3・うっどーーーーーーーーんっ!


「人殺しを頼まれるとはな……」

「殺しますか?」

「殺すわけねぇだろ」


 相手が死刑確定の極悪人であっても、善良な市民の俺に殺しができるわけない。

 依頼する相手を間違えている。俺は見つけ次第、エルザさんに連絡をするだけだ。それでも、賞金は貰えるだろう。


「イブキさん、バイラスビーストをガンガンやっつけてるじゃないですか。ユニークビーストを倒したことで、ネオジパングではちょっとした有名人になっているっス」


 まあ確かに、ダークドクロを退治してから、エムザの酒場で食事をすると、声をかけられるようになった。

 フレンドの依頼も良くくるが、その大半がろくに戦闘に参加せず、甘い汁を吸おうとする魂胆なのが見え見えなので、全てを断っている。


「その腕前を見込んで、刑事さんは話を持ってきたんですよ。10万は高いじゃないですか。今月分の家賃が払えるっス」

「殺しで10万は安すぎる。同じ人間なんだ。バイラスビーストとはわけが違う」

「同じじゃないっスか。この世界なら殺人の罪にならないっスよ」

「人を殺すというのに抵抗があるんだ」

「そういう価値観、わかんねぇっス」

「おまえは人間じゃないからな……」


 俺は、エルザの酒場のモグッポからもらった人相書きを広げる。

 絵になった畝川総司は、カエルが人間になったかの顔だった。

 エムストラーンには絵心のある人が少ないのか、写真と似ているといえば、似ているようなという感じだ。

 似顔絵の下にある、

 「ソウジセガワ」の名前、


 ID 530299××

 ID 403246××


 の二つのIDのほうが役に立ちそうだ。


「なんで二つあるんだ?」

「携帯が二種持ってたからじゃないっスかね。そのどっちかが、犯人さんのIDなんですよ」

「つまり、どちらをIDに使っているか、分かってないということか」


 誰一人としてエムストラーンで調査してないのか、そんな初歩的なこともできてない状態だった。


「IDを調べてみましたけど、繋がりませんねぇ。登録済みかわからない状態なんで、通信切れてるみたいっス。これはエムデバイスを捨てている可能性が高いかな」

「捨てることできるのか?」

「できるけど、やめとけっス。デメリットだらけですよ。転送できない、地図は見れない、サーチできない、ズーム機能、フレンドと連絡、情報交換ができない。賞金などもエムデバイスを通して、獲得できるんです。だから、エムデバイスがない時にバイラスビーストを倒しても、経験値もお金もはナッシング」

「だけど存在を知られないメリットがある」

「実はエムデバイスのない時は、ペナルティーもないんですよねぇ」

「そうなのか?」

「チェックしようがないっスから。これはなんとかしたいんですよ。エムドライブの代わりに、体にIDを埋めるとか、絶対に外せない腕輪を取り付ける、なんてアイデアもありました。でも、24時間監視されてるようで嫌だって、却下されたんですよね。それで、ちきゅーさん大好きなケータイのままなんっスよ」


