今はまだ、同じ速度で 02
予知魔術師の実技試験は公開式で行われることと、その内容までは文献に残されていた。ウィッシュを悩ませたのは、それを実現するだけの術である。魔力の絶対量がすくない予知魔術師では、試験に必要な分にも足りないからだ。
途中で枯渇してしまうことは予想に容易かった。さてどうしたものかと考えた末、ウィッシュが助けを求めたのはリトリアの担当教員であった男だった。
星降の王宮魔術師をしている男はそれなりに多忙だが、予知魔術師のことについて相談がしたい、というウィッシュの求めにはすぐ応えてくれた。聞けば男もどうしたものかと悩み、かたはしから文献を総ざらいしたあげく、五ヶ国の王に相談までしていたらしい。
男はまず己のとった方法を文面にして残しておかなかったことを謝罪し、あっさりとそれを教えてくれた。ちょうどいいことに、魔法使いが傍にいたから、彼に魔力供給役を頼んだのだ、と。
予知魔術師は己の魔力だけでこと足りぬ時、傍にいる魔術師の魔力を引き寄せる性質を持っている。他の魔術師には絶対にないその性質があってこそ、少ない魔力量でも予知魔術師は兵器として成り立ったのだ。
だからリトリアの時は白の魔法使いに頼んでいたな、という男になるほどと頷き、ウィッシュは現存する魔法使いのふたり、どちらに手伝ってほしいかをソキに尋ねた。ソキは悩んだ末、火の魔法使いの名を出した。
それを受けてウィッシュはレディに連絡し、座学の試験が執り行われている今日、ソキの実技試験となったのだ。入学して数ヶ月。体調不良と回復を繰り返していたせいで、ソキが座学で受けられた試験の数はすくない。
一般教養はなんとかなったのだが、魔術師として受ける座学は受け直しとなった。出席不足が主な理由である。
予知魔術師に、属性の修練、適性の習熟は基本的には必要がない。最終的には授業を受けずとも、試験に合格せずとも、身体感覚としてそれを覚え込み、馴染ませてしまえばこと足りるからだ。
しかし今現在、世界は予知魔術師を戦場に引きずり出す必要性がなく、時間をかけずとも卒業させてしまう理由を持たない。平和であるからこそ、ウィッシュはしっかり五ヶ国の王に念を押されていた。ぜんぶ合格させてね、と。
順番が逆であるのだが、その為にも必要であったのが、実技試験、その初歩の合格である。予知魔術師は他のどの魔術師より、魔術の扱いを体で覚える。感覚に刻み込む。知識はその後押しをしてくれる。
けれども、その研ぎ澄ませた感覚がなければ、いくら知識を積んでも予知魔術師が真の安定を得るには至らないのだという。
ともあれ、ソキはウィッシュの課した実技試験、『全ての属性、全ての魔術師適性を使用し、術式の初歩を正確に起動させる』に合格した。一番最初に起動させた風の魔術から、最後に披露した太陽の黒魔術まで、かかった時間は三時間とすこし。
ソキの体力は限界をすこし超えていて、戻った談話室でぱたりとソファにうずくまったまま、動けないでいるようだった。ウィッシュはその前のソファにくたりと腰を下ろし、途中でロゼア戻って来なくて本当によかったぁ、と胸を撫で下ろした。
ロゼア呼ぶよ、と脅しはしたが、実技試験は一度きりの中断なしで終えてしまうのが通例だ。体調のことがあるといえど、中断と再開を認めてもらえるかどうかは分からなかったのである。そうなれば、ソキは学園から外に出られない。
新入生は実技試験に合格した者のみ、年末年始の長期休暇で『中間区』から外に出ることを許される。魔術の制御に、一定の安定を得ていると判断されるからだった。座学の試験が終わり、十二月になるまでもう数日しかない。
今日を逃せばソキは強制的に学園に留め置かれることになっただろう。あああ本当によかった、と胸を撫で下ろしながら、ウィッシュはソファに座らず、その前の床にぐったりとしゃがみ込んで動かないレディを見つめた。
