31・さすがは菜穂香の弟ね


 テレビは無音だった。

 『巨大怪獣現れる?』

 とのテロップが付いた、特撮映画と勘違いしそうな報道だ。ヘリコプター上空から、隔離状態となっている山ノ上駅周辺を映している。

 戦争の焼け跡のように、ビルや道路がボロボロになっていて、怪獣報道の信憑性を与えていた。


「罪の意識を感じるぜ」


 イッヤーソンを結界から出してしまった俺の責任だ。


「感じる必要はないわよ。短期的に見たらヤクザは被害を拡大させた張本人かもしれない。けれどあなたは、イッヤーソンの計画を阻止した貢献者でもあるのよ。あいつのやろうとしていたことが実行されたならば、万単位の被害者が出ていたはず」

「鏡明くんは自分を誇っていいわ。あなたは人間とは思えない活躍をしてくれた。さすがは、菜穂香の弟よね」

「さすがは菜穂香の弟よね。その言葉、聞き飽きましたよ」


 昔っからだ。

 俺はいつも姉と比較されて育ってきた。

 成績が良ければ、菜穂香の弟とは思えないと言われ、運動系でトップになれば、さすがは菜穂香の弟と言われてきた。


「あら、ごめんなさい」

「でも、聞いたのは久しぶりです。子どものころ、それが嫌だったのを思い出しました。俺は結局、姉貴のアクセサリーでしかないんだって、ガッカリしてました」


 俺は、響歌さんにとって弟でしかなく、どんなにカッコ良くなっても、男として見てくれないショックがあった。


「ごめん。鏡明くん傷ついてたのね。気付いてなかった」

「いいんです。昔の話ですから、ちょっと思い出しただけですし、ヘンなこと言ってすみません」

「いいのよ。私、男の子の気持ちよく分かってなかったから、そういうのはちゃんと言ってくれたほうがありがたかったかな」

「今だからこそ言えるんです。子どもの俺は、恥ずかしくて、そんなこと言えません」


 なにせ響歌さんは、俺が異性を初めて意識した女性。

 初恋の人だ。

 二人きりになったとき、いつもドキドキとしていた。手が触れたときは、心臓が飛び出すかと思ったぐらいだ。

 純情な俺だった。

 彼女は、そんな俺の恋心に気付いていたのだろう。むしろ、これが恋だと自覚する前から、気付いてたのかもしれない。

 知っていながら、傷つけないようにと、素知らぬふりをしてくれていた。


「あのさ、あんたはそれが嫌だって言ってるけど、それ、あたしも言えることなのよ」


 姉は不愉快げに言う。


「あたしなんか、鏡明くんはしっかりしてんのに、なんで菜穂香はずぼらなのよとか、鏡明くんを見習いなさいって、言われてきたんだから」

「そうなのか?」

「そうよ! あたしはガキっぽくて、鏡明は大人っぽいってね」


 当時を思い出して、段々と怒鳴り声になってくる。


「本当は、菜穂香が男の子で、鏡明が女の子として生まれてくるはずだったんじゃないって、耳にタコができるぐらい言われてきたんだから!」

「それは俺もショックだぞ」

「あはは、昔の話だしね」


 響歌さんは苦笑する。姉は言い足りないようで、


「それにね!」


と話を続けようとするので、


「はいはーい、愚痴はあとでききまーす」


 と響歌さんに止められた。


「鏡明くんは、自分では気付いてないようね」


 意味ありげに微笑む。


「あなたは決して菜穂香のアクセサリーなんかじゃない。菜穂香のことをずっと守っていたのよ。鏡明くんの存在が、菜穂香にとっての力だった。もちろん私もね」


 パチリとウィンク。そのあどけない姿は中学生の彼女と重なった。


「そんなことないですよ」


 俺は目線を逸らしつつ言った。


「俺は、姉の後ろにいてばっかいた哀れな弟です。魔法少女についての記憶はないですけど、俺のことです、足を引っ張っていたのは分かります」


 響歌さんは小さく首をふる。


「ううん、あなたはわたしたちを守ってきた。それは自信を持って言えるわ」

「そう言われても、慰めにしか聞こえません。イッヤーソンのときも、姉の登場がなければ、姫さんとともにお陀仏でした」

「なにをナーバスなっているんだか」


 美桜は、自分で持ってきたお茶をすする。


「変身能力がないのに、コテンパーンと戦っていた方が無茶もいいところよ。赤沢先生に響歌だって、あなたと同じ人間の立場なら、なにもできずにゾンビにされていたわよ。フランジェルカが登場するまでの時間稼ぎができたヤクザは称賛ものよ。さすがは菜穂香の弟ね」