 その代わり、サーチなどサービスいっぱいなんですけどね、とセーラは付け加える。


「エムデバイスから一定の距離を取ればブザーがなるとかでいいんじゃないか?」

「あー、それも悪くないっスね。でも、イブキさんが発想するってことは、誰しも考えたことだろうし、使えない理由がありそう」

「おまえ、俺のこと頭悪いと思ってるだろ?」

「ふっふーん、うちの方が頭いいっスよ。名探偵セーラちゃんの華麗なる推理にお任せあれ」


 セーラは探偵気取りになっていて、虫眼鏡を手に持ち、インバネスコートに鹿撃ち帽という、シャーロック・ホームズの格好をしている。


「それでは、名探偵セーラの推理を聞きたいものだな。奴はどこにいるんだ?」

「んー、どこっすかねぇ」

「おい、名探偵」

「いやぁ、腹が減っては推理はならんっスよ」

「満腹になっても、推理はならんだろ」

「なるっスよ! うちの頭脳をなめんじゃねぇっス!」

「いるとしても、ネオジパングよりヨシワラだろう。まずは、ヨシワラにある食堂に行ってみて情報収集をするか」

「ッス! ッス!」


 ※


「うっどーーーーーーーーんっ!」


 ヨシワラを歩いていると、「うどん」と暖簾のかかった『タコボウズ』という名の店にセーラが反応した。

 ドアは開けっ放しになっていて、うどんつゆの甘い匂いがした。

 カウンターテーブルがあるだけの居酒屋のような店だ。7人ぐらいが上限だろう。

 イスはなく、立ち食いだった。

 カウンターの向こうにスキンヘッドの店員が一人。奥には剣を装備した女がズルズルとうどんを啜っている。

 営業しているようだ。


「うおおおおお! うどん食べるッスーーっ!」


 俺が良いと言う前に、セーラは店に入ってしまった。


「蕎麦はないのか?」

「そば粉がねぇよ」


 店主が無愛想に答えた。

 タコボウズという名は、彼の姿から取られたようだ。スキンヘッドの頭、サングラスをかけ、ボディービルダーのような筋肉だ。右腕にはタコのようなバケモノのタトゥーがしてある。原獣かバイラスビーストの絵なのかもしれない。


