祝福の子よ、歌え 24(終わり)


「先のリトリアの王都昏倒事件で、健康被害が本当になかったのかどうかの調査報告でそれどころではないそうで」

 昏倒が魔術師だけを選んで起こっていたのであればよかったのだが、影響はなんの関係もない一般市民にまで及んだ。その為、各都市に医師と魔術師をひと組として派遣し、調査と健康診断にあたっているらしい。

 城に残った魔術師は、僅かに四名。フィオーレと、レディ。リトリアとラティである。

 そもそもレディは他国の魔術師であるし、リトリアはなににせよ結果が出るまでは監視しておかなければならないし、フィオーレが魔術酔いがさめきらず本調子ではないとのことで、実質ラティしか動ける者がいない状態だ。

 なにかあったら食い止められない、という理由から、シークの殺害許可申請がラティから提出されたが、却下したとのことだった。言葉魔術師は殺してはならない。理由は、未だ闇の中だ。

 あっじゃあこの隙に私ちょっとシークさんとお話がしたいな、とリトリアが言いだしたのを砂漠の王は拳で沈め、お前そんなんだから謀反の疑いが取れねぇんだよと滾々と説教をした、のが昨日のことである。

 そうであるから、俺は今そんな会議してる場合じゃねぇんだよお前らで勝手に決めとけこの今一つ学習能力のないのがとびきり反省するような罪状と刑罰をなっ、というのが、砂漠の王の欠席の顛末である。

 今頃はたぶん、まだリトリアのお説教をしている筈だった。うううぅん、と頭の痛い声で首を傾げ、白雪の女王は眠たげなあくびをする。

「あの子が反省するようなの、反省するようなの……。あっ、違うちがう。こう、なんていうの? そこそこ見せしめみたいな感じになって、そこそこ今後の犯罪の防止になって……というかなんで家出されたの? スティ」

「フィオーレかシークに会いに行く為だ、と言っていたような気もしますが。理由までは、どうも」

「白魔法使いにはもう会ってるから、ひとつは終わってるとして……記憶戻したかったんだよね。あともうひとつがなぁ……特に仲良くもなかった筈だもんね。こないだフィオーレが言ってたけど。わざわざ指名したとなると、うーん……うーん……? だめだと思うけど、ツフィアに心当たりないか聞いてみる? というか、リトリアはなんて?」

 黒板に、リトリアが反省するであろう仕置きを楽しげに書き連ねていた楽音の王は、紺碧の瞳をゆるりと和ませ、淡い笑みを浮かべて囁いた。

「なんとも。不慮の事故だったけど、結果的に遮断できた気がするから、帰って確認してから報告します、とだけ」

「遮断。確認。……なにを?」

「予知魔術師の秘密にかかわることだから、正式な手順を踏んだあとでないと、どーしても! おはなしできないの、だそうです。書くことも、その他の手段で伝えることもできないのだと。魔術師として存在してしまった以上、手順を踏まなければ発音すら不可能なことだから、ツフィアに振られるまで待っててね、と言われましたが……」

 言葉を切り。口元に手をあてて震えるように笑いながら、あの子はなにを言ってるんでしょうね、と楽音の王は囁いた。

「まあ、話してくれる意思はあるそうですから、待ちましょうか。ツフィアと、ストルとの面会の後になりそうですが」

「面会はさせてもいいんだけど……その前に罰則だけでもなんとか……! どうしようかな……これまでより厳しくする感じにしておく? 行動範囲の制限と、発言内容の常時記録と……行動範囲の記録も付けられるようにしておく? とりあえず無期限で。単独行動は禁止。必ず、魔術師を一名以上同行させることにして、あとは……奉仕活動とか……?」

「反省札と、反省文。一日一回、王宮魔術師訓戒をそらんじる……という所でいいことにしましょうか」

 とすると記録する為の道具が必要ですねと苦笑され、白雪の女王は力なく頷いた。

 溢れかえった品々を整理する為に、整理整頓の為の収納を買ってこなければならず、なぜか一時的にものが増える不思議を目の当たりにした時と同じ表情で、遠くを眺める。

 そうすると設計からはじめないといけないから、完成は一月後とか二月後かな、その間はどうしようね、と問題を窓の外に投げ捨てたがる生徒の達観した笑みで言葉を零す白雪の女王に、花舞の女王はうつくしく笑った。

「それでは、その間はうちで引き取っておく、ということでどうかな?」

「……一応、いちおう理由聞いておくけど、なんで?」

「妹の保護観察をするのに、なにか理由が?」

 そう言いだすかなって思ってた知ってたー、と会議に真面目に出席してしまったことを心底悔やむ表情でゆっくり頭を抱え、白雪の女王は机につっぷした。もうやだ、もうやだ私ばっかり、いっつも私ばっかりが一生懸命でこのひとたちみんなまじめじゃないんだから、と涙声が響く。

 しかし残念なことに、女王を慰める者はこの場におらず。扉の外、廊下、建物の周りを厳重な警備で囲む代わり、三人ばかりが存在しているこの部屋に、味方などいる筈もなかった。

 かえる、もうおうちにかえる、と自国にいるにも関わらず意味不明な主張でぐずりだす白雪の女王を慣れた手つきで撫でてあやしながら、楽音の王が聞き捨てなりませんね、とやや不愉快そうな声で応じる。

「それを言うなら、楽音に戻しておくのが正当な筋というものでは? 魔術師としての所属国ですし、なにより、私の妹でもありますからね」

「……ふたりとも実の妹っていう訳では無かったよね……。でもきっと私の話は聞いてくれない……知ってる……」

 リトリアの母は、花舞の。父は、楽音の王の血筋。手に手を取って行方をくらませた、花舞先王の妹姫であり、楽音先王の兄である。そうであるから、正確には二つの王家の血をひく現施政者の従妹、というのが一番正しい。

 白雪の女王は他国であるが故に、ふたりに対して、よくもそんな大変なことをやってくれたな国を捨てて恋に走るとか王族の風上にも置けないから出奔してくれてよかったんじゃないの、くらいしか思わないのだが。

 二人はそれぞれ、叔母であり、伯父であるが故に、言葉では言い表せないものが多々あるらしく。

 その上でリトリアをひょいと捨てて行ったので。もう存在を抹消して最初から妹だったことにすればいいんじゃないかな、という所で、精神の安定を得ているらしい。あえて深く聞くまい、と白雪の女王以下、他国の王たちは思っているのだが。

 思っているのだが。頭上を飛び交う会話が、先に手を離した方が本当の兄もしくは姉です、じみた結論を下しかけていたので。白雪の女王は義務感のみで顔をあげ、息を吸い込んで言い放った。

「もう! ふたりとも、なに考えてるの!」

「あわよくば親権が欲しい」

 ぴったり重なった即答は、しかも真顔だった。そっかー、ふたりともあの子の親権までは持ってないもんねー、そっかーうんそっかぁー、としみじみ頷いて。白雪の女王は、わかりました、と言って机に手をつき、立ち上がった。

 場の温度がひといきに、冬の氷点下まで下がる錯覚。あ、と思って二人の王が口を閉ざすが、時すでに遅かった。

「各魔術具ができるまでの期間、私が、責任を持って、リトリアの保護観察をします。各国の錬金術師に協力要請は行くと思うけど、どうせ実際に制作するのはわたしのエノーラですから? 機能試験をする観点から見てもそれが一番効率はいいでしょう。黙りなさい反論は聞いていないし口を開いていいとも言ってない。私の許可なく発声するってどういうことなの? どうしてそれが許されると思ったの? ここは私の国だから、私の言うことくらいは聞き入れてくれてもいいはずよね? ね? もちろんそうよね?」

 ふふ、と口元に指先をあてて笑う仕草は普段のものだが、目が完全に笑っていなかった。反論を聞き入れる気もないようだった。白雪の女王は、沈黙するふたりを満足そうに見比べた。

「さ、ふたりとも。分かりましたと言いなさい?」

「……分かりました」

「よろしくお願いします」

 よろしい、と白雪の女王は頷き。もう、と怒った声で終幕とし、窓の外を眺めて息を吐く。すでに春は終わり、夏の日差しが地に突き刺さるよう下りてきている。もうまもなく、流星の夜。

 魔術師が己を守護する星に挨拶をする、瞬きの夜が、今年も巡ろうとしていた。




 ひかりの届かない、夜とは違うくらやみの中で。言葉魔術師の男はやわらかく、口元を和ませ肩を震わせた。少女が成した拒絶そのものの魔力の影響は、砂漠の王宮の地下に設えられた男の為の独房にも届いていた。

 一瞬のきらびやかなうつくしい花と、幻の芳香。あまやかな印象とは裏腹に、その魔力は暴力的なまでに、伸ばした糸のなにもかもを引きちぎり、消滅させていた。困ったナ、とくすくす笑いながら男は目を細める。

 モうすこシだったノニ。

 焦る気持ちが生まれないのは、時間がいくらでもあるからであり。操る糸が消えただけで、書き連ね、染み込んだインクは残されたままであるからだ。それでも、いましばらくは静かにしていようかと、男は笑って目を閉じた。

 思い描く。未来を。己が望んだ世界の在り方。その形を夢想して、笑う。その声すら。誰にも届かず、知られることなく、消えて行った。

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