第54話 借金王、聖剣を託される

「私の〈魔弓〉フェイルノートを……受け取ってくれ。それと、この薬……も。意地っ張りで不器用な……私に似た貴公への……贈り物だ……」


トリスタンはクリスに弓と陶器の小瓶を渡し、死の間際に片目をつぶってみせた。


〈星辰の賢者の杖〉スターリー・ウィズダムを継ぐものよ……。アーサー王が拓いた人の世を……終わらせないで……くれ……」


アリーゼを呼んだマーリンは、そう言って静かに目を閉じた。


「エレイン……エレインなのか?」


アーサー王は、もう目がよく見えないようだった。傍にひざまずいたジャンヌの手が触れると、〈聖剣〉エクスカリバーをその手に握らせた。


「本物の〈鞘〉は盗まれてしまったんだ……すまない。あれさえあれば、ここで死ぬこともなかったのだが」


アーサー王は小さく微笑んだ。


「君と湖で出会ったときから……私が本当に愛したのは君だけだ……。ありがとう……いつか、また会えることを願って……」


そう言いいのこして、伝説の王は息を引き取った。


              ***


「……さーて、帰るでちよ」

「ふ、風情がねーなあ! もうちょっとこう余韻とかあるだろ……墓くらいつくってやろうぜ?」

「そう言われても、これは歴史上の出来事でちからね〜。一度見たお芝居をもう一度見て、感動しろっていうようなもんでちよ?」

「アーサー王が本当に好きだったのは、やっぱりエレインだったんですね……良かった。それなら許してあげます。それに私が好きなのはあくまでアーサー王ではなくて、ダ……」

「ジャンヌ、なにブツブツ言ってんだ? 大丈夫か?」

「ひゃあっ!? な、なんでもありません。なんでもありませんよ!」

「千年前から私は意地っ張りで不器用だと……? まったく我ながら笑えるな……」

「そういや、クリス。さっき貰ってた小瓶って、なんだった?」

「なっ……! お、お前には関係ない!」


アーサー王達の埋葬を終えたところで(やっぱり修道院の墓はニセモノだったと言うわけだ)、ちょうど夜になった。


カムランの丘のそばの森には数え切れないほどの妖精の輪があった。アリーゼによれば世界に満ちる魔素も濃いそうで、時を越えるドルイドの魔法の維持も楽らしい。


そうして俺達は無事、もとの時代に戻ってくることができた。ずいぶん長い時間が経ったと思ったが、修道院に帰るとほとんど時間は過ぎていなかった。


「〈聖剣〉と〈白百合の軍旗〉を持ってくれるでちか? 〈湖の乙女〉であるジャンヌっちなら、鞘を元の姿に戻せるはずでちよ」

「はい……」


言われるがままにジャンヌは〈聖剣〉と〈白百合の軍旗〉を静かに触れ合わせた。すると突然、純白の旗は生きているかのように剣に巻きつき始めた。


規則的に折りたたまれるような形で〈聖剣〉を包み込んだ旗は、最後に穏やかな光を放ち、黄金と宝石で飾られた完全な鞘となった。


ジャンヌは俺に向き直り、蘇った鞘に納められた〈聖剣〉を差し出した。


「では、これをダリルさんに。〈聖剣〉が人々の未来を、〈対なる鞘〉があなたを守りますように……」

「……ああ。たしかに受け取った」


皆から少し離れ、試しに〈聖剣〉エクスカリバーを抜いてみる。刀身から放たれるまばゆい光が周囲を圧倒した。


「その光は悪意のある魔法を打ち消す力があるでちよ」

「へえ……そりゃ凄いな!」

「マーリンの知識にあったでち。ためしになにか魔法を撃ってみるでちか?」

「あ、危ねぇな! もうちょっと安全な確かめ方は無いのかよ!」

「にゃはは……なにごとも実践が一番早いでち」

「ったく……。それじゃ〈聖剣〉も手に入れたことだし、北へ向かおうぜ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る