第139話 遠く近く… 三

 一度に四人もの女中が増えた。それも、只働きでいいと言う。また、年頃の娘だ。縁談などいくらでもある。もう、お芳は有頂天だった。


お縫 「でも、お熊さんがいた時はまだよかったんですよ。あの娘たちもお熊さん

   の言うことは聞いてましたからね。それが、お熊さんが急な縁談と言うこと

   で、暇取ってからと言うもの、私、本当に大変だったんですから。朝は起き

   てこないわ、すぐに休憩取るわ、動きは遅いわ。そのことで、あの娘たちに

   文句を言ったことがあるんですよ。そしたら、お恭よりは働いている、私た

   ち、行儀見習いに来たんでとか言っちゃってえ…」

拮平 「あのさ、それはわかったからさ。そのお恭とか言う女のこと聞かせてくれ

   ない」

お縫 「一番はそのお恭なんですよう!まあ、愚図でのろまで、どうしようもない女

   でしたよ。お熊さんも呆れかえってました。着物一枚畳むだけでどんだけ時

   間かかるんだいって!そのくせ、口は達者。一言言えば、一言、いえ二言三言

   返すんですから」

拮平 「それで、病気持ちだったとか」

お縫 「ええ、そうそう、特にその病気のこととなると、絶対に貧血だって言い張

   るんですから。でもお芳さん医者の娘だそうで。まだ、軽い方だとかいって

   ましたけど」

拮平 「それ、隠して嫁に行ったわけ」

お縫 「それが、まあ、聞いてくださいよ。あのお恭、隣の鶴七さんが好みだった

   んですよ。それで、よく店、抜け出して。でも、相手にされないどころか、

   着物買わされてましたよ。そんな頃に、年下の男から惚れられたとか、言い

   寄られちゃってとか、散々自慢してましたけど、かわら版屋じゃあねえ。ま

   あ、繁次さんは別格ですけとね」


 お縫も拮平と繁次が本当は仲がいいことを知っている。


お縫 「でも、お芳さんはこう言うことにかけてはさすがですね。もう、お恭を追

   い出したい一心で、強引にその二人をくっ付けちゃったんですよ」

拮平 「どうやって」

お縫 「どうって…。ああ、何でも小僧さんに見張らせて、二人一緒の現場を押さ

   え、この二階に引き入れ、もう、善は急げって感じで二人を言いくるめ、そ

   の足でお恭の家に連れて行きましたよ」

拮平 「へーえ」

お縫 「若旦那、へーえ、じゃありませんたらっ」

拮平 「何がさ」

お縫 「そん時、若旦那の着物一式、褌までその男に着せてましたよ。そうそう、

   雪駄も」


 嘉平が病気との知らせを受け、家に舞い戻ってきた拮平だったが、そのまま父は帰らぬ人となった。少し落ち着いてから箪笥を開けてみれば、やはり、着物が減っている。どうせ、お芳が誰かにやったのだろうくらい想像はついたが、道理で雪駄が一足しかなかった筈だ。

 余談だが、履物は三足を交代で履けば、相当長持ちする。この方が節約というか、絶対お得。三足が無理なら二足でも。一足の靴を毎日履き続けるより、傷み方が随分違う。気に入った靴があれば、もう一足購入することをお勧めする。


 拮平も雪駄三足を交代で履いていたが、そのうちの一足を履いて家出をした。そして、家出先で購入したもう一足も持って帰ったのだが、家にあったのは一足の雪駄だけだった。これも、誰かが履いたのかもしれないと思っていたが、お芳があの佐吉に履かせたのだった。

