暁闇に星ふたつ:19


 九月の末には夜会が開かれる。それは新入生歓迎会であり、五王に対するお披露目会であり。妖精たちがひとと同じ大きさに変化する、またとない夜。

 リボンちゃん、今年は何日くらいソキとおんなじ大きさになれるのかなぁ、手を繋いで一緒にお出かけしたりお服を選んでもらったりできるかなぁ、と楽しく想像をめぐらせながら、ソキは去年のロゼアの姿を思い出し、頬に両手を押し当てて身をよじった。

 去年のロゼアの正装はそれはもうとてもすばらしく格好良くて、たいへんにドキドキしたのだった。今年の夜会は、自由参加であるという。新入生が『学園』に来なかったからだ。

 だから騒ぎたい者だけが準備をするし、正装をしたい者だけが準備をするし、当日も、顔を出したい者だけが世界を渡って覗きに来る。

 式典ではないから、五王もそれぞれ好きな時間に、好きな格好で顔を見せにくる。

 つまり最初から最後まで参加した者だけが高確率で全陛下の、ときめき私生活が垣間見えるかも知れないし、正装かも知れないし私服かも知れない各々の好みでお選びになった衣装のお姿を見ることができる、というのが、説明部の熱い主張だった。

 魔術師はもれなく、五王に好意を持っている。それは出身国の王に対する親しみであり、魔術師として目覚めた者の、本能に付随する刷り込みにすら似た好意だ。すきなひと、だと、心が告げる。魔術師は王を嫌いきれない。なにがあっても。

 忠誠を誓わせる、変異した存在に刻まれる、呪いじみた好意によって。それは一目で落ちる恋にすら似ている。恋をする者もあるのだという。王に対して。

 その話をなんとなく思い出し、ソキはこてりと首を傾げて手を止めた。膝の上に刺繍の枠をおき、布に針を刺してうぅんと伸びをする。ソキちゃん、と穏やかな声がすぐさま向けられた。

 休憩しようか、と椅子から立ち上がるナリアンに、ソキはふるふると首を横に振った。

「今日はソキがお茶をいれるですよ。ナリアンくんは座っていなくちゃいけないです」

 九月はじめの水曜日、昼下がり。部活棟はにぎやかだった。廊下をひっきりなしに人が行き来する。来るべき月末の夜会の準備に、誰も彼もがはしゃいでいた。新入生に隠し立てしておく必要がない為、交わされる言葉もそればかりだ。

 手に手を取り合って踊りの練習をする者や、楽器の手入れをする者もある。授業のない部活日であるのに、真面目に活動をしているのはソキの茶会部と、寮長引き入る狂宴部くらいのものだろう。

 今日のロゼアは部活動として、廟の掃除をしている筈である。本日の狂宴部の標語、いかなる汚れも許すな、というものが発表されていたので、いつ戻ってくるかは分からないとのことだった。

 もうちょっとしたらおやつの時間になるから、ナリアンと一緒に様子を見に行くのもいいかも知れない。お茶と、甘いものを持って。

 そうするです、とこくりと頷き、ソキはぽてぽてと部屋の片隅に歩み寄った。そこは簡易給湯設備があって、ソキでも使いやすいよう、幅広の台が置かれている。

 よいしょ、と台へのぼってお茶の準備をするソキに、ナリアンからはらはらした視線が向けられた。先の週末、ディタからお土産にもらった香草茶のティーバックを茶器の中にぽんといれて、ソキ用のちいさな薬缶から慎重にお湯を注ぎこむ。

 ふう、と一仕事終えた自慢げな息を吐き、振り返ると、見守る視線が増えていた。きょと、と目を瞬かせ、ソキは戸口に向かって呼びかける。

「ハリアスちゃん。どうしたです? あ! お時間があったら、茶会部へいらっしゃいませんか。いまねえ、お茶をいれてる所なんですよ。はーぶてぃ、なんですけどね。とってもおいしいです。ナリアンくんのクッキーと、あとあと、色々お菓子があるです」

