1・スターライトオンライン
愛利の家。
デートの待ち合わせをした駅から歩いて15分ほどにある住宅街にある。
二階建ての一軒家。
庭付きだ。
梅の木が植えられてあり、周辺の芝生も雑草が伸び放題になってはおらず、丹念に仕上がっている。ガーデニングの趣味はないらしく、あるのは芝生ぐらいなもの、名のある花はなかった。かつての犬の遊び場であり、その名残で家主を失った犬小屋が置かれてあった。
『ルルのおうち』
と子どもの字で書かれてある。
その犬小屋と物置の間に、異世界転送機があった。
不登校の愛利にとって、玄関から外にでるよりも、庭から異世界転送機に入る回数のほうが多い。
リビングの窓を開けて、数十秒でエムストラーンに直行だ。
非常に便利である。
ただ、俺が愛利の家に来る場合は、不法侵入となってしまう。5分ほど歩いた所にあるコンビニ前の異世界転送機から、彼女の家に行くようにしていた。
築三十年であるが、幾度なくリフォームや塗装されてあり、古さは感じられなかった。
都心部という条件に恵まれている場所だ。
最近は、周辺にマンションが次々と建築されるようになり、居心地が悪くなってきているとのことだ。こちらに向かう途中に『景観を無視したマンション建設反対』をのぼりを見かけたのも、そのためだろう。
親父さんとしては、一軒家に娘とふたり暮らしは広すぎる。家を売り払って、その金で新しいマンションに引っ越すことを考えていたらしい。
だけど、愛利の反対にあって、諦めてしまった。
愛利にとっては、この家が好きで離れたくない、というよりも、異世界転送機が無くなるのが嫌なだけだろう。
むしろ、彼女のためにも、引っ越したほうがよさそうだ。
『部屋も余っていることですし、イブキさんは、アイリスさんの家に居候するべきっス。婿入りしたらどうっスか?』
「この年で結婚させないで」
「法律が許さないだろ」
許したところで、する気もないが。
若くても高校生ぐらいなら、そんな関係も多少は考えてはいた。けれど、見た目通りの中学生よりも、さらに下の小学生だったのだ。
子どもである。恋愛する相手じゃない。
『いやあ、アイリスさんのとこは快適っスねぇ、ルルさんが羨ましい、羨ましい、ねたましい。はぁ、うちの無職さんより、アイリスさんのナビになりたかったっス』
「もう無職じゃない。こっちの世界でも一応は、職に就くことができたんだ」
「無償だけどね」
「なら、金を払え」
「交渉する相手が違うわよ」
その交渉しなくちゃならない相手が、俺には怖かった。
「手が止まってるぞ」
「なら、話しかけてこないでよ」
俺は週に三回、愛利の家庭教師をすることになった。
ボランティアのようなのものだ。収入はゼロ。払ってくれるのは、参考書などの勉強用具ぐらいなもの。
後、夕飯をご馳走になっている。
その代わり、エムストラーンで一緒に冒険するときは、取り分を7、3と多く貰うことができる。
それに「仕事なにをしているんですか?」と聞かれて、「家庭教師をやってます」と堂々と言えるメリットは大きい。
『いやぁ、極楽、極楽。妖精は勉強なんてしなくていいからほんと楽っス』
「セーラ、むかつく」
「無視しろ」
愛利の部屋は、庭にある転送機の電波が届いている。
なので、ナビのセーラとルルはいつでも、顔を出すことが可能だ。
愛利の部屋に入るなり、セーラが通信してきて、
『テレビの前によろっス!』
と、32インチの液晶テレビの前に携帯を置くよう要求してくる。
セーラは、PS4のアプリから、動画配信サービスを起動させて、そこで観れる『スターライトオンライン』というファンタジー系のアニメを楽しんでいる。
『うち、スターライトオンラインってやつ、興味あったんですよ。まさか妖精の身で観れる日がこようとは。神さま、仏様、アイリスさまっス。あとは、ちきゅーさんのご飯を食べれれば幸せですねぇ。一度でいいから、ポップコーンを食べながら、テレビを観てみたいっス』