 まさか、その雪駄を履いて拮平に脅しをかけたとか…。


----そりゃ、ないか。

お縫 「でも、そこまでは良かったんですよ、そこまでは、ふふふ」


 と、お縫は思い出し笑いをする。


お縫 「まあ、やっと、あのお恭を追い出せたんですからね。少しして、お恭と母

   親がやってきましてね。この度はとか、とかとかの挨拶をして帰ったんです

   よ。お芳さん、早速に菓子折りを開けたんですけど、中から出てきたのは饅

   頭だけ」

----そんなことだろうと思った。 

お縫 「まあ、お芳さんの怒ったこと怒ったこと。何しろ箱まで破って調べたんで

   すからさぁ。あのクソ親子、只飯食わせて婿まで世話してやったのにぃ!っ

   て。悔しがってましたよ。そして、最後にやってくれましたよ、お芳さん。

   破り散らかした箱を蹴飛ばした拍子に足、滑らせてすってんころりぃ。これ

   は、お里が見ていたんですよ。ああ、肝心の饅頭は私たちがおいしくいただ

   きました。個包装だったから、つぶれて形は悪くても味は変わりませんか

   ら」


 拮平も笑うしかなかった。


お縫 「後で、大旦那に、只より高いものはないって言われてましたね。そうです

   よね、かわら版に載ったことで、少しは宣伝になりましたけど、実質は、赤

   字じゃないですか」

拮平 「それで、その後のお恭と佐吉のこと、何か聞いてないかい」

お縫 「取り立てて聞いちゃいませんけど、のろまのくせに、口は達者、そこへ

   もってきてあんな病気持ちとなりゃ、先は見えてますよ」


 と、もう一つ饅頭に手が伸びたお縫だったが、ふと、その手が止まる。


お縫 「でも、旦那様。今頃になって、どうしてあんなお恭と佐吉のことなんか気

   になさるんで。それも、旦那のお留守の時の話じゃないですか。今となって

   は、別に関係ないのでは」

 

 と、今度は饅頭を口に運ぶ。


拮平 「そうなんだけどさ、ちょいと、噂を聞いたもんで」

お縫 「どんな噂です」

拮平 「派手に、夫婦げんかやってるそうじゃないか」


 これは、拮平の出まかせだったが、お縫はわが意を得たりの気分だった。


お縫 「やっぱり…」

拮平 「まあ、俺としても留守中のことも少しゃ知っとかなきゃぁと思ってさ」

お縫 「そうですよね。それなら…」

拮平 「それならって、まだ、何かあるのかい」

お縫 「これは、お留守の時のことじゃないんですけど…。まあ、今頃蒸し返して

   も、旦那様のお気分を害するだけかもしれませんけど…」

拮平 「それこそ、何なのさ」

お縫 「もう、言っちゃいます!ひどいんですよ、あの弥生様のことです。あ、いえ

   いえ、弥生様がひどいんじゃなくて、お里ですよ、お里がひどいんですっ」

 

