30・いつ、澄佳は殺されたわけ?


「いやいや、ちょっと待って!」


 姉が、大声を上げる。


「ガディスの娘に怪しげなブツをあげてんの、響歌なわけっ?」

「そうだけど?」


 なにが悪いことしている?

 ときょとんとしている。


「地上界には手に入らない素材が多いから、響歌に頼むしかないのよ」

「んなもん、取り寄せるな! 闇世界のアイテムなんて、ヤバさ強烈でしょ。こいつ、なにすんかわからないじゃない。というか実際なにかあったし! 澄佳がこんなことになったのだって、こいつのせいでしょ、こ・い・つ・の・!」


 こいつこいつ連呼して、殴る勢いで人差し指を向ける。


「教え子をこいつ呼ばわりなんて、野蛮体育教師にモラルはないのかしら」

「ガディスの娘なんて、こいつ呼ばわりでも、丁重に扱っているぐらいよ」

「大丈夫よ。取り寄せる素材はどんなものかチェックしてあるもの。すべては保身のためのもので、人に害を与えるものは許可してないわ。ガディスの娘でありながら、闇の力を持っていない彼女は、黒魔術で自分を守っていくしかないの」

「仮にも姫君だからな」と俺は言う。

「それに私は絶世の美少女だもの。イッヤーソンのような闇の世界のバカだけでなく、地上界の性欲の塊となった男というケダモノから、身を守る必要があるのよ」

「自分でゆーな」

「地上界に護衛を連れてくることはできないしね。自分の身は自分でよ」

「で、自分は守れても、澄佳は守れなかったってわけね?」


 姉が冷たく言う。

 沈黙。

 しばらく続いた。

 コトッとした音。美桜がマグカップをティーテーブルに置いていた。彼女は顔をあげて、姉のことをみる。


「それについては申し訳なく思っている」


 頭を下げた。


「心がこもってないわよ」

「ごめんなさい。いくら謝っても、許してはくれないでしょうけど」

「ええよ、許す」


 澄佳は、美桜の頭をなでようとするけど、響歌さんに抱きしめられた状態なので、手が届かなかった。

「澄佳は許しすぎ。あんたはほんと優しいんだから」


 ため息一つ。


「本人よくても、あたしはよくないの」


 冷たい表情に戻した。


「で、あたしの生徒の小麦美桜さん」

「担任の赤沢菜穂香先生、なにかしら?」

「いつ、澄佳は殺されたわけ?」


 尤も聞きたかった質問をぶつけた。


「探偵にでもなるつもりなのかしら。素質ないからやめたほうがいいわよ」

「説明、もとい言い訳を聞きたいのよ。澄佳はずっと部室にいたそうね?」

「ええ、澄佳は一歩も動いていないわ」

「あたしがあんたたちの部室に行ったとき、誰もいなかった。何度も部室を見たけど、姿ひとつなかった。どこ探してもいなかったわよ。どういうことよ?」

「実は、いたと言ったらどうかしら?」

「見えないようにしていたというわけね。あんたの使うあやしげな黒魔術で」

「あやしくない黒魔術がどんなものか知りたいわね」

「ちゃかさないで」

「澄佳の死体を発見してすぐに、赤沢先生がやってくる気配がしたの。だから、急いで黒魔術を使って姿を消したわ」

「どうやって?」

「結界ね」と響歌さん。

「正解。闇の力のない私でも、黒魔術で人一人分を隠すぐらいの結界を作ることができるわ。それで、私たちは姿を隠したの。ありがたいことに赤沢先生は気づかず、『うちのアホな妹と、不思議系少女さんはどこにいるんやら』とブツブツ言いながら、窓を閉めて、部室を出て行ったわ」

「まぬけなあたしをじっと見てたってわけね。ちゃんと事情を説明したらよかったのに、なんで姿を消したの? あたしがどんだけ心配して、そこらじゅうを探し回ったか分かってる?」

