腐女子

笛希 明伸

腐女子


 マナミが冷たくなった。声をかけても返事すらしてくれない。


 ――どうしてこうなった。


 付き合い始めた頃はこんな状況になるなんて考えもしなかった。

 初めてマナミと出会ったのは二年前の春、大学のアニメ同好会でのことだった。ふたりとも同じアニメが好きで、あのキャラが好きだとか、何話のストーリーが神がかってるとか語り合っているうちに自然と好意を持つようになっていて、僕のほうから告白した。

 そうして僕たちは付き合い始めた。といっても、僕たちはお互いにアニメ好きだったから、デートはもっぱら僕の家でのアニメ鑑賞。どこか出かけるとしても、アニメのイベントや聖地巡礼など、僕らの行動には必ずといっていいほどアニメが関わっていた。

 同じ趣味を持つカップルだからできるデートといえるだろう。自分の好きなものを隠すこともなく付き合える関係を心地よく感じてしたし、そのころの僕はずっとマナミと一緒にいたいと心から思っていた。


 ――それなのに、どうしてこうなったんだ。


 歯車が狂い始めたのは付き合い始めて一年経ったころだっただろうか。僕たちは同棲し始めたのだが、マナミの様子が少しずつおかしくなっていた。

 そのころ、世間(といってもアニメ好きの中)では自転車レースのアニメが流行っていた。もちろん僕たちも漏れることなくブームに乗っかり、そのアニメを楽しんで観ていた。そして、観終わったら感想を言い合うのだが――

「やっぱ、主人公と先輩のカップリングが至高だよねぇ」

 マナミの口から出た言葉に僕は耳を疑った。

 というのも、主人公は男の子だったし、マナミのいうその先輩も男のキャラクターだったからだ。そもそも、そのアニメに恋愛要素なんてほぼ皆無で、熱血スポーツアニメという印象しか僕にはなかった。

 僕が反応に困っているとマナミはこう続けた。

「もちろん主人公のほうが受けだよね。で、先輩が攻め。あー、でもショタで普段は物静かな主人公が先輩に対して鬼畜に攻めるとかもいいかも!」

 言っていることが理解ができなかった。それでも、僕はマナミの言葉に苦笑いを浮かべながらも頷いていた。

 だって僕はマナミのことが好きだったから。マナミは僕にとって初めての彼女だったし、同じ趣味を共有できる数少ない女の子だったから。そんなマナミを否定なんてできるわけがなかったのだ。


 ――それなのに、それなのに……。


 数ヶ月前から、マナミはパソコンに向かってなにかを打ち込んでいることが多くなった。僕がなにをしているのかを尋ねても「完成するまで内緒」と教えてくれなかった。

 僕は、大学に出す課題のレポートでも書いているのだろうと思っていた。きっと締め切り間近で、だからこそ夜遅くまで書いているんだと。

 そんなある日、マナミが満面の笑みで僕の元に紙の束を持ってきた。

 なんだろうかとそれを手に取り読んでみると――

 それはマナミが書いた小説であった。アニメキャラを登場人物とする、いわゆる二次制作の小説である。マナミはパソコンでこれを書いていたのだ。

 そこまではいい。問題は内容だった。男のキャラ同士で濃密なラブシーンを繰り広げる様子が延々と書きつづってあったのだ。

 これを読んでどんな反応をすればいいというのだろうか。でも、僕はマナミがこの小説を寝る間も惜しんで書いていることを知っていた。だからこそ、僕は心にもないお世辞でその小説を褒めちぎってしまったのだ。

 そうしたら、マナミはその言葉を鵜呑みにしてしまったようで「これからどんどんこんな小説を書いていくから全部読んでね」とひとり意気込んでいた。

 めまいがする思いであったが、彼女の嬉々とした表情を目の前にして本音なんて言えるわけがなかった。

 そう。僕は耐えたんだ。僕はマナミの彼氏であり続けたかったから。


 ――それなのに、こんなことになるなんて……。


 決定的なことが起こったのはいまから12時間程前のことだ。

 今日は二人とも暇だったので僕たちは朝から一緒にDVDを観ることにした。そのDVDというのがマナミと仲良くなるきっかけにもなったアニメの劇場版のものであった。

 もちろん僕もマナミもこの作品はすでに観たことがある。それでも、何度観たって感動してしまうのが名作というものであろう。今回もエンディングが流れるころには僕の目頭は熱くなっていた。

 僕は感動を分かち合おうとマナミに感想を尋ねたのだが――

「うーん。この作品ってさ、男キャラ少ないからカップリングは捗らないよねー。あ、でもさ、ヒロインがじつは男の娘だったとか、どう?」

 心の中でなにかがガラガラと音をたてて崩れていくような気がした。

 なんでそんなことしか考えられないんだ! こんなに感動できる作品だというのに! この作品は僕たちが付き合うきっかけにもなった作品だというのに! なんで! なんで!

 僕はその激情のままに、目の前に置いてあったガラス製の灰皿でマナミの後頭部を思い切り、何度も殴りつけていた。


 そしていまに至るという訳だ。


 ――本当にどうしてこうなったんだ。とにかく、早くマナミをどうにかしなければならない。彼女が腐ってしまう前に。

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