――夢路の会合2――
二人との買い物を終え、ヴェルクマイスターからの連絡をエリンシエから受け取り、その返事も返し終わり。
じょじょに城の召喚に対する準備を進めていく。
その後食事に風呂と、一通りのことをした後は魔術の研究である。
それも一段落ついた頃には大抵が深夜一歩前だ、そこで今日もようやくレティーシアはベッドに潜り込む。
吸血鬼の始祖ともあろうものが規則正しく夜に寝る、というのもどうなのかはともかく。
今日は肉体的にかあるいは精神的にか、どちらにせよ疲労していたらしく、瞬く間に眠りへと落ちていった――――
ふと、眠りに落ちた筈の彼の意識が浮上する。
深い眠りに落ちた意識が、急降下、いや急浮上していくような少々気持ちの悪い感覚。
そして同時に聞こえる声。
「ふむ、また会ったの。これで都合二回目であろうか? どうも、この夢の終了時には記憶が曖昧になるようでな、妾(わらわ)もここに来てようやく前回の内容を詳しく思い出したところよ」
レティーシアの言葉に彼も前回のやりとり、その全てを思い出せることに気づく。
起きた時はあれ程に
数分で記憶の整理が終わり、そこで彼が疑問に思うのはやはり、ここは一体どういう場所なのか、いや……
現状の現象が、何に対して起こったことなのか、それとも意味の無いものなのか、その見極めがまだどうも判然としない。
周囲を見渡せば、相変わらず広がるのは美しい宇宙の縮図を表したかのような空に、白と黒で構築された世界。
ふと、彼の視界が違和感を訴えた。しかし、その違和感の正体が掴めない。
「ふむ、
「……レティーシア、いや、そもそも俺は君をなんと呼べばいいんだ?」
見透かしたかのような言葉、その意味に疑問を問いかけようとしてしかし、彼は自分が目の前の人物をなんと呼べばいいのか分からないと言う事に思い至る。
レティーシアが彼の言葉に、珍しく一瞬ぽかん、とした表情を見せたが、すぐに元通りとなるとお主の好きに呼ぶが良いと口を開いた。
「分かった、それじゃあレティ。レティは今俺が感じている、この違和感の正体に心当たりがあるのか?」
「違和感、のぉ……」
そう言って漆黒のドレス、その袖口を口元に当ててころころと笑い出すレティーシア。
その笑い声に悪意は含まれていない、が。多少の不出来な生徒に苦笑を漏らす、そんな雰囲気はこめられていた。
思わず彼がむっとした顔になってしまうのも無理はないだろう。
「すまぬすまぬ、だから妾と同じ顔でそのような顔をするでない」
未だやや笑い気味であったが、その声音に今度は何かしらを含むような意味は含まれていなかった。
何かと言うと、今度は単純に可笑しかったから笑った、というところだろうか。
しかも躊躇なく謝罪を告げてきた事に、彼も少なからず驚き、むっとしていた表情があっさり崩れてしまう。
それを確認しレティーシアが口を開いた。
「さて、違和感であったな。成る程、確かに妾はその原因。また、推測でしかないがその理由もあらかただが察しておる」
「それな――――」
「そう慌てるでない。別に教えないとは言っていないであろう。しかし、今はまだ
前回と同じ立ち位置で向かい合う二人。モノトーン調のテーブル越しの相対。
彼がレティーシアの言葉に思わず立ち上がりかけ、それを遮るようにレティーシアが話の続きを挿んだので、思わず気勢を削がれてしまい椅子に座りなおす。
そして話されたその時ではない、という言葉に首を傾げる。
「ふむ、まぁそのような反応になるのも致し方あるまい。ところでそなた……最近大分その
その言葉、いや正確には“その体にも慣れて来た”という部分を聞いて、背筋が凍るような感覚を彼は味わった。
戦慄とでも言い換えてもいい。あるいは深い深い、深淵を覗き込んだような――
まるで背骨の代わりに氷柱(つらら)でも押し込まれたような、そんな生々しいまでの感覚。
(なん……だ? 何がおかしいんだ。体に慣れて来たのはそう、既に一ヶ月以上経っているし……)
――――本当に? 最近は風呂でも抵抗が少なくなっているのに?
(ああ、それ以外にある訳がないじゃないか……)
「
「――――え?」
その言葉を聞いた瞬間彼の心がざわり、と波打った。そして、確かに何かが砕ける。いや、千切れる音を聞いた気がした。
(初めて人を斬った?
――――そもそも、本当にあれはレティーシアだったのか?
(当たり前だ。一体何の為に思考を分割したと――――アレ?)
はて、それは一体何が目的だったのだろうか――?
