114:マッチング

「【増幅思考シンキングブースト】――!!」


 その気配を感じたその瞬間、迷わず竜昇は魔本の力を発動させていた。


(気配は上から――、こいつ、吹き抜けを飛び下りてこの階で飛び込んで来るつもりか――!!)


 恐らく先ほど最凶悪囚人を足止めに向かう際静がやったように、この階までを一気に飛び下りて、この階の真横までたどり着いた時点で【空中跳躍】か何かを使い、この階へと飛び込んで来るつもりなのだろう。

 なにしろ忍者のような敵なのだ。最凶悪囚人の【逃走スキル】や静の【歩法スキル】の様な、高い機動力を持っていたとしても何ら不思議はない。


 そう思いつつ、竜昇は落ちてきた敵を迎え撃つべく右手を吹き抜けへと向ける。

 竜昇が反応したことで、事前に襲撃を予想していた他の三人も敵の襲撃には気づいている。

 ならば、最悪防御されても他のメンバーの攻撃が敵に打撃を与えるだろうと、そんなことまで頭の中で予測して――。


「――違うッ!! 全員B対応だッ!!」


 直後、あるいは寸前とでも呼ぶべきタイミングで竜昇がそれに気づいて、残る三人に向かって指示を飛ばしていた。

 同時に、引き抜きやすいよう魔本に栞のように挟んでいた呪符を引き抜き、竜昇自身も指示したのと同じ対応をとる。


再起動リブート――【鉄壁大盾ランパートシールド】――!!」


 静が、詩織が、竜昇が、瞬時に盾を展開したその瞬間、吹き抜けを落下して来た“看守型の敵”がその全身を撃ち抜かれたかのように空中で身を躍らせ、直後に展開したばかりの【鉄壁大盾ランパートシールド】に金属が連続で着弾する音が聞こえてくる。


 敵の襲撃方法として【遅延起動】による苦無の投擲により一斉掃射によって、通路の吹き抜け側から攻撃してくる可能性というのは念頭に置いていた。

 だからこそ、その対応プランも立てていたし、そのプランの一つがこうして役に立ったわけだが、しかし予想外だったのは敵がこちらの索敵をごまかすための陽動を合わせて使ってきたことだ。


(さっき落ちてきた看守型(おとり)、あいつを迎撃するために攻撃を選択していたら、全員まとめて苦無を全身に浴びる羽目になってたって訳か――!!)


 恐らく上の階で捕らえた看守を、【遅延起動】を発動させたうえで投げ落としてきたのだろう。

 しかもその看守がこちらに落下して来るタイミングに苦無が着弾するように計算して両方の時間を合わせていたというのだからまったくもって恐れ入る。


 とは言え、敵の第一攻撃は防ぐことができた。

 唯一敵と交戦中だった静だけは盾の展開が間に合うか不安だったが、どうやら敵も先ほどの突然の攻撃には警戒していたらしく、今は囚人までもが静の展開した盾の影へと入り込み、その盾の影から静を追い出そうとするかのような動きで静に対して斬りかかっている。


 そちらにも、すぐさま対応せねばならないとそう考えて、次の瞬間、魔本の力によって加速された竜昇の意識は、“展開した領域の中に突き込まれたもう一つの切っ先に気が付いた”。


 考えるより先に、竜昇の両脚が床を蹴って、同時に魔本がもう一つ機能を発動させる。


「【領域雷撃エリアボルト】――!!」


 二の腕を引き裂く刃物の感覚。

 同時に、竜昇の周囲で“あらかじめ展開しておいた【領域】”が魔本の【属性変換・雷】によって電撃へと変換されて、領域に侵入してきた相手を感電させるべく炸裂する。


 竜昇が床へと倒れ込んだその瞬間、【増幅思考】の効果が切れて時間の感覚が元に戻る。

 同時に、【領域】の中でとっさに防御系のオーラを発動させたらしいフジンが、【領域雷撃エリアボルト】の電撃によってその防御のオーラを隠形ごと剥ぎ取られてその姿を現した。


(――こいつ、看守も苦無の掃射もどっちも囮で、本命である自分は後ろから通路を走ってきてたのか――!!)


 握られた苦無。その切っ先にうっすらと付着した血痕が、竜昇が気付くのが一瞬遅ければ心臓を貫いていたのだという事実をありありと物語って教えてくれる。

 恐らく攻撃をしのいだと考えた竜昇を背後から突き刺し、殺すつもりだったのだろう。

 あるいはそのまま、その先にいる詩織にまでその苦無を届かせる気でいたのかもしれない。

 だが現実には、竜昇がフジンに見せていなかった手札である【領域スキル】を使っていた故にその接近を察知され、逆に思わぬ反撃を受けて姿をさらす羽目になってしまった。


白髪に白装束の男が不快気な表情を一瞬だけ浮かべ、だがその姿もすぐにまた掻き消える。

 

 体の中央から上下に向かって消えていくその姿に、そうはさせまいと竜昇が周囲に浮かべた雷球を撃ち込もうとして――。


「――ダメッ!! もう投げてるッ!!」


 直後に聞こえたその声に、とっさに竜昇はその場を飛び退いた。

 何かが耳を浅く切り裂いて、着ていたジャージの端を何かがかすめるのを感じながら、竜昇は飛び退いた先で片手で着地してさらに跳躍。【軽業スキル】によって獲得した運動能力を駆使して先ほどまで自分がいた場所から距離をとる。


「くッ――、逃げられる――!!」


「そうはいきません――!!」


 飛び退く竜昇と入れ替わるようにして、【瞬纏】と【剛纏】、二つのオーラを纏って【爆道】を発動させた静がフジン目がけて飛び掛かる。


 合わせて、竜昇も身の内で用意していた魔力に急いで形を与え、飛び掛かる静の動きに合わせて、【探査波動】の発動を間に合わせる。


「変遷――!!」


 風景がぼやけるように隠形の魔力が乱れ、姿を現したフジンに空中で静が石刃からなる長剣を振りかぶる。


 甲高い金属音があたりに響く。


 静が振るった剣が揺らめく苦無に受け止められて、同時にフジンが空を蹴って竜昇たちのいる通路に着地する。


 それに対して静が追撃するかと思いきや、彼女はそのまま何をすることもなく、ただ竜昇のいる付近に着地するにとどまった。

 なにか彼女なりの判断なのかと思いきや、見れば彼女は驚いたような様子で自分の手にある武器、長剣の姿から石刃へと戻した【始祖の石刃】を見つめている。


(静……?)


 その表情の意味を問いかけるべきか、一瞬迷った竜昇だったが、それを問う前に一瞬早く、すぐ隣にまで詩織が追いついてきた。


「遅くなってごめん」


「いえ、大丈夫です。それより城司さんは?」


「予定通り、あの囚人を捕まえてシールド張ったよ」


 言いながら、詩織は竜昇が敵前で振り返らなくてもいいように、その眼前に【応法の断罪剣】をかざしてその刀身に背後を映して見せる。


 そこにあったのは予想よりも巨大な、ドーム状の城司のシールド。

 ここにいない城司と、先ほどまで相対していた最凶悪囚人、その二人だけを閉じ込めたバトルフィールドが、予定通り竜昇たちの背後に見事に形成されていた。


(そっちはお願いしますよ、城司さん)


