144:たどり着いた真実
浴場の一画を沈黙が支配する。
竜昇と詩織、二人に対して静が示した一つの回答に、しかし当の二人は反応を返すことすらできずに、ただ目を見開いて硬直する。
「厳密に言えば――」
そんな二人に対して静が口にするのは、あくまでも事実を提示するそんな発言。
「――恐らく精神干渉系の魔法が、まったく効かないというわけではないのでしょう。現にスキルシステムに関しては、こうして不完全とは言え効果を発揮しているわけですから。単純に効かないというよりも効きにくい、あるいは耐性を持っているとでも呼び表すのが妥当でしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ――」
容赦なく紡がれる静の言葉に、わずかな間ながらも活動を停止していた竜昇の脳がどうにか活動を再開させて待ったをかける。
思わず立ち上がり、まるで浴槽の湯があふれ出すかのように、次々と湧き出す疑問が竜昇の口をついて出る。
「精神干渉系の魔法が効かないって……。確かに……、この階層での二人の症状が精神干渉の結果で、外でのみんなの反応も認識阻害かなにかなんだとしたら……。確かに、その二つは共通の原因と言えるのかもしれない。けど――。
けど、スキルも――?」
「はい」
「スキルシステムも精神干渉の一種――? それじゃあ、城司さんたち二人だけが、例外的にスキルの内容を一度に全部習得できるんじゃなくて、
「はい。少なくとも私はそうなのではないかと見ています」
竜昇の問いかけに、静は落ち着いた表情のままきっぱりとそう断言する。
その様子に竜昇自身もどうにか落ち着きを取り戻し、若干後ずさりするように浴槽の淵に腰かける。
一度呼吸をして心を落ち着け、静に言われたことを頭の中で精査する。
否、精査するまでもない。今回静が提示した答えは、事実としては酷く単純明快な代物だ。
ただ前提条件の齟齬やゲーム的な思い込みに隠れて真実が見えにくくなっていただけで、『そう』なのだと考えたうえで振り返って見れば、むしろ納得できる点の方が多くある。
そう。結局のところ、竜昇は最初からゲーム的な思い込みに支配されて見誤っていたのだ。
なまじ『スキル』などと言うゲーム的なシステム名だった故に、その内容がゲーム的なものであることに疑問を持たず、結果として重大な事実を見逃していた。
否、これは恐らくミスリードされたと、そう言った方がいいのだろう。ゲームなどにおける、レベルを一つずつ挙げていくイメージが先行していたせいで、習得したとたんにレベルが一〇〇になってしまうという城司の方が異常なのだと思い込んでいた。
スキルシステムそのものにしてもそうだ。なまじゲームなどでなじみ深く、さらに生き延びる上で非常に有益なものであったがゆえに、知らないはずの知識を瞬く間に植え付けられるというその現象の意味を軽く見ていた。
もしもこれが本当に精神干渉の一種なのだとすれば、今の竜昇達には必然的に危惧しなくてはならない可能性がある。
「まさかこのスキルって、俺達を操るための偽の記憶とか混じってないだろうな」
静の予想が正しければ、竜昇達は精神干渉系の魔法に強い耐性を持っていることになる。
だが一方で、全ての精神干渉が通じないというわけではない。
現にこうしてスキルによる知識、もっと言えば記憶の植え付けはできているのだ。そんな真似ができるのならば、直接精神を操ることはできなくても、自分達にとって都合のいい記憶を植え付けることでその行動を操るような真似も理屈の上ではできるはずである。
そう危惧して、竜昇はふと思いついた言葉を口にした形だったのだが、予想外にもその疑問に対する答えは直後にあっさりともたらされた。
「――混じっていますよ」
「――え?」
「――は?」
「いえ、だから混じっています。私達を洗脳するための記憶が、このスキルシステムには」
あっさりと。
突如として告げられたその言葉に竜昇はおろか黙って話を聞いていた詩織すらも声をあげて、続く具体性を伴ったその内容にそろって絶句させられる。
そして、再び訪れた沈黙を破るのは、やはりというべきか静の言葉だ。
