6 二つの悲劇
そしてまた次の日。
博士「やっぱり病院にいきます」
俺はそう二人に告げた。
昨日は気絶から回復した後、あれこれと調べてみたが結局治療する方法は思いつかなかった。
物事に絶対はないが、ほぼ健康には害はない、ということが確信できた時点で自力でなんとかすることはあきらめた。
弓菜「病院へ行ったら困るんじゃなかったの」
博士「何人か医者の知り合いを当ったんだよ。そしたら二コ上の先輩が今年から近所に勤め始めたらしい、内緒で診てくれるってよ」
弓菜「その人信用できるの?」
博士「そりゃまあ専門だからな、俺の素人診断よりは確かだと思うぞ。美少女のお尻を診察できるって大喜びしてた」
歩「あゆ美少女?」
博士「ああ、あゆはかわいいぞ」
頭なでなでわしゃわしゃ。
弓菜「嫌よ、そんな医者、変態じゃない」
博士「冗談だ、女医さんだからな」
こっちも頭わしゃわしゃ。
こっちはあゆにしたのと若干違う。話題ごまかし成分が含まれている。
なぜなら大喜びしてたのは本当だから。
弓菜「うううう、女の先生でもお尻見せるの恥ずかしいんだけど、うう……仕方ないか……」
博士「あゆもそれでいいか」
歩「うん、あゆも病院いく、はかせたよりない」
ほっとけ。
とりあえず二人の了解がとれたので早速訪ねてみることにする。
歩いて行ける距離なのはありがたい。
こいつらが公共交通機関を利用したら悪臭騒ぎで済めばまだしも、最悪テロルみたいになる。
博士「こうやって三人で出歩くのも久しぶりだな」
弓菜「博士あんまり出歩かなくなったしね、しね」
なんで語尾を二回くりかえす。違う意味合いが混ざっとる。
途中、公園の中を突っ切って近道する。
広場には軽ワゴンを改造したクレープの移動屋台が出ていた。
歩「クレープたべたい」
博士「見てそのままか」
見つけて一秒も経ってない。
普通はもうちょっと考える。反応速度が野生動物だ。
目についたもの何でも口に入れる赤ちゃんじゃあるまいし。
弓菜「いいじゃない、私ベリー&ベリー」
博士「お前も獣の食欲か、食えるときに食っておくサバンナの行動原理か」
そしてたかる気満々でもある。
女子供はわりあい好きだが、俺は正直クレープはそんなでもない。
フルーツやクリームが旨いだけでクレープ自体は大して旨くもないただのビラビラの皮に過ぎないと思っている、むしろフルーツやクリームにとってマイナスにしかならない。
あんなものの売りはカジュアルでオシャレな雰囲気だけだ。
しかもあの屋台、店員がもっさりした小太りであんまかっこよくないぞ。
あれじゃカジュアル度数もオシャレ指数も三割減だ。
博士「また今度にしろ」
弓菜「今食べたい。こんな体にした責任、取ってよね」
歩「とってもらう」
こいつらなんてこと言いやがる。世間の体裁を考えろ。鑑みてみろ。
間違ってるとは言わないが普通の人がそれを聞いて想像するのは別のことだ。
博士「仕方ない、行ってきな、俺は何でもいい、甘くないやつ」
言い争いは不利になりそうなので千円札を二枚、二人に渡した。
弓菜「やったー」
歩「クレープー」
てててててて
二人は嬉しそうに屋台まで飛んでいく。
あの状態で屁が出たらそのまま文字通り空まで飛んでいきそうな勢いだ。
それぞれに注文を済ませ、できあがりを待つ。
そして予期せぬ惨劇が幕を開ける。
いや、視界の端にプロパンガスのボンベが映ったそのときには予期できた。
博士「まずい! 屁はするな!」
咄嗟にダッシュを試みるがしかしそれはあまりにも遅かった。
願いもむなしく
ばぶん! どびん!
重なるふたつの放屁音。そして、
ぼうん!!!
爆発音。
何たる不運!たちまちクレープの屋台は紅蓮の炎に包まれた。
博士「どわあ!」
弓菜「ひゃっ!」
歩「わあ」
事故を未然に防ぐことはできなかったが、慌てて二人を屋台から引き離して大きく距離を取る。
博士「大丈夫かおまえら」
弓菜「何ともないわよ」
歩「びっくりしただけ」
幸い、といったら語弊はあるが爆発はワゴン車の内側で起こり、炎は外へはほとんど出なかったようだ。
「あちあちあちあち」
何が起きたかわからないままクレープ屋の店員もこけつまろびつあたふたと車外に逃げる。
頭がチリチリパーマになったのは申し訳ないが元気そうで何よりだ。
しましまあ何だな、アレだな、チリッチリだな。昔の鶴瓶みたいになってんな。
俺たちはなすすべもなく燃える屋台を見つめ、しばらくの時間があってやがてガソリンに引火したか、それは爆発した。
歩「もしかして」
弓菜「おならが原因で」
博士「しっ、黙ってろ」
あくまで単なるガス爆発の目撃者として119番に通報した。
すぐに消防車が到着し、何食わぬ顔で事務的に説明を済ませる。
余計なことを言わなければまさかオナラが原因だとは特定はされまい。
「あれれ~おかしいぞ~」
とか言う眼鏡の子供が出てくると厄介なのでさっさと立ち去ることにする。
まああいつの専門は殺人事件だが。
しかし後味はあまり良くない。
博士「不慮の事故、不慮の事故」
博士「IH式調理器でないのが悪い、IH式調理器でないのが悪い」
心の中でとりあえず自己弁護。そして
博士「火災保険入ってますように、火災保険入ってますように」
クレープ屋のためにも祈っておく。
博士「どうもお前たちは危険物になってしまっているようだ」
弓菜「認めたくないけどそうみたいね」
歩「ふほんいながら」
博士「とりあえずは火気厳禁だ、火のある所には近づくな」
注意したまさにその時、
「どわっ!」
一瞬であったが通りすがりのおっさんの歩き煙草の火が強く燃え上がる。
どちらかがひそかに漏らしたガスに引火したらしい、すかしっ屁でもたいがいの威力だ。
「うわっ! 目が! メガ!」
どうもおっさんは今の炎でチリチリになった上睫毛と下睫毛が絡まってうまく目が開かないらしい。
これにはまあ歩き煙草とかする方が悪いと大した罪悪感も湧かない。
俺たちは無視して病院への道を急いだ。
この期に及んで寄り道を言い出すものは誰もいない。
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