灯篭に鎖す、星の別称 06

「……いつものことだから。でも、ありがとう」

 ほんのりと浮かべられたロゼアの笑みに、メーシャは嬉しく微笑み返す。そのまま笑いあう二人をきょろきょろと見比べて、ソキは分かりやすく唇を尖らせて、拗ねた。

「ふたりとも、なんの魔術師さんなんですか?」

「黒魔術師。属性は、太陽だって」

 そんなソキをたしなめるように、額をやんわり指先で弾いて咎めながら、ロゼアが言う。複合属性だったから、検査に時間がかかってしまったのだと付け加えながら、好奇心に満ちた目がメーシャに向けられた。

 問われる言葉より早く、楽しい気持ちでメーシャはそれを告げる。

「俺は、占星術師。属性は、月。俺も、複合属性だったけど、ロゼアより検査の終わりが早かったな。……なんでだろ」

「魔力量とか、制御力とか、個人差で色々調べることもあるみたいですよ」

 だから、単純に一般的な魔術師の適性だとか、単一属性だから早く終わるとかそういうことではないみたいです、とソキが言う。

 制御、と聞いた時にロゼアの腕が一瞬だけ震えたのに、すこしだけ不思議そうな顔をして。確か、と白雪の国で告げられた言葉を、そのまま繰り返した。

「問題児だったりすると、長くかかることもあるって言ってたです。……ろぜあちゃん、問題児さんなんです?」

「俺にそれを聞かれても……」

「でも、ロゼアちゃんは大丈夫ですよ! ソキがついていますからね!」

 えへん、とロゼアの腕の中で威張るソキの、なにがでもでなにが大丈夫なのかまったく分からない主張だったが、青年はもの慣れた様子で微笑み、頷いてやっている。大人の対応だ、としみじみ思いながら、メーシャはソキの顔をひょい、と覗きこむ。

 あどけなく見返してくる瞳に笑いながら、メーシャはごく当然の流れとして、ソキは、と問いかけた。

「ソキは、なんの魔術師なんだ? 学園に来るまえに検査が終わってるって聞いてたけ……ど……?」

 言葉の途中で、ものすごく嫌な顔をされたので、メーシャは訝しく語尾を掠れさせた。なにがそんなに嫌なのかメーシャには分からないのだが、ロゼアにも理解してやれなかったらしい。

 ソキ、と不思議そうに問いかけられるのに今度は息を吸い込み、少女はもそもそと呟いた。

「ソキ、風属性の……予知魔術師です」

「予知魔術師?」

「はい」

 おうむ返しに問うロゼアに、ソキはこくりと頷いた。それきり言葉はなく俯かれてしまったので、メーシャとロゼアの間で視線が交わされる。飛び交う声もなく、しばし。

 まったく分からない、という響きで問いかけたのは、ロゼアだった。

「って、なに?」

「……ふえ?」

「なにすんの? それ」

 メーシャも、ロゼアも、なんとなくその名を聞いた覚えはあるが、それだけである。検査前の説明にその単語が混じっていた、気がする、くらいの認識しかない。魔術師の門は開かれたばかりで、まだなにも知識がないからだ。

 間の抜けた声をあげたソキだけが、それを分かっている。えっと、と言葉を探しながら、ソキの手がロゼアの服を掴んだ。

「……言ったことが」

「うん」

「ぜんぶ。……かなう、です。ソキの言ったこと、全部、予知になるですよ」

 そういう魔術師です。たどたどしく告げたソキに、ロゼアの眉がきゅぅと寄る。びくりと震え、離れてしまいそうになるソキの手を上から包んで、押さえながら、ロゼアはソキの目を覗きこんで言った。

「なんでも?」

「はい……なんでも、です」

「そっか。……駄目だからな、ソキ」

 なにがですか、と問い返すより早く。たしなめるような青年の声が、場の空気を震わせた。

「ソキはピーマン食べなくて良いです、とか言い出さないこと」

「ちがうんですよロゼアちゃんっ! ソキがピーマン嫌いなんじゃないですっ! ピーマンがソキのこと嫌いなんですっ! あとそういうことじゃないですっ!」

「えっ? ……あ、じゃあ三冊読まないとソキは寝ないことにします、とかか? 一冊目で寝ちゃうんだから、そういうことに使うのもいけないと思うぞ?」

 ごくごく真面目に言い聞かせるロゼアに、ソキはだってロゼアちゃんの声聞いてるとソキは眠くなっちゃうんですよ仕方がないことなんですっ、と主張したのち、断崖絶壁を見下ろしている表情で、あとそういうことでもないです、と付け加えた。

 二人のやり取りを見守りながら、メーシャはなんだかほのぼのとした気持ちになってくる。なんだこの二人、すごく面白い、という気持ちで見守るメーシャの前で、ソキがなにかを諦めた表情でふるりと首を振った。目の光がやや濁っている気がした。

「そうでした……ロゼアちゃんは、そうでした」

「なにが?」

「もう、ロゼアちゃん? ソキねえ、いつまでもちいさいこどもじゃないですよ?」

 でもピーマンは食べません絶対に嫌です、と主張するソキの頬をむにむにと手で触って溜息をつきながら、ロゼアはそうだなぁ、とのんびりとした声で言った。

「ソキ、もう十三だもんな」

「そうですよ!」

「じゃあ、もう寝る前に本読むの止めるか?」

 他の傍付き、そういえば十くらいで読むのやめてた気がするし。問いかけながら答えを待つロゼアに、ソキはちょっとなにを言われてるのか分からないですね、と言いたげな表情で口を開く。

「よそはよそ、うちはうちですよ、ロゼアちゃん」

「いや、うーん。でもさあ?」

「あ、ロゼアちゃん。ソキねえ、おなかすいてきた気がしますですよ」

 ごはんごはんと騒ぐソキに、ロゼアが嬉しそうな顔つきになる。じゃあなにか食べようか、とあっさり話題を変えたロゼアに、ソキが心からほっとした様子で頷いた。

「でも、あんまり部屋から……?」

 出たらいけないんじゃなかったっけ、と言おうとしたメーシャの鼻先を、ほわりと食べ物のにおいがくすぐった。不思議に思って目を向けた先、扉が開かれるのが見える。現れたのは、背の高い青年だった。

 やや顔色が悪いが、足取りはしっかりとしている。その両腕に、大きな皿が抱えられていた。白い大皿に乗せられているのは、たくさんのサンドイッチ。腕から下げられた保温瓶の中身は、スープかなにかだろう。暖められた野菜の良い香りが漂って来て、食欲をそそった。

 三人分の視線を受け、ナリアンは恥ずかしそうに微笑して、扉を閉めてしまう。そのまま足早にやや大きめの机へ歩み寄ったナリアンは、抱えてきた食料をてきぱきとした動きで並べ、満足げに頷いた。

 言葉を綴らぬ唇の代わり、向けられた瞳が意思を浮かび上がらせる。

『おまたせ。……おなかすいたでしょう? 皆の分も、もらってきたから。よかったら、一緒に食べよう?』

 もう夜も遅いからね、と微笑むナリアンの言う通り、時刻はすでに今日という日を三時間、残すばかりだ。通年通りなら十時くらいには入学式が始まるとのことだが、検査前に知らせがあって、すくなくとも一時間は普段の予定より遅くなることが知らされている。

 つまり、あと二時間は式がはじまらず、全てが終わるとなるともっと遅くなる。はじめて空腹を思い出したかのよう、腹を鳴らす青年二人に、どこか嬉しそうに笑みを深めて。ナリアンは、さあ食べよう、と言わんばかり、彼らのことを手招いた。

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