「実を言うと、いつ、どのような形で打ち明けるべきか迷っていたのです。ですが、ご自身で気づいていただけたのならもうお伝えしてもいいでしょう。私達は既に、スキルシステムによって【決戦二十七士】への敵意の様なものを植え付けられてしまっています」
「――ちょっ、ちょっと待ってくれ。植え付けられていますって……。――まさか、静はもっと前からそのことにも気づいてたのか?」
「はい。私が気付いたのは一つ上の階層で、皆さんがフジンの死を当然のもののように受け止めているのを目の当たりにした時です。いくら敵として現れた相手とはいえ、皆さんの反応は不自然なほどにあっさりとしすぎていましたから」
「なん、だって……!!」
その言葉に、初めて竜昇はフジンの死を目の当たりにした時の、自分たちの反応を客観的に思い返す。
言われてみれば、確かにあの時の自分は、フジンの死を酷く当然のもののように受け止めていた気がする。
そこまで思い出して、初めて竜昇はかつての自分のその思考回路に得体のしれない恐怖を覚える。
そう、よくよく思い出してみれば、あの時竜昇は確かにフジンの死を当然のものと考えていたのだ。
別段人の死に慣れているわけでも、相手に対して深い恨みを抱いているわけでもなかったにもかかわらず、あの時の竜昇は敵対した相手が死んだというその状況を酷く当り前のもののように受け止めていたのだ。
これがもしも、竜昇が命のやり取りが日常のような、そんな世界に生きていたというなら、そんな思考回路にもある程度納得がいく。
あるいはあのフジンという人物に個人的な恨みがあって、それゆえ普段から彼に対して殺意を募らせていたというのなら、あるいは今ほど違和感も覚えなかったかもしれない。
だが現実には、竜昇達はフジンとはあの時が初対面だったし、生きていたのは人死に自体が珍しい平和な社会だ。そんな社会に生きていた人間が、たとえ自身の命を脅かす敵だったとしても、その相手がああまでも無残に殺害されたその光景を目にして、ここまでそれを当然のように受け止めていたというのは明らかにおかしい。
そしてそうと知ったうえで思い返してみれば、竜昇はそれ以前の、あのハイツと遭遇した時点でも同じように、これまでの自分らしくない、彼らに対する殺意のような感情を、ごくごく当たり前のように抱いて行動していたような気がする。
竜昇とて自分がどんな状況にあっても殺意など抱かない聖人のような人間だとは欠片も思っていないが、それにしたって殺人をタブーとする社会でこれまで生きてきておいて、こうも簡単に相手への殺意を抱けてしまったというのは明らかにおかしい。
(なんで、気づかなかった……。自分が、こんな気持ちの悪い考え方をしていたって言うのに……!!)
なによりも恐ろしいのは、竜昇自身が、自分のそんなも思考回路の変質にまるで気付いていなかったという点だ。
自分の持ち物が、否、それどころか自分の体の一部がいつの間にか歪に作られた偽物にすり替わっていたというのに、それを当然のもののように受け止めていたような気持の悪さ。
「私の見立てでは、私達に植え付けられているのは何か具体的な記憶というよりも、恐らくは【決戦二十七士】に対する敵意や悪感情の様なものなのではないかと考えています。あとは、命のやり取りをする人たちの共通認識や価値観。言ってしまえば戦士のメンタリティとでもいうべきものも含まれているでしょうか……。もっとも、そちらに関しては戦って生き残らねばならない現状を考えれば、一概に悪い物とも言い切れないわけですが……」
自分たちの現状に対する静の分析が、すんなりと竜昇の思考に染みこみ、なじんで来る。
確かに、思い出せる【決戦二十七士】の記憶にも、前後の整合性の取れない、明らかに不自然と思えるような、そんな記憶があるようには感じられない。
恐らく、この件に関する静の見立ては、実際に竜昇達が受けている洗脳の内容と比べてもそう間違ったものではないのだろう。
同時に、静がおまけのように付け加えた戦士のメンタリティと言われるものにも、どこか竜昇には思い当たるものがあった。
よくよく思い返してみれば、そもそも竜昇を含めてプレイヤー達は、その全員があまりにも
いかに武術や魔法の知識を与えられたと言っても、それを持っているのはあくまでも平和な国で暮らしていた一般人なのだ。
