89:応法の断罪剣
魔女の一撃が処刑場を吹き荒れる。
黒く、しかし奇妙な輝きを伴った嵐があたり一帯を飲み込んで、囚人も看守も区別なく、処刑人もプレイヤーすら無差別に、あたり一帯を文字通りの意味で削り取る。
黒い嵐の正体、それは暴風の中に大量の砂、それもただの砂ではなく砂鉄を大量に含んで放たれた、いわば砂鉄嵐とでも呼ぶべき代物だ。
直前まで隠れ潜み、入念に術式と魔力を準備したうえで放たれたそんな大規模魔法が、加害範囲の中にあった物を片っ端から、まるでヤスリがけしたかのように削り取り、その粒子をさらに嵐の中に取り込んで、冷たいコンクリートの床や通路際の欄干すら消し飛ばす。
当然、そんな中に取り込まれた者達がただで済んだはずもない。
足に付けられた鉄球を蹴り飛ばし、看守に抵抗していた囚人はその相手の看守諸共嵐に飲み込まれて消滅し、残る二人の囚人に至っては拘束によって動けないまま何もできずに、直前にダメージをこうむっていた拷問吏は逃げようとするも間に合わず、その全てが砂鉄の嵐に巻き込まれ、全身を削られて消滅の憂き目にあった。
当然、同じように砂嵐に巻き込まれた静や、拘束衣を着せられた彼女もその限りではない。
『――ヒョルル……?』
――まったくの無防備に、その魔法を浴びる羽目になっていれば、の話だが。
「――【
嵐のあとに周囲に積もった砂鉄の砂場の中央、砂鉄嵐に削られて、ほとんど消滅しかけた鋼鉄の盾の向こう側で、さらに自身の籠手の力でシールドを展開した静が、嘆息しつつも笑みを浮かべる。
その足元には、拘束され、しかしそんな状態でもなお静に危機を知らせてくれた女性も転がされたまま無事でいた。
砂鉄嵐が放たれる寸前、静がとった行動は比較的簡単だ。
自身の習得していた歩法スキルの力で拘束衣の女性の元へと駆けつけて、彼女ごとシールドの中に取り込んで、さらに自分たちの前面に呪符を使って【
かねてから通常の【護法結界】や【武者の結界籠手】によるシールドでは強度不足であると考えていた静達は、この階層の攻略に乗り出すにあたって一つの対策を打っていた。
入淵城司という、新たなパーティメンバーと、彼が習得していた【魔法スキル・盾】という新たな選択肢が加わったことを鑑みて、【思念符】による効果が単純で汎用性の高い魔法の共有化を図っていたのである。
具体的には、竜昇の【雷撃】【静雷撃】【迅雷撃】の三つの魔法を、城司にも使えるように呪符として彼に渡すこととした。
その代わりに、城司の方にも彼の知る魔法の中から二人でも使いやすそうな魔法を見繕ってもらい、それを呪符として一定数竜昇たちが所有する形をとることにしたのである。
とは言え、竜昇の魔法がそうであったように、城司の知る魔法のその全てを呪符化したかと言われるとそう言う訳でもない。
そもそも城司の習得していた【魔法スキル・盾】というスキルは、装備品としての盾を魔法によって形成するというタイプの魔法が多く、盾を扱う技術が伴わなければ使いこなせないタイプの魔法がその大半を占めていた。そうでない魔法もそれ単体では使い道が無かったり、使える局面が極端に限られていたりと、呪符として使うにはいろいろと制限が多かったのである。
だがそれでも、竜昇たちが欲していた通常の【シールド】以上の硬度を持つ魔法は手に入った。
【魔法スキル・盾――
唯一難点を言うなら、防御範囲が前方しかなく、横からの攻撃からは身を守れないという点はあったが、しかし今回はその難点も元々持っていた【武者の結界籠手】のシールドを組み合わせることによってどうにかカバーした。
もっとも受け止めるべき、前方からの攻撃を【
言うほど簡単な話でもなかったが、しかしできないというほど難しい話でもない。
――ただしそれは、静が魔女の攻撃を事前に察知できたからこそできた話だ。
(この人……、視界はマスクで塞がれていたはずなのに、どうやって私も察知していなかった敵の攻撃を察知できたのでしょう……?)
