第45話 借金王、ネズミを焼き払う

「何者だ……!」


その人影が発した声は、意外にも甲高い女の声だった。そいつは入ってきた俺達に気づくと長衣ローブのフードを跳ね上げる。あらわれたのは小柄な美しい顔にほっそりと尖った耳……女のエルフだった。だが異様な眼光を宿すその目は、背筋が寒くなるような狂気を感じさせる。


「てめぇが……ロンドンに黒死病をバラまいたのか?」


ゆっくりと剣を抜き、問いかける。だが、なぜかそいつは俺とジャンヌの顔に釘付けになっていた。


「《円卓の王》と裏切り者の《湖の乙女》だと……!? 千年の時を越え、ふたたび我らの前に立ち塞がるか……!」

「ダリル。今の俺は《円卓の王》じゃなくて《借金王》だと言ってやれ」

「クリス……そりゃねーだろ。とにかく、こいつを倒せばいいんだよな!」


思わず力が抜けた俺に構わず、エルフの女は呪文を唱え始めた。


「妖精達の女王の無念、今こそ果たさせてもらう……!」


青く光る魔素が床の魔法陣を輝かせたと思うと、そこは深淵を思わせる巨大な暗黒の穴と化した。次の瞬間、その闇の奥から大量のネズミが溢れ出してきた。


「ひっ……!」


ジャンヌが押し殺した悲鳴をあげたのも無理はない。ネズミ達の皮膚は膿みただれ、真っ赤に血走った目が爛々と輝いている。そいつらが口から泡を噴き出しながら迫ってくる様は、まるで蠢く茶灰色の絨毯だった。


「食い殺されるがいい! 今度こそ人間を滅ぼし、妖精達の理想郷を作るのだ!」


狂ったように高笑いするエルフの魔女。


「また訳のわかんねーことを……だが、やらせるかよ!」


俺は素早く火口箱を使って松明に火をともした。


「足止めよろしくでち」


アリーゼも半眼になって呪文の詠唱を開始する。クリス達が例の油袋を取り出した。


「ジャンヌ、私に合わせて投げつけろ」

「はい! 村の小麦倉庫ではさんざんネズミ退治をしてたんです……こっ、怖くなんかありません!」


そんなジャンヌに、クリスは年上の姉のように優しく微笑んだ。


「……いい返事だ。三……二……一……投げろ!」


ネズミ達の目前に叩きつけられた袋は小気味の良い音とともに破裂し、中に詰められていた大量のランタン油が周囲にぶちまけられた。


「いいぞ!」


続いて俺が手に持っていた松明を放ると、たちまち燃え上がった炎の壁が鼠達の突進を押しとどめる。その間にアリーゼの魔法が完成した。


爆炎招来エクリクス・プロスクリス


アリーゼの突き出した杖の先から、小さなオレンジ色の火種が飛ぶ。そいつは火の前で右往左往するネズミの群れに落下した瞬間、巨大な紅蓮の竜巻となって荒れ狂った。巻き込まれたネズミ達は一瞬で消し炭も残さず消えていく。真正面に立つ俺も凄まじい熱気にさらされ、前髪からこげくさい匂いがした。


「さて……洗いざらい吐いてもらうぜ、そこのエルフ!」


剣を突きつけると、そいつは信じられないものを見るように立ち尽くしていた。


「またしても貴様が我らの願いを踏みにじるのか……! だが、すでにこの地の人間どもは半ば死に絶え、巨人達は進軍を開始した。滅びの運命は変えられぬぞ、《円卓の王》!」


そう叫ぶと、エルフは下水道のさらに奥の闇へと身をひるがえした。

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