 と、お縫はお里が弥生のことを毛嫌いしていたこと、そして、呪いの言葉を発していたことや、日頃の不遜な態度等を一気にぶちまけるのだった。 


お縫 「まあ、別に、お里の呪いのせいで、あちらの姉上様がお亡くなりになられ

   たなんて思っちゃいませんけど、今度はそれで私を脅したんですから」

拮平 「脅すとは?」

お縫 「それが、旦那様がお戻りになってからのお里。もう、べったりじゃないで

   すか。そりゃ、私たちだって嬉しいですよ。でも、何より、仕事が優先で

   しょ。それをお里は例によって、旦那様のお世話は自分の仕事と申しまし

   て、ウザがられてるのも知らないで、旦那様の後ばかり追っかけまわしてる

   もんですから、言ってやったんでよ。もちろん冗談ですよ」

拮平 「何を言ったのさ」

お縫 「あんた、旦那に岡惚れしてるのかいって。そしたら、ものすごい目つきで

   私を睨んで、そんなんじゃないって言ってるでしょって。ははぁ、図星なん

   でムキになっちゃってとか冷やかしてやったんですよ」


 その時、すぐに、お里に隅に連れて行かれた。


お縫 「変なこと言い触らさないで下さいよ。私、呪いますよ。私が呪えばどうな

   るか知ってますよね。お縫さんは何ともなくても、だれか家族に災いが降り

   かかりますよ。あの弥生の時がそうだったでしょ。それでもいいんですかっ

   て…。ええ、今思い出しても、ぞっとしますよ」

拮平 「へえ、あのお里がねえ…」

----待てよ。と言うことは、お里が弥生を呪った?。


 それにしても、どうして、お里が弥生を呪ったりしたのだろうか…。


拮平 「ああ、引き留めてすまなかったね。これからも何かあったら、すぐに知ら

   せとくれ。その饅頭持ってお行き」


 饅頭を持ったお縫が部屋を出ようとして立ち止まる。


お縫 「ああ、それと旦那さま。ジョンの散歩、誰か他の者に、小僧さんにでも行

   かせてください。毎日じゃないんですけど、帰りがひどく遅い時があるんで

   すよ。ジョンが中々帰りたがらないとか言ってますけど、正直、ジョンをダ

   シに怠けてるようにしか見えないんです。皆、そう言ってますよ」

拮平 「そんなに遅いのかい」

お縫 「ええ、一時いっとき(二時間)くらいの時もあるんですよ」

拮平 「わかった」


 弥生でなくとも、人を呪うなど…。まだまだ子供だと思っていたお里だが、一体何があったというのだろう。

 気になった拮平は手始めに、口の堅そうな小僧に、ジョンを散歩に行くお里の後をつけさせることにした。

 そして、驚愕の事実を知ることになる。


 一方、真之介は繁次と徳市に会っていた。

繁次 「それ、おそらく佐吉でしょう」

真之介「どんな野郎だ」

繁次 「この、徳の前の相棒で、ほれ、丙午生まれの女叩きを書きまくった野郎で

   すよ」

真之介「あれか…」

繁次 「しかし、その佐吉が何だって、白田屋の旦那に…」

 

 真之介から、拮平が一匹狼のかわら版屋から、ゆすり紛いにあっていると聞いた繁次だった。


真之介「武家娘の方の弥生のことで、人形屋に知られたらまずいんじゃないかとか

   言ってたそうだ」

繁次 「まずいも何も、とっくに終わったことじゃないですか。その弥生様って、

   今は婿を取ってお子様も生まれたとか」

真之介「そうだ」

繁次 「まさか、今もってことは…」

真之介「それはない」

繁次 「そうですよねえ。そんなことはなさらないでしょうに…。佐吉の野郎、な

   に、トチ狂いやがったんでぃ」


 佐吉とは、元は「仁神髷切り事件」で名を挙げた繁次に弟子入り志願してきた男だ。


佐吉 「繁次さんくらいにはなりたいんです」


 当時はやくざな稼業だったかわら版屋に、弟子も師匠もあったものではない。その時の相棒がとんだチャラ男で新しい相棒が欲しかったところではあるが、とにかく売れる記事が書きたいと意気込んでいたのが気になったものだ。

 そこへ、起きた八百屋お七の火付け事件。そのお七と同名、同齢、家業まで同じと言う娘と拮平の結婚話が進んでいた。火付け犯と同じ名前だったからと言って、そんなものは偶然の一致にしか過ぎない。だが、その生まれ年が丙午であることをかわら版が書き立てた。それを売れない八卦見と結託し、丙午の女叩きの記事を書いたが佐吉だった。親方も最初は面白がっていたが、あまりのえぐい内容に難色を示すようになる。

 実は、佐吉の兄が丙午年の女に手ひどく振られたのだ。その腹いせもあって、ますます記事は過激さを増していく。その頃には親方も取り合わなくなっていた。


繁次 「私憤で書くんじゃねえ!」


 丙午の女叩きの記事が売れたものだから、すっかり一端のかわら版記者気取りの佐吉には、誰の言葉も耳に入らず、別のかわら版屋へと移るが、どの業界でもそんなに甘い筈もなく、いつしか孤立していく。

 一匹狼と言えば、聞こえはいいが、怪しげな記事を書いては売り込むしかない。いや、掴んだネタで、ゆすり紛いをやってるらしいと聞いた。そんな佐吉が家作(借家)持ちの娘に近づき、夫婦になったまでは良かったが、どうも、うまく行ってないようだ。

 それはともかく、またも白田屋の拮平に、それも今度はあろうことか脅しをかけるなど、許せねえと憤懣やるかたない繁次だった。ここは直接、佐吉に当たって見るしかない。


真之介「無理するなよ」

繁次 「大丈夫ですよ。今の俺には徳と言う強え味方がいますから」

徳市 「そんな、兄貴…」


 と、徳市は照れるがやはり嬉しそうだった。


真之介「良かったな、いい相棒に恵まれて」


 そんな二人と別れ歩いていると、ジョンを連れたお里を見かける。真之介と忠助に気が付かないお里はすぐに角を曲がる。


忠助 「旦那様、あれ」


 それは、白田屋の小僧だったが、どうにも様子がおかしい。まるで、お里の後を付けているかのようだった。お里は柳の木の下にいた。

 ジョンの散歩はお里の日課である。そのお里の後を付ける小僧。また、お里は柳の木の下から動かない。根元の匂いを嗅いでいたジョンだったが、動かないお里がしびれを切らし、くんくんと鳴き始めた。お里は誰かを待っているようだった。そこへ、一人の若い男がやって来て、お里と何か話をしている。

 ついに、お里にも男が出来たようだ。それを、誰が後を付けさせたのだろうか。小僧がそう簡単に店を抜け出られるものではない。そして、話の終わったお里が今来た道を戻って来れば、小僧は慌てて物陰に隠れる。


忠助 「何か、ちょいと、気になりますねえ」


 通り過ぎたお里の後を追う小僧の後を付ける、大人二人。やがて、お里は勝手口に回るためのわき道に入っていくが、小僧は店へと駆け出して行く。

 真之介が実家の本田屋で待っていると、忠助が拮平を連れて来た。


真之介「あれから、どうなった。何か言ってきたか」

拮平 「いや、それはないんだけど」

真之介「けど?」

拮平 「うん、ちょいとね」

真之介「女中に男が出来ては困るか」

拮平 「男?えっ、それって」

真之介「今、面白いものを見た。あれはお前が後を付けさせたのか」

拮平 「まあ、そうだけど…」

拮平 「そんなにお里のことが心配なのか」

拮平 「これが、別に心配とかじゃなくて、近頃のお里、おかしいんだよ」

真之介「何が、おかしいのか、順序立てて話してみろ」

拮平 「それが、少し前から、感情の起伏が激しくてさ。それだけなら兎も角、気

   に入らないことがあると、呪ってやるとか言うんだとか。それも冗談とかで

   はなく…」

真之介「呪う?そりゃ、穏やかじゃねえな」

拮平 「そのことなんだけどさ。お縫たちが言うには、お里の奴。どうも、弥生さ

   んを呪ったらしいんだよ。それが、弥生さんでなくて姉さんの方が死んだん

   で、自分が呪えば身内に難が降りかかると、妙に自信つけてるとか…。それ

   とさ、最近ジョンの散歩から帰るのがものすごく遅い時があるんだよ。それ

   で、ちょいと気になって小僧に後を付けさせたと言う訳」


 真之介は黙ったままだ。


拮平 「そうだ、真ちゃん。二、三日前のことなんだけど、お里の奴、弥生さんに

   会いに行ってんだよ」

真之介「弥生に?」

拮平 「そうなんだよ。気になるんだけど、俺が聞きに行く訳にもいかないし」

真之介「どうして、それをお里に問い詰めないんだ」

拮平 「いや、それだけじゃないんだよ。小僧が一度見失ったことがあるんだ。と

   にかく用心深くてさ」

真之介「それなら、証拠は挙がってるとすべて吐かせろ。俺も目撃者の一人だ、立

   ち会ってやる。それにしても、あんな子供一人に何ビビって…。そうか。お

   里は、もう、子供じゃないんだ…」


 身近にいると、つい、いつまでも子供と思ってしまうが、今が成長の過渡期なのだ。多分、拮平はお里の呪いが気になるのだろう。単なる偶然にしても、今度はそれこそ人形屋の娘に何か起きては…。

 今までがそうだった。火付け犯の八百屋お七と同名、同齢と言うだけで駄目になってしまった最初の結婚話。その娘を三月生まれと言うことで「弥生」と呼んでいた。そして、またも出会ってしまった同名の弥生。今度こそは思っていたが、姉の急死により家を継ぐこととなってしまう。

 そんな気持ちの整理を付けて受け入れた人形屋の娘との縁組。先日の顔合わせは先方の都合で流れたと聞いた。さらに、お里の「呪い話」を耳にすれば、二の足を踏む気持ちもわからないではない。


拮平 「それより、真ちゃん。一度、弥生さんに会ってみてくれない。お里がどん

   なこと言ったのか気になるんだよね」


 弥生は月初めには、律儀に真之介に金を返しにやってくる。


真之介「わかった。いや…。今思いついたんだが、お里の会ってた男。あれ、佐吉

   じゃないか」

拮平 「そっかあ、そう言うこともあるか…。そう言や、あの男、うちのこと、何

   か知ってたもんなあ」

 

 と言うことは、お里はまたも拮平の縁談をつぶそうとしているのか…。


真之介「これからは、お里に気を付けろ。もう、ジョンの散歩は小僧にでも行かせ

   ろ。それより、しばらくの間、どこかに手伝いにでもやれんか。ん、待て

   よ…」


 真之介は思いを巡らす。


真之介「そう言うことか…」

拮平 「えっ、なになに」

真之介「おそらく、お里の狙いは、白田屋の内儀の座だ」

拮平 「ええっ!でも、俺、お里のことなんかなんとも思っちゃあいないし、そんな

   気を持たせること言ったことないし…」

拮平 「お前はそうでも、お里の方は何とかなる、いや、何とかしようとしてるん

   だ」

拮平 「そのために、佐吉って男と?」

真之介「まあ、それはどっちが先かは知らねえが、こうなったら、お里は遠ざけた

   方がいい」

拮平 「遠ざけるって、ヒマ出すってこと」

真之介「それもアリだが…。待て、もう少し泳がせてみるか…」


 話が終わり、二人して階下へ降りて行けば、小太郎がいた。


小太郎「おや、拮平兄さん、もうお帰りですか。たまには一緒にうちのご飯食べ

   てってくださいよ」

拮平 「ありがとよ。本当にありがとう。でも、ちょいとまだ用があってさ。ま

   た、今度ご馳走になるわ」

小太郎「そうですか」

拮平 「それにしても、本田屋の着物、高いのによく売れるね。お陰で俺んとこ大

   助かりだよ」

小太郎「そう言ってもらえると嬉しいです。でも、真兄さんもいらっしゃるのに、

   ご飯ご一緒できないのが残念です」

拮平 「いや、真ちゃんも忙しそうだから。じゃ、またね」


 と、拮平は帰ってみれば、ちょうど、お里がジョンを散歩に連れて行くのに出くわす。


拮平 「お里、あんまり遅くなるんじゃないよ」

お里 「でも、ジョンが中々帰ろうとしないんですよ」

拮平 「へえ、ジョンがねえ」

 

 と,拮平はジョンの頭をなでながら言う。


拮平 「お前も大変だねえ。そうだ、明日からはジョンの散歩、小僧の誰かに行か

   すせることにしたから」

お里 「ええっ!そんな!ジョンは私でなければ嫌なんです。駄目です!ジョンの散歩

   は私が行きます」

拮平 「犬の散歩くらい誰でもいい筈だけどさ。何かい、別に、行かなきゃいけな

   い訳でもあんのかい」

お里 「それは…」

拮平 「それなら、いいじゃないか」

お里 「ジョンがかわいそうです!」

拮平 「とにかく、早く行っといで」


 その言葉にほっとしたように、お里は駆け出して行く。


----真ちゃんの言ったとおりだ。


 そして、お里は翌朝、誰よりも早起きしてジョンを散歩に連れ出す。慌てて追いかけた小僧だったが、柳の木の側には誰もいなかった。

 今朝は散歩コースを変えたのか…。

 それでも、小僧は辺りを捜してみるも、お里はおろかジョンの尻尾すら見えない。ろくに顔も洗わずに飛び出して来たので、空腹もだが喉が渇いてどうしようもない。仕方なく帰ってみれば、何と、いつもの場所にジョンはいるではないか。それも、くつろいでいるようにさえ見える。いつの間に戻って来たのか…。

 台所で水を飲み、一人で遅い朝食を食べているとお里がやって来た。


お里 「あんたさあ、あんまし、なめた真似すんじゃないよ!」


 どうやら、お里は小僧が後を付けていることに気が付いたようだ。


お里 「誰に言われたか知らないけど、そんなことしてたら、旦那様に言い付けて

   やるんだから」


 他でもない、主人拮平の指示と言うことは知らないのだ。小僧は黙って残りの味噌汁をご飯にかけてかきこむ。


お里 「いいわねっ、わかったわね」


 何がいいのか、何がわかったのか知らないが、膳を下げた小僧が店を覗けば、拮平すぐに立ち上がり廊下の隅へと行く。


拮平 「今朝はお前の方が遅かったじゃないか」

小僧 「それが…」


 と、散歩の顛末と今しがたお里に言われたことを話すのだった。


拮平 「そうかい、ご苦労だったね。お里のことは気にしなくていいから」


 拮平は小僧に小銭を握らせる。その日の夕刻、拮平はまたも真之介から呼び出しを受ける。


拮平 「どうしたの、また、何かあったの。ひょっとして、弥生さんのこと」

真之介「それもあるが、とんでもないことがわかった」




 


 

 








   

 

 



 

 







 






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