十三話

「あー、すんません。剣術部格闘科のボア=クラーレって言うんだが、レティーシア=ヴェルクマイスターは居るか?」

「なんだ……また来たのかそなたは?」



 そう言って呆れ気味に溜息を吐いたレティーシアは、全く持って正常であろう。

 彼、ボア=クラーレとの戦闘から、既に二週間近くの時間が経過している。あの後、レティーシアの当身により、あっさり意識を飛ばしたボア。

 その殆ど虫の息と言った瀕死の肉体を、レティーシアは指パッチンの音を媒介にし、治癒の起動式を発動する。

 魔力が与えられた命令を遂行する為、空中の原子に干渉。望む媒体に変化させ、瞬く間にボアの欠損した肉体を再生してしまった。

 


 その後、規律違反に加え、その圧倒的な実力と魔力、精霊を介さない魔法の行使により、レティーシアは学長室に連行される事となる。

 あの時の魔力は、グレイプニルにより封印された分を差し引けば、殆ど全開に近かったのだ。

 その魔力量はおよそこの学園の誰よりも、教師陣と比べてもなお比べるのもおこがましい程に膨大である。

 その後、学長室に連行されたレティーシアは、学長に魔法に関しては純血種の吸血鬼は精霊と同じ事が出来るのだと、嘘八百を述べ。



 魔力や実力に関しても学園側からすれば、優秀な冒険者の卵として黙認される事となる。

 規律違反に関してはレティーシアは特に反論をしなかった。彼女は暴君(わがまま)ではあるが、自身の非を認めないほど度量が小さい訳ではない。

 精神年齢が見た目の関係上、やや幼いという面があるのも事実ではあるが……

 結局、数日の謹慎処分と、その実力を見込まれ、時折学園の依頼を頼まれるという形で手落ちとなる。

 

 

「そろそろそなたも諦めたらどうだ? 妾はいくら頼まれても頷きはせぬぞ。第一、なぜ妾より弱き者のために手を貸さねばならぬのか」


 

 レティーシアの台詞に一瞬言葉につまったボアだが、持ち前のポジティブ思考ですぐに再起動。

 ここ数日恒例の行事と成りつつある、“アプローチ”を開始し始めた。

 別にアプローチ=告白等ではない、いやある意味そうなのかもしれないが。


 

「いいや、今日こそは首を縦に振ってもらうぜ? 俺とレティーシアなら絶対上手くやれるって! なっ? だからさっ、行こうぜ、遺跡にさっ! ほらっ、俺達を呼んでるって!」

「ええいっ! 暑苦しいし、近いわ! そなたのそのテンションは如何にかならぬのか!?」 



 それこそ、レティーシアに嫌がられる程、熱心に何をボアが口説いているのかと言うと、ボアが医療室で目覚めた後。

 てっきりあのまま死んでしまうと思っていたボアは、自身の命が助かった事実に叫び声を上げ、医療室に詰めていた医療師にコッテリ叱られた後、治療は己の相手だった少女が行ったのだと説明される。

 そこで服装こそボロボロだが、斬り飛ばされた腕も治っていることに驚愕するボア。



 この時ボアが思ったことは、恐怖でも安堵でもなく。“尊敬”であった。

 今だってボアの記憶の最後に焼き付いている、圧倒的強者のその少女の己の今際の時に見た笑顔。

 ボアは自身が、それなりの実力を持っていると自負していた。事実、彼の潜在能力は人としては相当に高いだろうし、現在の実力もBランクの平均を上回っている。

 このまま成長したとしても、世界に名だたる冒険者となるだろう。



 そんな彼があっさり、虫けらのように遊ばれ、襤褸雑巾のようにやられた。惨めさよりいっそ、清清しさすら覚える程だ。

 そんな相手が見せた最後の表情、それは無邪気な笑顔だった。それは玩具が予想以上に面白かっただけの、そんな感じな事に対する笑顔だったのかもしれない。

 それでも、彼はきっと。そう……きっと、惚れたのだ。その“強さ”に惚れてしまったのだ。

 幼い少女が恋に恋するように、雛鳥が初めてみた者を親と信じるように、惚れてしまったのである。

 彼は思ってしまったのだ、彼女と一緒なら自分はもっと高みに上れる、と。その遥か先に霞む背中を追いかけられる、と。



 事実、あの時確かにボアは一歩。いや、数歩も上った筈なのだ。

 人の先に広がる無限の領域。その入り口に、高速の世界に。未だ嘗て己が到達した事のない領域に、限界という壁を越え、足を踏み入れることが出来た筈なのである。

 彼女と一緒なら、きっともう一度あの場所に立てると確信して。

 だからこそ、ボアは今日も己のもてる全力全身で彼女に伝えるのだ、自分の思いを――――




 


