第38話 時知らず

久  「そう言えば、兵馬様は最近お見えになりませんね」

ふみ 「言われてみれば」

 

 久が言うのも無理はなかった。兵馬は何かにつけて「兄上、兄上」と真之介を慕い、家にもやって来るし、共に町歩きをし真之介の知人、友人とも親しくしていると聞いている。

 夫と弟が仲良くしてくれるのはそれだけで嬉しいことであり、子供の頃から病弱で狭い武家社会しかいらない兵馬が、真之介によって見聞を広めていくことは、ふみにとってもこの上ない喜びでもあった。


久  「それに、旦那様のお口からも兵馬様の話が出ません。旦那様が兵馬様とお

   会いになられますと、必ずお話になりますのに。まあ、旦那様もここのとこ

   ろご実家のことでお忙しかったりしましたから」

ふみ 「もしかして…。もう旦那様抜きでも町歩きが出来るようになったとか」

 

 ふみは希望的観測を口にした。


久  「そう、きっと、そうに違いありません。今はお一人でも、町の者たちとも

   気安くお話しなされるのでは」

ふみ 「少し前には考えられない事でした」

久  「旦那様のお陰でございます」

ふみ 「それは私の言葉です」

久  「それは申し訳ございません」

 

 と、二人して声をたてて笑った。

 真之介との暮らしは最初は戸惑うことばかりだった。実家に比べれば屋敷が狭いことを除き、食と衣は十分すぎるほどに満たされている。食事も一汁一菜と至って普通なのだが、時には麦粥で凌いだこともある、ふみにしてみればものすごいごちそうに感じられたものだ。だが、人が心地いいことに慣れるのは早い。もっとも今は実家でも毎食白飯を食べていると聞いている。

 また、ふみは真之介の博識に驚かされるも、江戸っ子は気が短いの通り、真之介は思い立ったら即行動に移す。その度にふみは急ぎ対応しなければならない。それも今となってはいい刺激になっている。きっと兵馬も、真之介から色々刺激を受けているに違いない。また、色々学んでほしいし、学んでくれていると思っている。

 だが、そんなふみの思いとは裏腹に、今の兵馬は悄然と何でも屋の座敷に座っていた。そして、真之介がやって来た。


真之介「それで、どうなさりたいので」

 

 座るや否やに真之介は直球を放つ。


兵馬 「……」 

真之介「それとも、何かおつもりがおありになるのですか」

兵馬 「兄上、私はまだ何も言っておりません」

真之介「兵馬殿がふみにも内緒で私に話があると言えば、他に何があります。違い

   ますかな」

兵馬 「……」

真之介「ですから、早くお相手のことを教えて頂かなければ、何も出来ません」

兵馬 「……」

 

 当の真之介でなくとも、お澄でさえ苛々してくる兵馬の煮え切らなさだった。そんなにも言いにくい相手なのだろうか。しばしの沈黙の後、またも真之介はど真ん中に投げ込む。


真之介「ひょっとして、子供が出来たのですか」

 

 これにはお澄も驚くしかなかったし、兵馬も震えているようだった。


兵馬 「……」


 沈黙は肯定に他ならなかった。


真之介「それでは尚のこと、お相手のことをおっしゃって頂かねば」

兵馬 「……」

 

 ここに来ても、兵馬はまだ口を開こうとはしない。


真之介「兵馬殿。こうしている間にも子は育ちます。このまま何もおっしゃらぬと

   言うことは、私はもう用済みですかな」

兵馬 「いえ、その…」

真之介「……」

兵馬 「その、と、と、とき、登紀殿」

 

 とき?とき…。

 聞いたことのある名だった。

 しばらく考え込んでいたが、その名に思い当った真之介もすぐには言葉が出ない…。

----時知らず…。 

 やがて、お澄も思い当たったようだ。


真之介「わかりました。兵馬殿はこのまま真っすぐお帰り下さい。そして、しばら

   くはお静かに過ごされますよう」

 

 心なしか、真之介の息が荒く感じられた。


兵馬 「申し訳ありませ…。失礼します」

 

