13・二人なかよくデートですかな?

 705号室を破壊したイッヤーソンの手が廊下まで届いていた。

 鉄球のような握り拳。

 704、703号室の壁を壊しながら、こちらへ向かってくる。突き当たりの壁をぶち破った時は、俺たちは非常階段を駆け下りていた。


「速い。手がちぎれそうよ」

「奴に殺されたくなきゃ我慢しな」

「お姫様だっこして」

「足が遅くなる」


 地面がぐらついている。急いで脱出しなければ、ぺしゃんこになってしまう。


「あなた、私に惚れたわけ?」

「まずは交換日記から始めようか」

「軽口はあなたの趣味なのかしら?」

「恐怖を和らげるために必要なものさ。おまえこそ、あの状況でよく、惚れた女の名前を叫べなんて嘘をつけるな」

「あなたの弱みを握ろうとしたのよ」

「ガキじゃねぇんだ。言ったって気にならん」

「じゃあ、誰に惚れてるの?」

「小麦美桜ちゃん。その黒い髪をチューしたいぜ」

「ゾッとしたわ」

「イッヤーソンほどじゃねぇだろ、おっと……」


 三階へと続く階段の途中で、急ブレーキをかけた。

 大穴ができていた。

 壁だった所から外の景色が見渡せた。薄暗く、廃墟の町のように静かだ。戦車や戦闘ヘリがやってきて、ミサイルをぶっ放して欲しいものだが、上空からも、地上からも、そのような支援が来そうになかった。

 新鮮さなどどこにもない、生暖かな風が気分を悪くさせてくれる。

 足元は崖だ。

 真下を見れば、一階の瓦礫の山がナイフのように俺たちを迎えている。飛び降りたら死ぬ。生きられる場所といえば、穴を超えた先にある三階の廊下ぐらいだ。距離はあるが、一か八かやってみるしかない。


「飛べるか?」

「か弱い女の子の私に、なんという無茶ぶり」

「か弱いというのに疑問はあるが、姫さまのようだしな。リクエストに応えてやる」


 持っていろに日本刀を渡すと、美桜の体を両腕で持ち上げた。


「重いな」

「女にたいして最低最悪なセリフを口にしないでもらいたいわ」

「篠崎の屋敷で会った時は、紙みたいにぺらぺらに軽かったじゃないか。魔法であれぐらいの体重に落としてくれ」

「この私は本物だから無理。それに、みたいじゃなく、紙だったのよ。風で飛ばされるから、あそこまで行くの大変だったんだから」

「後ろを歩いてりゃ、パンツ見放題だったな」

「スパッツって便利よね」

「残念すぎて涙がでてくるぜ。歯を食いしばってろよ。刀を俺に当てるんじゃないぞ」


 階段を何段か上がってから、助走を付けて勢いよく飛んだ。

 着地。

 足がジーンと来た。


「あらやだ、惚れそうになったじゃない」

「そのセリフを、うっとりとした顔で、感情込めてもう一度言ってくれ」

「そこまでサービスできないわ」


 美桜を降ろして、日本刀を手に取った。


「おやおや、二人なかよくデートですかな?」


 見上げれば、横穴からイッヤーソンの入りきれない顔があった。奴はすでに五階の高さまで大きくなっている。かがみ込んで、俺たちのことを見ていた。


「お義父さん、娘さんを下さい」

「すでにお腹の中に赤ちゃんがいるの」

「それはけしからんですね。最近の若いものはブツブツ。お腹の子もまとめて食べてしまいましょう」


 穴に入りきれない顔を無理矢理に押し込んで、巨大な顔を近づけてきた。大口を開けた。奥が光っている。


「ちっ、逃げるぞ!」


 口からどす黒い光線が発射された。美桜に向かってジャンプをし、彼女を庇いながら廊下の方へグルグルと転がっていった。


「くそっ、食べたいのか、殺したいのか、どっちかにしろ!」


 爆発音。

 強烈な地響きがした。俺たちがさっきいた場所は、跡形もなく消えていた。視界は、ニタニタと笑うイッヤーソンの姿と、外の景色が広がっている。


「上っ!」


 天井が崩れてくる。美桜を強く抱きしめたまま、体を回して左方向に回避する。

 が、その方向には床がなかった。

 ぺしゃんこにはならなかったが、二階へ向けて落下する。

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