ひとりの。別々の夜。 35
顔に両手を押し当ててもじもじてれてれやんやんしながらも、ソキは思い出してぷっと頬をふくらませた。
うん、と訝しんで降ろされるロゼアの視線を受けながら、ソキはぺたぺたと己の頬や首筋、胸やおなか、二の腕、脚を服の上から触って、げせぬです、とくちびるを尖らせる。
「ソキは、やわやわでさわるととってもきもちです……。ろぜあちゃん?」
「なあに」
「ロゼアちゃんは、もっとちゃぁんと、ソキをロゼアちゃんのすきすきにしないといけないです」
いいですかぁ、と拗ねて叱りつけるような口調で、ソキはロゼアに主張した。
「すきすきが足りないからいけないと思うです。ろぜあちゃん? ソキをちゃぁんと、ロゼアちゃんのすきすきにして? しないとだめです、てソキは言ってるです。ソキは早くロゼアちゃんのすきすきでいーっぱいになって、めろめろにしないといけないです! めろめろです!」
「……めろめろにするの? 誰を? なんで?」
「ソキはろぜあちゃんをめろめろにするです。ほねぬき、というやつです!」
えへへんっ、とふんぞりかえって主張するソキの顔を、ひょい、と覗き込んだメーシャが笑う。
「ソキ。物事には限度があるんだよ? これ以上は難しいんじゃないかな」
「ふにゃ! ああぁ、メーシャくんですぅー! メーシャくん、こんばんは」
「こんばんは。おかえり、ソキ。待ってたよ。俺も、ナリアンも……もちろん、ロゼアも。ずっとずっと、ソキが帰って来てくれるのを待ってたんだよ。……おかえり。よかった」
微笑んだメーシャはくちびるを尖らせたまま首を傾げるソキに手を伸ばし、熱を計るように額に指先を滑らせた。ひとと距離を保ちたがるメーシャにしては珍しい接触に、ソキはぱちぱち目を瞬かせた。
ソキをぽかぽか温める魔力はロゼアのものだけで、それを受け渡された風でもない。なぁに、と問われるのに微笑みを深めて、なにも告げず。メーシャはロゼアに視線を向け、瞬間的な笑いに吹き出した。
「ちょっと撫でただけだよ」
「なにも言ってない」
「眉間のしわが全てを語ってるよ……?」
んん、と不思議そうな声をあげて顔をあげ、ソキはうにゃんふにゃん、とロゼアの眉間に指先でじゃれついた。てしてし触って、ろぜあちゃんどうしたの、と体をすりつける。
「ふきげんさんです……?」
「違うよ、ソキ。大丈夫。……でも今触る必要なかったろ、メーシャ」
「あ、ソキだ。久しぶりだな、と思って。警戒しないでも、俺はソキにはめろめろにならないよ……?」
肩を震わせて笑いながら告げるメーシャに、ロゼアは分かってるよと早口で言い切った。ぎゅむりと抱き締め直されて、ソキはきゅぅ、と幸せな声をもらす。
なんだかよく分からないのだが、ロゼアがぎゅっとしてくれたので、ソキはもうそれでいいのである。はふ、と息をはいて腕の中でじっとするソキに、ロゼアはしっかりとした声で言い聞かせた。
「ソキ、ソキ。誰か誘惑したりするのは、やめような。体調が良くないだろ。……メーシャなに笑ってるんだよ」
「体調が……良くても、だ、誰か誘惑しようとするのは止めるのにな、と思って……!」
「俺がいるのになんで誰か誘惑しないといけないんだよ。誰だそんなことしろってソキに言ったヤツ」
ぶはっ、とこみあげる笑いに耐えきれなかったメーシャが、口を手で押さえてその場にしゃがみこむ。ぷるぷると震えて笑いながら、メーシャは楽しくて仕方がなさそうにロゼアのことを見上げた。
「俺がいるのに……?」
「……なんだよ」
「ううん。それより、ロゼア? ソキがなんだかきらきらしてるよ?」
ん、と視線を落とされるのに、ソキは指先をもじもじ擦り合わせたのち、頬に両手を押し当てた。
「ロゼアちゃんは、もしかしてぇ……もしかしてなんですけどぉ、ソキとメーシャくんにお話するのに、ちょっとだけお声の感じとかがちぁうです……? ロゼアちゃん、ロゼアちゃん。ソキにもメーシャくんにするみたいに、お話してみて? してみてくださいです。ねえねえ、いいでしょう……?」
