第42話 借金王、抱きとめる

アリーゼが呼ぶ方へ行くと、彼女の使い魔の黒猫が前足で茶色いネズミを押さえつけていた。そのネズミの目は赤く血走り、凶暴に手足をもがかせている。


「こいつがどうした?」

「このネズミ……わずかに魔力を感じるでち。たぶん魔術で召喚され、使役されているでちね」

「……敵の手掛かりか?」

「これから確かめるでちよ」


アリーゼは呪文を唱えた。


〈生物召喚(第一位階)〉プロト・クティノス・プロスクリス


彼女の手のひらの上に青い魔素が渦を巻き始める。その光が一点に収束して消えると、そこに一匹の白いネズミが出現した。


アリーゼがそのネズミを地面におろしてうなずくと、使い魔の黒猫が押さえつけていた手を離す。たちまち暴れていた茶色いネズミは密集した建物と建物のすき間に消え、白いネズミがその後を追っていった。


「さっきの茶色いネズミのあとを追いかけた白いネズミと視覚を共有してるでち。あ、地下に潜ったでち……どんどん……奥へ……」


目を閉じて精神集中を続けるアリーゼは、やがて大きく息を吐き出した。なぜか足元をふらつかせ、俺の方に寄りかかってきたので仕方なく抱きとめる。


「大丈夫か? それとも……わざとか?」

「心外でち! この呪文はとっても消耗するんでちよ? にゃはは……ダリルっち、もっとしっかり抱きしめてほしいでち……」

「おふざけはそれまでだ」


その一言を聞きとがめたクリスが、猫を持ち上げるようにアリーゼの首筋をつかんで俺から引きはがした。


「ちょ、ちょっとくらいご褒美をもらってもいいじゃないでちか〜!」


アリーゼが抗議すると、クリスは無言でアリーゼの猫耳をひっぱった。


「いいい、イタイでち! 取れちゃうでち!」

「それで、なにかわかったのか?」


悲鳴をあげるアリーゼに構わず、氷のような冷ややかさでクリスは質問する。いや、質問というより尋問だった。


「うっうっ……そこはホントに敏感だからやめて欲しいでち……。ネズミはこの街に張り巡らされた地下道を通って奥の魔法陣に行ったでちよ」


ようやく解放されたアリーゼは、涙目でジャンヌに抱きついた。


「それにしてもクリスっちは、ちょっとボクに厳しすぎると思うでち……」

「う、うーん……。今のはアリーゼさんにも原因があるような……」


ジャンヌは、よしよしと彼女の頭をなでてやっていた。しかし、ロンドンに地下道なんてあっただろうか? 怪訝な表情をしていたらしい俺にクリスが教えてくれた。


「アリーゼが見たのは、おそらく古代ローマ帝国時代の下水道だろう。〈商会〉ギルドがその一部を使っている」

「へぇ……どこから行けるんだ?」

「ここから一番近いのは……ロンドン塔の地下だな」

「そこからボクが召喚したネズミを追いかければいいでちよ」

「よし! それじゃ、行ってみようぜ」

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