ひとりの。別々の夜。 04
午後からの実技授業が中止になってしまったので、ソキは一度部屋に戻ってしろうさぎちゃんお出かけ鞄を置き、代わりにアスルをぎゅっとして『学園』を歩きまわることにした。
よち、よち、よち、と危なっかしく歩くソキのしろうさぎちゃんリュックには、ロゼアがくくり付けた願い札の他にもう一枚、ぺらりとした木札が追加されている。
よち、よち、と歩いて、ソキはとても嫌そうに身をよじり、その木札をじーっと見つめた。勝手に外したりできない呪いが付けられたその木札は、『学園』の生徒としてふさわしくないことをしでかした者に与えられる反省札である。
一筆箋程の大きさで、紙のように薄い。本日発行された反省札は、全部で四枚。他の三枚はそれぞれウィッシュと、レディと、リトリアが持っていた。
これはもしかしなくてもソキはロゼアちゃんに怒られちゃうです、と涙目ですんすん鼻をすすりながら木札を睨んでいると、表面に虹色の揺らめきが現れ、文字を成した。
反省中、の文字がちかちか点滅し、ぐにゃりと歪んで別の文字を成す。
「……『私は談話室の破壊を、応援しました』です。……ちぁうもん。ソキはりょうちょをやっつける、おにいちゃんとレディさんを応援しただけです……。りょうちょが逃げたり、避けたりするから、談話室が壊れちゃったです。ソキは悪いことしてないもん……」
しろうさぎちゃんリュックの耳にくくりつけられた紐を懸命に引っ張ってみるものの、ソキが体勢を崩してころりと廊下に転んでしまっただけで、特別製の呪いは消えてくれそうにもなかった。
この札は一週間、本人の反省を促した後、反省文の提出と再度口頭での注意を行った後に外される。くれぐれも焼いたり切ったり試みたりしないように、とうんざりした顔で告げた寮長を思い出し、ソキはじたじたと涙目で足をばたつかせた。
「うやんうゃん……! ソキはいけないことしなかったです。ソキはまきこまれたです……!」
これはたいへんなことですうう、と訴えるソキに、ああ誰もが一度は通る道反省札にソキちゃんもついに、という視線が向けられる。
せわしなく次の授業へ向かって行く先輩たちに、違うんですよソキは巻き込まれたですそうに違いないですりょうちょがぜえぇええんぶ悪いです、と訴え、ソキはふすんっと鼻を鳴らして、よろよろと立ちあがった。
ちなみに最も巻き添えを食らったのはリトリアである。すでに楽音へ強制帰還させられているリトリアの反省札に書かれた文字は、『私は談話室の破壊を、止められませんでした』だった。
レディの監督不行き届き、というのが反省札の理由であるらしい。あれ、リトリアちゃんを守ったりするのは私の役目の筈なんだけどあれなんでだろう涙が、と頭を抱えてうずくまったレディも、すでに星降に帰らされていた。
ウィッシュも同様に、白雪に戻されている。
もおおぉ、ソキは授業をとぉっても楽しみにしてたのにぃ、と怒りながら、ソキはアスルをぎゅむぎゅむ抱きしめ、『学園』散歩を再開した。
歩くのはソキがしたかったらしていいけど、外に出るのだけは駄目絶対駄目、とロゼアに言い聞かせられていたので、寮から渡り廊下を繋いで行ける室内を動き回る。
しばらくは修理中の談話室と寮の出入り口をよちよち往復していたのだが、景色も変わり映えがしないし、誰も通りがからないしで、ソキは階段を上ることにした。
ロ、ゼ、ア、ちゃ、ん、の、お、部、屋、は、二、階、で、す、と言いながら一段ずつんしょ、んしょっと登り、踊り場でふーっと息を吐いて座り込む。
「ソキは、お昼の前より、も、歩くのが上手になったです……」
ソキはすごいですと疲れた顔で額の汗を手でごしごし拭い、ソキはうぅんと眉を寄せた。
「上手になったのはいいですけど……汗くさくなっちゃったです。これじゃロゼアちゃんのお迎えに行けないです……」