 何でも屋を出た兵馬は走った。だが、角を二つほど曲がったところで足が止まる。息も上がっていたが、安堵の気持ちの方が強かった。


----ああ、良かった、助かったぁ…。


 あの兄、真之介が引き受けてくれた。思わず力が抜けそうだった。さらに安堵すると腹が減った。思えば朝からろくに食べてない。


----蕎麦でも食って帰るか。


 後は真之介に任せておけばいい。町人上がりのにわか侍が、恐れ多くも旗本の姫を娶ったのである。自分はその弟である。それくらいやってもらってもバチは当たるまい。

 空腹で体も軽いが、心も軽くなった兵馬だった。

 逆にどうしようもなく、気が重い真之介だった。


----近頃、顔を見せないと思っていたら、女。それもとんだ地雷を踏んでくれたものだ…。


お澄 「これからどうなさるおつもりで」

真之介「その、登紀と言う女に、会ってみるしかないだろ」

お澄 「どこで」

真之介「迂闊なところで会う訳にはいかぬ」

お澄 「そうですよねぇ、相手が相手ですもの」

真之介「依りに依って…」

 

 今度ばかりはお徳のようには行かない…。


 後日、真之介は登紀と言う女と会う段取りをつける。場所はかっぱ寺。


真之介「本日は撫しつけにお呼び立て致しましたにも関わりませず、わざわざのお

   運び誠に痛み入ります。このような寺の方があまり人目に付かぬと思ったよ

   うな次第にございます」

登紀 「お心使い、感謝致しております」

 

 と、嫣然えんぜんと微笑む登紀だった。


真之介「早速ですが、弟の兵馬とはどこで知り合われました」

登紀 「子供の頃より存じております」

真之介「それが、またどうして」

登紀 「最近になって偶然お会いしましたの。それで、ちょっとお話をしておりま

   したらすぐに時間が、いえ、お帰りになるご様子がないのです。まあ、そん

   なこんなしていますと日が暮れてしまったと言う次第です」

真之介「あ、いえ、そのようなことをお聞きしたかったのではなく、先ずは今後の

   ことのお話の前に、ちょっとお尋ねしたまでのことです。話を逸れさせてし

   まったようで申し訳ありません」

登紀 「さようですか。では、今後のことと申しますと」

真之介「登紀様はどのようになさりたいのでしょうか」

登紀 「どのようにしてくれますか」

真之介「ご存じと思いますが、私は元商人のにわか武士にございます。よって、ぶ

   しつけな物言いをするやもしれませんが、そこのところは平にご容赦願いま

   す」

登紀 「わかりました」

真之介「早速に、お聞き届けありがとうございます。では、率直に申し上げます。

   あなたを弟の三浦家の嫁に迎える気はございませんが、子供は引き取らせて

   頂きます」

登紀 「娘でもお育て下さると」

真之介「引き取ると申しましたが、育てるとは申しておりません。どちらにせよ、

   いずれかに養子に出します」

登紀 「そんな…」

真之介「では、あなたには育てるご意思がおありなのですか」

登紀 「それは三浦家のご意思ですか、それともあなたの…」

真之介「私の独断です。三浦の父も母は何も知ってはおりません」

登紀 「そのようなことを婿であるあなたが勝手にお決めになってもよいのです

   か」

真之介「弟の兵馬より、委託されております」

登紀 「だからと言って、私は三浦家の跡取りを産むやもしれないのですよ」

真之介「その時には全力で説得致します。それでも父や母が迎え入れると言えば、

   それ以上は何も申しません」

 

 この登紀と言う女。はやり病で夫と子を亡くしている。それだけなら気の毒な女性と言うことになるが、これが嫁入り前から兎角の噂があり、人妻となった後も人の口の端にのる様な振る舞いや、病に倒れた夫と子供の世話もろくにしなかったとか言われている。今は実家に身を寄せているが男の影は侍のみならず町人、農夫と数知れず、いつしかその名からして「時知らず」と呼ばれるようになっていた。

「時知らず」とは時節・季節を選ばないこと。

 人間には他の動物の様に繁殖期と言うものがない。そこから言えば人間も時無しと言えるが、登紀の場合は常に男が切れることなく、色々な男を相手にするところから、年中盛っている女、いつでも誰とでもやれる女として、いつしか「時知らず」と呼ばれていた。


