第43話 三人目の弟

拮平 「おや、誰かと思えば、小太郎ちゃんじゃない」

小太郎「これは拮平兄さん。ご無沙汰してます」

拮平 「あれぇ、えっ、ひょっとして、君もお伸ちゃんの婿に立候補かい」

小太郎「はい」

----いやに、あっさりと言ってくれるじゃない。

拮平 「だけどさ、何かもう、決まってるらしいよ」

小太郎「そうみたいですね」

----だから、もう遅いってえの。

万吉 「おや、若旦那」

仙吉 「あっ、小太郎さんじゃないですか」

 

 何でも屋の万吉と仙吉だった。


拮平 「おい、仙、万。ちょいとお聞きよ。この小太郎ちゃんがさ、あの小さ

   かった小太郎ちゃんが、大きくなっても小さい太郎の小太郎ちゃんがさ、

   お伸ちゃんの婿になりたいんだって。この生意気っ」

 

 拮平と同い年の万吉はショックだった。何かこの頃自分より年下がどんどん結婚して行く。うかうかしてたら、二十歳の仙吉にも先を越されるんじゃないかと焦っているのに、六つも下の小太郎がもう婚活にのりだしているとは…。


仙吉 「本当ですか、小太郎さん」


 聞いたのは仙吉だった。


小太郎「はい」

拮平 「でもさ、お伸ちゃんの婿はもう決まってるそうだよ」

万吉 「えっ、もう?」

仙吉 「誰、誰、それ誰なんです」

----まあ、そんなこと。あれ、またお芳になっちゃったよ。そんなこと本人の口から言えるかよ。それはさぁ、誰あろう、この拮平さんだよ。こいつら、何も知らないで、うひひひひぃ。


小太郎「拮平兄さん、いやに嬉しそうじゃないですか、何かいい事でもあったので

   すか」

拮平 「う、うん、ちょっとね、ほんのちょっと」

万吉 「ええっ、何かあったんですか」

仙吉 「そうすよ、つい、この間まで、毒がどうとかって言ってじゃないすか」

拮平 「いやいや、あれはもういいの、あんなの、もう終り終りのお終いっ。だか

   らさ、小太郎ちゃん、さっ中に入ろうよ」

小太郎「では、失礼します。万吉さんも仙吉さんも今度ゆっくりと」

拮平 「はいはいはい、お待ちかねだよぅ」


 と、小太郎を促し続いて拮平も店の中に。


手代 「これは小太郎さん、さあどうぞ」

 

 と、番頭や手代に迎えられる小太郎。拮平も澄まして後に続くが今日は何も言われない。それを恨めしそうに見つめるしかない、鶴七と亀七。

 外では、やるせない表情の万吉と仙吉。


仙吉 「ああ、俺はいつになったら、嫁がもらえるのやら…」

万吉 「うるせっ。お前なんかまだ早えよ」

仙吉 「そうすね。何しろ兄貴に嫁のきてがないもんで、欲しくてももらえない

   俺って。若旦那じゃないけど、かわいそうな僕」

万吉 「何言ってやがる。相手もいねぇくせによ」

仙吉 「それは俺がその気にならないだけすよ。いえ、その気はあるんですけん

   ど、兄貴の先を越しちゃあ悪いと思って、その気を封じ込めてんじゃないす

   か」

万吉 「そりゃあ、俺も同じよ。俺も若旦那に気ぃ使ってんだ。これで俺とお前が

   本気だして、嫁見つけてみろ。若旦那が白目剥いて卒倒すらぁ」

仙吉 「それで、そのまんま、はるかどこかへぇ」

万吉 「そうなって見ろぃ。あの白田屋はお芳って後妻に乗っ取られちまうじゃ

   ねぇか」

仙吉 「でも、そん時は若旦那もういねぇんですから、俺たちにゃどうにも出来ま

   せんぜ」

万吉 「大旦那がいるじゃねぇか。きっとさ、そうなったらあの後妻、大旦那を邪

   険にすると思わないかい」

仙吉 「なるほど…」

万吉 「いや、待てよ…」

 

 万吉が何かを思い出そうとした時、仙吉は鋭い視線に気づく。


仙吉 「兄貴、よその心配より俺たちの今の状況心配した方が良かないですか」

 

 仙吉が指差す。


万吉 「おい、指を差すなって言ったろ。物でも人でも指一本で差すんじゃなく、

   こうやって片手を出すもんだって教えたじゃねぇかよ。それ…わっ」

 