「よかったら、遠慮しないで。いらしてください、先輩」

 机に積み上げていた課題を整理しながら笑うナリアンに、ハリアスはそれじゃあ、と室内に足を踏み入れてくれた。来客用の茶器を取り出して、ソキはあれ、ともう一度戸口を振りかえった。扉は基本的に、開かれたままである。

 来客を待つ時や、ナリアンが特に集中したい時には閉めてあるが、扉を閉めた部屋にいる、ということがソキにはなんだかそわそわして落ち着かないことが多い為に、室内からは常に廊下が見えるようにしてあった。

 廊下を、先輩たちがひっきりなしに通っていく。それだけで、待てど暮らせと、ひょい、と室内を覗き込む者の姿が増えることはなかった。あれ、あれ、と不思議に思いながら、ソキはハリアスの元まで茶器を運び、素直に聞いてしまうことにした。

「メーシャくんとは一緒じゃないの? なんで?」

「いつも、ずっと一緒、っていう訳ではないのよ……それとも、待ち合わせでもしていた?」

 これから来るの、と問いかけられて、ソキは違うですと首を横に振った。すこし恥ずかしそうに、朝に会った時には寮長の手伝いをしようかな、と言っていたから狂宴部かもと教えられて、ソキは不思議さに首を傾げる。

 メーシャとハリアスは、いつから、とは分からないが恋人同士の筈である。それなのに、いつも一緒じゃない、というのは、どういうことなのだろう。いつも一緒にいたいから、恋人同士になるのではないのだろうか。

 んー、と不安げに眉を寄せて声を漏らすソキに、ハリアスはソキちゃんはずっとロゼアくんと一緒だものね、と笑った。

「でも、私とメーシャはこれでいいんです。メーシャは私のやりたいことを尊重してくれるし……私も、メーシャには好きなことをしていて欲しい。もちろん、一緒にいたいな、と思うこともあります。だから、そういう時は一緒にいるでしょう?」

「しなきゃいけない、じゃない時に……一緒じゃなくなるのは、さびしくないです?」

「私はずっとひとりだったから」

 この『学園』に招かれる前も、来てからメーシャに絆されてしまうまでのしばらくも。ハリアスはそう言って目を伏せ、なにか冷たいものに指先を触れさせるように唇を噛んで。

 ゆっくり息を吐き出し、やがて、春の暖かさに触れた花のように、微笑んだ。

「ひとりでいることを、さびしい、とは思いません。それに、ひとりの方が集中できることもありますし、楽なこともありますし……ひとりが嫌いな訳でもありませんから。ひとりでいることも、私は好きなの。ソキちゃんだって、ひとりで……ううん、ロゼアくんがいない時に、したいこともあるでしょう?」

「ロゼアちゃんがいない時に、したいこと……!」

 特にない。えっ、えっ、と右を見て左を見て、えっ、と声をあげてハリアスを見て、もももももしかしてなんですけどっ、とソキは震えながら問いかけた。

「ロゼアちゃんはっ、そ、そきがいない時にしたいことがあるからそきをおいていくです……! これが、これがもしかして噂に聞く、うわきー! ということなんですっ? たたたたたたいへんなことです」

「違うからね。違うからね、ソキちゃん。……本当にないの? ロゼアくんがいない間に、したいこと」

「ちがう? ちがうです? よかったです……」

 ほっと胸をなで下ろして、ソキは拗ねた気持ちでもう一度考えてみた。だいたい、ロゼアがソキの傍にいないというのは、『お屋敷』では職務怠慢にも繋がる重大事件である。

 もちろん、ロゼアが『傍付き』として学ばなければいけないことが多かった為、やれ勉強会だの、研修会だのという理由で離れていたことは多いし、『運営』に呼び出されてねちっこく説教を受けていたことも多い。

 離れている間にソキがしていたのは、ロゼアを待っていることである。ソキにも学ばなければいけないことがあったので、勉強もしていたし、時間をつぶす方法ならたくさんあった。

 でもそれは、全て、ロゼアを待つから仕方なくしていたことで。あるいは、しなければいけないから、今のうちに終わらせてしまおう、ということばかりなのである。

 一緒にしたいことなら、たくさんあった。昔も、今も。

「……ひとりで、ソキがしたいことがないのは、だめなの?」

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