ソキの! 教えて? リボンちゃん。 05
それならやっぱり、ソキがロゼアを離して幸せになってくださいね、と何処かへ行くのが正しくて。傍にいたいです、ずっとです、と思って、それをねだったりするのは、普通じゃないし、正しくないし、間違っていることなのだ。
涙を堪えて何度も瞬きをして、ソキはもぞもぞもぞ、とロゼアの腕の中で座りなおした。ソキだって頑張れば普通も、正しいもできるのである。ソキはがんばるです、とまず第一歩としてロゼアの膝上からソファへ降りようとしたのだが。
いつのまにかロゼアの腕がぐるりと腰にまわされていて、ソキはちっとも身動きが出来なかった。あれ、あれ、ともぞもぞちたぱたしていると、うん、と不思議がる呟きで、ロゼアの眼差しがソキの瞳を覗き込む。
砂漠の太陽の。夕闇に沈む紅の。あるいは、夜の衣を足元に従え、世界を切り裂く曙光の瞳。夜に光を与える者。朝を導き包み込む色。
ソキの夜はいつだって、ロゼアがいることで鮮やかな朝を迎える。
「……ソキ? どうしたんだ?」
「ロゼアちゃん。ソキは普通をできますよ。一人でちゃぁんと座れますです」
「うん? うん、そうだな。……ひとりで座りたいの?」
そういうんじゃないですけど、とソキは唇を尖らせた。体をちょっと離すと、その隙間に入り込んでくる空気が冷たくて、それがとっても嫌で我慢できなくて、ソキはロゼアにぺとりとくっつきなおした。
せっかく服に体温が染み込んだのに、すぐに冷たくなってしまう。ぐりぐりと顔をすり付けて、ソキは拗ねた気持ちでくちびるを動かした。
「ソキはね、ロゼアちゃん。あのね、あのね、ソキはね……」
「うん? なに、ソキ」
「あのね、あのね」
顔をすりつけてロゼアをいっぱい堪能しつつ、ソキはぷっと頬をふくらませた。
「気がついちゃったですけど。普通は、ロゼアちゃんなしっていうことです……」
『そ、そうかな……? ちょっと違うんじゃないかな……ソキちゃん?』
お向かいから響いてくるナリアンの意思に、ちぁくないもん、とほわんほわん言い返して。ソキはすすんっ、と鼻をすすって、ロゼアにぎうううっ、と抱きつきなおした。
おいお前今そこで抱きつく理由も意味もなかっただろうがどういうことだ、という妖精の呻きが頭上から聞こえた気がするが、気のせいということにして、ロゼアに訴える。
「たいへんです……ソキは、普通を、んと。できますよ? ちゃぁんと、ソキは普通だってできるです。いっぱい、いっぱい、普通を頑張れるです。でもね? ……でも、でも、でもぉ……でもぉ……」
「うん。でも?」
ぽん、ぽん、と背を撫でてくる手の心地よさにふあふあ息を吸い込んで、ソキは懸命に口を動かした。
「ロゼアちゃんなし……。みんながソキにロゼアちゃんなしをしなさいっていうぅ……ソキは、そんな言われなくても、あとでちゃぁんとがんばうもん。……それまでロゼアちゃんなしをしたくないですのに、なんでロゼアちゃんはどこかに行っちゃうです? ……きっとソキのかわいいが足りないです。みりょくがたりないです。きっとそうです。ソキはもっとロゼアちゃんのかわいいになりたいです……ロゼアちゃんはもっとソキを、ロゼアちゃんのすきすきにしなくちゃいけないです。ろぜあちゃはもっとぉ、そきにぃ……てまひま、を、いぱい……かけう……うぅ……ん、んん」
「うん。眠いな、ソキ。……眠っていいよ。眠ろうな」
ぽん、ぽん、ぽん。穏やかに背を撫でる手に、体温が溶けていく。ふあぁ、とあくびをして、ソキは目をこしこしこすって、こくん、と頷いた。ソキはお昼寝の時間です。
けんめいに口を動かして頑張れば、柔らかに抱き寄せられた腕の中、耳元でロゼアの声がえらいな、と笑う。
「ソキは偉いから、おやすみの前に、俺なしにしなさいって言ったのは誰か教えられるな?」