服を引っ張ったりして匂いを嗅ぎ、ソキはしょんぼりと肩を落としてうなだれた。実技授業が終わったらソキはロゼアちゃんのお迎えに行くです、とロゼアに言っておいたのに。
汗くさかったらぎゅって抱きつけないし、すりすりもできないし、撫でてもらえないかも知れない。アスルをぎゅうぎゅうに抱きつぶしながら考えて、ソキはすっくと立ち上がった。そうだ。お風呂へ行こう。
「お着替えのお服は、ロゼアちゃんがいっとうお好きなのにするです。あと、髪の香油と、おててのクリームと……お体の、まっさーじ、の、バターと……あ、あ! 爪も塗りたいです。そうするです。……あれ? お迎えのお時間に間に合うです……? ……ソキは、ソキはガッツと根性でがんばるです! ソキはぴかぴかにしてロゼアちゃんのお迎えに行くです……そうしたら、もしかしたら、もしかしたら……!」
かわいい、と言ってくれるかも知れない。いつかのようにぱっと明るく笑ったロゼアが頬を染め、ソキにかわいい、と囁いて抱きあげてぎゅっとしてくれる所まで考えて、ソキはきゃぁんやぁんやぁああんっ、と身をよじった。
「髪の毛は、いっぱい梳かしてさらさらにして……。ふたつ、三つ編み、くらいなら、ソキも頑張れば……」
それとも、いつもの結ばない髪の方がロゼアは好きなのだろうか。階段をよちよち登り終え、考えながらソキはロゼアの部屋に向かった。ごそごそとリュックから鍵を取り出し、反省札を引っ張って取れなくてガッカリし、かちりと開けて中へ入る。
誰もいない部屋はひんやりとしていて、静かだった。アスルを寝台の上に戻し、アスルは今度洗ってあげますからね、と言い聞かせて衣装棚を覗き込む。
しばらく、あれでもない、これでもない、と探して、考えて、取り出したのは深い赤のワンピースだった。くらやみの奥で眠りについた上質な紅玉を、そのまま溶かしこんだような色をしている。
差し色で使われているのは白で、極細のレース糸がスカートの裾に花園を描いていた。
これはロゼアの機嫌が良い休みの日に着せてくれる服で、ソキの考えが間違っていなければ、いっとうロゼアのすきすきな服、な筈である。ううん、とソキは服を手に考えた。これがいいと思うのだが。
「お背中の……あみあみ。ソキには難しいかもです……」
コルセットの紐を編むように。腰から首のすぐ後ろあたりまで、茶色の結び紐が下げられている。これを編んで、腰元か、首の後ろ。どちらかできゅ、と結べば完成であるのだが。
つまりこれはソキひとりでは着られない服、なのである。
「でも、でも、でもぉ……冬のお服で、ロゼアちゃんが一番なのは、きっとこれです……」
これが夜なら、お風呂できゃっきゃ手助けをしてくれる先輩たちに、いくらでも頼めるのだが。何人か候補を巡らせても、全員が授業中で、談話室はしかも修理中であるから様子を見に行くことが出来ない。
大多数の避難場所として選ばれた図書館は外へ出なければいけないので駄目だし、だいたい、そこへ行って帰ってきてお風呂、となるとどう考えても準備の時間が足りない。
ううぅん、うーん、と考えるソキの耳に、カッ、と硬質な靴音が触れて響いた。
「お困りのようね……!」
「……ロゼアちゃんが、二番目にすきすきなお服なら、がんばれば……着られるかもです」
「え? えええ、無視……? ちょ、ソキちゃん? ソキちゃんったら! こっち向いて? ね? いいこだから、お姉さんとお話しよう……? やだー、ねえちょっとちょっと! ほらほら、怖くない、怖くないわよー? あなたの私の正義の味方! 困った女子限定救世主、エノーラさんですよー! え? なんでここにいるかって? 決まってるじゃない。神が私に囁いたの、合法的にソキちゃんとお風呂を一緒できるチャンスだってね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます