127:足りない人数
聞くところによると、昨晩竜昇達を敵と誤認して襲撃してきた二人、魔法使いタイプの誠司と重装備・ポールウェポン保有の、瞳が詩織と同じく竜昇達の一つ上、腰に剣を差した、他の二人に比べれば軽装備の少女、理香が二つ上の学年なのだという。
三人の印象はそれぞれバラバラで、中崎誠司は整った顔立ちながら穏やかな印象で、対して馬車道瞳はどことなく活発な、眼鏡をかけた先口理香は、どことなく知的で、しかし若干目つきが鋭く厳しそうな印象を持つ少女だった。
そんな年上三人に対するにあたり、竜昇は体育会系の性として意識を警護に切り替えながら、彼らについての情報を思い返す。
竜昇達が把握している事情としては、元々誠司たちのパーティーは、クラスメイトの
実際、当の誠司たちが説明した詩織と別行動することになってしまったその経緯も、竜昇達が事前に聞いていたその情報とほぼ変わらぬものだった。
「そんな状況だったものですから、正直に言えばぼくたちも、彼女の生存については諦めてしまっていたんです。いえ、生存が絶望的だと判断したから、この階層に進んで来た、と言った方が正しいでしょうか……」
詩織に対してだけでなく、どことなく全員に対して申し訳ないというような表情で、自分達の判断について誠司はそう釈明する。
続けて、そんな誠司をかばうように、そばにいた眼鏡の少女、先口理香が布でくるんでいた一つのものを取り出して見せて来た。
「とりわけこれが見つかったことが、そう判断せざるを得ないと考えるようになった決定打でした」
現れたのは、ディスプレイがものの見事に割れて壊れた、一台のスマートフォン。
どうやら破損が内部にまで及んでいるらしく、スイッチをいじってもうんともすんとも言わないそれが誰のものかは、もはや彼ら彼女らが口にせずともすぐにわかった。
「それ、私の……」
「監獄を捜索しているときに見つけました。このダンジョンを攻略するうえで、スマートフォンの存在は必須ですから。これが落ちているということは、もう詩織さんは生きてはいないのではないかと」
そう言いながら、理香は戸惑う詩織にそっと手の中のスマートフォンを受け渡す。
そうして、どうしていいかわからないという様子でスマートフォンを受け取った詩織に対し、誠司たち三人は誠司自身の言葉と共にそろって頭を下げた。
「すまなかった。こちらにも事情や判断があったとはいえ、結果的に君を見捨てていくような形になってしまった。謝って済む話ではないと思うけど、どうか許してほしい」
「え、あ、そんな……」
三人の謝罪に、詩織は壊れたスマートフォンを手にしたまま、困惑したようにたじろぎ、後退る。
その様子を傍から見ていて、竜昇は少々厄介な状況だなと冷静にそう判断していた。
合理性だけを突き詰めるなら、竜昇としては詩織に彼らとのことを水に流してもらった方が都合がいいのは確かだ。なにしろこうして合流出来た以上、竜昇達は誠司たちのパーティーと今後協力してこの不問ビルを攻略していかなければいけないことになる。そんな相手である以上、詩織には過去の確執など早々に清算してもらった方が、今後の話を進める上でも都合は良い。
だが現実問題として、ことは命にかかわる問題だ。
いかに誠司たちに悪意などなかったとしても、結果だけを見れば詩織は彼らに置き去りにされて、一人半死半生の状態で何日も監禁されていたのである。
実際、竜昇達があの階層を通りがかり、偶然彼女を発見して助けに入らなければ、詩織はあの階層で処刑人の敵に首を切られてその命を絶たれていたはずだ。
そんな命の危機の一因となってしまった彼らを、そうやすやすと許すというのがどれだけ難しいかは想像に難くない。
そう考えて、竜昇が何を言うこともできずに四人の様子を見つめていると、背後のベッドで身を起こしていた城司が助け舟を出してきた。
「まあ待ってやれよ。詩織嬢ちゃんも困ってるみたいじゃねぇか。お前らの場合はそりゃ、みんなで謝ればそれで済んじまうんだから気は楽かもしれないが、お前らの判断でその娘はかなりギリギリの命の危機に陥ってんだ。詫びの仕方に文句はねぇけど、少しくらい受け止める時間をくれてやってもいいんじゃねぇか?」
『それでなくとも、人を許すってのは謝るよりずっと難しいんだから』と、城司は大人故の、そんな説得力のある言葉で誠司たちに待ったをかける。
対して、誠司たちの方は城司の言葉を聞いて、しばし迷う様子を見せた後少し申し訳なさそうな様子でその提案を受け入れた。
「……そう、ですね。すまない、渡瀬さん。僕たちは少々急ぎすぎていたみたいだね」
「う、ううん……」
誠司の言葉に、詩織は目を伏せたまま、そんな一言だけをどうにか口にする。
その様子に、改めてこの場での話の進展は難しいと判断したのだろう。誠司は竜昇達の方へと視線を向けなおし、今度は頼みごとの意思として頭を下げて来た。
「そう言う訳なんで、すまない。もう少しの間、彼女は君たちのパーティーに加えておいてもらえないかな? なにぶんこんなダンジョンの中だ。一時的に僕たちと距離を置くにしても、一人で行動するのはあまりにも危険すぎるからね」
「……ええ。それは構いません。俺達にとっても、彼女はもう同じパーティーのメンバーですから」
いずれは二つのパーティーをひとつに統合、あるいはそれに準ずる協力体制を確立する必要はあるだろうが、現状ではまだそれも難しい。
ならば今はまだそれぞれのグループに分かれたまま、詩織はこちらで面倒を見た方が安全で問題も少ないだろう。
そんな風に竜昇が考えていると、不意に目の前にいる誠司が何やら考え込むように竜昇達四人を見つめていることに気が付いた。
「あの、どうしました?」
「ん? ああ、いや、なんでもないよ。ちょっと考え事をしていてね」
「……私からも、いくつかお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか」
と、当たり障りのない答えを返してきた誠司に対し、横合いから静も己が疑問を投げかける。
それは、実のところ竜昇の方でも、否、恐らくこの場にいる全員が昨晩彼らと合流したときから気にかけていた問題だった。
「実を言えば昨日からずっと気になっていたのです。この階層についてからというもの、私達は一体も
敵がいない。
それは竜昇達がこの階層に来てから一晩を過ごす間に、ずっと疑問に思っていた事実だ。
昨晩移動したのはこの階層の出入り口からこのホテルまでの距離だけだったが、しかしそれでも誠司たちの案内を受けながらこの部屋へ向かう間、一体の敵も見かけなかったというのはいかにも不自然だ。
「それともう一つ。こちらも昨晩から気になっていたのですが、あなた方四人には、もう一人
「あの、もし怪我をしているということなら協力できると思います。一応俺が、治療に使える技術を持ってますから」
問いかける静の言葉に付け加えるように、竜昇は誠司たちに対してそう申し出る。
もう一つの疑問、本来ならば四人で行動しているはずの彼らのうち、しかしあとの一人、及川愛菜だけがその姿を見せていないというのは、竜昇の方でも気にかかっていたことだ。
あるいは敵の姿が見えないことよりも、詩織などはよっぽどそのことが気にかかっていたかもしれない。
そしてこのビルの状況を考えるなら、今の城司のように何らかの負傷で動けないという状況は十分に考えうる事態だった。もしもまだ見ぬその少女が城司同様、怪我で身動きが取れないというのなら、竜昇とて【治癒練功】を用いた治療くらい、当然行うくらいの意思はある。
ただ、どんな答えが返ってきてもいいようにと、ある種の覚悟を決めて行ったその問いかけに対して、誠司が見せたのは何やら困ったようなそんな反応だった。
「ああ、いや、すまない。それについては大丈夫だ。マナは別に怪我をしてここに来られない訳じゃない。もちろん死んでもいないしね。……ああ、迂闊だったな。なにしろこのビルで人に会えるなんて思ってもみなかったから、情報共有のこととかにまで全然気が回ってなかった」
言いながら、誠司はしばし悔やむように片手で頭を押さえると、やがて意外な情報を頭の中を整理しながら話し出した。
「うん。まず質問の答えを結論から言うと、第一に君たちがこの階層で【影人】を見かけなかったのは偶然じゃない。そもそもこの階層には、ボスも含めて【影人】、君たちの言う敵が一体もいないんだ」
「――え」
「一体も、ですか?」
誠司からもたらされた回答に、竜昇と静が同時に声を漏らして反応する。
だが反応できなかった二人も、恐らくは竜昇達と同じような心境だったことだろう。
なにしろ今までこの不問ビルの中を攻略して来て、一体も敵がいない階層に等お目にかかったことが無い。
「それともう一つ。心配をかけてしまったみたいだけど、マナは別に怪我をしたから君たちに顔を見せていない訳じゃない。……ただ、少々こちらも対処に困る、厄介なことになっているのも確かでね……。あれは、なんと説明すればいいのか」
そう言うと、誠司は再びなにやら発言に迷うような様子を見せる。
だが誠司が言葉を選び出し、竜昇達の説明を再開するその前に、酷く明るく場違いな別の声が、竜昇達のいる部屋の中へと飛び込んで来た。
「ああっ、みんなこんなところにいたんだぁ」
入り口から聞こえる、ひどくのんびりとしたその声に、竜昇は思わず反射的に振り返る。
そこにいたのはところどころにフリルをあしらった、ピンク色のワンピース型水着を着た一人の少女。
ニコニコと、気の抜けるような笑みを浮かべたその少女が、開けっ放しになっていた扉から軽い足取りで入って来る。
「もう、
竜昇達と並んで立ち尽くす詩織を『し―ちゃん』とそう呼んで、
この不問ビルの中で浮かべるにはあまりにもミスマッチな、緊張感の欠片もないひたすら楽しそうな笑顔をその表情に浮かべながら。
自身を見つめる詩織の表情が、驚愕とショックで凍り付いていることに気付きもせずに。
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