かつ美味な夕食――もちろん、給仕のおばちゃんたちにメイドとセーラーを愛でられるオプション付き――をいただき、その満足感のまま、男部屋に集まり酒呑み&勝負に関係なくだらだらとゲームを楽しむ一行。
宿に来る途中に買い漁ってきたビールはすでに尽き、残すは地元の地酒が二升と、特産品である梅酒が二本。
「いやはははー、呑んだねコレ、はははー」
やたらと笑い上戸になっている高清水。それにメイド服で絡む旭川。
「なに言ってるんですか泉さんー! まだまだりゃないですかー、呑みましょう?」
たまにろれつが回っていないようだ。
「いやコレ、メイドさんに上目遣いでそう言われちゃうとコレね、大変ね」
「ねえねえ君たちぃ、なんでおねーさんに注がないの! グラス空いてるでしょー!」
黒セーラー服のおねえさんもかなりできあがっている様子。
新政はというと、PSoneで『ナムコミュージアムアンコール』に収録されたアクションゲーム『ローリングサンダー』をひたすらプレイしている。プレイヤーはコードネーム『アルバトロス』というスパイとなり、悪の教団に潜入するというものだ。もちろん、他の人と同様に酒は入っているので、プレイが覚束ない。
「うわなにこれなにこれ、うわそんないきおいで飛んでくるなよーこの妖怪人間め!」
ビロロローンと奇妙な音を立ててアルバトロスが倒れている。
「あはははー、死んでる! 死んでる!」
高清水の沸点がだだ下がりだ。
「そりゃ泉さんあの人エージェントですもん。エージェントは、死ぬ!」
きりっ。旭川はキメ顔でそう言った。
「なにそれ、メイドさんが言うと無意味にカッコイイ。じゃあわたしもー。
……アルバトロス、飛ぶ!」
両手を水平にあげてぴょんと片足でセーラー服が飛ぶ。
「亜也子さんそれタダの『ローリングサンダー』ものまねになってるから!」
やはりついついつっこんでしまう新政。
ところで、大平の姿が見えない。いち早く気付いたのは、旭川である。
「あれー? てんちょうどこいったんれしょ? てんちょうー?」
と呼んだ瞬間に、スパーンと押し入れが開き、大平が飛び出してくる。小脇になにか白い箱と黒い小箱を抱えている。
「やぁーやぁー、新屋亜也子ぉー!」
「アルバトロスなんですけどー」
「スパイでも悪の教団でもいいよなんでも……。とにかくこれで対決だー! 対決してない湖東三町も合算だ!」
「おお、ニューファミコン! と、なんだろこれ」
新政が大平の突き出したアイテムをくるくると眺めている。
白い箱は、ニューファミコン。コンポジット端子に対応したものなので、こういった外出先でも気軽に遊べるスグレモノだ。
黒い小箱は、『スーパーゼビウス ガンプの謎』。
「いいじゃないかぁいいじゃないかぁ大平くぅん」
ゆらゆらと揺れながら大平に近づいていく亜也子。
「おぉ? 言いたいことはわかってるって顔だねぇ亜也子さぁん」
大平はニヤニヤと仁王立ちのまま亜也子が目の前まで来るのを待つ。
皆、先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのように、その様子を静かに見守っている。
その距離わずか50センチというところまで近づいた時に、大平はスーパーゼビウスの箱を持ち上げ、その瞬間、二人同時に、ドスの効いた声で言う。
「「バキュラを割って話そう」」
一瞬の静寂。
くっくっく、あっはっは、と当事者二人は腹を抱えて笑い出す。
「なるほど、うまいことを!!」
と、新政も納得し爆笑する。
「えーなになにー? 千秋ちゃんドユコトー?」
「わたしもわかんないですー! 泉さんドユコトー?」
「ドユコトー!」
若者二人は全然関係ないところでツボにはまったようである。
みんなへろへろになりながらも、テレビの前を片付け、ニューファミコンを準備する。
「さてそれじゃあ対決だ。単純に、残機がなくなるまでにより先のエリアに進めた方が勝ちだ」
「あれ、バキュラを割った方が勝ちじゃないのー?」
さっきの流れだと当然そうなると思いきや、意外と普通だったため、亜也子が質問を投げる。