「あなたが部室のドアをあけたら、最愛の妹が死んでいた。そのそばには一人の女が立っている」

「えーと?」

「で、その女がガディスの娘だと知ったら?」

「んーと」

「私を殺したはずよ」

「うん」


 ばつが悪そうに頷いた。


「そういうこと」

「澄佳は、どう?」


 澄佳をハグしながら、響歌さんは聞いた。


「死んだときのこと覚えてる?」

「んー」

「言いたくないことだと思うけど、話してほしいな」

「ええとな、ん~」


 澄佳は言葉を伸ばして、考えるように頭をふらふらさせながら天井を眺める。


「よくわからないんや。後ろから、急にドンときて、頭がおちて、真っ暗になって、気がついたら、夜になってて、お兄ちゃんと美桜ちゃんがいたんや」


 イッヤーソンの姿は見てないようだ。


「そう。そうなのね」


 響歌さんは目をつぶる。


「澄佳、それで間違いない?」


 澄佳のふらふらさせていた頭が止まった。


「間違いなっし」

「分かったわ」


 響歌さんは、澄佳のこめかみにキスをする。


「小麦は、そのときなにしてたのよ?」

「美桜ちゃんは、えーとな、読書家やから本がぎょうさんあるところへおったで」

「図書室」


 と美桜は言った。


「そうや、いつもえれえむずかしー本を、貸りて、読んで、返してるんや」

「なに読んでたのよ?」

「世界文学全集の何巻だったかしらね。タイトルは、ジェーン・オースティンの『エマ』。図書室で途中まで読んで、時間が来たから、その本を借りて、部室に戻ったら、澄佳が死んでいた。ショックで本を落としたから、部室にいけばあるんじゃないかしら」


 アリバイにはなんないでしょうけど、と小さな声で付け加えた。


「犯人はイッヤーソンでいいんだな?」

「他に黒幕がいる、というどんでん返しがなければ」と頷いた。

「イッヤーソンは空を飛べる」

「あいつの正体は、一メートルある空飛ぶゲジゲジをイメージするといいわ」

「うげぇ、想像したくない!」


 と姉は叫んだ。


「開いた状態の部室の窓。中は澄佳がひとりっきり。姫さんの姿がない。格好のチャンスだと、イッヤーソンは澄佳が後ろを向いている隙に、頭を殴って殺した」

「そうなるでしょうね」


 美桜は頷いた。


「その後、イッヤーソンは?」

「逃げたわ」

「姫さんとコンタクトを取らなかったのか?」

「私が赤沢先生から逃げたのと同じことよ。あいつの仕業と分かったなら、私は復讐の鬼となる。響歌に連絡をとって、倒そうとしたでしょうね。考える時間を与えたのよ。そして、私はあいつのねらい通りに、蘇りの奇跡という発想が浮かんだ。蘇りの奇跡は光と闇の両方の力が必要となる。闇の力はイッヤーソンが持っていて、光の力は……」

「私たちが持っている」と姉が言った。

「なら、なんで私に言わなかったの?と言いたいけど」


 響歌さんは、澄佳の頭にあごをのせた。澄佳は重そうに目を細める。


「澄佳をゾンビにするなんて、言えるわけないか。最悪の中の最善なアイデアとはいえ、それを許可するわけにはいかない。澄佳には悪いけど、私はゾンビになるぐらいなら、死んだままのほうがマシだもの」

「ふつーと変わらんから、私はどっちでもええわ」

「いや、よくないでしょ、生きてるほうがいいよっ!」

「それで」と響歌さんは話を続ける。「頃合いを見てイッヤーソンが姿を現して、『闇の力を提供します、その代わりに蘇りの奇跡を教えてください』と取引をしてきたのね」

「ええ。そして、小物界の大物らしく、教えたら、用済みとばかりに裏切った。私をフランジェルカに会わせないよう、ホテルに監禁してしまった」

「そこを俺が助けた」

「ヤクザさんのご活躍で、コテンパーンとなったイッヤーソンが暴走。大暴れして町をあのような惨状にしてしまった」


 あのような惨状と口にした美桜の目線は、50インチ以上ある大型テレビに向けられていた。

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