ささめき、よすがら、そして未来と引き換えに 24


 どうもいまひとつ不安なのだと愚痴をこぼしたエノーラに、集まった女性たちはそれぞれに労わりと納得の視線を投げかけ、一様に深く溜息をついた。

 どうしよう誰からも否定の言葉が出ないんだけどってゆーか怖いからひとりくらいは否定してくれてもいいのよストルはそんなことしない考えすぎだよって、言って、と助けを求めてのろのろと視線を持ち上げたエノーラに、魔法使いたるレディは含みのある微笑みを向け、優雅な仕草で首を横に振ってみせた。

「だってストル、恋人も作らなければ彼女もいないじゃない。告白されても断ってるって聞くし」

「……こいびとと、かのじょって、ちがうものだったかしら」

「手を出してるか出してないか、みたいな?」

 そういう意味でもストルは完全に女性関係綺麗よね、と呟くエノーラに、その両脇に座るチェチェリアとロリエスからは白んだ目が向けられた。砂漠ルール、ちょっと意味分かんない、と涙声で呻いたのは、レディとロリエスを挟む形で座っていたラティ。

 同じくチェチェリアの側に座っていたパルウェからは、砂漠の王宮魔術師が言っちゃいけないことだと思うわぁ、とのんびりとした、至極まっとうな言葉が向けられた。

 だってええええ、と悲鳴のような声で呻くラティに、火の魔法使いからはいささか不服そうな視線が向けられる。

 だってそういうものじゃない、砂漠的にはそんな感じだもの、と言わんばかりの視線に、ラティが理解不能というかあんまり考えたくないと言わんばかり、ふるふるふると首をふった。

 いいかお前たちその男は私の同僚なんだ、ともうその事実を彼方へ投げ捨て踏みにじりたい感いっぱいの遠い目で、チェチェリアがゆっくりと息を吐く。様々な感情に彩られた息を吐き出され、円卓はしんと静まり返って行った。

「ともかく」

 気を取り直したがって告げられるエノーラの声も、どこかうつろに響いて行く。

「ホントのところ、ストルどうなの……? 生きてて元気で病気してなくって、監視とけて自由にしてるの……?」

「自由にはしていない。行動には制限がつけられているし、監視も常時のものがなくなったというだけだ」

 未だ単独行動は許されておらず、ストルが一人でいるのは睡眠と生理現象の時くらいであるという。

 もう見られて楽しいドエムに目覚めるしかないんじゃないかしら、と真顔で考えるエノーラに、お前は本当に天才だな天災という方向性の意味で、という優しげな眼差しを投げかけ、チェチェリアはつまり、と彼の男に対する情報提供を締めくくった。

「落ち着いたが好転はしていないし……することもないだろう。これまでと同じく」

「落ち着いているのは、学園くらいのものか」

 ふ、と息を吐きながら呟くロリエスは、現在花舞の王宮魔術師でありながら学園の講師も兼任している。なんでも新入生の担当教員に指名されたらしい。

 同じ立場であるチェチェリアが落ち着きとはなんだったのか、という視線を虚空に投げかけてうんざりしているのに首を傾げつつ、ラティは身を乗り出し、学園の事務方であるパルウェに問いかけた。

「落ち着いてるの? 学園。今年はうちから……ひと……ううん、新入生が、入ってるけど」

「ロゼアくん、だったわよねぇ……それと、花舞からはナリアンくん。星降からはメーシャくん」

「……うん?」

 あれ、そうだったっけ、と指を折り曲げながら首をひねったのはレディだった。

「新入生、三人? 四人だったと聞いてるけど?」

「え? でも講師として指名されたの三人だったじゃない? えっと、なんだったかな……ナリアンくんには、ロリエスでしょ? チェチェリア先輩には、あー……ロゼアくん? で、ラティが担当してるのが」