一息ついて、同時に静は自身がシールドで守ったもう一人の拘束衣の女性へと視線を向ける。
あの瞬間、他の敵への対処に注意を向けていた静は、あの魔女が姿を消していなくなっていたことにすら気づいていなかった。
静があの魔女の攻撃に気付いたのは拘束衣の彼女の叫びを聞いて、それによって異変を察知したことで初めて気が付いたのである。
ではその異変を静に知らせた彼女、マスクによって視界を塞がれていて、姿を隠していなくとも敵の動きなど見えなかったはずの彼女は、いったいどうやってあの時魔女の攻撃を察知したというのか。
(――いえ、今は考えるのは後ですね)
『ヒョルルリィィイッ!?』
思ったのとほぼ同時、静たちの生存を目の当たりにして、魔女がもう一度魔法を発動しようと枷でつながれた両手を構え直す。
再び感じられる魔法発動の兆候。それを感じて、静がそれを阻むべく飛び出そうとしたその瞬間、予想外なことにもう一体、魔女に対して距離を詰めてその武器を振るう影があった。
『キィイッュゥゥッ!!』
いったいどうやって生き残っていたのか、静に気を取られた魔女の直近に先ほど静と交戦していた処刑人が現れて、手にした断罪剣を振るって一息にその首をはねて、返す剣ではね上げた頭部中心の核に刃を走らせる。
哀れ、他の囚人や看守、自分以外の全てを屠り去ろうとした魔女は、今度は反撃の一手を打つ暇もなくあっさりと斬殺されて処刑場の露と消えた。
「……まさかあなたも生き残っていたとは」
これで残る敵は囚人も看守も全滅してこの処刑人のみ。
そして魔女の命を絶ち、こちらへと向き直った処刑人は、すでに先ほどの魔法の影響なのかボロボロになり、体のあちこちから黒煙を噴出していたものの、間違いなくこの場にいたすべての敵達より強敵であると確信できる存在だった。
「来る――!!」
静が展開した【
対する静も、未だ足元に拘束されたまま転がる女性のそばで戦うのは不味いと判断した。
未だ残る黒い砂だらけの床を蹴りつけて、すぐさま自身も飛び出して女性からできるだけ離れながら、相手と接近戦を演じるべく自ら距離を詰める。
だが――。
『キュゥゥウ、ラララァッ!!』
処刑人が剣を振り上げたその瞬間、掲げた剣がまばゆく発光し、次の瞬間その刀身を黒い嵐が包み込む。
「――!?」
渦巻く風と、触れるものを削り取る黒い粒子の奔流。
(まずい――!!)
とっさにサイドステップで回避した静に対し、放たれた砂鉄嵐が一直線に吹き荒れて背後の床に着弾し、その床面を荒々しく削り取る。
規模こそ比べるまでもなく小さかったが、回避した際にわずかに小太刀に付着した黒い粒子と、なにより静自身の感覚は剣が生み出したその黒い嵐が、先ほど魔女が放った一撃と同質のものであると告げていた。
(これは――、もしかして……)
思い、静はウェストポーチから呪符を一枚抜き放ち、普段そうするようにたっぷりと魔力を注ぐのではなく、発動できる限界にまで魔力を絞って呪符の力を発動させる。
撃ち込むのは、手持ちの呪符の中で最も簡単に発動できて、なおかつもっとも“威力の低い”【雷撃】の魔法。
そもそも直接的に魔法を習得していない静にとって、発動できる魔法が限られているという事情もあるが、今回使用する魔法に【雷撃】を、それも極力威力を絞った形で選んだのにはそれ相応の理由があった。
案の定、静が電撃を放ったその瞬間、処刑人の方も手にした断罪剣を前面に構えて、同時に剣が輝きを放って光の範囲が処刑人の体を丸ごと覆い隠す。
直後に起きるのは、放った電撃と剣の輝きの激突。
否、実際には激突と言えるものは発生せず、代わりに静の放った電撃はものの見事に光に触れた瞬間、剣の中へと跡形もなく吸収された。
(やはり……!! あの剣、他人の魔法を吸収できるのですか――!!)
