第17話 借金王、井戸に潜る

伯爵が呼んだ案内人によれば、城内の各井戸が地下の水路を通じて水源に通じているということだった。苔でヌルヌルした壁面をロープでくだり、井戸の底に到着すると、アリーゼが呪文を唱えた。


〈浮遊する灯火〉メテオラ・フォス


ふわりと浮かんだ青い光の玉に照らし出された水路の高さは、軽く腰をかがめれば歩けるくらい。足元の水をはね散らかしながら進み始めると、すぐに妙な匂いが鼻をついた。


「なんだか……腐った肉みてーなニオイがしねーか?」

「この先にいる者が何か、だいたい想像がつくでちね」

「なんだよ……動く死体ゾンビか?」

「その程度なら問題無いんでちけどね」


アリーゼが肩をすくめる。やがて水路の先が大きく広がっているのが見えてきた。


そこはレンガで造られた半球ドーム状の空間だった。奥の壁ぎわに水のわきでる大きな池が見える。そこから放射状に六つの水路が設けられていた。


そして池の前には腕組みをした身長五メートルほどの巨人が立っていた。そして、そいつの身体は……無数の腐りかけたでできていた。


「まいったな……腐肉人形フレッシュ・ゴーレムかよ。こいつは……」


俺の話を最後まで聞かず、無言でクリスは矢を打ち込んだ。だが突き刺さった矢は、じわじわと押し出されて床に落ちる。


「なに……?」

「……こいつは魔法の武器マジック・ウェポンしか効かねーんだよ。前に手に入れた魔法の武器、借金のカタに売っぱらっちまったよな? あーあ、売らずに取っておけば……」


そんなことを言っているうちにも、腐肉人形は組んでいた腕を解き、ゆっくりと俺達の方に近づいてきた。


「武器が効かねーんじゃしょうがねぇ。ここはいったん……」

〈武具への魔力付与〉マギカ・ドステ・オプロ


回れ右しようとした俺の剣とクリスの弓が青く光り始めた。


「一時的に魔法の武器にしたでちよ。がんばるでち!」

「お、おう……! それじゃ、行くか!」


まったく……最近はいつも一人だったから、魔法の援護があるなんてすっかり忘れてた。正面から腐肉人形に突進すると、丸太ほどもある腕が風を切って俺の頭に振り下ろされる。


「ちぃっ!」


俺はさらに速度を上げ、身を沈めながら踏み込む。その頭上すれすれを、巨大な腕がうなりを上げてかすめていった。


〈四連剣〉クワドラ・ブレード!」


懐に潜り込んだ俺はすり抜けざま、手数の多い刀剣武技で脇腹を斬り裂く。腐肉人形の皮膚が千々にやぶれ、死体特有の黄色い液体が噴き出した。あたりに吐き気をもよおす匂いがまき散らされる。


「ヴォェエエエルゥゥゥーーー!」


 腐肉人形は耳をふさぎたくなるような咆哮をあげた。


〈満月の剛矢〉フルムーン・フォースアロー!」


その口とおぼしきあたりに、クリスの放った矢が突き刺さる。それは腐肉人形の頭部を半ば吹き飛ばした。


俺は腐肉人形の振り回す豪腕をかいくぐり、さらに斬りつけていく。目玉や歯が飛び散り、血と腐った肉とが降り注いだ。


「ダリル、そいつをこっちに近づけるなよ?」

「わかってる! くそ……この匂い、当分取れねぇぞ……!」


やがて腐肉人形は暴走状態にはいった。むちゃくちゃに両腕を振り回しながら、俺に向かって突進してくる。単調な動きは、大技を出すチャンスだった。


呼吸を整えつつ、長剣を地面に触れるほど後ろに伸ばして待ち構える。

そして振り下ろされた巨大な拳を、鼻先をかすめるほどの紙一重で見切った瞬間。


〈流星剣〉メテオ・エッジ!」


俺は全身の筋肉を爆発的に連動させ、腐肉人形の頭上から下半身まで長剣を振り抜いた。はたからは、一瞬で身体の中心に一本の線が引かれたように見えたかもしれない。その一撃で両断された腐肉人形はゆっくりと左右にずれ落ち……二度と動かなくなった。


「……終わったぜ」

「ダリルっち、すごい技でちね〜! お肩を揉むでちか? それともボクの胸を揉むでちか?」

「こっ、この状況でよく言えるな……!」

「にゃはは〜。さ〜て、お仕事を始めるでち」


俺が頭から泉の水をかぶっている間に、アリーゼは壁に描かれていた魔法陣を調べ始めた。


「ふんふん……なかなか興味深いでちね。破壊神ディグニティの聖印を焦点として、相性のいい〈病の精霊界〉に扉を開いた魔法陣でち」


 それはいわゆる〈鍵十字〉と呼ばれる紋様だった。紋様の中心部から、絶え間なく粘ついた黒い液体が流れ出し、水源にそそぎこまれている。


「これ……ジャンヌの村の近くの洞窟で魔術師が描いてた模様に似てねーか?」


クリスを振り返ると、彼女も軽くうなずく。


「ああ。よく似ている」

「これが黒死病を流行らせる仕掛けでちよ。では、消してしまうでち……」


アリーゼは落ちていた石を拾って、魔法陣をガリガリと削った。模様の一部が消えた瞬間、ぶよぶよした黒い液体の流出が止まる。


「念のため、半日ほど井戸の使用は禁止でちね。ボクも薬草を使って治療に参加するでち」

「よし……それじゃ地上に戻ろうぜ!」

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