「えっ、なにメーシャの話していいのっ?」

 がっと机に指を食い込ませるようにして身を起こし、砂漠の占星術師、ラティはきらきらの目で己の生徒にしてかつての養い子のことを語り出す。

 メーシャほんとにイケメンに育ったと思うんだけどねっ、と話しだす口調は、まるきり我が子自慢をする親のそれだった。

「魔力的にもすごく安定しているし、もうある程度なら星詠みもできるようになってるし、座学も結構良い感じの成績で行ってるし! お友達もいっぱいできてるみたいだし、もうメーシャったらさすがすぎる……! もちろん、同年入学のふたりとも仲良しさんだしね。よく三人で話ししてるの見かけるわ。談話室とか、図書館でも一緒なのみたなぁ……一瞬、え? 今年の新入生はなに? 高身長とイケメン度で選んだの? とか思ったけど。なにあの三人組すごい目がしあわせなんだけどどういうことなの……」

「女子生徒が浮足立っているのは確かだな。その点、落ち着きがないといえばないのかもしれないが」

 苦笑いで、けれども微笑ましく肩を震わせ、ロリエスは柔らかく目を細めて囁く。

「ナリアンも、特に問題を起さないいい子だよ。私のいうことを、よく聞くし、勉学の成績も今のところ申し分ない。努力家で、素直で、従順だ。……まあ、意思が強いというか、頑固なところもあるが、年相応の反応だと思えばさほどのものでもないな」

「あ、そのナリアンくんだけど。どうも魔法使いなんだって? 寮長から報告来てた。時間ある時に私とフィオーレでちょっと見に来てくれないかって……予定調整してまた連絡いれるけど、魔力とか、どうなの? 寮長がいまはなんとか安定させてくれてるって話だけど……」

「ああ、そうだな……ナリアンは確かに魔法使いだろうよ。一人前に育てるのが楽しみだ」

 そしてはやく花舞に就職して、私の女王陛下の為に馬車馬のように働けばいいのにもといそのお力のひとつになればいいのに、と笑顔でなめらかに言い切ったロリエスに、女性たちは微笑んで頷きあうことで突っ込みを放棄した。

 ロリエスの女王陛下絶対主義っぷりは学生時代からのもので、今更誰が何を言ったからと言って変わるようなものではない。なにより、多忙なロリエスがこうした場に姿を見せてくれるのは稀なことである。

 ささいなことで気を悪くさせてしまうのは、誰の本位でもなかった。

 ロリエスは本当に変わらないわね、と全世界の誰が言ってもお前にだけは言われたくなかった、という視線を一直線にその当人から向けられながらも言い放ち、エノーラはチェチェリアに視線を流した。

「先輩? ……先輩の、ロゼアくんは、どんな子なんですか?」

「……ああ」

 珍しくも歯切れ悪い、と誰もが感じ、同じ講師であるロリエスとラティがもの言いたげに視線を交わし合う。学園に定期的に通う理由も義務もないエノーラとレディが、すこしばかり疎外感を感じながら視線を交わし、首を傾げる。

 講師と生徒の相性は最大限考慮されるが、それはあくまで魔術師の適性面が最大項目だ。人間的にあうかあわないか、というのはいざ会って授業を始めなければ分からないことなので、もしかしたらうまく行っていないのかも知れない。

 無理には聞きませんが、と困惑しながら呟くエノーラに、パルウェがそうじゃないのよねぇ、と溜息をついた。事情を知っていそうな学園の事務方に、魔法使いと錬金術師の視線が向けられる。

「そうじゃない、って? 先輩と相性がよくないとか、反抗的とか、問題児とかじゃないってこと? ああ、遠慮しないで言ってね? パルウェ。私、先輩の為だったらあんまりやりたくないけどその、男子生徒の心を折って性格的に矯正するのもやぶさかではないかなって思ってるの」

「エノーラの、その『あんまりやりたくない』っていうのは、どのあたりにかかってくる言葉なの?」

「え。性別」

 男を調教してもあんまり楽しくないんだもの、とくちびるを尖らせるエノーラに、レディはいっそ安心したような微笑みを浮かべ、よかった、と言った。

 なにが良かったのかはレディしか分からないが、恐らくは友人のあまりの歪みなさっぷりに対して、だろう。突っ込みを放棄した微笑みで、パルウェは再度、ちがうのよねぇ、と否定しながら肩を震わせた。

「まず、先にレディが言ったのは正しいわぁ……新入生は四人よ」

「……担当教員は三人いるのに?」

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