愉快な仲間たちのクッキング教室 中編
レティーシアがギャラリーを考慮し、ドレスの影から特別製の“ナイフ”を取り出す。
包丁ではなくナイフ。その方がレティーシア的に扱い慣れているのだ。
飾り気のない刃渡り二十センチ程度の一見なんの特徴もないナイフだが、実はゲーム内レア度八に位置するレア武器である。
名前は“
例えそれが腐った魚であろうと、獲れたてピチピチの状態にまで回復する。
更には食材に保有される旨味成分を自動で検出し、それをより効果的にする能力。
料理をするうえでこれほど心強い武器は無い。ゲーム内では一種の“ネタ武器”扱いであったが、現実的に考えると下手な武器より嬉しい効果かもしれない。
更には同系統の装備品“
それを彼の世界で言えば一昔以上前の調理器具であったコンロ、それに似た形の魔力を火に転換する魔道具に乗せる。
レティーシアが軽く魔道具に触れ、魔力を与えネジのような部分を回せば途端に火が点く。
どうやらネジで火力を調整出来るらしく、それを弱火にした状態で今度は調味料を用意していく。
彼の世界のような醤油やら味噌やら、化学調味料は残念ながら存在しない。
が、それらに酷似したものならレティーシアの世界とこの世界の両方で存在している。
壷のようなものを取り出し、中の発酵物を一掬いして鍋に投入。
更には別途取り出した瓶の蓋を開け、中の黒々とした液体をドバドバ入れる。
そして様々な食材を乾燥させ粉末にしたものを適量入れ混ぜていく。
上から赤味噌に似たもの、黒い液体は醤油に近いがやや甘味があり、更に言えばしょっぱみも薄い。
そうして完成した鍋を一旦放置し、その間に勝ち取った食材のある机に戻る。
ざっと見渡しただけでも統一性のない食材達だが、これから作る料理にはむしろ好都合。
洗った野菜類を目にも留まらぬナイフ捌きでカットし、深海にしか生息していないという奇怪な姿の“デミュフィシュ”を同じく下ろす。
他にもブルドードと呼ばれる鹿に似た魔物の肉、
統一性はないが、その分海鮮類も肉類も野菜も豊富だ。
肉と海鮮は別にした方がよかったかもしれないが、問題ないと勝手に決め込み鍋が沸騰した頃を見計らって材料を投入していく。
鍋の中の湯自体の味はそこまで濃くない、後は具で出汁をとる魂胆である。
先に肉や海鮮類などの出汁がよくとれそうなものから投入していく。
同時に弱火であった火力を強火にしておく。
暫く経っていい感じに出汁が熱くなり、コポコポ鳴り出した所で他の野菜などを投入。
火が通りにくい物から入れていくが、名称が不明のものもある。
そういう場合は見た目で判断し順番を決めていく。
火の通りやすい野菜も順次投下していく。中にはあのマンイーターやら、マンドラゴラと言う植物も混じっている。
さっと火を通すだけでも美味い肉や食材は取り敢えず入れず、何時でも持ち運べるよう火を弱めておく。
ここまでの所要時間十五分程度。レティーシア特製のごった煮の完成である。
そのあまりの完成度に思わず背筋がぶるりと震える。
漂う香りは出汁の旨味がこれでもか! と香っており食欲を刺激してくる。
自分で作っておいてかなり美味しそうだと内心自画自賛の嵐だ。
周囲のギャラリーも最高の食材や珍味をふんだんに使った鍋。
それ自体にはとても興味があるらしく、幾名かは生唾を飲み込んでいる。
心優しき生徒であれば、ここで一口如何ですか? などといくところだが、無論レティーシアにそんな思いやりは存在しない。
食いたいなら自分で作れ阿呆が、と言うところだ。
「む? 妾が最も早く完成したと思っておったが、ボアに先を越されておるとは」
ギャラリーが丁度周囲を囲む感じで展開されるようになったらしく、中央で既に三人を待っているボアの様子が見て取れた。
大型の木製トレイに蓋を乗せたものが机を陣取っており、恐らくはそれがボアの用意した一品なのだろう。
鍋の重量を換算すれば優に二キロは上回る魔道具をひょいっと片手で掴み運び出す。
見た目十二歳前後の少女がいきなり見せた挙動にギャラリーがざわざわと騒ぎ出すが無視し、そのままボアの居る場所まで移動する。
テーブルにそっと魔道具を置き、鍋に衝撃が伝わらないように置くとボアもレティーシアに気づく。
「おっ、なんだ随分早いじゃねぇか。まさか手抜きか?」