「うどんならあるんだ」

「小麦粉の代わりがある。だが、代わりは代わりだ。味は微妙に違う。が、うどんじゃないと文句いうほどではない」

「微妙でいいっス。うどんあるんスね! 味はどうっスか、自信ありっスか、うちは舌にはうるさいっスよ!」

「おまえがマズイと言ったの、聞いたことないわ」


 なにを食っても「うまうま」絶讃している気がする。


「客に出すものにまずいのはない」

「うどん大盛り一丁っス! あと、天ぷら盛り合わせも二人前よろっス!」

「温か冷か、どっちだ?」

「あったかいのっス!」

「わかった」

「天ぷらの食材はなんだ?」

「採れたての魚介類と野菜だ。日によって変わるが、どれも悪くない」


 値段は合計で700ギルス。エムストラーンでは相場だが、地球で考えるとメッチャ安い。


「うっわー、うちうどんに天ぷら食べれるなんて感激っス! いやあ、エルザさんの店から浮気するのもいいっスねぇ」

「あそこは汁物はないからな。あと、セーラ。うるさいから声を落とせ」


 カウンター奥にいる女剣士が睨んでいた。


「タコボウズさん、ラーメンはあるっスか?」


 言うことをきかず、うどんを茹でている店主に向けて大声をだす。


「うちにはないが、この先に『麺一番』というラーメン屋がある」

「うおおおおお、ララララーーーメェェーーンっ!」


 セーラは感激していた。


「それは、ラーメンしてるのか?」

「素材はうどんとだいたい一緒だ。それを、硬く、細くして、ラーメンの歯ごたえにしている。なんで麺はうどんのように白い。俺のうどんよりもラーメンではない。おまち」


 店主は、うどんを俺たちにテーブルに置いた。


「おおっ、うまそうっス。いっただっきまーす!」


 セーラは瞬時にビキニに着替えると、うどんの入った丼の中に飛び込んでいった。


「あちゃちゃちゃちゃちゃ!」


 その熱さに肌を真っ赤にして飛び上がった。

 丼からうどんのつゆが盛大に飛び散って、女剣士の所まで跳ねてしまった。


「すみません。おまえなぁ……」


 俺は、彼女に謝った。


「これは、少しぬるぬるにしなきゃ入れないっスねぇ」


 ふーふー、と息を吹きかけていく。


「うどんは食べるものだ。風呂じゃない」

「うちの大きさじゃ、そうやって食べるしかないですよ。妖精のダシが効いて、イブキさんはもっと美味しく食べられるっス」

「中でしょんべんするなよ」

「するかっ! わっわっ、うちをつまむなっ!」


 俺はセーラの羽を箸でつまんでどかした。

 ずるずるとうどんを啜っていく。


「あー、ずるいっス!」

「たしかにうどんだな。もっとモチモチしていいが、美味しい」

「食わせろっス!」

「ほれ」


 うどんの一本をセーラに渡した。


「あんた、イブキアサダか?」


 二人分の山盛りの天ぷらをテーブルに置いた時、店主が聞いてきた。


「俺のこと知っているのか?」

「ナビにセーラー服を着せてイチャイチャしている変態が、ユニークビーストを倒したと聞いている」

「着せているんじゃない。こいつがセーラー服が好きで着てるんだ。それにイチャイチャもしていない」


 とはいえ、俺たちのやりとりは、客観的にみればイチャイチャなのかもしれない。


「ゴスロリの少女を連れているとも聞いた。今日はいないようだ」

「地球にいるよ」


 アイリスは学校だ。その日を選んで、エムストラーンにやってきた。

 俺が探す相手は、バイラスビーストではなく快楽殺人犯。

 しかも、殺すかもしれないのだ。

 鶫山警部が何度も念を押していたが、言われなくても、愛利を関わらせるわけにはいかない。


「地球か」


 サングラスで表情は分からないが、懐かしんでいるようだ。


「よっこらせっと、ふ~、こいつはたまらん」


 セーラは、うどんのつゆの中に入って、肩まで浸かる。野菜の天ぷらをつゆの味を染み込ませて食べていく。


「入って極楽。食べて幸せ。タコボウズさんのうどんはまさに食べる風呂っス」

「そんな感想初めてだ」


 口が笑っていた。


「タコボウズさんは永住者っスか?」

「ああ」

「じゃあ、この辺りのことは詳しいっスよね。この人のこと、知りませんか?」


 俺は人相書きを見せる。

 タコボウズは、何秒間かそれを眺めている。


「知らん」


 嘘ではなさそうだ。


「そこの剣士さんも知りませんか?」


 人相書きをマジマジと眺めていることに気付いたセーラが尋ねていた。

 女剣士は、何も答えない。

 無言で通り過ぎて、店を出て行ってしまった。


「まいど」


 その声は、彼女には届かなかっただろう。


「あの剣士さん常連っスか?」

「たまに来る。初めて来たとき、わたしのこと知っているか? と聞いてきた。ヘンな客だ」

「そのとき、なんて答えたんです?」

「女は飽きるほど見ている」

「そしたら?」

「うどん食って出て行った」

「ありゃりゃ、ヘンな客っスねぇ」

「おまえほどじゃない」


 同感だ。女剣士も、うどん風呂にする妖精には言われたくないだろう。


「その男、なにをした?」

「指名手配中の凶悪犯。エムストラーンに逃げてきたんだ。俺たちはこいつの行方を追っている。人相書きは地球での顔だ。だからエムストラーンでは別の姿のはず。地球に戻れないよう、永住者になっている可能性があるんで、手かがりを探すべくヨシワラに来た」

「おまえ、サツか?」

「の手伝いを無理矢理やらされてる哀れな男」

「だろうな」


 どうみても刑事のツラでない、情けない顔をしているからだろう。鼻で笑われてしまった。


「ここ三週間ほど、見かけない奴や、怪しい奴を見なかったか?」

「ふむ」


 タコボウズは腕を組んで考える。


「ヨシワラの住民は、良く知っている。だが、そうでない人間は知らない」

「この3週間内にヨシワラの住民となった人はいるっスか?」

「何人かいる。どいつも定番、異性の誘惑のカモにされた奴らだ。殺人者はいない。IDもいないな」


 フレンドになっているようだ。エムデバイスで新しい住民のIDを調べてくれた。


「最近、この辺りで変わったことは?」

「あるにはあるが。関係はない」

「それでも気になることなら教えて欲しい。それが手がかりになるかもしれない」

「猿だ」

「猿?」


 俺とセーラは顔を見合わせる。


「今朝方、怪我をした猿が、ヨシワラを荒らしていた。この辺りでは見かけない、気味の悪い猿だ」



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