悩み苦悩する彼を前に、レティーシアは何を話す事もなく優雅に紅茶を口にしている。
今日はジャムとスコーンまで揃っているようだ。
その口元に浮かぶのは笑みでも嘲笑でも、紅茶に対する感想でもない。
その表情の意味するところは分からない。現在進行形で問いかけによって浮かび上がった疑問、その処理に手一杯の彼ならなおさらであろう。
「……っ。さっきの、あの問いかけにも意み――――」
何かをレティーシアに問おうとしてしかし、その瞬間視界がグニャリと捻じ曲がる。
いや違う、覚醒が迫っているのだ。
周囲の像が曖昧と化し、じょじょに身体が重く、そして意識が暗くなっていく。
「ふむ、
「まっ、今何て――ッ!?」
レティーシアの台詞の最後、聞き取れなかった部分。その部分が何かとても重要な気がして、彼は再度手を伸ばしレティーシアに問いかけようとするが、その瞬間意識は反転。
闇の底に沈んでいった――――
――――意識が覚醒する。そこでまたもや、夢の記憶が曖昧であることを認識する。
レティーシアの方もどうやらやはり同じようで、その意識がやや混乱しているのを感じる。
暫く悩んでいた彼だが、これ以上は無駄と認識したのか、ベッドから降りると寝室を後にした。
「お早う御座いますレティーシア様」
「うむ、朝食の準備を頼む」
「いえ、そろそろ御起床なさるかと思いまして。既に準備は整っております」
寝室を出ればキッチンと一体化した客人を持て成す為の客室、いや、彼の認識ではリビングと呼ぶに相応しい規模の部屋でなにやら準備をしていたエリンシエが、頭を下げて挨拶をしてくる。
それに適当に返したレティーシアであったが、あっさり返されてしまう。
起き抜けのせいかあるいは低血圧のせいか、ややぼぉとする頭を無理やり覚醒に持っていけば、途端鼻腔一杯に広がる良い香り。
料理に混じって紅茶の香りも届き、レティーシアの小さなお腹からくぅ……と可愛らしい音がなる。
一万年もの時間を生きても食の魅惑には勝てないらしい。
それを聞いたエリンシエの普段は冷たい表情が、ふんわりと、花開くような笑みを浮かべる。
ベースがレティーシアであるその笑顔は、外の男子学生。いや、教師であろうと一発KOなのは想像に難くない。
彼女の容姿は、ある意味、レティーシアの見果てぬ願望でもあるのだから……
一方レティーシアは何も聞いていないとばかりに振る舞い、エリンシエが引いた椅子に座る。
エリンシエも特に追求などはせず、黙々と料理を運び込んでくる。
吸血鬼の始祖が、可愛らしくお腹を鳴らせるなど、カリスマ半減もいいところだろう。
「そういえば、今日から実技単位習得の為の施設全般が使用出来ると、そうメリルは言っておったな」
「計画の為には可能なら帝國、あいはエルフ領の上層部に認められるか、何らかのコネがあった方が容易です」
「だろうな。ゆえに
ま、それは流石に望み過ぎと言うものであろうとレティーシアが締めくくる。
料理を運びながら受け答えを返していたエリンシエだが、全てを運び終え、紅茶を淹れ終わった丁度その時、レティーシアの話もキリが良いところで止まり、それ以降は終わりと言うように料理に手を伸ばし始めた――――
「それでは、いってらっしゃいませレティーシア様」
何時も通り、着せ替え人形の如くあれやこれやとエリンシエにコーディネイトされ、今日は珍しく黒ではなく、白系統に一部赤があしらわれたドレスを着せられた。
肩や裾、スカート部分に使われているフリルやギャザーなどの量に変化は然程(さほど)ないが、袖口は何時ものように扇状に広がっておらず、今日は普通である。
変わりにリボンの数が多く、その色は赤で占められている。胸元のブローチも真紅の輝きを放ち、人の視線を集めるだろう。
髪色とも相俟って、放って置くとどこか掻き消えてしまいそうな、元よりあった幻想的な雰囲気が増し、まるで冬を結晶化したかのような錯覚すら覚える
――――途中メリルとミリアに出会い、一緒に登校することとなった三人であったが、メリルがレティーシアの格好に目を輝かせ、人目を憚らずに抱きついた結果、あっさりレティーシアに引き剥がされて
その証拠にミリアもその時は何時もの変わらぬニコニコ顔であった。
ただし、その手が密かにレティーシアの片手に添えられていたのを、本人が気づいていたかどうかは不明である――
「む? 貴様は……こらっ! 待たぬか! 何も取って食いはせぬっ!」
Sクラスに向かう途中の廊下、そこでレティーシアはまたもや怪人物? である、黒尽くめの少女とばったり出くわす。