「ふんっ、時間が早いからといって手抜きと言う発想は想像力が貧困の証であるぞ? それにそんな事を言えばそなたはどうなのだ」
レティーシアの言葉に珍しくボアが噛み付くこともなく、その野性味の強い整った顔に獰猛な笑みを浮かべる。
「へへっ、ある意味手抜きには違いねぇけどよ。手抜きが不味いって事にはならないんだぜ?」
レティーシアへの意趣返しなのか、それとも最初からそう言うつもりであったのか。
やけに自身に溢れた態度と言葉だ。少しばかりトレイの中身が気になってしまう。
調べる方法はそれこそ両手の指では数え切れない程用意できるが、それでは先が面白くない。
ここはしっかりと後を待つべきだろうと判断。
「確かにその通りよな。丁寧な事にこしたことはあるまいが、それにしたって必ずしも味がよくなる訳でもないだろう」
「まっ、そう言うこった。まぁ、メリルとミリアはその丁寧で勝負を仕掛けるみたいだがよ」
「ほぉ……」
先に終えていた為か、どうやらボアなりに二人を観察していたらしい。
ボアの視線がメリルとミリアを交互するのに釣られ、レティーシアも二人へと視線を移す。
先にミリアへと目を向ければ何やらタレのような物をこしらえているようだ。
既に他の準備は出来ているのか、作業に関してはそちらに意識を傾けているらしい。
その動きに表情は常の雰囲気とは違い、どこか家庭的ですらある。
現に周囲を囲むギャラリー十数名、そのうちの男子数名が妙にそわそわしている。
ミリアは容姿自体も十分に優れていると言えるうえに、冒険者としての才能も非常に恵まれているのだ。
百五十五程の身長。水と空を連想させるやや目じりの下がった瞳は優しげで、艶やかな腰まで伸びた髪は深い水底の色を讃え波打っている。
全体的にほっそりとした印象だが、女性的な丸みもしっかりとあり、胸元は丁度良い手の平サイズだ。
魔族――魔物を祖先に持ち、その血を受け継ぐ者達――と魚人族のハーフであり、その身には所々鱗が見て取れる。
本人は恥ずかしいのか常に足首まで覆うドレスやワンピース、ケープまで着込み肌の露出を避けているが、共に風呂を一緒にしたレティーシアからすればそれも個性であり魅力とすら感じれるものだ。
若干十六歳でありながら既に水の精霊と契約し、水と氷に対しては大規模な魔法すら扱える。
このまま経験を積み、無事に学園を卒業する頃にはおそらく一線級の実力者となっているだろう。
下手をすれば英雄クラスまで伸びるかもしれない。
そんな少女が実は料理も出来ます、なんて分かればそれは人気も出ることだろう。
そう言う意味ではミリアを色目で見ないボアは貴重な男性、そう言えるのかもしれないが。
そこまで思考し今度はメリルへと視線を移す。
こちらはどうやら何か大きな鍋のような物をかき混ぜている。
中に既に材料を投入済みなのか、時折かき混ぜるのに使用しているおたまで中身のどろりとした茶色い液体を掬い、そっと口元に運んでは調味料や野菜や肉なんかを追加していく。
その所作一つ一つがどこか気品を漂わせ、その出自が一般の家庭ではないのだと匂わせる。
レティーシアと出会ってからは記憶改竄の後遺症か、やや飛んだ思考をするようになってしまったが。
それでも基本的にメリルは高スペック及び、女性的魅力値も高く、更に言えば家柄も黎明と続いてきた家系と来て、とどめに現在の社会的地位も経済力も高い。
本人の性格に関しては“基本的”にやや勝気な面はあるが、それでも十分に魅力的と言えるだろう。
身長も女性にしては少しだけ高いが、胸もそれなりに大きく、全体的に女性らしい体型もありなんら欠点になりえない。
つまり、やはりと言うか、周囲のギャラリーからはそれなりに熱い視線が集中していた。
尤も、メリルは元から社交場のせいで慣れているし、ミリアは天然で気づいていないのだが……
「メリルは何か煮込み系だと予想出来るが、ミリアのは予想が付かぬな」
「そうか? 俺は何となくだが分かったぜ?」
「む、そなたが知っていると言うことは、それなりに有名であるという事か……」
「なんだか馬鹿にされた気がするがよ。まぁ、確かに有名っちゃ有名だな」
「ふむ、何が出来るか楽しみに待つとしよう――」
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