半ば予想通りの展開に、静は厄介さを感じると共に納得も覚える。
あの処刑人の敵が、先ほどの砂鉄嵐をどうやって乗り切ったのかという疑問もこれで解けた。
恐らく剣が持つ能力は他人の魔法、あるいは魔力を用いた技全般の吸収と放出。あの砂鉄嵐に対しても、同じように剣を構えて魔法を吸収することで身を守り、そして先ほど、吸収した分の魔法をこちらへの攻撃として放ってきたのだろう。
(……とは言え、それでも全身がボロボロになっているということは、あの剣も防御できるのは前面のみ。それもうまく構えることで自分の身を覆える最低限の範囲のみと言ったところでしょうか。吸収機能も接触した魔法を丸ごと吸収するのではなく、あくまで魔法の“剣の光に接触した部分のみ”を吸収している……)
そしてもう一つわかるのは、あの剣の効果は剣が輝いているときにしか発動しないということだ。そう考えれば、先ほど処刑人の一撃を受け止めた時、十手に込められた【静雷撃】が確かに効果を発動し、処刑人を感電させていたことにも納得がいく。
これは恐らく、あの処刑人が十手に込められていた電撃に気付いていなかったがゆえに、剣の力を発動させていなかったのが原因だろう。
逆に言えば、剣が光っていないタイミングであるならば、たとえ魔法が剣にあたってもその攻撃を敵は吸収できないことになる。
(とは言え、なかなか便利な武器ですね……。この際ドロップアイテムとして残していってくれないものでしょうか……)
内心でそんなことを考えながら、しかし静は一切油断なく敵と切り結ぶべく相手との距離を測り、隙を伺う。
このまま待っていれば竜昇たちの参戦も予想できるが、果たしてそれでこちらが有利になるかと言えばそれは否だろう。
頭数が増えるのは本来歓迎するべきなのだろうが、魔法を吸収するこの相手に魔法戦が主体のあの二人では少々相性が悪い。下手をすると敵に対して強力な攻撃手段を与えることにもなりかねず、かといって今しがた下したばかりの戦力分析を戦闘をしながら二人に伝えるというのも至難の技だ。
できれば二人が駆け付ける前に倒してしまいたい。静がそんな結論を下すのと、敵が動き出すのとはほぼ同時のことだった。
『キュゥゥッ、ルリラァッ!!』
互いに距離を測り始めてからほんの数瞬の後、痺れを切らしたのか、処刑人がまず最初に動き出す。
再び両手で剣を振りかぶり、同時に処刑人の持つその剣が先ほどと同じ輝きに包まれる。
攻撃の予兆を察知し、静がその場から飛び退いたその直後、先ほど静が放った電撃がそのままの形で剣から放たれて、先ほどの魔女の魔法によって削られて激しい凹凸が刻まれていた床を走って焦げ目を刻み付けた。
使った魔法がそのまま撃ち返されるというその脅威。しかしそれを目の当たりにした後でありながら、静は敵の思わぬ失策に内心で首をかしげていた。
(なんでしょう、先ほどからやけに闇雲に魔法を撃ち返してきますね……)
先ほどの砂鉄嵐にしても今の電撃にしても、放たれる魔法は確かに脅威ではあったが、その反面計画性や戦略の様なものが無さ過ぎた。
実際静は今の電撃を事前に予測してこうしてあっさりと回避してしまっているし、砂鉄嵐の時は静だったからこそ初見でも回避できたという部分はあるが、しかし敵がこちらの隙をつくわけでもなく、せっかく吸収した魔法を闇雲に撃ち返しているというのは少々静には疑問だった。
だがそんな静の疑念は、次の瞬間、さらに剣を輝かせて直接的が斬りかかってきたことで直感的に氷解する。
(ああ、なるほど――!!)