 皮肉るようにニヤリと笑った。


「おまえは、フランジェルカがくると分かってたんだな」

「あのさ、フランジェルカって呼ばれるの、恥ずかしいからやめてほしいんだけど」


 黒歴史になっているのだろう。

 小さく手を挙げて、苦笑気味に申し出をする。響歌さんも同意のようで、姉貴と同じ苦笑を浮かべていた。


「あれだけの大惨事だもの、フランジェルカ、もとい闇管理組織がほっとくわけないじゃない」


 美桜はフランジェルカを強調して言った。


「ただ、響歌よりも赤沢先生が先に来るとは思わなかったけどね。そのおかげで、わたしは晴れて蘇りの奇跡に必要な、光と闇の力をゲットできたからありがたかったけど」

「姉貴が、コテンパーンを倒した時か?」

「ええ」


 確かにあのとき、美桜はコテンパーンが消滅した場所で、炎のようなものを掴んでいた。


「あたしはまんまと、ガディスの娘に利用されましたってか」


 オーノーと広げた両手を上に向けて、大げさにジェスチャーする。


「あそこでイッヤーソンを逃したのは痛かったわね」

「殺せてたら万事解決だったな」

「あたしのせいってわけ? 中に化け物が入っていたなんて、知らなかったんだから」

「むしろ、命を助けられて感謝している」

「さすがは小者界の大物。逃げ足だけは早かったわ」

「あいつは見つかったのか?」

「捜索中。情報があったら報告がきているはずだけど……」


 響歌さんは手前にあるスマートフォンを取った。何かあれば、三田村さんから連絡が来るのだろう。

 メールが来ていたようで、


 「あら?」


 と反応を示した。


「なにかあったの?」

「ああ、ごめん、なんもないわ。心配した友達からいくつもメールがきていたの。その中に懐かしい名前があったものだから、ね」


 姉にメールを見せる。


「うわぁ、懐かしい。山寺先輩じゃん」

「結婚式以来ね」

「あー、二児のお父さんだっけ? はぁ、色々ショックだわ」

「ああ、姉貴が惚れてた男か」


 姉と一学年上のバスケ部の部長。

 成績運動共に万能の、さわやかな笑みが似合うイケメン。女どもがキャアキャア黄色い悲鳴をあげていた男で、姉もその例外ではなかった。


「うぇっ! 別に惚れてなんかいないよっ!」

「いただろ。試合の日は、山寺先輩、山寺先輩、と張り切って応援に行っていたし、なぜか俺まで連れて行かれて応援させられたことがあったぞ。バレンタインデーに山寺先輩に手作りのチョコを作るんだと張り切って、俺はくそまずいチョコを毒味させられ、腹に当たって寝込んだこともあった。他にも、姉貴の部屋に山寺先輩の写真を飾るために俺を利用して……」

「あー、あー、もういいよっ!」

「なのに、こんなことになるなんてビックリだ」


 と、姉と響歌さんを交互に見る。


「別にあたしは響歌とそんな関係には……」

「なってないの?」

「なっているけどっ!」


 響歌さんを見てから、はぁと大きな溜息をついた。


「どこをどう間違ってこんなことになったのやら」

「正しい道を貫いたからよ」

「山寺先輩の結婚式のとき、『菜穂香のこと好きだったんだ』なんて言われてさ、あたし魔法少女になってなければ、山寺先輩の花嫁になっていて、幸せな家庭を築いていた可能性があったっわけよねぇ」

「私に留学の話が来たとき『いかないで、響歌のいない生活なんて、ぶっちゃけありえない』と大泣きして引き留めたのはどこの誰だったかしら?」

「だ、だって、響歌の料理がおいしいから、外国にいったら食べられなくなっちゃうじゃん!」

「ふーん、私は響歌専用のシュフだったんだ」

「そっ、そういうわけじゃないよ! 鏡明も澄佳も、響歌の料理大好きだしっ! あたし料理も洗濯も、家事という家事なんもできないから、お父さんお母さんが亡くなって、ほんと困って、響歌がいてくれてどんなに助かったことか!」 

「つまり私のことを、赤沢家の家政婦としか見てなかったのね」

「違うよぜんぜん違う! 怒らないでよ! 気を悪くしたなら謝るからっ!」

「好きです、大好きです、愛しています、と言ってくれたら許すわ」

「バカ、言えるわけないでしょ、弟と妹と教え子がいる前なのよ!」

「響歌。これからはカップラーメン生活ね」

「好きです! 大好きです! 愛しています!」


 顔を真っ赤にして、犬の遠吠えのように叫んだ。


「よろしい」

「相変わらず、ラブラブやなあ」


 昔から変わっていない。

 当時はカップルという認識はなかったけど、姉が感情的になって、響歌さんが冷静に返してのパターンを延々と続けていた。


「あの、お姉さま」


 美桜は、澄佳の手を取って、自分の方に寄せた。


「あんたにお姉さま呼ばわりされる筋合いはないけどなによ?」

「澄佳をください」

「やるわけないでしょっ! ってか、あんたもやっぱそっち系かっ!」


 姉貴と響歌さんとの会話をきいて大丈夫と思ったようだ。

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