「……ロゼアってソキ以外には時々雑だもんね」
「ねえねえ、ろぜあちゃん? ねえねえ、ねえねえ。ろーぜーあーちゃー? ねえねえ」
ソキにも、なんだよ、をしてぇ、ねえねえしてして、と体をぐりぐり擦りつけながらあまく強請ると、ロゼアの腕にぎゅぅと力が込められる。
ぎゅむ、ぎゅぎゅっと抱きしめられて、ソキはきゃぁあああんっ、とはしゃぎきったとろとろの声を響かせた。
「ろぜあちゃが! ろぜあちゃが……! ソキを! ソキを! いっぱいぎゅぅしてくれてるですううぅううきゃぁあんきゃああぁああんっ……! ……もっとぉ。ロゼアちゃん、もっとぉ……!」
「よし、ソキ。夕ご飯を食べような。食べたらぎゅぅしてもいいよ」
「きゃあぁああん! ソキはゆうごはんをたべるううう! たべるですうううぅ!」
それでロゼアちゃんにぎゅぅをしてもらうです、とはしゃぐソキの髪が、温かくふわふわと背に流れて行く。
お風呂から出たての時はまだ生乾きだった髪は、食堂に来るまでにすっかり乾いて気持ちがいい。ロゼアちゃんはすごいです、と頬を肩に擦りつけながら告げれば、メーシャが感心したように頷いた。
「使い方も上手だけど、発想がすごいよね。太陽の熱の魔力で、髪の毛乾かすって」
「ふにゃぁ……ロゼアちゃんのなでなでが、さらにあったかくてきもちいのになったです……。あ、あっ、でも、でも、あの、あのね。ロゼアちゃん、あのね。あの……ソキ以外をこうやって乾かしちゃだめですよ。これはロゼアちゃんのぎゅぅと、だっこと、なでなでと一緒で、ソキのですよ? わかった? わかったです? わかったなら、ロゼアちゃんはソキをだいすきって言って、ぎゅぅってして、それでそれで、うん、って言うです」
「うん。大好きだよ、ソキ」
ぎゅむっと抱きしめられながら囁かれ、ソキは分かったならいいんですぅーっ、と腕の中でふんぞりかえった。
ナリアンが食堂に姿を現したのは、ソキが一時間はかけた夕食の最後のふたくちと、ちまりちまりと格闘している最中のことだった。
あっナリアンくんですー、とまたも目の前の食事から気を反らしたソキの肩を、ロゼアがぽんぽん、とてのひらで叩く。
「ソキ、ソキ。はい、あーん」
「あー……ん。あむ。……んんぅー……ロゼアちゃん、ソキはもうおなかいっぱいです」
「うん。あともうひとくちで終わりだからな、ソキ」
角切りの桃を一欠片、残ったヨーグルトにまぶして木の匙を口元へ運ばれるのに、ソキはいやんいやぁん、とロゼアの膝上でちたぱたした。
「ロゼアちゃんが、だいすきなソキ、もうちょっと食べて? って言わないとソキはあーんもしてあげないですうぅ」
「大好きなソキ。かわいいかわいいソキ。もうちょっとだけ食べような。はい、あーん」
「あーん。あむっ!」
二人の真正面に席を据えたメーシャが、顔を両手で覆ってくつくつと笑いをこらえている。あむあむ、あむ、こくんっ、と最後のひとくちまで綺麗にたいらげたソキを撫でながら、ロゼアが憮然とした目を友人に向ける。
「なんだよ、メーシャ」
「ううん? ……ソキのそれは、なにかな、と思って。わがまま? ふきげん?」
「メーシャくん? ソキはぁ、いま、はんこーき、です」
えっへん、と胸を張ってふんぞりかえるソキの現在位置は、椅子に腰かけるロゼアの膝の上である。ぺたぁーっと全身をくっつけて甘えて、ぎゅっと抱きしめてもらって、髪も撫でてもらっている最中だ。
反抗期、とメーシャが繰り返して確認すると、ソキは自慢げな顔でこくりと頷く。反抗期、ともう一度呟き、メーシャはちらりとロゼアに視線を移動させた。な、ん、だ、よ、と言ってくるロゼアに、メーシャはきれいな顔で微笑んだ。
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