「あれ? クラーレさん、また来てたんですね」

「ちょっと、貴方! 私(わたくし)のレティから離れなさい! 貴方のような野蛮な人種の、その野蛮菌がうつってレティが不良になってしまったらどうするのですか!?」



 レティーシアが何度あしらっても一向に立ち去る気配のないボアに、いい加減うんざりしてきた所で、購買に食べ物を買いに行っていたミリアとメリルが戻ってきた。

 ミリアは苦笑を浮かべただけであるが、メリルは顔を真っ赤にするとボアに掴み掛かり、レティーシアから距離を取ろうと引っ張る。

 しかし、如何せん体格差も、力の差も歴然であるメリルのそれは、ボアにあっさりと袖にされてしまう。

 が、メリルもその程度ではへこたれない。意地でもと、何度も負けじと組み付いていく。

 その様子に流石にうざったくなったのか、ボアも応戦し始める。



「はい、レティーシアさんの分ですよ」



 ミリアが暴れまわる二人を余所に、レティーシアの前まで来ると、両手に抱えていたパンを渡してくる。

 それを黙って受け取ると、今度は飲み物を出してきたので、それも一緒に受け取ってしまう。

 なお、レティーシアの代金は全てメリルが支払っているのは余談である。


 今でこそ、お隣にいいですか? と言って、未だに取っ組み合いをしている二人を眺めているミリアであるが、あの授業の後数日は少しばかり気まずい空気だったものである。

 あの場面にはミリアも居たのだ、つまりはレティーシアの戦闘を目の当たりにしたということである。

 結局、ボア本人が気にしていない事に加え、レティーシアの本気を望んでいるようであったのでな。

 という言葉、それにこの世界の命に対する考えが、ミリアとの仲を取り戻す結果的の要因となった。



「ふぬぬぬぬぬっ! 最近貴方は少し、レティに馴れ馴れしいことですわよ?」

「ぐむむむむむっ! はっ、俺がどうしようと。俺の勝手だろう?」



 そう言って二人ともムキーッ! と再び取っ組み合いを開始する。

 ここ最近は何時も、昼休みにはこの一連の流れがお決まりになりつつあった。

 それを横目にパンをあぐあぐと、その小さな口に頬張っていたレティーシアと彼の両思考が、馬鹿ばっかりだ……と、見事意見が一致するのであった――――





「ふふふっ。私はこう言う雰囲気、好きですよ?」



 どうやら先のレティーシアの呟きを聞き取ったらしいミリアが、ほがらかに笑いながらお茶目に切り返してくる。

 それにレティーシアは答えず、ふんっと、鼻で笑うと。残りのパンをあっと言う間に平らげてしまう。

 反論しなかったのは、レティーシアも結局は今のこの状況が気に入っているからである。

 無論、それを口にも顔にも出しはしないのだが。

 


「ほれ、貴様ら。そろそろチャイムがなるぞ?」

「うぉっ!? やべぇっ! ここから戻るのって何分掛かるんだっけ!? っと、レティーシア! 俺とのパーティー、考えてくれよ? んじゃ、またなッ!!」

「全く……騒がしい方ですわね。それではレティ、私(わたくし)もそろそろ行きますわ」



 嵐のように去っていったボアの後姿を眺め、メリルがぼやくが、その口元は笑っている。

 彼女も何だかんだと言いつつ、彼の事は嫌いじゃないのだ。ボアの気質は真っ直ぐであり、明るい。

 レティーシアの威厳カリスマとは種類が微妙違うものの、人を惹きつけるという魅力が少なからず備わっている。

 それはメリルも承知なのだ、ただレティーシアに関して譲れないだけということであり。

 それが目下、最大の問題と言えるのかもしれないが……

 


