12・小麦美桜、来い!


「待たせたな」


 銃を構えたまま、中に入っていく。


「遅いわよ」


 苦労して参上したというのに、冷たい出迎えだ。

 サイドチェアに、一人の少女が腰掛けていた。

 篠崎の屋敷で会った黒セーラー服の少女。


「やはりおまえか。妹じゃなくて残念だ」


 部屋を見回し、クローゼット、洗面所、トイレと調べるが、彼女しかいなかった。


「ドアをノックしたんだぞ」

「聞こえてたわ」

「なら、開けてくれ。遠回りをすることになったじゃないか」

「結界」

「ん?」

「束縛の結界を張られているから、身動き取れないのよ」


 よく見ると、彼女の下は魔法陣のようなものが描かれてある。


「そいつはすまんかった。ずっとそのままならトイレいきたいだろう。漏らしちまったか?」

「解放してくれるなら、ご褒美に飲ませてあげてもいいわよ」

「それで喜ぶような野郎に、おまえは助けられたいのか?」

「舌を噛んだ方がマシな気がしてきたわ」

「安心しろ。俺はそんな性癖を持ってない」

「持っている人は、自分の性癖を否定するものよ」

「おまえは助けられたいのか? 放置されたいのか? そのうち、イッヤーソンが、この部屋を破壊する。そうなったら、あんたは確実に死ぬぜ」

「ああ、さっきから続いている地震はイッヤーソンだったのね」

「なんだと思ったんだ?」

「知らないわよ。部屋に閉じこめられているから、まったく状況が分かってないの。分かるのは、馬鹿がホテルを壊していることぐらい」

「ゾンビがコテンパーンになって、イッヤーソンがそれに取り憑いたんだ」

「すべてを把握したわ。分かりやすい説明ありがとう。コテンパーンなんて、懐かしい名前を聞いたものね。何年ぶりかしら」

「高速理解素晴らしいぜ。で、どうすれば結界がとける?」

「特別な方法はいらないわ。惚れた女の名前を叫んで、私を引っ張ればいいだけ」

「なんだそりゃ?」

「恥じらいが解放のエネルギーとなってくれるのよ」

「代わりに俺が結界に閉じこめられるというオチはないよな?」

「用心深いのは悪いことではないわ。束縛の術をかけられたのは私よ。そういう罠はないから安心しなさい」

「助ける前に質問だ。あんたには聞きたいことが山ほどある」

「その余裕はないんじゃない?」

「後で答えてくれるか?」

「私に分かることなら、なんでも」

「俺の妹の居場所もか?」

「教えるわ。そのためにあなたを呼んだんだもの」

「一つだけ質問だ」

「時間オーバー。後ろを見なさい」


 振り向くと、窓には巨大な目があった。


「みーつけた」


 イッヤーソンだ。奴の顔が笑った。


「そういえばお姫様は、そこにいたのですねぇ。赤沢くんに夢中で忘れておりましたよ」

「一生、忘れてくれると嬉しかったわね」

「赤沢くんもいいですが、姫さまの脳は最高に美味しいでしょうな。無敵の力を手に入れられそうです」

「集合体ゾンビの体をのっとったばかりに、知能が低下してしまったようね。いい気味だわ」

「さてと、ノーミソをいただくとしましょう」


 奴の手が伸びた。部屋の中に3メートルはある指が突っ込んでくる。


「質問だ。姫さんの名前は?」

「小麦美桜」


 やはり彼女か。


「小麦美桜、来い!」


 俺は美桜の手を取った。

 結界から抜け出せた。ドアを開けて、廊下を出る。美桜をひっばりながら、非常階段を目指す。

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