振り下ろされる剣を見切って上体を傾けるだけで回避して、続けて静は舞うような動きで右手の小太刀を振りかぶり、敵の首元を狙って素早く斬撃を放つ。
生憎と敵もさるもので剣を構えることでそれを受け止めてしまったが、しかし受け止めるその瞬間、剣が帯びる輝きが若干強まったのを見て静は己の考えに確信を持った。
「その剣、“一度に吸収できる魔法は一つだけ”なのですね……?」
『キョゥゥウウ、ルルァアッ!!』
果たして静の言葉が通じたのか否か。
雄叫びを上げて小太刀の一撃を弾き飛ばした処刑人が、両手で振るう剣の速度を上げて静目がけて続けざまに斬撃を放つ。
対して、そんな相手の様子にも静は全く動じない。
連続で放たれる剣の攻撃を回避し、時に十手や小太刀で受け流しながら、その一方で静は相手の剣が持つ性能をほぼほぼ正確に分析していた。
(恐らくこの剣、魔法を吸収して、吸収した分をそのまま撃ち返す性質があるけれど、吸収できる魔法の数は恐らく一度に一つだけ)
そう考えれば、先ほどからこの敵が特に戦略性もなく、強力な魔法を闇雲に打ち返してきていることにも納得がいく。
あれはあの魔法単体で静を仕留められると、そう計算されて放たれた攻撃ではない。
それで仕留められたら御の字くらいの考えはあったのかもしれないが、敵の狙いはもっと別の、剣の吸収能力のストックを開けることにあったのだろう。
そして、攻撃の決定打になりうる魔法をほとんど無駄撃ちしてまで、この敵が剣の吸収のストックを開けることを優先した、その理由はしかし明白だ。
なにしろ、この敵は先ほど静の十手に触れたことで一度感電しているのだ。
恐らく静と切り結ぶことで、再び同じ事態になることを警戒して、常に十手から放たれる電撃を吸収できる状態にしたうえで剣を振るって斬りかかってきているのだろう。
実際のところ、すでに静の振るう武器は【静雷撃】の効果を使い切っているため、その警戒は若干的外れではあるのだが、しかし相手がこちらの武器との接触感電を警戒して、それを無力化するために剣の力を使っているというのならこの剣のこんな使い方も納得だ。
そして――。
(そうとわかれば対処はできる――!!)
思い、次の瞬間には静は、“たっぷりと魔力を込めた”十手で振り下ろされる剣の軌道を逸らし、半歩真横に跳んで瞬時に処刑人へと斬りかかる。
対して処刑人もそれに対してすぐに反応を示した。
剣を十手によって逸らされたその瞬間、剣が纏っていた輝きが一瞬消えたことで剣が魔力を吸収したことを確認し、すぐさま吸収した魔力を開放しながら追撃をかける静を迎え撃つ。
静の振り下ろしの斬撃に合わせて下段から振り上げられるのは、防御すれば感電する接触不可の斬撃。
相手が自分に対して使おうとした魔剣技をそのまま返して、その上で動きが鈍った静を今度こそ処刑する。
この時処刑人は、恐らくそんなつもりでいたのだろう。
剣を振り上げる直前、その剣の動きが、まるで何かに掴まれたように封じられる、その瞬間までは。
『キャル、ロ――!?』
「残念。あなたが吸収したのは接触感電の魔法ではありません」
とっさに頭部の核を守ろうと逸らしたその首を、静の小太刀が正確な斬撃によって高々と斬り飛ばす。
核が本体から切り離され、宙を舞ったその瞬間、もしかしたら処刑人には自分の剣の動きを阻んだものの正体が見えたかもしれない。
先ほどの魔女によって放たれ、いまだ消え切らずに周囲一帯に積もったままになっていた大量の砂鉄が、まるで吸い寄せられるように剣にまとわりついて、その剣の重さを普段通りには持ち上げられないくらいにまで増やしているというその光景が。
「電撃の代わりに十手の【磁引】の魔力を貴方の魔剣に吸わせました。周りの砂鉄がその剣にまとわりつくように……。剣を動かせなくなるくらい吸い寄せるくらいたっぷりと」
落ちてくる敵の首、その中央にある核に正確に刃を通して、静は穏やかな口調でそう自分が仕掛けた手品の種を明かす。
最後に残った処刑人の肉体は消え失せ、頭部の核も経ち割られて跡形もなく空気に溶けて、そうしてその場には徐々に消滅しつつある大量の砂鉄と、その砂鉄にほとんど埋もれかけた、一本の断罪剣が残された。
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