兵馬 「あの女の方から誘って来たのです、本当です」

 

 と、兵馬は泣きながら言ったものだ。


真之介「知らないならともかく、知っていて手を出した兵馬殿も同罪です」

兵馬 「そんなあ…。男とは誘われたら、つい、その気になりますよ。兄上だって

   そうでしょ。男ならおわかりでしょ」

真之介「私は、そんな女には近寄りません」

兵馬 「ええ!私は兄上の様に経験豊富ではありませんので!」

 

 と、逆ギレする始末。


真之介「では、これから、どうなさりたいのですか」

兵馬 「だから、それをぉ…」

 

 つまり、丸投げすると言う。

 そして今、真之介は登紀の前に居る。


登紀 「では、どうして私は三浦家の嫁になれないのですか」

真之介「それは、何と申しますか、私の勘の様なものでして…」

登紀 「勘?そのようなもので人を判断なさるわけ。では、私に関する噂がすべて

   真実だと思ってらっしゃるのですか」

真之介「いいえ、決してそのようには思っておりません。ですから、勘だと申し上

   げているのです」

登紀 「では、私が常に二股でもしていると言う勘ですかしら」

真之介「いいえ、四・五股。あっ、これは失礼。もっとですかな」

登紀 「面白い方ね。出来れば違う形でお会いしたかったわ」

真之介「とんでもございません。私などこうしてお話させて頂くだけで光栄に思っ

   ております」

登紀 「そんな、ご謙遜を。私も真之介殿のお噂は耳にしております」

真之介「どの様な噂かは存じませぬが、取るに足らない噂より、今はこれからお生

   まれになるお子様のことを一番に考えませぬと」

登紀 「そうでしたわね。ではお尋ねしますけど、子供は私が育てると言ったら?」

真之介「それは困ります。後でやはり育てられなくなったと申されましては当方も

   困りますし、子もかわいそうだとは思いませんか」

登紀 「男子の場合でもですか」

真之介「こちらが養育した場合、あなたはきっとお子様に会いに来られる筈。それ

   では将来色々と…」

登紀 「そうですか…。でも、すぐには…」

真之介「何も今すぐにお返事をと申している訳ではございません。しばらくお考え

   になられてからで構いませんが、出来るだけ早めにご決断願います。何でし

   たら、生まれるまでのお住まいもご用意致しましょうか」

 

 その後も同じような話が続き、やがて登紀は待たせていた町駕籠にのって帰って行った。帰り際にも艶っぽい目で真之介を軽く睨む。


和尚 「旦那様も色々と大変ですな」

 

 かっぱ寺の良顕が言う。


真之介「ああ、致し方ない…」

和尚 「しかし、あの女人の腹の子が本当に兵馬様のお子とお思いなので」

真之介「誰の子であろうとそんなことは問題ではない。今の私は目の前のことを、

   私が出来る方法で処理するしかない。かわいそうなのは大人の身勝手に振り

   回される子供だ」

和尚 「左様でございますな。では、あの女人はどうなさるとお思いですか」

真之介「さあな」 

 

 だが、事態は思わぬ展開を見せる。


兵馬 「ほんと、ひどい女ですよ。ふん、自業自得とはこのことです。腹の子だっ

   て、誰の子だか知れたものじゃないのに、ああやって人を騙すのですから」

真之介「兵馬殿!」


 真之介が一喝する。


真之介「それを言える資格が兵馬殿にありますか」

 

 真之介の提案を登紀が考える時間をと言って別れたその日の夜のことだった。ある侍から呼び出しを受け、その場で口論となり、怒りにまかせて刀を抜いた侍から切りつけられ、深手を追い流産してしまう。

 そして「時知らず、切られる!」の見出しのかわら版が飛ぶように売れた。

 そのかわら版を握りしめた兵馬がやって来た。真之介は急ぎ外に兵馬を連れ出す。


真之介「ふみに聞かれても構わないのですか」

兵馬 「ああ…」

 