相手も想定外だったのか、その瞳を大きく見開き、何事か呟くとクルリと、体を反転させ走り去ろうとするのをレティーシアの声が止める。
実はレティーシアもちょっとした条件反射。猫が動くものに手を伸ばすような感覚で声を掛けたのだが、少女は苦々しげながらも足を止めた。
「……神族は約束は違えない、そう聞いている。いいでしょう、話だけは聞いてあげます」
そう言って逆走しようとしていた体勢を戻し、レティーシアに向き直る少女。
背は高いが、時折垣間見える表情は中々に整っている。
のだが、雰囲気がどうも、アレの為かイマイチぱっとしない。所謂残念美人。いや、残念美少女と呼称するべきだろうか。
「そちらは妾を知っているようだが、こちらはそなたを知らぬでな。毎回見かけるたびに逃げられては敵わぬ、そこで取り敢えずそなたの名を教えて貰おうとおもうてな」
「――――ハッ!? まさか、名を媒体に私を呪うつもりですか!? いや、神族がまさかそんな……いや、奴等なら確かに……しかし、それでは……ぶつぶつ」
何を曲解したのか、少女が行き成りばっと一歩後退すると、何やらぎりぎりこちらに届くレベルでぶつぶつと話だす。いや、独り言かもしれない。
ミリアは既に理解不能なのか、その表情はポカーンと口をあけて淑女としては大変宜しくない姿を晒している。
メリルも似た感じなのだが、こちらはまだ表面上は
なんて、勘違いな訳知り顔だ。
「先程も言ったであろう。別に取って食いはせぬ、と」
「そ、そうだったな。それに嘘程度、私の心眼にかかれば見抜くのは容易い筈。ふぅ……失礼した! 私の名前はエリシー=ブライス、人呼んでスペクターのエリシー=ブライスと言う。スペクターと呼んでくれ!」
効果音としてデデンッ! とでも付きそうな勢いで片腕をビシッと右前に突き出し、もう片方の手を腰に当て、エリシー=ブライスと名乗った少女が声高々にその名を叫んだ。
その名乗り方にポーズ、全てに拒絶反応を示し、未だ彼が制御権を握っている体からじんわりと汗が染み出す。
心の中で逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目だ!! と何度も繰り返し、己を鼓舞する。
「そ、そうか。なれば、エリシ――――」
「スペクターと呼んでくれ」
「エリ――――」
「スペクターと呼んでくれ」
「エ――――」
「スペクターと呼んでくれ」
「……分かったスペクターであるな」
遂に折れたレティーシア、いや。彼の瞳には既に憔悴の色が濃い。これ以上は耐えられないとレティーシアに肉体を明け渡した。
レティーシアから何やら溜息が零れた気がしたが、彼にだって苦手なものの一つや二つあるのだ。仕方ないと言えよう。
レティーシアが軽く手を数回握ったり開いたりを繰り返した後、早速本題に入る。
「それで、スペクターとやらよ。何故毎回妾の姿を見つける度に逃げ出すのだ?」
芝居をうつのも面倒だと、率直に聞きたかった理由をレティーシアが尋ねる。
知識は共有していても、思考の違いにより、十四歳病という結論に行き着かないのだろう。
「何を言う? それは無論お前が私を狙っているからであろう!」
「いや、妾はスペクター、貴様を狙った事など一度も無いぞ?」
その言葉に何を感じ取ったのか、エリシー=ブライス。
改めスペクターは、ハッと鼻でレティーシアの言葉を笑う。
ある意味で命知らずの行動である。
「ふん、流石神族は面の皮が厚いな。しかし、私は見ていたぞ! レティーシア、貴様が模擬戦闘で同胞を半殺しにし、その後に洗脳していた姿をな!! おかげであの者は、今では貴様に尻尾を振る駄犬と成り下がってしまった……」
恐らくはボアの事なのだろう。随分と熱の入った台詞に芝居が掛かった動作だ。
同胞と呼び、おお! 悲しきかなと、額に大げさに手を当て哀悼するスペクター。
「私はあの者ように簡単には行かないぞ! 今はゆえあって封印しているが、全力を出せばレティーシア、お前とて唯では済まない筈だ。しかし、力を開放しては学園を危機にさらす。それでは意味が無い、ゆえに私は貴様から逃げているのではない、あくまで戦略的撤退として最良の選択をしているのだ!」
そう言ってエリシー=ブライスは、レティーシア達が止める間もなく脱兎の如く走り去ってしまった。
途中ドップラー効果すら伴って鎮まれ左腕よぉ!
と耳に届いた言葉は幻聴であったのか……
後書き
寝る前に一話投稿。
初の評価をいただきました、ありがとうございます。
挿絵機能はいつ実装されるんでしょうね。
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