 心の中でそう告げて、竜昇は目の前の敵へと意識を向ける。

 何はともあれ、これでマッチングは整った。

 後はそれぞれが、自分の仕事を完遂するのみだ。


「さて、始めようか」


 簡潔な一言と共に、四人が一斉に動き出す。

 決戦二十七士の名を冠する暗殺者への、三人がかかりでの挑戦が幕を開ける。







 時間はわずかに遡る。


 大方の予想通り竜昇が襲撃を受け、静が即座に囚人の前から離脱したその瞬間、囚人の方もまた戦闘からの離脱を計っていた。


 敵に応戦しながら、それでも敵の隙を見逃さずに逃走する【敵前逃亡】。その技能をいかんなく発揮して、横やりが入ったその隙をついて最凶悪の囚人は即座に離脱を試みる。


 背後に警戒しながら走り出し、再び吹き抜けから飛び出して他の階へと移動しようとした囚人は、しかし直後に巨大な魔力の感覚に背後から追いつかれた。


『――ギ』


 攻撃の性質も何も伴っていないただの魔力。その感覚に、しかし囚人が反応したその瞬間、直前に囚人を追い越したばかりの魔力が囚人の眼前で壁と化す。


『――ギァッ!?』


 激突しかけて慌てて足を止める。

 トップスピードに乗りかけていた体を慌てて止めて、その壁を作った相手を確認しようと背後へと振り返ったその瞬間、拳に硬質化の魔力を纏い、全身に専用の強化をかけた男が振り返った囚人のその顔面に拳を叩き込んだ。


「――【迫撃】」


 直後、拳を顔面の鋼鉄の仮面で受けて、猛烈な勢いで囚人の体が背後へと吹っ飛ぶ。

 必殺の拳の威力をもろに喰らったから、ではない。

 拳を喰らったその瞬間、足裏で爆発を起こし、【空中跳躍】までも連続で使用することで、囚人自身が背後へと己が身を背後へとふっ飛ばしてその衝撃が己の身に伝わるのを回避したのだ。


 同時に、即座に身を翻して足を壁に向け、壁を足場に敵に飛び掛かるべく囚人は態勢を整える。


 人間ではないがゆえに人間の限界を超えた極限の体捌き。跳躍の衝撃を膝を曲げることで受け止めようと壁に足を付けて、しかし直後に囚人はその足裏に感じる奇妙な感触に足元をすくわれることとなった。


『ギィ――!?』


 硬く、堅牢な壁を予想していた囚人の足裏で、着地の衝撃を受けたシールドがぐにゃりと歪む。

 まるでゴムのボールにでも体重をかけたように、シールドの壁が囚人の激突の衝撃を一瞬で吸収して、次の瞬間にはその衝撃をそのまま返して囚人の体を前方目がけてふっ飛ばした。

 当然、その先には、城司がまたしても拳を構えて待ち構えている。


「【迫撃】――」


 二度目の拳撃。

 顔面目がけて突き出される必殺の拳に、しかし今度も囚人はそれをまともにくらいはしなかった。

 壁の奇妙な弾力に飛ばされながら、拳が激突するその瞬間に【空中跳躍】を発動させて真上へ目がけて飛びあがる。

 拳を撃ち出した城司の真上をどうにか通過して、広いシールドの中を大きな跳躍によって横断し、距離をとった囚人がどうにか城司と相対することのできる位置に着地する。


「チッ、最初の不意打ちでそのまんま沈めてやろうと思ったんだがな」


 硬質化の魔力で淡く輝く拳をプラプラと振るい、油断の無い視線をこちらに向けながら入淵城司は振り返る。


「【弾力防盾バウンドシールド――戦場形態リングシフト】。これが俺とお前がやり合うリングって訳だ」


 先ほどからの戦闘中、フジンの襲撃を待つまでの間、城司はこのために身の内でずっと魔力の準備をし続けていた。

 敵を自分諸共閉じ込めるための、特大の【弾力防盾バウンドシールド】。その準備に魔力を費やしていたせいで、先ほど苦無の掃射を受けた際、【鉄壁防盾】の展開を傍にいた詩織に任せる形になってしまったが、そのおかげで今こうして囚人を逃がさず、己との一騎打ちのバトルフィールドに閉じ込めることには成功している。