「おまえ、この作品知ってるのか?」
『知ってるもなにも、エムストラーンの名前は、こっから取られてるんですよ』
「え?」
愛利の方を向くと、意外そうにしていた。
「一吹、スターライトオンライン知らないの?」
「まったく知らん」
アニメ関係はろくに知らない。
「エムストラーンは、元々はスターライトオンラインの世界の名前。ルルたちのいるエムストラーンに来た人は、真っ先にスターライトオンラインのことだと思うものなのよね。私もそうだったし。なのに、このロリコンときたら」
「俺はオタク系のものに興味はないんだ」
『リア充的系にも興味ないじゃないっスか』
ほっとけ。
「つか、俺はロリコンじゃないからな」
「はいはい、年上が好きなんでしょ。アニメというか元はゲーム。オンラインの。それを、アニメ化したのが、これ」
シャープペンでテレビを示した。
「エムストラーンって、オリジナルじゃなくて、元からあったゲームを取ったものなのか?」
「あえてパクッた」
「どういうことだ?」
「簡単。スターライトオンラインは登録者数が1000万人を超えている。基本無料プレイなのもあるけど、人口がものすっごくいるってこと。逆に、セーラがいるエムストラーンは?」
「千分の一も満たないだろうな」
「だから、『エムストラーン』とググッてみても、こっちのエムストラーンじゃなくて、あっちのエムストラーン……ああ、分かりにくい。つまりは、まあ、そんな感じ」
「あえて人気ゲームと同名にして、ネット検索してもセーラの住むエムストラーンの情報が入らなくした。地球上では、いくらエムストラーンを調べても、パクリ元であるアニメとゲームのことだらけってわけか」
「そういうこと。向こうの世界は、ごく一部の人しか行けない。転送機も見れない。ネット上に、その情報を書いたところで、大半の人は『なにそれ』よ。だから、ネット上で、わたしたちのエムストラーンについての情報を見つけることは難しい」
「難しいということは、ないわけはないんだな」
「わたしが作れば、1つできたということだもの。そういう人はいるはず。そこまで、検索かけてないから、いるのか分からないけど」
『あってもエムドライブで情報交換したほうが効率いいでしょうねぇ』
「エムドライブはロビーじゃなきゃゆっくり見れないし。地球上では、転送機の電波が届くところしか、エムドライブを使えないのが欠点」
『電波が届く部屋なんて非常にレアっスよ。アイリスさん、ラッキーでしたね』
愛利の庭に転送機があるのは、親父さん関係で設置されたのだろう。
「でも、なんで隠す必要があるんだ?」
「さあ」
『うちも知らないっス。スターライトオンラインは、うちの世界の名前がいっぱいでてきて面白いっス。同じなのは名前だけっスね。共通点は世界観が平面であることぐらいです。ユリーシャの光は、スターライトオンラインだと、ヒロインの一人の女神さまの名前なんですねぇ。どうりで、ちきゅーさんがうちにきて、あのユリーシャたんじゃねぇのかよ、名前に騙されたっ!とがっくりする人が多いわけっスよ。こっちはただの光っスからねぇ。あと、主人公の名前がディーンなのは、関係あるんすかねぇ』
伝説の勇者ディーンか……。
「アニメは最近のものなのか?」
「古い。わたしが子どものころからあるもの」
「いまも子どもだろ」
愛利はムッとする。子ども扱いされるのは嫌なようだ。
「放送したのは5年ぐらい前かな?」
俺にとっては最近だ。
愛利は幼稚園か小学校に入ったばかりの時期だから、古いアニメと思うのも無理はなかったが……。
「なに?」
「いや、子どもの成長って早いなと思ってさ」
「意味わかんない」
「アニメは今も放送してるのか?」
それ以上言うと愛利が不機嫌になりそうなので話を戻した。
「終わってる。1クールごとに1クールの休みを入れながら、3年間は放送していたはず。ゲームの方は現在、10周年キャンペーンをやっているところ」