「それだと、スーパーザッパー取るまでどうにもならないじゃない」
「あ、そっか。連射パッドあるわけじゃないもんね」
大平の言うことはもっともだった。後半ステージで条件を満たさないとスーパーザッパー――強力な対空攻撃だ――は取れず、そのパワーアップがなければ、手動で破壊するのはほぼ難しいのだ。亜也子も納得いったようだ。
「あのー! バキュラって256発撃ちこんでも割れないんじゃないんですかー?」
もちろん、そんな情報を知らないメイドさんが尋ねる。
「そのとおり! と言いたいところだけど、この作品に関しては違うんだ。割れる!」
「セルフオマージュってやつなのかな」
大平が答え、新政が補足する。噂を面白がって実装した、スタッフのお遊びなのだろう。
「へええ、そんなゼビウスがあったなんて! 楽しみですねえー」
お酒を呑んでも素直な良い子である。
「よーし、じゃあ、今回はチーム戦だ。二人で交代しながらプレイする。一ミスして交代するごとにグラス一杯ずつ注がれるデスマッチだ!」
「ミスしないと呑めないのー?」
高清水はまだまだ呑み足りなさそうだ。
「いや、呑みたい人はガンガン呑んでてねーっとと」
そういう大平も手酌しながらの進行だ。開けたばかりの一升瓶なので注ぎづらそうだ。
「で、この作品に関しては、新屋家が圧倒的に有利だろうから、先行はチーム新屋家ってことで」
「わかったよ! バキュラを割って話そう!」
亜也子がしつこくバキュラを割りたそうだ。
「じゃ、ほら、適当に始めちゃって」
「はいはいー!」
大平に適当にあしらわれてもめげない亜也子である。
ゲームスタート。いつもとちょっと違うソルバルウ出撃の音楽に、何故か一同拍手。
「いやいやなんか照れるね」
てへへとまんざらでもない亜也子。
「懐かしさになんとなくね……。じゃ、プレイを見ながら、チーム・ミレニアムブックスの二人には説明しよう!」
「かしこまりました、ごしゅじんさまぁ」
「ねね、千秋ちゃん、あたしにもー」
「もう、しょうがないですねぇ、おじょうさまはぁ」
「イヤーかわいー!!」
ふわふわしている旭川に、暴走中の高清水。
「お? これ大丈夫か? 俺積んだ?」
一瞬、酔いが醒めてしまった大平である。が。
「いやいや、勝負は最後までわからん! 自分を信じてー!」
信じるのは自分じゃなくてチームメイトなのだが、そう自分を励ましてグラスの地酒を飲み干す大平。
「一応適当に説明しておくから、二人とも聞いておくんだぞー」
「はーい」
「しかたないなー」
今度は素直に従う旭川と高清水。
「よーしよし。といっても、今説明することはただ一つだ。各エリアで特定の行動を取らないと、次のエリアに進めない、という、謎解き要素を持っているんだ。このゼビウスは」
「シューティングなのに謎解きですか! わたし、気になります!」
とりあえず放置の方向の大平。
「そう、たとえばちょうど今亜也子さんがプレイしている……ファッ!?」
あまりの事態に大平が驚きの声を上げる。
それはそうだ。さっきまでプレイしていたはずの亜也子は、大の字に寝そべっている新政の膝に頭を乗せてすやすやと寝てしまっているのだ。
画面のほうはというと、空と雲ばかりが続く面が表示された状態でポーズをかけられている。要するに、エリア2だ。
チーム・ミレニアムブックスの三人はお互い顔を見合わせ、同時に頷く。
「よし、旭川くん、やりたまえ」
「はいー、ごしゅじんさまの仰せの通りに!」
リセット、ゲームスタート。
「さあ、まずは落ち着いて進むんだ」
嗚呼、ソルバルウが行く。飲酒運転でもいつもと変わらないプレイの、旭川。
「やっぱさすがだねえー。あたしの出番はないかな? もうちょいお酒呑んでるね!」
見物しながらまた地酒を味わい始める高清水。
やがて海の辺りまで進むと、大きな雲がいくつか出てくる。
「この雲のどれかから、次のエリアに移れるんだ」
「どれかですね……。適当に入るしかないですね」