 と、一瞬落ち着きを見せたものの、すぐに鼻息も荒く悪いのは登紀で自分は被害者と言い出す兵馬だった


真之介「兵馬殿も登紀と言う女に群がった男の一人ではありませんか。それなの

   に、腹の子が兵馬殿の子でないと言い切れますか」

兵馬 「……」

真之介「訳はあれど、肌を合わせた女が今、深手を負い苦しんでいるのです。例

   え、花の一輪でも持って、やさしい言葉の一つも掛けてやろうとは思われ

   ないのですか」

 

 真之介がかわら版屋の繁次から直接聞いた「かわら版には書いてない話」によれば怪我は治っても、障害が残るだろうとのことだった。


真之介「いい思いをさせてくれた時だけが、いい女ですか」


 兵馬は黙ったまま去って行った。

 兵馬と別れ一人歩いていると、拮平とお敏に出会う。


拮平 「真ちゃん」

 

 最近、この二人はよく一緒にいる。


真之介「これは、いつ見ても仲の良いことで」

お敏 「違います。若旦那のお供してるだけです」

 

 と、またもお敏は必死で否定する。


拮平 「まあ、いいじゃないのさ。ところで真ちゃん、まさか、時知らずとってこ

   とないよね」

真之介「お前こそどうなんだ」

拮平 「あんな誰でもいいの、あちきは嫌でありんす」

真之介「君子危うきに近寄らずだ」

拮平 「何さ、あたしゃ花魁で、そっちは君子かい」

お敏 「その通りですよ」

拮平 「それじゃあ、ちょっくら花魁道中と行くかい。ねえ、お敏」

お敏 「それじゃ、若旦那、白粉たっぷり塗って下さいよ。そしたら、どこまでも

   お供いたしますんで」

拮平 「白粉は塗らなくてもさ、今日のこのあたし、ちょいとイケてると思わない

   かい」

お敏 「ええ、まるで饅頭花魁そのものです」

拮平 「何だい、その饅頭花魁てのは」

お敏 「饅頭に付きものって言えば」

拮平 「饅頭。そりゃさ、饅頭と言ったら茶だよ」

お敏 「なので、お茶挽き花魁と言うことですよ」

拮平 「あのさぁ」

真之介「いやいや、中々息が合ってるじゃないか」

お敏 「そんなんじゃないんですよ。ここのところずっと、若旦那のお供ばっかり

   なんです。若旦那、早く帰らないと日が暮れちまいます」

拮平 「少しくらいいいじゃないか」

お敏 「良かありませんよ。また、誤解されるじゃないですか」

拮平 「いいの、いいの」

お敏 「もうっ」

真之介「拮平、お敏に饅頭でも買ってやれ。お敏、みんなに配れるくらい買っても

   らえ」  

お敏 「はい!若旦那、早く行かないと饅頭屋閉まっちゃうじゃないですか」

拮平 「あいよ、じゃあね」

真之介「おう、またな」

 

 二人と別れた真之介も店じまいを始めた饅頭屋の前で足を止める。   

 その頃、兵馬は帰りを急いでいた花売りから、残りの花を買っていた。すべて売れた花売りの足取りは軽かったが、兵馬の足取りは重く、やっと登紀の屋敷までたどり着いた。裏口なら開いているかもしれないと思ったが、確かこの辺りで登紀は切りつけられたのだ。それを思うと何とも言えない恐怖に駆られた。そんな兵馬の姿をこの家の使用人が目にする。使用人は急いで中に入り、主人に花を持った侍がいると知らせる。


使用人「あの、どうぞ、お入りくださいませ、どうぞ」

 

 逡巡していた兵馬だったが、ここまで来ればもう引き返すことは出来ない。

 登紀の兄が迎えてくれた。二間続きの奥の座敷で登紀は横たわっていた。その時、兵馬は見てはいけないものを見たような気がした。咄嗟にかける言葉の見つからない兵馬はおずおずと花を差し出す。


兄  「ありがとうございます。このようなことになりお恥ずかしい限りです。あ

   れ以来、一言も口を利きません」

兵馬 「まだ……でしょう」


 自分でも何を言ってるのかわからない。


兄  「それにしても、誰一人として見舞いに来ぬと言うに、さすがは三浦殿のご

   子息…」

 

 兵馬はあわてた。


兵馬 「い、いえ、あのその、父は何も知らぬ、ことにて」

兄  「承知しております、決して口外は致しませぬ。しかし、このような者でも

   妹にて、お見舞い下さり誠にかたじけなく、兄として嬉しく思っておりま

   す」

----えっ、誰も見舞いに来てないの…。

 

