第65話 借金王、エルフ特製クッキーを食べる
翌朝。俺達はエルフ馬に乗って森の中に踏み込んだ。動けるエルフは村の看護をしてもらうため案内は頼まなかった。馬番の話ではエルフ馬達が勝手にアヴァロンへの道を辿ってくれるという。
森の樹々の幹にはかなり上の方まで緑色の苔が生えていた。おそらくイングランドよりもしっとりと湿った空気のせいだろう。
「不思議ですね……。なんだか、懐かしい感じがします」
「ジャンヌっちはエルフの王女エレインとして、この森でずっと暮らしてたわけでちからね〜。なじみがあるのは当然でち」
「千年変わらぬ神秘の森ってわけだな」
エルフ馬は入り組んだ木の根を苦にせず、すいすいと歩いて行く。普通の馬に比べてほとんど揺れないのでとても楽だ。
半日ほど森の中を進むと小川に突き当たった。ロンドンのテムズ川はどす黒くにごり異臭を放っていたが、この小川は泳いでいる魚が宙に浮いているように見えるくらい澄んでいる。
エルフ馬は器用に小川の浅瀬を選び、ひょいひょいと渡っていった。
「それじゃここらで休憩しようぜ」
全員が渡り終えたところでエルフ馬の首を叩いて鞍から降り、後ろに乗ったジャンヌに手を貸してやる。二人分の重さから解放されたエルフ馬は軽く首を振るわせると、小川の水を飲み始めた。
「エルフ達には森で火を使うなといわれたが……この鍋なら大丈夫だろ」
親父さんの鍋に小川の水を汲み、温め始める。ちょうどいい感じの木の切り株にそれぞれが落ち着いたのをみて、俺はエルフにもらった携帯食を配った。見た目は薄く長方形に焼き伸ばされ、端に少し焦げ目のついたクッキーだ。
「……うまいな」
一口食べてクリスが目を見はった。昨日からようやく声を聞いた気がする。
「……軽やかな歯ごたえといい、ほのかに広がる甘みといい……とても携帯食とは思えない。貴族の宴会に出されてもおかしくないほどの極上の菓子だ」
そのまま彼女は一口かじった焼き菓子をひっくり返したり、断面に目を凝らしたりしていた。
「……アーモンドにハチミツ、クルミの粉……あとは……」
「クリスっちは食べ物とか飲み物に詳しいでちね。なんででちか?」
「む……まあ、なんというか……私の趣味だ。食べたり飲んだりしたものを、こうして羊皮紙にまとめている」
クリスは背負い袋から丸めた羊皮紙の束をチラリとアリーゼに見せた。
「甘いものの後には塩気が欲しくなる……ってな。大豆とベーコンの塩スープ、できたぜ」
俺が木のカップによそって渡していくと、ジャンヌは食べかけの薄焼き菓子をぼんやりと見つめていた。
「大丈夫か?」
「あっ……大丈夫です。食べたことがないのにすごく懐かしい感じがして、それが凄く不思議で……あ、あれ? なんで涙が出るんだろ?」
「……ある意味、故郷の味なんだろうな。もう一枚食うか?」
「ううん、もうお腹いっぱいです。これ、すごくお腹が膨れますよね!」
そう言って彼女は笑顔を浮かべ、スープを入れたカップを受け取った。
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