と、たまたま入った雲が当たりだったようだ。画面が切り替わり、先ほどの亜也子がプレイしていた時と同じ風景が広がる。
「よし、エリア2だ。今度は、進んでいくうちに、敵に捕らえられた味方の機体が後ろから出現するので、それを救出して確保するんだ」
「りょうかいですー!」
雲の多いエリアを、慎重に敵を倒しながら進む旭川。
「しかし、雲で敵が見えづらいですねー」
「そう、それもまたいやらしい。他のエリアだとそれが森だったりとか、あとは障害物があったりだとか、初代にはないギミックがたくさんあるんだ」
「意欲作ってやつですねー。あ! あれ味方ですかね!? 倒した、確保しましたー!」
護衛潰しからファントム確保まで、難なくやってのける旭川。さすがは生粋のシューター娘である。
さらに進行し、空を抜け、地上へ戻ってくるソルバルウ。森を抜け次のエリア3へ無事到達。
「やった! チーム・ミレニアムブックス勝利!」
大平がそう告げると、旭川はゲームをポーズし、おもむろに立ち上がる。そして、二人に向かって背を向け、ファミコンのコントローラーを斜め下に振り下ろしたかと思うと、首だけ振り向いて、クールに努めて呟く。
「旭川千秋。……よくある名前よ」
「キャハー千秋ちゃんかっこいい!!」
高清水がメイドさんにかぶりつく。
「おお、なにこの死亡フラグ立ちそうなセリフ。確かにちょっとかっこよかったけど」
大平は突拍子もないことに驚きながらも、出典元は瞬時に把握したようだ。高清水をぶら下げたまま、ちょっとはにかんで旭川が説明する。
「これですね、さっき呑みながら、格ゲーの勝利ポーズみたいなの考えようって、泉さんと考えてたんですよー。かっこよかったです? ならよかったですー!」
ふにゃりと表情を崩す旭川。
「なにはともあれ、祝杯だー! 梅酒を持て、高清水」
「ほいきたー」
わーっと、大平と高清水が乾杯し喜び合う。
「わたしはもうちょっとプレイを……!」
旭川はすぐに『スーパーゼビウス』のプレイに戻ってしまった。完全に虜である。
「わかったわかった。旭川くん、バキュラを割って話そう」
「ほら、千秋ちゃん、ここにお酒置いておくからねー」
「ありがとうございます、ごしゅじんさま、おじょうさま!」
心底嬉しそうな笑顔で二人に礼を言うメイド旭川。
大平の発言にも礼を言っているあたり、旭川ももう相当な酔いっぷりなのだろう。
「ところで、これ、どうしよ?」
大平は、畳に転がる屍二つを足でつんつんする。
「うう……京とかマジ勘弁……」
新政はよほど『KOF』を練習したのであろう。常日頃から嫌いだ嫌いだと言っていた作品なのに。
「……もうそんなにバキュラ割れないよう……スヤァ」
こちらはどれだけのバキュラを割ったのやら。
「ま、いいか……。とりあえず梅酒でも」
「いいねー大平さん、あたしももっと!」
「わたしにもお願いします! 梅酒、気になります!」
一日目の夜はだらだらと更けていくのであった。
ポイント、906対626。一度でも負けたら終わりという時点ですでに意味はない気がするが、ポイントはポイントなのだ。
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【エンディング】
さあ、いかがでしたでしょうか。
女鹿半島をめぐる対決、一日目。
最初の秋穂市のリードだけで相当なアドバンテージのチーム・新屋家。
軍師、大平矢留の策略により、じわじわと詰め寄るチーム・ミレニアムブックス。
残す対決ポイントは、九朗潟村と女鹿市の二カ所!
二日目の対決も見逃せませんねー。
新屋家はこのままリードを保って、大平達を合宿送りにするのか?
それともこの後ミレニアムブックスが全勝し、逆転優勝となるのか?
そもそもミレニアムブックスが勝った時のうまみがなにも提示されていないが大丈夫か大平矢留!
対決半島、もう少し続きます。
それではまた次回をおたのしみに!
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