愉快な仲間たちのクッキング教室 前編

 一度寮部屋へと戻った後、待ち合わせ場所となった第三調理室へと向かう。

 それぞれの校舎、棟には必ず一つ以上調理室がある。

 寮にも共同の調理室があり、今レティーシアが向かっているのはその調理室だ。

 三階から一階まで階段で降り、中央ホールから食堂の横にある部屋へと入る。

 入る寸前に見えた札に書かれた名前は“第三調理室”、目的の場所である。

 調理室へと入ればその広さに軽く関心してしまう。

 長方形型の部屋なのだが、その広さは横百メートル、縦八十メートル程はあるだろうか。

 一定間隔毎に長方形の木で出来た机が置かれており、部屋の各壁際には魔力を火に転換する魔道具が設置されている。



 本来なら休日と言う日はそれなりに賑わいを見せるのだが、朝食には遅い時間。

 しかし昼食には早い。更に言えば試験前という事もあって、目に付く生徒は数名しかいない。

 数名にはメリル達が含まれるので、実質的には二、三名程度だろうか。

 既にレティーシア以外は揃っているようで、中央を陣取るように集まっている。

 レティーシアが来た事に気づいたらしく、メリルが勢いよく手を振ってきた。

 顔は満面の笑顔であり、尻尾があれば千切れそうな程振っているに違いない。

 これで侯爵令嬢だと言うのだから、世の中色々間違っている。



「レティ! レティっ! こっち、こっちですわ!!」

「そんなに大声を出さなくとも聞こえておる」


 手を振るだけに飽き足らず、よく通る声で名前を呼ばれ、流石のレティーシアも気恥ずかしさを覚える。

 足早に中央に向かい即座に名を連呼するのを止めさせる。

 

「あら、レティーシアさんそれは?」

「随分な荷物じゃねーか、専用の調理器具でも持ってきたのか?」



 どうやら持ってきた袋が目に留まったらしい。

 小柄なレティーシアだから余計にそう見えるかもしれないが、それでもその布製の袋は大きい。

 レティーシアの体格なら両手で抱えないと持ち運べない大きさだ。

 無論一般人の場合であるので、尋常ではない膂力を誇るレティーシアは例外である。

 二人の問いには答えず、無言で袋を逆様にして机に転がす。

 すると途端に中から様々な“食材”が机に転がる。



「凄いですわね……これなんて、合成獣キマイラたてがみですわよ。こっちは――食人草マンイーターの天日干しかしら?」

「こ、これって竜王木りゅうおうぼくの五十年の実じゃないですか? それにこれ、多分何か竜の肉ですよ、匂いが独特なので私でもわかります」

「なんだ、そのキマなんとかとか、マンなんとかってのは。食えるのか?」



 袋から転がりだした食材に目を輝かせる二人とは別に、聞き覚えがないのか忘れているだけなのか。

 ボアが疑問符を頭の上で点滅させながら口にする。

 瞬間メリルがわざとらしく大きなため息を吐き、仕方ないですわねと前置きして話しだす。



合成獣キマイラはその名の通り、見た目が合成された獣のような姿をしていますわ。昔行われた実験で生まれた魔物が野生化したものと言われていますけど、その数の少なさと凶暴性から珍味中の珍味と言われているのですわ。特に鬣はその最たる例ですわね。食人草マンイーターはランクBの魔物で、個体差が激しい事で有名ですわ。大きいものになると全長数十メートルの固体も居て、危険度も大きく変わりますわ。名前の通り、人を食してしまう凶暴な植物で、捕らわれたら最後生きたまま養分を吸い取られてしまいますわよ?」

「おいおい、そんな化け物植物なんか食えるのかよ……」


 メリルの説明にげんなりした表情見せる。


「それがかなり美味らしいですよ?」


 そこに苦笑気味に笑いながらミリアが口を挟む。


「ええ、供給量は少ないのに求める人は多い……中には果実をつけるのも居て、その場合は共通金貨数十枚の値段がつくと言う話しですわ」

「食い物なんて不味くなければなんでもいい俺からすりゃ、一体どんな狂人だと言いたくなるな」

「まぁ、流石にそこまでやる人物は極一部ですわ。それにしてもレティ、よくこんな食材もってこれましたわね?」

「はて、妾の食事は基本エリンシエが用意しておる。無論、食材も同じよ。材料費は勝手に使ってよいと指示してるゆえ、妾が外に出ている間に買出しに出向いておるのであろう」



