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Sさんと待ち合わせの場所は、その付近では有名な神社の境内だったけれども、時期的に丁度人が少なくて、ほとんど僕ら二人の貸切のようになっていたんだ。僕が着く頃には彼女は既に大きな鳥居の下で待っていて、所在無さげに俯いていた。僕の中ではもうほとんど冷めてしまったと思っていた恋心だったけれども、やはり彼女を見ると突然舞い戻ってきてね、僕は恥ずかしながらも思わず顔を染めてしまったんだ。
「やぁ、Sさん、お待たせしました」
僕が努めて明るく彼女に話しかけると、彼女はこちらを向くなり一寸寂しそうな表情を浮かべてね、
「突然連絡をくれなくなったから、嫌われてしまったかと思いましたわ。私、あなたからの連絡を今か今かと、首を長くして待ちわびていたんですのよ」
そう言ったんだ。僕はてっきりけじめをつける為に呼ばれたと思っていたから、驚いてしまってね。こんなことを言ってしまったんだよ。
「そんな……。嫌うも何も、僕らはまだ何も始まっていないじゃないですか? お互いの気持ちだって分からないままですし……」
そうすると彼女は一層悲しそうな顔を浮かべて——もしかしたら瞳には涙を浮かべていたかもしれないけれど——僕の胸に飛び込みながら、
「そんなことを言うなんて酷いですわ。ふと気が付いた時には私はあなた無しでは生きていけないほどに、あなたのことを想ってしまっていたのです。あなたがいないとそれだけで不安になってしまうほど……」
そう呟いたんだ。君は信じないかもしれないけど、確かにその時、彼女はそう言ったんだよ。もちろん、僕も浮かれてしまってね、『僕もなんです。あなたがいないと僕が僕じゃ無くなるんです』そう言おうとしたんだけれども、そこで一瞬だけ魔が差したんだ。もしもこの一瞬が無ければ、僕の人生はもっと違ったものになっていただろうね。それでも僕は一瞬、もしかしたら一瞬という言葉でさえも長いかもしれない程、ごく微小な時間、Mのことを考えてしまったんだ。
もしもMが言ったことが本当だったら、Sさんにとって僕は一体何なのだろうか? 都合の良い遊び相手なんだろうか?
逆にもしもMが言ったことが嘘だったら、どうしてMはそんな嘘を吐いたのだろうか? きっとSさんのことが好きだからだろう。
この二つの感情は、どちらにしろ僕にとってSさんへの告白を妨げる感情に違いなかった。君は不思議に思うかもしれないね。嘘を吐かれたんだったら見返してやれば良いのに……と。
だけど僕は駄目だったんだよ。何て言うか、当時の僕はピュリスト——これは正しい意味とは違うけれども——、純粋主義者的なところがあってね。女性と付き合うのならば、ありとあらゆる人から祝福されたいと思っていたし、たとえ一人でも僕たちの恋仲を妬むような人はいて欲しくなかったんだ。逆にMが言ったことが本当で、Sさんが軽い女性だとしたら、ますますそのような女性とのお付き合いは避けたかったし……ね。
だから僕は喉まで出かかっていた愛の告白を飲み込んで、こう答えたんだ。
「すみません、僕には他に気になる女性がいるんです」
そう言った後、走り去ったきり、僕は彼女には会っていない。
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