22・そんなことになったら、私は泣く
通りの駐車禁止区域に、戦車や装甲車など、陸上自衛隊の乗り物が並んでいた。
壮観だ。
一台、一台、時間を掛けて観賞したい気分だ。
「気前がいいな。戦車を貸してくれるのか?」
「いやいや、乗るのはこっちですよ」
目的の乗り物はその後ろにあった。廃車置き場から逃れてきたようなオンボロ車が、隠れるように止まっていた。
トヨペットのコロナ。
1970年代製造のクラシックカーだ。
「素晴らしい車でしょう。この年になると、言うこと聞かない古女房が可愛くてしかたない」
三田村さんの車だった。彼は、ピクニックにいく子どものように、いそいそと運転席に乗り込んだ。
「さあ、乗って下さい」
ぐるぐると、手動で窓ガラスを開けて顔を出す。
「後ろへどうぞ。最悪な座り心地がたまりません。食べ物に例えると、日の丸弁当といったところです」
「カーチェイスに、向きそうにないわね」
「そんなことになったら、私は泣く」
苦笑を浮かべるが、目は本気だった。
「鏡明くん、ちょっと待って」
リアドアの取っ手に手をかけると、響歌さんが両手に日本刀をかかえて追いかけてきた。
後ろには不機嫌なままの姉がいる。
「気をつけてね」
「はい。必ず、澄佳を連れて戻ってきます」
「三田村さん、二人をお願いします」
「逃げるのは得意ですので、お任せを」
「なんで、戦うのが得意なあたしがいっちゃいけないのよ?」
姉も行くつもりでいたが、響歌さんに止められていた。
「十年ぶりに変身したじゃない。体に支障が出てないか、調べたほうがいいわ」
「その言葉、聞き飽きた。ちょっとぐらいなら平気だってば」
心配性なんだからと、ブツブツ不平をこぼす。
「万が一のために武器が必要となるでしょ。鏡明くん、これを持って行きなさい。研いでもらったから、切れ味が戻っているはずよ」
両腕で抱えていた、日本刀を差し出した。
「感謝します」
俺が使っていたものだ。
どこから発見したのか、消失した鞘に収まっている。
「この刀って、村雨よね?」
「村雨?」
「ええ、篠崎さんのものでしょ?」
「あいつの屋敷から取ったものですから、そうかもしれません。篠崎黒龍を知っているんですか?」
「篠崎さんって、まさか?」
姉が反応する。
「ええ、りんこのお父さん」
「そっか、だから、あたし、これを知ってたんだ」
辛い思い出があるのか、苦しげに胸に手を添える。
「篠崎さんは、魔法少女を知る数少ない人なの」
話すべきと思ったようだ。俺に向かって口を開いた。
「りんこはね、私たちと同じ魔法少女だった」
「他にも魔法少女がいたんですね」
「ええ。世界を守るために、共に戦った仲間は他にもいる。生き延びたのは、ほんの僅か。悲しくもりんこは、その例外になれなかった。闇の者によって、殺されてしまったわ。篠崎さんは復讐を誓った。けれど、人間の力では、闇世界の魔物を倒すことができない。自分が無力なのを悔しがっていた。それで、光の世界の精霊たちが、この刀に光の力を与えたのよ」
「普通の日本刀じゃなかったんですね。どうりで斬れ味がいいわけだ」
刃こぼれしないから不思議に思っていた。
「ちなみに、村雨というのは?」
「日本刀といったら村雨でしょ?」
「やっぱ、あんたか……」
姉貴が勝手に付けただけで、妖刀村雨との関係はなかった。
「りんこの仇は取ってやったわ。あたしと一緒に、村雨で、ざっくりと!」
姉は、上に向かって突く仕草をして、当時を再現した。二人で刀を持ち、上から攻撃の敵を刺したようだ。
「篠崎さんもゾンビになったのね。あの人なら、生き延びると思ってたのに」
「ガン、だったそうです」
ショックを受けていた。
「そう。知らなかったわ」
「それで、イッヤーソンに体を乗っ取られてしまいました」
俺は頭を下げる。
「申し訳ありません。俺は、篠崎を斬って、殺しました」
「いえ、むしろ感謝してるわ。篠崎さんはきっと、鏡明くんに村雨を託したのね。これで、自分を斬って欲しいと……」
「かもしれません」
きっとそうなのだろう。
日本刀が目に入ったとき、使って欲しいとばかりに輝いていた。だから俺は村雨を握った。
それで、命が救われた。
「今頃、天国で、りんこと再会しているでしょうね。ふたりで笑っていてほしいわ」
響歌さんは目を瞑る。
黙祷。
「……ごめんなさい」
唇から小さな声が漏れた。
助けられなかったことへの謝罪。
篠崎黒龍、娘のりんこ、両方に向けて。
そんな響歌さんを姉は抱きしめる。響歌さんは、姉に自分の体を預けた。肩が震えた。大きくなった。
きっと二人は、こうやって支え合うことで、苦しみを乗り越えてきたのだろう。
「大事に使わせてもらいます」
心の中で、冥福を祈った。
篠崎黒龍。
名前ぐらいしか知らないが、義理と人情で厚い人だったのは分かる。家族に等しい組員たちに慕われていたことだろう。なのに、体を乗っ取られ、組を潰されるという、無様な死に様を迎えてしまった。
さぞ無念だったに違いない。
仇を取る。
この刀で、イッヤーソンを必ず倒す。
俺は、そう誓った。
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