第49話 借金王、転移する
夜を待って、俺達はアリーゼのいう森に向かった。
「古い楢の森には〈妖精の輪〉があるんでちよ。ぼんやりした青い光でできた輪っかでち。見つけたらボクに教えるでち」
「懐かしいな……俺もガキの頃、よく飛びこんで遊んだぜ。遠くの場所まで一瞬で移動できたりするんだよな」
「む、無茶な子供でちねっ!? よく今まで無事だったもんでち」
「みんなやるだろ? そのうちエルフの友達もできて……」
「そんな無茶は普通、通らないでちよ……」
「あれか?」
アリーゼがため息をついたとき、クリスが声を上げた。彼女が指す先に青い光が誘うように揺らめいていた。俺達はその青い光が形作る輪を取り囲むように立つ。
「……儀式を始めるでち。ジャンヌっち、〈白百合の旗〉を」
「は、はい!」
旗をアリーゼに渡したジャンヌは、俺と目が合いそうになるとすごい勢いでそらした。まったく……アーサー王に文句の一つも言いたくなるが、大昔に死んだ相手じゃ仕方がない。
「この旗を使って、千年前のアーサー王のもとへ〈扉〉を開くでち。〈向こう側〉がはっきり見えたら飛び込むでちよ? では、いくでち!」
「…………へ?」
思わず俺は間抜けな声を出した。それに構わず、旗を地面に突き立てたアリーゼは呪文の詠唱を開始する。今まで彼女が使っていた魔法とは異なり、その抑揚は吟遊詩人の歌う古謡によく似ていた。
「ダリル、見ろ……!」
クリスの声で妖精の輪に注意を向けると、本当に輪の〈向こう側〉が見え始めた。こちらは夜なのに、あちらには青空が広がっている。
「千年前って……ホントかよ……」
ふと見ると、アリーゼの額に油汗が浮かんでいる。迷っている暇は無いようだった。
「じゃ、行くぜ!」
輪に踏みこもうとした瞬間、身体ごとぶつけるようにジャンヌがしがみついてきた。反射的に腕で彼女を抱えこむ、そのままもつれるように、俺達は輪の中の世界へと転がりこんでいった。
***
踏みこんだ瞬間、天地が逆転する。そして俺達は折り重なるように倒れていた。右手がどういうはずみかしっかりとジャンヌの胸をつかんでいたので、あわてて離す。
「わ、わりぃ……大丈夫か?」
「…………大丈夫です」
ジャンヌは不機嫌そうな顔で答えるが、なかなか俺の上からどこうとしない。
「あー、そろそろどいてくれるか?」
「……やです」
わけがわからない。まったく、これもアーサー王のせいだろうか? 目を動かすと、俺達が落ちてきたらしい暗黒の穴がすぐそばのナラの木の幹に開いていた。
続いてクリスとアリーゼも穴から飛び出してきた。全員が揃うと同時に、その黒い穴は消え去った。
「……帰りはどうすんだ?」
「〈こちら側〉の妖精の輪から旗を目標にして扉を開くでちよ。それより、いつまで二人はその格好でいるんでちか?」
「お、おっと……」
「………………」
ようやくジャンヌが裾を払って立ち上がる。俺はわざとらしく咳払いをして、あたりを見回した。
「さて……アーサー王を捜すか。……ん?」
俺達がいたのは鬱蒼とした森の中の小道だった。そしてどこからか複数の馬蹄の音が聞こえてきた。
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