「つまり、アイリスが生まれた頃に出来たゲームなんだな」
「そういうこと。当然、何度も大規模なバージョンアップしているから、最初の頃とは、グラフィック、システムも別物になっている。でも、世界の名前であるエムストラーンの名は最初から変わっていない」
「主人公ディーンは?」
「それはアニメからかな? オンラインゲームだから、主人公というキャラはいない。自分でアバターを作るの。さすがにデフォの名前がディーンであることはなかったかな」
覚えてないようで、自信なさげだった。
「エムストラーンに来るスターライトオンラインプレイヤーは、カスタマイズで同じアバターを再現している人、多いみたい。結構、スターライトオンラインっぽい格好のひと、見かけるもの」
『アバターのQRコードを使えば、同じの作ることできるんですよ。そっちの方がカスタマイズ楽なんで、わざわざスターライトオンラインに入会して、自分の顔を作ってる人もいるぐらいっス』
「それは知らなかった」
愛利は言った。
『その方が入りやすいとのことで、対応してみたら好評だったっスよ』
「愛利は、スターライトオンラインやってるんだろ?」
「えっと、ちょっとだけ、だし……」
彼女はパソコンディスクの方に目をやる。
性能良さそうなタワー型パソコン。キーボードの傍にゲームコントローラーがあった。
ちょっとどころではなさそうだ。
パソコン以外にも、iPad、ゲーム機が何台も置かれてある。エムストラーンを行くまではゲームのほうの廃人となっていたようだ。
「エムストラーンのわたしは、ルルに、大人になった自分の姿をカスタマイズしてもらったから、ちょっとはイジッているけど」
「スターライトオンラインのアバターは?」
「同じなのは、その……」口ごもりながらも「アイリスという名前だけ」
か細い声で言った。
「先生よう。うちの娘とイチャイチャしすぎなんじゃねぇかい?」
ドアの前に、鶫山警部がいた。
「勝手に入ってくるな」
愛利は、シャープペンを力強く握りしめ、殺しかねない目線で睨み付けていく。
「おっとすまねぇ」
思い出したように、開かれたドアをノックする。
「邪魔するぜ」
「消えて」
「そう言うなって、こっちは先生に用があるんだ」
「俺?」
「おう」
と言いながら、鶫山警部は珍しげに部屋を見回していく。
「勉強中にテレビなんかつけていいのかい?」
「その方が落ち着くらしいんですよ」
「んで、ちゃんと勉強できているかい?」
『んー、勉強3割、イチャイチャ7割ってとこっスねぇ。アイリスさん、集中力なさすぎ。ちょっとやったら、疲れたーっ!てサボりたがるんですよ。おっとさんからキツーく言って……』
「セーラ、うるさい!」
愛利が怒鳴った。
「セーラって、なんだ? なにがうるさいんだ」
警部はニヤニヤと、セーラの声は聞えなかった振りをする。
エムストラーンのエルザさんであることを知らないアイリスは、気まずそうに無言になる。
「まぁいいや。先生、ちょいいいか?」
鶫山警部はズボンの横から、テレビ前にある携帯をチョイチョイ指している。
「分かりました。愛利。俺が留守にしている間に、こっからここまでの10問を解いておくこと」
「休憩は?」
「問題を解いたらだ」
「今やすみたい」
「さっきも休んでただろ。ルル、監視よろしくな。サボッてたら教えてくれよ」
俺は、ルルのいる3DSを取った。上画面にいる彼女は、親指と人差し指で丸を作ってオッケーを作る。
3DSを勉強する机に移動させる。ちゃんとルルが見えるよう、内側のカメラに愛利が映るようにする。
「おまえはこっち」
セーラのいる携帯を取った。
「わー、うちアニメ観ていたいっス! 酷いっス、悪魔っス、ロリコンっス、あることないこと、おっとさんに暴露してやるっス!」
「うるさい」
俺は携帯をポケットにしまった。
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