 そこにはお種が睨み立ちしていた。


お種 「こんなとこで油売ってないで、早くチヨちゃん探しに行っとくれ!」

万吉 「これはいつもお美しいお種さん」

仙吉 「今日も一段、二段と」

お種 「そんな、べんちゃらはいいからさ」

万吉 「いえいえ、これはほんちゃら」

仙吉 「そう、本当のほんちゃらです」

お種 「うるさいっ!早くお行きよ!」

万吉 「はぁーい、すぐに、チヨちゃんお届けしまーす」

仙吉 「早いのが取り柄の何でも屋でーす」

 

 と、走り去る二人だった。


 その頃、兵馬と別れた真之介は店の裏口から入り、客間へと向かう。


真之介「これは、おじさん、ようこそ」

桔梗屋「真之介さん」

 

 父の友人の桔梗屋だった。そして、澄ました顔で言う。


桔梗屋「何ですか、本田屋さんではお伸さんの婿を探していなさるとか、それを聞

   いて私も急ぎやって来たと言うわけですよ」

真之介「それはご足労を掛けました」

桔梗屋「いえいえ、他ならぬ本田屋さんの為とあらばと、腕を縒りをかけて、見つ

   くろってきましたよ」

真之介「ありがとうございます」

 

 真之介も笑っている。


桔梗屋「そう言うあなたも、お侍姿がすっかり板に付いたと思ったら、そりゃ、そ

   うですね。こんなにいい奥方様がいらっしゃるのですから」

真之介「はあ」

桔梗屋「お会いしたのは披露宴の時以来です。あの時はお人形のようなお美しさで

   したが、今、こうしてお話させていただきますと、さすがはお旗本の姫様、

   中々どうしてどうして」


 その時、お弓とお伸が入って来た。


お弓 「まあ、桔梗屋さん、ようこそ、いつもお世話になっております」

お伸 「おじ様、いらっしゃいませ」

桔梗屋「お伸さん…。いや、真之介さんもいいお嫁様を迎えられましたけど、お伸

   さんもいい娘になられましたこと。これではお弓さんが心配なさるのも無理

   ないですな」

お弓 「ありがとうございます。本当に良い嫁で私も助けられております」

桔梗屋「おや、お伸さんのことは?さすがに自分の娘は褒められませんか」

お弓 「いえ、お伸はまだ子供でして…」

桔梗屋「それでもう婿を?善は急げですか」

お弓 「その善が勝手を致しましたもので。決めごとだけでもと思いまして」

桔梗屋「さようでしたか。それならと、お伸さんの婿を一人引き連れて来たのです

   が、店の前で拮平さんとばったり。まだなところを見ると、拮平さんに拉致

   されたのかもしれませんね」

 

 この頃にはふみにも状況が飲み込め、久も笑いをこらえていた。


手代 「小太郎さん…お見えになられました」

 

 手代は拮平をどうしようかと思ったが、小太郎と一緒に入る気満々の拮平は捨て置き、それだけ言うとその場を去るも、入れ替わりのように、お妙、鶴七亀七が聞き耳を立てる。


----おっ、これはお揃いじゃないですか。では、いよいよ…。拮平さん、出番です!  

お弓 「お婿様がお見えですよ。さあ、どうぞ」

----いやいや、おっかさん、もう、婿だなんて…。はい、婿殿です!なにさ、お伸ちゃん、恥ずかしがっちゃって…。無理もないねっとくらぁ。いや、あたしの方こそ、これでやっと、あこがれの真ちゃん一家の一員になれるのでした…。

お弓 「まあ、拮平さん。そうですね、拮平さんも、こちらへどうぞ」

 

 拮平はお伸の隣に行こうとするも、そこには既に小太郎が座っていた。


----何だよ、厚かましい小太郎ちゃんね。

お弓 「実はですね、拮平さん。ご存じと思いますが、今度お伸に婿を娶る事にな

   りました」

----キッター。

お弓 「まだ、ちょっと早いと思うのですけど」

----早くない早くないっ。

お弓 「善之介があの通りの不束者でして、形だけでも跡取りをと思いまして」

----それでっ。

お弓 「そこでですね」

----そこから、どした!