 上手く状況を整えることには成功したと、思わず口元に笑みを浮かべる城司に対し、次の瞬間には今度は囚人の方が勢い良く動き出していた。

 眼にも止まらぬ高速移動。

 一息のうちに城司の懐へと潜り込み、城司自身が反応して動くよりはるかに速く、その脇腹目がけて刀剣化した手刀を突き入れる。


 ――否、突き入れようとした。

 突き入れようとして、肉のそれとはまるで違う、硬い感触によってその攻撃を阻まれた。

 骨のものともまた違う、硬いものを突き割ったようなそんな感触。

 血液の代わりに飛び散り輝く破片の様な何かに一瞬意識を奪われて、しかし直後に真上からの肘打ちが囚人の頭部を直撃した。

 硬いもの同士が激突するような音と共に、囚人の体が床へと叩き付けられる。


「――ォオッ!!」


 追撃で振り下ろされる拳を転がって躱す。

 城司の拳が床を砕く中、その破壊を免れた囚人が腕の力で飛び上がって一息で距離を取り、直後に再びの高速移動で城司の背後へと回り込んだ。


 今度は鎖を刀剣化しての、右肩から左わき腹へと抜ける袈裟懸けの一閃。城司が振り返るよりもなお早く、その刀身が城司の背後からその背へと振り下ろされて――。


 ――直後、城司の右肩から勢いよく小さな魔力の断片の様なものがいくつも噴出して、そのうちの何枚かを叩き割られながらも見事に斬撃を受け止めた。


『ギ――』


 驚きに声を漏らすより早く、囚人の顔面に城司の裏拳が叩き込まれる。

 直撃の瞬間、またしても跳躍によって衝撃の一部を緩和して、そうして距離をとった囚人に対して、城司は追撃をかけずに距離の空いたその位置で己の拳を突きつける。

 その拳の表面、皮膚から一、二センチほどのところに、先ほど肩口から噴出していたのと同じ、小さな魔力の断片の様なものをいくつも浮かび上がらせながら。


「――【竜鱗防盾スケイルシールド】。俺が習得しているうち、最小にして最も脆弱な盾だ」


 城司が口にした言葉の通り、それは盾と呼ぶにはあまりにも頼りないものだった。

 大きさや形にはばらつきがあるが、大体が一辺が一、二センチの四角形。 

 強度の方も先ほど叩き割ったものがそれだというのなら、これまで城司が使っていた盾と比べても見る影もなく、特殊な技法を使わずとも、刃物を力いっぱいたたきつければ容易に砕き割ることができるだろう。


 防御面積はむしろ攻撃を当てる方が難しいほど小さく、その強度も脆弱で全く脅威にはなり得ない。


 ただしそんな極小の盾が、城司の拳に、背中に、胸や腹、手、足、首や頭に、秒間数十枚という数と速度でどんどん展開され、広がって行っているとなれば話は別だ。


 名前の通り、まるで竜の鱗のように。


 しかし人体を包み守る鎧として、瞬く間に極小の盾の群れが入淵城司の体を覆って、包み込んでいく。

 それこそが、入淵城司の第三の戦闘スタイル。

 【盾スキル】主体で敵の攻撃を受け止める防御するものでもなければ、【迫撃スキル】主体で攻撃力に主眼を置いたのものでもない、【魔法スキル・盾】の、【竜鱗防盾】というたった一つの魔法を中心に据えた、攻防一体の戦闘技法。


「悪いがお前をここから逃がすつもりはない。なにしろ犯罪者を檻の中にぶち込んでおくのはおまわりさんの基本業務なんでな」


 全身を覆う竜鱗の盾で身を包み、身の内から戦意をたぎらせて、城司は囚人を見据えて言葉を放つ。


「さあ、来いよ犯罪者。生憎とこちらも忙しいんだ。即刻その顔面ブチ砕いて、テメェの脱獄劇を終わりにしてやる……!!」


 その宣告を皮切りに、狭い牢獄の様な戦場リングの中で、警察官と犯罪者の対決が幕を開ける。

 牢獄の外に出るそのために、刃と盾の戦いが今、始まる。

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