試験中、ずっとソキに魔力を供給してくれていた魔法使いは、レディ、と呼びかけるウィッシュの声に、のろのろと視線を持ち上げる。ふぁ、と眠たげなあくびをして、レディは疲れ切った様子で首を傾げた。
「なにか……?」
「ううん。眠いのかなって。あと、おつかれさまと、本当にどうもありがとう。レディのおかげで助かった」
「ふにゃっ」
レディさん。そうだ、お礼いわなきゃですっ、と八割方寝ていたソキが名前に反応してびくんと顔をあげ、ソファの上によちよちとした動きで座り直す。
ソキは眠たげに手でくしくしと瞼を擦ったあと、ねむくてねむくてとろとろした目で、レディのことをじぃっと見つめた。
「レディさん。……ありがとうございました、です。ふぁ……」
「はい。どう致しまして……! ソキさま、もうお眠りになられて大丈夫ですよ」
「やぁんろぜあちゃんくるまでソキまってるぅっ……! ろぜあちゃんどこぉ……?」
ねむくてねむくて、もうほんとうにねむくて仕方がないのだろう。寝ぐずっているソキをどうしようかなぁ、という目で眺めたのち、ウィッシュはおろおろするレディに、やさしく言い放った。
「気にしないでいいよ。というか、気にしてもどうにもならないから。ロゼアじゃない限り」
「やぁん! やぁん、やぁん、やぁあん! ろぜあちゃんろぜあちゃんどこどこぉっ! ろぜあちゃんーっ!」
顔を両手で覆ってくすんくすんとしゃくりあげたのち、騒いだことで逆にすこしばかり眠気が落ち着いたらしい。ソキはぷぷぅっと頬をふくらませて不満げにしながらも何度か瞬きをして、ふらんふらんしながらレディをみる。
「レディさんも、ねむいですぅー……?」
ウィッシュの言葉が聞こえていたらしい。ねむいのたいへんですよね、とほにゃほにゃした声で囁かれ、レディは胸元に手を押し当てた。落ち着く為の深呼吸をして、頷く。
「すこし、夜更かししているので……」
本当ならばレディは、もうとうに数ヶ月の眠りについている頃だ。火の魔法使いの覚醒と睡眠のサイクルは特殊だ。二ヶ月眠って、二ヶ月起きる。起きている間は眠りに落ちることがない。
起きて、眠るまでの二ヶ月は、レディの感覚にしてみれば丸一日を過ごすのに近いものがある。通常の朝の目覚めから、夜の眠りを繰り返しているだけ、なのだ。普通ならば二十四時間で巡る一日が、どうしてか四ヶ月に引き伸ばされて巡っている。
ただそれだけのことで。前回のレディの目覚めは八月半ば過ぎ。今は、十一月の終わりである。十月を終えた頃には本格的に眠くなっていたレディが、夜更かし感覚で一月、覚醒を続けているのには理由があった。
予知魔術師リトリア、その殺害役に選ばれたからであり。もうすこし少女の状態を見守っていたい、と思うからだ。星降の王も、フィオーレも、良いから寝てかまわない、と言ってはくれたのだけれど。
頑張って早起きしない限り、レディが次に目覚めるのは二ヶ月である。そして、魔術師として覚醒する前の生活感覚から言っても、レディにはまず早起きをすることができないのだった。二ヶ月は、長い。
なにもなく過ごしていた時期であればそうは思わなかっただろうが、リトリアから二ヶ月もの間、目を離すことはあまりしたくなかった。
一日完徹夜すると思ってあともう二ヶ月くらい引き延ばせないかしら最近眠くてちょっと頭痛いけど、と思い悩むレディに、ソキはのたのた瞬きをしながら、こてん、と首を傾げて問いかけた。
「なんで夜更かしさんしてるです?」
「……気になることがあるので、上手く眠れないと言いますか」
「じゃあ、ソキがひざまくらしてあげるですー! ソキねえひざまくら得意なんですよー」
はいどうぞー、とばかり膝をぽむぽむ叩いて告げるソキに、レディはいいえそんな恐れ多い、と顔をやや青ざめさせて首を振った。
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