 それなら尚のこと、兵馬は一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

兵馬 「あ、あの、これは些少ですが、薬代の足しにでも…。一日も早く登紀殿が

   お元気になられますよう。その、あまり長居しましても…」

 

 兵馬は一刻も早くこの場を逃げ出したかった。やっとの思いで、屋敷を後にした時も、兵馬の心臓はまだバクバクしていたが、何とか呼吸を整え歩き出す頃には妙な高揚感に包まれていた。


----誰もやってないことをやった…。


 きっと、登紀にも自分の思いは伝わり、やさしく気遣いの出来る男として、ずっとその心に残ることだろう…。 

 その登紀も先ずは兵馬が見舞いに来たことに驚いたが、すぐに真之介から言われてやってきたのだと思った。

 それでもよかった。それでも…。


 翌日、意気揚々と兵馬はやって来た。さすがに今日は落ち着いた態で、ふみのいない隙を狙って昨日の報告をする。


兵馬 「昨日、行ってきましたよ。でも、驚きました。何しろ、私だけですから

   ね、見舞いに行ったのは。みんな、薄情なんですね。花を渡すと登紀殿は

   感激していました」

真之介「もう、そんなにお元気になられたのですか」

 

 繁次から聞いた話では、回復までにかなり時間がかかるとのことだった。


兵馬 「えっ、まあ。顔、表情に表れてました」

真之介「そうですか…。それは良かった」

兵馬 「それに登紀殿の兄上からも感謝、いや感心されました。やはり、人、男と

   言うものは女を思いやる気持ちがなくてはいけないのですね」

 

 と、自ら進んで見舞いに行ったような気持ちになっている兵馬だったが、真之介は見舞いに行っただけでもいいと思っていた。


兵馬 「ああ、姉上、今日は気分がいいので、酒など頂けませんか」

ふみ 「何ですか、まだ昼間です。兵馬は近頃よく飲むそうではないですか。飲み

   すぎてはいけません」

兵馬 「久ですね、父上と母上に会ってそのまま帰ればいいのに、私の事もあれこ

   れ聞いて行くのですから」

ふみ 「久のせいではありません。お花見の時もそうだったではありませんか。ろ

   くに食べないで飲んでばかりいたではないですか」

兵馬 「姉上も輿入れされてから、うるさくなりましたね。これでは兄上がおかわ

   いそうではないですか」


 また、余計なことをと思わずにいられない真之介だった。


ふみ 「旦那様はお酒は夜だけですし、食事もきちんとなさいます」

兵馬 「はいはい、では、お茶けで良しとしましょう」

ふみ 「返事は一回!」

兵馬 「本当にうるさくなりましたね、兄上」

ふみ 「旦那様には何も申し上げることがありませんの」

兵馬 「それはそれは、どうやら私はお邪魔の様で、そろそろ失礼しますか」

真之介「まだ、来たばかりでないですか。では、将棋でも指しますか」

兵馬 「いえいえ、私は勝負事は苦手でして」

真之介「では、何か得意なものは」

兵馬 「それが…。取り立ててないのです。この饅頭、うまいですね」

 

 真之介が夕べ買った饅頭だった。そして、思い出したのが拮平だった。その後は例によって拮平の話で盛り上がり、機嫌よく兵馬は帰って行った。


ふみ 「本当に申し訳ありません」

真之介「何が」

ふみ 「兵馬の事です。失礼なことばかり申し上げて」

真之介「いや、まだお若いのだから。私は何とも思ってない故、気にすることは

   ない」

ふみ 「お婆様が甘やかしすぎたのです」

 

 小さい頃から病弱で、取り分け祖母に大事にされたと言う話は聞いている。


ふみ 「もう、父の言うことも聞かないのですから、旦那様もこれからは、少しは

   兵馬に厳しくしていただけませんか」

 

 そうなのだ、真之介もあの質実剛健を絵に描いたような三浦播馬の息子なのにと思わずにはいられない。

 だが、真之介は若かりし頃の播馬の意外な話を聞くことになる。

  




































 








 

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