 レティーシアがそう言うと、三人とも一斉に「あのメイドか……」と言う表情をする。

 別段何かをされた訳ではない。むしろ対応は至極丁寧だし、容姿もレティーシア似とあって好ましいのだが。

 どうも根本的な部分で歓迎されていないような、そんな雰囲気が感じられて全員エリンシエが苦手であった。

 長い付き合いであるレティーシアはともかく、まだ数ヶ月も経っていない三人ではその僅かな表情の変化に気づけない、と言うのも理由かもしれない。

 三人の表情の変化に訝しげで居るとメリルが思い出したように口を開く。



「でもレティ? 食材でしたらわざわざ用意しなくても、食堂から分けてもらえるみたいですわよ」

「む、そうなのか?」

「ええ、わたくしが伝え忘れていたせいですわね」

「まぁ、別に使っちゃいけない訳でもないんだろ? なら別にいいじゃねぇか」

「そうですよ! 折角の貴重な食材なんですから、ここはあっと驚く料理を作っちゃいましょう!」



 ボアの言葉に全員がそれもそうだと納得し、ミリアの言葉でやる気が増す。

 確かに一般人であればまずお目にかかれないような材料群である。

 値段もさることながら、入手するには一般的な店ではまず無理だ。

 そう考えるとエリンシエはどこから購入しているのか謎であるが、この際は拘らない。

 従者の秘密を詮索しないのも、よい主人の証である――と適当に理由付けて早速レティーシア達は準備を始めることにする。



 レティーシアが持ってきた食材、特に植物――野菜と言うには一部おかしなものも多い――系をサッと机に備え付けられた魔法式の水道で洗う。

 その間にボアが料理器具を食堂から借り受け、メリルとミリアも続いて食材を分けて貰いにいく。

 十五分程で一通りの準備が終わり、後は食材に合わせて料理を作るだけという段階。

 何を作るか? と言う話し合いをするために四人再び机に集まると、メリルが何やら悪戯を思いついた子供のような表情で口を開く。



「折角ですから、一人一品この場の材料を使って作り、誰が一番美味なものが出来るか勝負致しませんか?」

「おっ、そいつは賛成だぜ。ただ何か作るだけなんて、俺の性に合わないからな。どうせなら何か賭けもいれたいところだな」

「それでしたら、勝者は一つ全員に何かしらの命令を下せるというのはどうでしょうか? もちろん、常識的な範囲でですけど」

「それだ!」「それですわ!」

「では決まりですね。レティーシアさんも、それでいいですよね?」



 レティーシアを他所に、あっという間に何やら決まっていく。

 ある意味お約束なメリルの口にした内容、それをボアが一も二もなく賛成。

 そこにミリアの提案が二人から賛成され、レティーシアが何を言う暇もなく可決されてしまう。

 悲しいかな、まさしく数の暴力の世界。民主制の縮図を味わった気分である。

 が、そこはレティーシア。いかなる場合においても余裕で物事を解決してきた自負がある。

 今回も絶対な自身を胸にトドメの一言を放つ。



「ふんっ、面白い。妾の最強の料理で全員屈服させてくれるわ――――」






 メリルの提案により一瞬で戦場と化した調理室。

 同じ机では相手に手が読まれると四方にそれぞれ散り、中央に食材だけが置かれている。

 位置は北東にメリル、南東にボア、南西にミリア、そして北西がレティーシアだ。

 未だ料理は開始されていない。が、既に戦闘の火蓋は切って落とされている。

 それは何故なら――――



「甘いですわっ!」

「あっ!? それは私が取ろうと思っていたんですよ!?」

「戦場は常に非常なものですわよ!!」



 丁度材料を運ぶ際に出くわしたメリルとミリア。

 一瞬で両者の間に火花が散り、神速の貫き手と共にメリルが新鮮な海魚“ディペンド”を掴み取る。

 悔しそうに歯噛みするミリアに、まるで高笑いでもしそうな勢いで世界の厳しさを語るメリル。

 仕方なしに代用品を片手に立ち去るミリアに、意気揚々と歩いていくメリル。

 勝負は終わらない、二人が立ち去った後に今度はレティーシアとボアがばったり出くわした。

 即座に臨戦状態へと以降するボアを無視し、目的の食材を悠々と持ち出す。

 一戦を交える気満々であったボアは遅れ、まんまと望みの食材をまるで狙ったかのように全て持ってかれてしまう。



「き、汚いぞ! そこは普通熱いバトルが起きるもんだろう!?」

「何をいっておるのだ。別に出会ったからといって、必ず暑苦しい戦闘をしなければならないなどルールになかろう?」

「そ、そりゃそうだがよ……」



 どうしようもないほどに正論を言われ、一気に語尾が弱まるボアを放置し、レティーシアは自分の料理場へと向かう。

 油断は出来ない。メリルはあれでも侯爵令嬢であり、女性としての教養はかなりのレベルである。

 提案者が料理のレベルが低い、と言うのは考えづらいだろう。

 一方のミリアも侮りがたい。あれで出はそれなりに裕福な家庭だし、明るい性格に反してなかなか家庭的な面もある。

 先ほどの見せた食材の知識からも、その調理レベルはそれなりと見るべきだ。

 最後にボアだが、三人の中では一番調理技術は低いと見ていいだろう。



 だがあれで遺跡の調査に伴うサバイバル技術は高い。

 何かレティーシアにも思いつかない調理法を会得している可能性は否めない。

 が、そんな三人を前にしてもレティーシアの心は凪のように静かであった。

 なんせ今のレティーシアには彼の現代知識があるうえに、レティーシアとしての一万年の経験値があるのだ。

 軽量器具などなくてもミリ単位以下で正確に調味料だって量れるし、刃物の扱いも完璧である。

 料理のレシピもその頭脳にはギッシリと収められていた。

 どこからどう考えても敗北する要素が見当たらない。



 集めた食材を横目に一度調理室を見渡す、何やら騒ぎでも聞きつけたのかギャラリーが出来上がっているがどうという事はない。

 どこからか集まった数十名の人だかりで三人は見えないが、この勝負既に決着はついたであろうな、と。

 そう内心呟きレティーシアは料理のレシピを記憶から引っ張り出す。

 今ここに、かつてない想像を絶する戦場が幕を開けた……



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