「うぅ? ……んー、んー……りょうちょと、うんえと、へーかです」
「ん、いいこ。いいこだから、ソキは頑張らなくて良いよ。それとも、ソキは俺なしを頑張りたいの? ……俺の傍から離れたい?」
や、で、すぅー、とほんわほんわ歌うようにソキは言い切った。ソキはしなくちゃいけな、ですから、それをやりたい、じゃないとだめなんです。そきはろぜあちゃんのいいこ、ですから、ちゃぁんと言われたことはしたい、をできるです。
えへへん。そきはいわれたことを、やりたい、できる、とってもすなおないいこです。ほめてほめて。眠くて仕方ない声でぐりぐり頭をすりつけながら要求してくる声に、ロゼアは微笑みを深めてソキは偉いな、と囁いた。
ぽん、ぽん、とソキの背を撫でているロゼアを眺め、ナリアンがそぅっと告げてくる。
『ロゼア、その……』
「うん?」
『もし、手が必要な時は俺に声をかけてよ。俺、ロゼアの役に立てると思うんだ……』
はにかみながら微笑み、ナリアンはその芳醇な魔力をくゆらせた。
『あと合法的に寮長をボコせそうな気がするからアレは俺に任せてくれていいからね』
「ありがとう、ナリアン。心強いな」
『あれ、いつのまに合法的っていう言葉の意味が違う風になったんだろう。あれ……』
魔術師のたまごたちの頭上を漂いながら、シディが遠い目をしつつ首を傾げる。合法的とは、という白い目をして、腕組みをした妖精がそんな訳ないだろうが、と首を振った。
ぷにゃぁ、としあわせでほわほわで安心しきってあまえきった鳴き声があがったので、妖精は無言で腕を振りながら視線を下へ落とした。うと、うとっとしたソキが、ロゼアにぴっとりくっついて眠ろうとしている。
うふふ誰が眠っていいって言ったのかしらアタシまだ話は終わっていないんだけど、と一応ソキを狂乱状態に陥らせたことを反省し、落ち着くまで待っていた妖精が微笑みを浮かべる。
本日何度目かの、ロゼアあのヤロウ、を純粋な八つ当たりとして発した時だった。妖精は、あることに気がついてすっと高度を落とし、ソキの全身を視界に収められる位置で羽根をぱたつかせた。
ロゼアの腕の中にすっぽり包まれ、髪をゆっくり撫でられ、指先で背をとんとんと叩かれて、ソキはもうほんとうに眠る寸前だ。
うと、うとぉっとしながら時折重たげに瞼をぱちぱちとしては、吐息にも負けるような淡い囁きで、ロゼアになにかを話しかけている。
ロゼアはそれに一々、うん、だの、そうだな、など返事をしては、ソキの頭にぐるりと腕を回し、やんわりと抱いて眠っていいよ、と囁いていた。お、ひ、る、ね、の。お、じ、か、ん、です。
ソキは、ちゃぁん、と。いえ、た、で、す。よし、と満足げな表情でこくりと頷き、ソキははふー、とやたら自信たっぷりな風に息を吐きだし、ほよほよと瞼を下ろしてしまった。
お前アタシが来てること忘れてるだろ、と妖精はゆっくりと羽根を動かして腕を組む。
視線でロゼアが用件を問いたがっているのを完全に無視して、妖精はソキのことを凝視していた。柔らかく己を抱き寄せるロゼアの腕の中、膝の上にちょこりと腰かけながら、ソキは体を完全に預け切っていた。
その腕にも、脚にも、どこにも力が入っていない。ぎゅうぎゅうに丸くなりたがることはなく、体をほんのすこしでもロゼアにくっつけたがって、両腕は己を抱く腕にじゃれつくように絡みついている。
絡んでいるだけだから、アスルのようにぎゅむぎゅむに抱きつぶされてはいなかった。あくまで、ロゼアがその腕を動かしたくなった時に、邪魔をしないくらいの力加減なのだろう。
特にその腕を引き抜く素振りは見せなかったが、指先を動かしてそっと撫でる仕草に、負担がかかっているようには思えなかった。
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