お弓 「この度、お伸の婿を決めました」

----はいっ、それは僕です。

お弓 「この小太郎です」

----何とおっしゃるうさぎさん。そんなら、私の聞き違いぃぃぃ。

ふみ 「小太郎殿、お伸殿、おめでとうございます」

 

 ふみが言った。それから、おめでとうコールが起きると、拮平も釣られて「おめでとう」と言ってしまうがまだ納得がいかない。


----えっ、なになに?これってどう言うこと…。

お弓 「まだ、何も決まってませんけど、近いうちに仮祝言をと思っております。

   これからも若い二人をよろしくお願いします」

----ええっ、まじ?まじなの…。まあ、そんなぁ…。

 

 そして、お伸と小太郎の嬉しくも恥ずかしい様を見た拮平は思わず力が抜けて行く。


お弓 「拮平さん、大丈夫ですか」

 

 お弓の声が聞こえた。


拮平 「ふぁい、だいじょうびでず」

 

 それからの事はよく覚えていない。気が付くと座布団を枕に薄物が掛けられ、一人客間に横たわっていた。


拮平 「何だい、俺だけおいてけぼりかい。真ちゃんもシドイよ。どうすりゃいい

   のさ、このあたし。お伸ちゃんの婿があの小太郎ちゃんだなんて…。まあ、

   そんなぁ」

 

 拮平はよろよろと起き上がり、ふらふらと本田屋の裏口から出て行けば、夕暮れ時が余計に切ない。


拮平 「これがお芝居とかなら、その辺からお敏が出てきて、まあ、若旦那どちら

   へいらしてたんですか、あたし、寂しかったですわ、とか言って出て来るん

   だけど、現実はこれこの通り、猫の子一匹いやしない」

 

 自宅の裏口を開けても何か異様に静かだった。台所に行っても誰もいない。


拮平 「いいさ、こうなったら、あの毒入り飯、たらふく食ってやる。そして、

   食って食って食いまくってやせ細って、死んでやる…」


 蝿帳はえちょう に昆布の佃煮があった。拮平は丼に飯と側にあった出がらし茶を注ぎ、勢いよくかき込む。昆布の佃煮をのせた茶漬けをがっ!またのせてがっ!がっがっがっ。その頃には出がらし茶すら無く、次は飯に昆布の佃煮といい加減ぬるい湯でまたがっ!ががが、がっ。


お敏 「若旦那…」

----その声は…。

 

 

 今夜も二階の部屋に泊まりたいふみのそれとない要望に答えた形だが、真之介もそれでよかったと思っていた。窓からの景色は変わらないが、自分と小太郎の人生は大きく変わった。自ら生きる道を変えた真之介に対し、変えざるを得なかった小太郎とこの部屋で寝起きを共にしていた時期がある。

 その時、ふみが茶を運んで来た。


ふみ 「白田屋は帰ったそうです。でも、本当に驚きました」

真之介「ああ、あれでも、お伸の婿になりたいとか言いだしてな。少しばかり脅し

   ておいたでもう諦めたのかと思っていたら、そうでもなかったようだな」

 

 脅したと言うのはあの時の事だろうかと、ふみは思った。あれで少し…。


真之介「その婿が小太郎だと聞いて、衝撃のあまり心臓発作でも起こしたかと思い

   もしたが、そのまま寝落ちするとは、全くもって理解に苦しむわ」

ふみ 「はぃ…。えっ、でもどうして白田屋がお伸殿の婿になりたいなどと。拮平

   は長男ではありませんか」

真之介「それはな。当然の事だが、あの後妻とうまくいってないのだ」

 

 真之介はお芳の妊娠の事は避けた。


ふみ 「だからと言って、婿入りする事もないと思われますが」

真之介「それが、久しぶりに会った、お伸がすっかり娘らしくなっていた上に、婿

   を娶ると言う話を聞いたものだから、もう舞い上がりおった…」

ふみ 「お伸殿は本当にお可愛らしいですから、その気持ちもわからなくありませ

   んけど、あのような場で寝てしまうとは、呆れてものが言えません」

真之介「色々、楽しませてくれるわ」

ふみ 「本当に。でも、旦那様。お伸殿の婿になられる小太郎殿はあの桔梗屋の息

   子ではないのだそうですね」

真之介「そうだ、預かってもらってただけだ」

ふみ 「では、親はどこに」

真之介「親はもういない。早くに亡くなった」

ふみ 「そうでしたか、では、どこかのお店の」

真之介「いや、親は商人ではない…。ああ、もう、あれから…」

 

 真之介は茶を飲む。


真之介「小太郎は侍の子だ」

 

 真之介が十三歳の頃、父から太物ふとものを扱う小売り店を任される。父が真之介の商才に期待してのことだった。太物とは、絹織物を呉服と言うのに対し、綿や麻の織物の総称である。一番若い番頭にお初、小僧が一人の店だった。

 そんなある日、真之介が実家に立ち寄った帰り道に、雑貨屋の主人と小さい男の子を連れた侍が立ち話をしているのが目に入った。その侍が力なく子供の手を引いて歩きだした時、子供と真之介の目が合った。

 それは何かを訴えかけるような目だった。思わず真之介は声をかけていた。


真之介「もし、お侍さま」

 

 侍は振り向くが、声の主が少年とわかるとやはり失望したようだった。


真之介「失礼ですが、お仕事をお探しでしょうか」

侍  「ああ、そうだが…」

真之介「この先の太物屋でございます。帳簿付けの仕事ならございますが」

 

 まさか、こんな少年から仕事の世話をされるとは夢にも思わないことだったが、藁をも掴みたい気持ちの侍は真之介に付いて行くしかなかった。

 真之介は裏口近くの部屋で親子を待たせ台所へ行く。食事の支度をしていたお初に、二人分を部屋に持って行くようにと言う。一瞬お初は怪訝な顔をするもすぐに用意を始める。利発な真之介が言う事だ、何か考えがあるに違いない。真之介が利発なのも自分の養育が良かったからと常に自負しているお初であった。


お初 「まあ、お待たせ致しまして。お茶をと思いましたけど、もう時分どきです

   ので何もございませんが、どうぞ」

 

 と、お初はにこやかに膳を差し出す。 


侍  「えっ、これを頂いてもよろしいのか」

お初 「はい、ごゆっくりお召し上がり下さいませ」

 

 侍は驚いていたが、子供はすぐにも食べたそうにしている。お初は小さなお櫃を置いて部屋を出た。


お初 「坊ちゃま、いえ若旦那、誰なんです。あの親子」

真之介「それは、これから」

お初 「またですか」

 

 頃合いを見計らいお初が膳を下げに行くと、子供からも礼を言われた。


お初 「まあ、お小さいのに賢い坊ちゃまですこと。うちのぼっ、若旦那もそれは

   賢い子でして、それと言うのもこの私が一生懸命手塩にかけてお育てしたか

   らですの…」

 

 と、またもお初の真之介褒めが始まりかけた時、番頭がやって来た。侍は番頭がこの店の主人と思い、心からの礼を述べる。


番頭 「いえ、私ではなく、あの方がここの主人です」

侍  「えっ、しかし、まだ、子供では」

番頭 「はい、今十三歳です」

侍  「十三で、このような店を…」

番頭 「本店は別にあります。本店の旦那様がお任せになられました」

侍  「それにしてもすごい…」


 その後、真之介とも話をしたが、親子とも疲れが見える。その夜は湯に行き、子供は小僧用の予備の着物を着せられ、お初とともに眠った。

 この男の子が小太郎だった。

 侍は仕えていた藩がお取りつぶしになり、蓄えのあるうちにと妻の里を頼ることにしたが、その道中で妻が倒れ間もなく妻は亡くなる。そして、路銀を使い果たしてしまい、途方に暮れていたところであり、小太郎親子にすれば、真之介はまさに救いの神だった。この時、小太郎五歳。

 当時の拮平は真之介の店に毎日『出勤』していた。そこに新しく仲間入りした小太郎に、自分の着物のお下がりやおもちゃ等を持って来た。また、お初も母の記憶が薄い小太郎をわが子の様にかわいがり、侍は水汲みや薪割りなどの雑用も厭わず、真之介たちに感謝していた。

 しばらくすると姉のお類の婚礼があり、その日は店を閉め全員で本店に行く。本店が近づくにつれ、町のにぎわいに目を見張り、本店の暖簾をくぐる頃にはものすごく興奮していた小太郎だった。


侍  「これ、少しは静かにせぬか。小太郎」


 と、父親に叱られてもお伸と二人、はしゃいでいた。


真之介「その時は、まさか小太郎とお伸が将来夫婦になるなど思いもせず…。つま

   り、私はあの時、お伸の婿を見付けて来たと言うことだ」

 

 だが、お類の婚礼から数ヵ月後、侍が倒れる。それまでの無理が祟ったのだろう。


侍  「下っ端の侍など無力なものです。小太郎は…。どうか、小太郎をあなたの

   様な商人にしてやって下さい。お頼みします。どうか、どうか…」

 

 と、苦しい息の下から、真之介に小太郎を託しつつ亡くなる。


真之介「それからの小太郎は泣いてばかりおった。無理もないが、小僧から親の死

   に目に会えなかったという話を聞いて、悲しいのは自分だけではないと気付

   いたようだ。しかし、昼間は拮平たちが遊んでくれるので気も紛れるが、暗

   い夜はやはり父のいない不安からか、よく泣いていた」

 

 だが、翌春には真之介の父が倒れる。真之介は店は番頭に任せ、お初、小太郎と共に本店に戻った。それからの真之介は店の切り盛りに追われ、小太郎のことはお初に任せていた。やがて、父が亡くなれば真之介が名実ともに店を背負って行かなければいけない。

 そんな、ある日、真之介は母に小太郎の様子を聞いてみた。


お弓 「それが、思ったよりしっかりした子で、一生懸命お伸を慰め、私の事も気

   遣ってくれてます」


 お伸にしても、父を亡くしたと言うことは悲しい事に違いなかった。

 

真之介「そうですか、小太郎の父が亡くなった時は、毎日泣いてばかりいるので本

   当にどうしようかと思いました。それが、今は、しっかりしてくれてうれし

   いです」

お弓 「そうだったのですか…」

 

 その後の小太郎は真之介と同じ部屋で寝起きをし、お伸とともに寺子屋へ通うが、読み書き算盤が出来る様になると、店で働きたいと言い出した。それまでにも小太郎を養子にしようかと母と話合った事もあるが、何と言っても侍の子なので、もう少し成長するまで様子を見ようと言うことで落ち付いていた。だが、小太郎の決心は固く、これからは小僧たちと共に寝起きするとも言うのだった。

 そこで、寝起きは今のままで店の手伝いをさせていた。小僧の仕事は掃除などの雑用から始まるのだが、それもなく手代でもないのに仕事を教えてもらっている小太郎は小僧たちの妬みの対象となっていた。


真之介「それから二、三年経った頃、小太郎がよその店でも働いて見たいと言って

   な。そこで、桔梗屋のおじさんのところに預けたと言う訳だ」


 そのことが結果として、小太郎とお伸を結びつけることとなった。


真之介「離れたことで、互いに意識をし始めたようだ。小太郎もまじめに働いてい

   る。そこで、いずれは店を持たせお伸と夫婦にさせようと、私と母の間で話

   が決まり、そのことは店の者も知っている筈だが、今度は本田屋の主人だ。

   色めき立つのも無理はないか…」

ふみ 「そうでしたか。でも、まだ、少し早いのでは…」

 

 ふみにしてみれば、小太郎も兵馬と同じ十六歳。しっかりしているように見えてもやはり気になるのだろう。


----それを言ってくれるな…。


 それは、兵馬が…。

 そんなことは言えない。

 小太郎が十八歳になればとお伸とともに店を持たせる予定にしていた。それがどうやら兵馬がお伸を側室に望んでいるとなれば、予定を早めるしか手はなく「善之介のわがまま」と、言うしかない。


ふみ 「では、そのお店、太物屋は今どうなっているのでございますか」

真之介「今はその時の番頭が主人となり、店も大きくなっている」

ふみ 「それはようございました」

真之介「では今度、行って見ますかな」

ふみ 「はいっ」

 

 真之介は助かったと思った。ふみはそれ以上追及してこなかった事に安堵し、

ふみはまた知らないところへ行けることが楽しくてならないようで、久も楽しみにしている。

 翌日、真之介は店で一番若い番頭の紀三郎から、拮平が十枚も着物を購入したと聞いて驚く。それは誰が聞いても「まさか」と言う反応でしかない。


真之介「拮平の奴、何をトチ狂いおったか。あいつの事だから、後で気の迷いだっ

   たとか言うかも知れぬで、今一度確認しろ」


紀三郎「それが…。ちょうどお敏さんにお会いしましたので、若旦那に念を押して

   もらったのですが、それでいいとおっしゃられたそうです」

真之介「わかった。では、その反物をここへ」

 

 反物と帯が真之介の前に広げられる。真之介はその中から小太郎に数反ほど選ばせた。


真之介「これだけ仕立てに回せ」

紀三郎「後のは」

真之介「必要なら、またやって来るわ」

 

 もし拮平の気の迷いだとしても、義理の息子が十枚も着物を作ったと知れば、あのお芳のことだ、それこそ発狂するに違いない。只でさえいつもしてやられてると言うのに、そんなことにも頭が回らないとは…。


真之介「小太郎、そこの菓子折、風呂敷に包めるだけ包んで、それ持って付いて来

   い」

 

 婿候補達が持参した菓子折は積まれたままになっていた。小太郎が包み終わると「後は奥方におまかせする」と言って、真之介と小太郎は外に出た。


真之介「まあ、物を持って歩くのもおそらくこれが最後だ。これからは誰かが

   持ってくれる」

 

 しかし、人生とはわからないものだ。


真之介「町人から侍になった私と、侍の子から町人になったお前が、義理にせよ兄

   弟となって、一緒に歩いているのだからな…」

小太郎「はい、人の運命とはわからないものです」

 

 真之介が侍株を買う時、一応小太郎にも声を掛けた。あれでも侍への気持ちを持ち続けているのではと思ったからだ。


小太郎「ありがとうございます。でも、私は商人の方が性に合っております。堅苦

   しいのはいやですし、兄さんの様にあれもこれもと出来ませんので。何より、

   父の遺言です」

 

 その言葉に嘘はないようだった。

 そんな話をしながら、医者や何でも屋など知り合いのところを回り、小太郎がお伸の婿である事を印象付け、菓子折を置いて行く。

 そして、かつて真之介と小太郎が初めて出会った場所にやって来たがあれから十余年、町は様変わりしている。さらに、小太郎が人の運命とはわからないものだと言ったのにも訳がある。あの太物屋にいた小僧がその数年後に亡くなっているのだ。

 今はその店の主人となっている当時の番頭は懐かしそうに小太郎を出迎えた。


店主 「あの小さかった小太郎さんが、こんなに立派になられて、お嬢様のお婿

   様ですか。いや、本田屋のご主人になられるのでしたね」

真之介「これからもよろしく頼む」

店主 「いえいえ、私の方こそ、主人筋に当たるのですから、よろしくお願いしま

   すよ、小太郎さん」

小太郎「とんでもないです、まだまだ未熟者ですのでご指導の程お願い致します」

店主 「小太郎さん。ああ小太郎さんと呼べるのも今のうちですね」

小太郎「いえ、まだ先の事です」

 

 そして、最後に立ち寄ったのは、かっぱ寺だった。


真之介「坊主、いや、和尚様。これがお伸の婿の小太郎です」

小太郎「よろしくお願いいたします」

 

 十箱ほど残っていた菓子折をすべて差し出す小太郎。


和尚 「これはこれは、良い婿殿ですな。私は人相も少し見ますが、至って良い相

   をされています。先が楽しみですな。それにこれまた、たくさんの菓子を。

   これではご近所にもお配り致しませんと」

 

 その時、お光が茶を運んで来る。その後ろから子供たちもやってくる。そして、菓子折りの数に驚く。


子供 「わあ、すごい」

子供 「本当だ、十あるよ」

和尚 「何ですか、ごあいさつが先でしょ」

 

 子供たちは一斉にあいさつをするも、目は菓子折に向けられている。


お光 「仏様にお供えしてからです。はい、では、みんなあっちに行きましょう」


 と、お光が子供たちを追いたてる。


真之介「皆、元気そうで安心した」

和尚 「はい、ついでと申しては何ですか、お光もどこかへ奉公に出したいのです

   が、いつまでも寺に置いていては、世間の事に疎くなり、嫁に行っても困る

   と思いますので、旦那様、どこかへお願いできませんでしょうか」

真之介「そうだな、それはこちらの婿殿にお願いしてくれ」

和尚 「よろしくお願い致します」

小太郎「はい、心当たりを当たってみます」

和尚 「それは心強いことで」

真之介「これからは頼みごとは貧乏侍より、大店の旦那だ」

和尚 「かしこまりました」

小太郎「折角軽くなった荷がまた重くなりそうです」

 

 そんな話の後、帰ってみれば善之介がいるではないか。


真之介「お前はいつもどこをほっつき歩いているんだ」

善之介「これでも色々とありまして」

真之介「お前の色々は紙の上に塗りたくって終りじゃないのか」

善之介「そんなことはありません」

----また、何か…。 











    




 













 






 


















  

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