「さて、それじゃあ私たちも席に戻りましょう! あっ、片付けは私がやっておきますね」



 名残惜しそうにレティーシアを見詰め、とぼとぼとメリルがAクラスに戻っていった後、ミリアがそう言って、残ったゴミを回収してゴミ箱に捨てに行ってしまった。

 一人残されたレティーシアはやる事も無く、仕方なしに席に戻っていく。

 どうも、どの人物も多少|威厳(カリスマ)の影響があれど、レティーシアに対して過保護? なのは事実であろう。

 尤も、カリスマとは魅力のことでもある。仕草や容姿も範疇だと考えれば致し方なきことなのかもしれないが……

 レティーシアとしては、傅かれて当たり前、上等なのでそうでもないが、彼からすればどうも落ち着かない気分になる部分であった――――








 ――――その後、授業が終わり。終了のLHRも終わり、ミリアとメリル、レティーシアの三人は寮に向かって帰宅していた。

 ボアに関しては男子寮は別方向なうえに、終了時間が三十分近くずれる事もままあるので、帰りに出会うことは殆どない。

 まぁ、レティーシアから会いに行くことなどまずないだろうが……

 


「そう言えば、そろそろ実技の単位習得に関して。私(わたくし)達一年生も、ギルドや闘技場、迷宮何かの一連の施設が開放されますわね」

「え!? そうなんですか? 帰りのLHRとかは良く居眠りしちゃって……あんまり聞いてないこと多いんですよね」


 そう言ってえへへ、と笑うミリアにメリルが呆れたような表情をするが、レティーシア等もっと酷い。


「妾など、最初から聞く気などないがな」

「ま、まぁ……レティはいいとして。ミリアはちゃんと聞いときませんと、後々困る事になりますわよ?」

 

 メリルの発言は既に天然の域なのでおいとくとして、その御尤もな意見にミリアが「はーい」と何所か気のぬけた返事を返す。

 どうもこの集団、問題児の集まりな気がしてならないのはきっと間違いではないだろう。

 レティーシアとメリルは言わずもながら、ミリアも存外興味のない授業等は耳から素通りである。

 本人曰く、身に付かない事は聞いても意味がないですから、ときた。

 ならば何故自分と同じ授業を取ったのかと、レティーシアが問えば、一緒に居たいじゃないですか! と返され、返答につまったものだ。



「はぁ……私、頭痛がしてきましたわ」

「だ、大丈夫ですか! い、医療師を呼んだほうが!?」

「だ、誰のせいだと思っているのですの!? あら、そう言えば明日は確か休日でしたわね――――」



 もう駄目だ、こいつ早く何とかしないと。と、言った表情をしていたメリルが突然、良い事を思いついた! と言わんばかりに顔を輝かせて、おもむろに宣言する。


 

「レティ、ミリア。明日、迷宮や依頼に使えそうな物を買いに、学園外通りに行きますわよ!」



 こうして、レティーシア達三人は、突然のメリルの宣言により、翌日に学園外にある商店通りに買い物へと行く事になった。

 この時、文面通りの買い物を想像していけない。

 なんと言っても“この三人である”特に“一名”は致命的であるのは言うまでもないことであった――――







「――お帰りなさいませ、レティーシア様。直ぐに着替えを御用意致します」

 


 そう言って頭を下げたエリンシエが衣裳部屋へと消えていく。

 この衣裳部屋、世界転移で新たに無理やりくっ付けたもので、謹慎処分中に完成した“真・世界転移”が使われている。

 これにより、向こうとの連絡も可能となり、物質の経年劣化も起こらなくなったばかりか、術者側の人を転移させることすら可能となっていた。


 因みに、連絡要因として原罪に戻ったエリンシエが何度かヴェルクマイスター城に向かっている。

 向こうには自身の身の安全、異世界の存在、何れ城を召喚する予定であると伝えてあり、それに合わせて動いてもらっている。

 なお、衣服は未だ豪奢ではあるが、こちらに合わせた装飾になっておりやや華美さは控えめになっておいた。



「レティーシア様、お持ちいたしました。着替えを手伝わせて頂きますので、御身に触れることをお許し下さい」

「構わぬ。そなたは少々堅苦しいゆえ、もう少し楽にしてもよいのだぞ」

「いえ、侍従の身ですので。レティーシア様はヴェルクマイスターに住む全ての者にとって、尤も尊き御方なのです、下々の者に寛容なのも程ほどにして下さいませ」



 最後に、出すぎた発言でありました。と言って、黙々とレティーシアの着替えを完遂させていく。

 僅か二分で着替え終わったレティーシアは、フリルやレースの殆どない、薄手の室内用ドレスに着替えさせられていた。

 色も黒から淡い水色で、何時もの妖艶な空気はなく、どこか見た目相応の雰囲気が漂っている。

 驚愕せしは衣服による印象の魔法(マジック)と言えるだろう。



「御夕食は如何なさいましょうか?」

「ふむ、先に風呂に入る。今日はどうも久しぶりにワインを飲みたい気分だ。極上のが城にあったな、魔術の行使を許可する、取って来るがよい。食事も時間を掛けてかまわんから、最高のものを準備しろ」