初めから異常に戦えてしまっていた静や、警察官という職業故に一定の心得があった城司などは例外と考えるにしても、他のメンバーに関して言えばここまでスムーズに戦えてしまうというのも少々おかしい。普通ならば、もっと戦いに躊躇したり、敵の存在や自身の振るう武器や魔法にもっと怯えたりと、一人や二人くらいは戦いに適応できない人間がいいてもいいはずなのだ。
だがもしそんな心構えすらも、このスキルシステムを用いることで植え付けることができるのだとしたら。
なにも洗脳まで行かなくてもいい。戦う人間の価値観や経験の様なものを情報として竜昇たちの脳にインストールできるのだとすれば。
洗脳とも記憶操作ともまた違う、自分たちにとって都合のいい価値観を植え付けるというそんな手口。
「恐らくスキルシステムを使う敵の狙いは、私たちが【決戦二十七士】と遭遇したときに、戦士として互いに相手を警戒する、一触即発の状況を作り出すこと。そして私たちの側にあの方々への敵意を植え付けておくことで、私たちの側から決定的な一線を踏み越えてしまうよう最後の一押しをすることなのではないでしょう。
私は、それこそが精神干渉系の魔法が効きにくい私達を【決戦二十七士】と衝突させるために、このビルのゲームマスターが仕組んだからくりなのではないかと考えています。
そしてその狙いを、恐らく私たちはかなりの部分で達成してしまっている」
「ああ、まったくだ……。なにしろ実際にもう二人もの相手と戦闘になってるんだからな……」
しかも戦った二人のうちの一人は実際に死亡しているというのだから事態は深刻だ。
一応事実としては、死亡したフジンを実際に殺害したのは竜昇たちではなく【影人】ではあるのだが、しかしそのフジンと竜昇たちが交戦状態に入ってしまっていたという事実はゆるぎない。
それでなくとも、その直前の階層で竜昇たちはハイツと戦闘になっているのだ。
もしも【決戦二十七士】の他のメンバーがフジンの死体を見つけて、ハイツが戦闘になった竜昇たちの情報を他のメンバーと共有していた場合、竜昇たちはまんまとフジン殺害の犯人へと仕立て上げられてしまう展開もありうる。
そしてそうなってしまった場合、次に遭遇した【決戦二十七士】の誰かは、竜昇たちの姿を見た瞬間にこちらを敵と判断するだろう。否、それどころか、あるいはフジンの襲撃そのものが、すでにハイツから竜昇たちの情報を得てこちらを敵とみなしたことによるものだった可能性もある。こちらに関してはあくまでも仮説の域を出ない不確かな予想ではあるが、もしもそうならば、あの段階ですでに【決戦二十七士】は竜昇たちを敵とみなしていたことになる。
恐らくはこのゲームを、そしてスキルシステムを設計した、このビルのゲームマスターの思惑通りに。
(クソッ、最悪だ……。どこかでゲームマスターの意図を脱してやろうなんて考えてて、結局掌の上で踊らされてやがる……!!)
現状ではまだ、【決戦二十七士】が本当に何らかの集団の名前なのか、彼らがどの程度の情報共有を行っているのかはわからないため、実際の状況がどこまでこの最悪の予想通りなのかは何とも判断できない。
だがそれでも、まんまとゲームマスターの手の上で踊らされていたのだというその事実が、竜昇の精神に重い実感としてのしかかってくる。
あるいはそもそも、スキルをなんの警戒もせずに習得してしまっていた時点で相手の術中にはまっていたのかと、そこまで竜昇が考えたまさにその時、恐らくは同じことを考えたのだろう詩織が、震える、しかし焦りを帯びた声で静へと問いかけた。
「で、でも待って……。もし静さんの言う通り、スキルシステムが私達を洗脳するためのものだったって言うなら、それって新しくスキルを習得するのもやっぱりまずいんじゃ……!!」
「ええ、そうですね。あくまでも予想ですが、このスキルシステムによって植え付けられる敵意と言うのは、恐らくスキルのレベルが上がったり、習得したスキルの数が増えるほど強くなるのではないかと考えています」
「――だ、だったらッ、なんでみんなに、もっと早くそのことを教えてくれなかったのッ!? もし静さんがそのことを言わなくて、言う前に誰かがスキルを習得しちゃってたら、それだけ事態が悪化することになるのに……!!」
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