「承りました。しかし、何か喜ばれるようなことでもありましたか? 珍しく口元が緩んでおられますが……」


 その問いにレティーシアの口角が持ち上がる。


「何、こんな日常も悪くない、と思ってな――――」



 そう言って頼んだぞと、レティーシアは言いおき浴室へと向かった。

 エリンシエは残念ながら、優先事項の非常に高い任務を受けてしまった為追従叶わず、言われた任務を遂行する為魔術式を起動する。



「“世界転移”を起動」



 エリンシエの足元に術式の文字がびっしりと書き込まれた魔術陣が浮かび上がり、それが真紅の輝きを放った瞬間、エリンシエの姿はその場から掻き消えていた。

 


 ――――ガチャン!!


「レティ! 遊びに来ましたわよ!! て、あら? レティ?」



 入れ違いでメリルがレティーシアの部屋に入って来るが、目当ての人物が居ないと知ると、勝手知ったるなんとやら。衣裳部屋や寝室に勝手に入っていく。

 その途中、衣服の中に下着を発見し、メリルがこっそり懐に仕舞い込んだなんてことは無論ない。

 なお、メリルやミリアには防犯術式に掛からないように設定されており、現在入浴しているレティーシアはメリルが来た事に気づいていない。

 と、そこで浴室から響く音を目敏く聞き取ったメリルが、表情をぱぁと輝かせると、浴室の前でルパンダイブもかくやの早業で脱衣し、浴室のドアを全開にして突貫する。



「レティーーッ!!」

「なっ!? メリルどうしてそなたがここ――馬鹿も、ま、まて…どこをさわって! あひっ!?」


 頭を洗っていたレティーシアに勢いよく抱きついたメリルが、久しぶりの生肌にすんはすんはと鼻を擦り付ける。

 それだけに留まらず、わきわきと手を動かしてはぺたぺたとあちらこちらを触っては恍惚とした表情。


「や、やめい! そ、そんなところを触るなッ! ひぁっ!?」

「えへへ……レティのちっちゃなお胸ぇ……え゛へ゛へ゛へ゛へ゛……ほらほら、揉んだら大きくなるのよ?」


 レティーシアの背後から抱きつくように座り込み、その両手を上半身に置き、円を描くように何度も揉みこむ。


「……んくっ…ふぁ……や、やめ! あっ……」



 丁度頭を洗っていたレティーシアは、泡が目に入らないようにしていたために災いしてしまう。

 目敏くそれを確認したメリルが、植物の実を利用した最高級の身体用のタオルを使い、“洗うふり”をしてレティーシアの肉体をまさぐり始める。

 その顔は緩みきり、鼻息は荒く、常の美少女がまったく台無しどころか、どこの親父か!? である。

 あまりの出来事に動転し、吸血鬼としての鋭い感覚器官は混乱で機能不全となり、まともな抵抗ができない。

 しかも逆に敏感な感覚が災いして、どこで覚えたのか、メリルの手管に背筋がぞくぞくと快感に粟立つ始末。



「も、もぅ……やめよ、これ以上は――」

「そんなこと言って、声に力が入ってませんわよ?」

「あひぁっ!?」

「あら、ごめんなさい。手が滑ってしまったようですわ!」



 わざとらしく謝ると、再びその指先を赤い二つの頂に滑らせる。

 その度にレティーシアの白皙の顔に浮かんだ赤味が増し、背中がびくびくと震える。

 きゅっと閉じられた瞳にはお湯か涙か、判別のつかない液体が一筋流れていく。

 その様子にメリルがうっとりとした顔を見せ、気づかれないように下半身へと指を――――


 ――――この先十八禁により放映禁止です。続きが気になる方は感想でワッフルワッフルと送って下さい――――


 




  

 その後、恥辱極まる陵辱? の数々を受けたレティーシアが遂にキレ、メリルを湯船に沈めた後、一人浴室を出る。

 暫くの後、記憶を失って戻ってきたメリルを加え、何時もより豪勢となった食事を三人でいただく事となった。

 今日もレティーシアの一日は平和である――――?





後書き


次回より2章という形にて進行していきます。

初期作品のため、中盤までの文章がなんともひどい……

ところどころ修正はしているんですがw

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