87:囚人の博物館

「――【円盾バックラー】」


 襲い来る敵に対して、立ちはだかる城司が魔力で左手に小ぶりな円形盾を形成して迎え撃つ。

 相手はさすまたを持った、江戸時代の縛吏の敵。

 こちらを捕らえようと、突き出される杈に対して城司が盾を構えて待ち受けて、相手の攻撃に対して自身の盾を下からぶつけて攻撃を弾く。


「――ォォオッ!!」


 すかさず空いていた右手にも【円盾バックラー】を形成、同時に攻撃をはじかれたばかりの縛吏に対して一気に距離を詰め、武器を握る相手の手元に右手の盾を魔力を込めた一撃と共に叩き込む。


「【衝盾シールドブロウ】――!!」


 繰り出すのは、盾スキルの技である【衝盾シールドブロウ】。

 魔力を込めた一撃がさすまたの手元部分に激突すると同時に炸裂し、縛吏の手からその武器をもぎ取るようにして天へ向けて高々と吹き飛ばす。


 同時に振りかぶるのは、左腕の盾を振りかぶる動きから放つ顔面狙いのストレート。


「――ラァッ!!」


 【魔法スキル・防盾】の魔法で作られた、硬質な金属性の盾が顔面へと激突し、核のある頭部に甚大なダメージを受けた縛吏が背後に倒れ込みながら消滅する。


「そちらも終わったようですね」


 敵が倒れ込み、完全に消滅したのを見届けて、前に出ていた静が竜昇たちの元へと戻って来る。彼女は彼女で、縛吏とともに行動していた、先ほどの敵とはまた別の制服を纏った敵と交戦して倒してきた直後だった。

 こちらはこちらで、警棒のようなものを振り回して静に撃ちかかってきていたが、近接戦闘で静がそのような相手に後れを取る訳もなく、【静雷撃】を込めた十手で警棒を受け止めて相手を感電させ、続く小太刀による一突きで核を貫いてあっさりと敵を消滅させて退けたのである。


 そうして戻ってきた静が、問題なく敵を圧倒して除けた城司の様子を見て納得したような顔で言う。


「なうほど。確かに、武器なしでも問題なく戦えるようですね。ではこの調子で進みましょう」






 監獄内の独房で休憩をとった後、竜昇達は一通り双方のできることを表明し、暫定的なフォーメーションを決めてこの監獄内の探索を進めていた。

 フォーメーションの形はこれまで決めていた静と竜昇の二人での形に城司を新たに組み込んだもので、基本的に防御系魔術と格闘戦に秀でた城司が後衛である竜昇を守る形で陣取って、静が前に出て敵を仕留めに行くという形である。


 とは言え、出発に当たっては二つほど問題があった。

 問題の性質はそれぞれ違うものだったのだが、まず当座の問題として挙がったのが、これから戦闘を行うにあたって、城司が使える武器が一つも残っていなかったことである。

 話を聞いていると、どうやら彼自身はこれまでにも剣や鈍器、前の階層まではハンドアックスなど、片手で扱える武器を一応持って使っていたらしいのだが、しかし前の階層まで持っていたハンドアックスを含め、その全てが敵との交戦の中で破損してしまったらしい。

 そのため彼の武装は、このビルに入った時に着ていたらしいスラックスとワイシャツという服装の上に、ドロップアイテムだという特殊能力の無いボディアーマーや、籠手などを装備した間に合わせに近いもので、持っていた荷物も竜昇たち同様、以前の階層で入手した食料などが主で、武器の替わりになるものは一切持っていなかったのである。


 これについて、竜昇は内心で静が使っている武器、具体的には【磁引の十手】などを彼に融通するべきかと真剣に悩んだのだが、結果から言えばこの心配は杞憂に終わった。

 ふたを開けてみれば先ほどからの戦いがそうだったのように、城司は自身の習得したスキル、【魔法スキル:盾】で生み出した様々な盾を武器代わりに扱い、盾を使うスキルである【盾スキル】と格闘系スキルである【迫撃スキル】による近接格闘戦であっさりと敵を圧倒してしまったのである。


「それにしてもすごいな嬢ちゃん。さっきちらっと見ていたけど、スキル抜きで相手の攻撃をあっさり受け止めて反撃するなんて、普通できることじゃない」


「いえ、それを言うなら入淵さんもそうでしょう」


「いや、俺のこれはほとんどがスキルの力だよ。俺の場合、なぜか最初からどのスキルもカンストしちまってたしな」


 自分の両手を見つめるようにして、苦笑いしながら城司が静に対してそう返答する。

 そう、出発にあたって問題として挙がったのが城司の習得したスキルのスキルレベル、そのレベルが全て100だったという事実とこの証言だ。


 どうやら彼の三つのスキル、何らかの手段による急速なレベリングの結果や、元より覚えられることが少なかったなどの理由ではなく、本当に最初に修得したときからすべてがカンストした状態で発現したらしいのである。


 実際、この証言が何よりも竜昇たちを驚かせ、そして困惑させた。

 竜昇自身、【魔本スキル】についてだけは既にレベル、もしくは知識の解放率が100に達しているが、しかしそれは【魔本スキル】の中に収録された知識の量、覚えなくてはいけないことが他のスキルに比べて圧倒的に少ないがゆえに起きたことだ。

 ところが城司の場合、どのスキルも相応に収録されている知識の量があったはずなのに、彼は最初にこれらのスキルを習得したときからスキルレベルがMAXの状態で始まっていたというのである。

 これについてはいろいろと彼の話を聞いてみたものの、原因がさっぱり特定できない状態だった。


「俺の娘はお嬢ちゃんたち同様、レベルが段階的に上がっていく仕様だったんだがな……。華夜の奴からは『お父さんチートだ』とか、なんかズルしているみたいに言われたよ」


 実際のところはズルだろうが何だろうが、命がかかった状況でこのスキル習得速度はありがたい限りなのだが、しかしそんな城司とは違い命がけの戦いの中で苦労してレベルを上げている竜昇には、彼の娘だという華夜のその言い草もわかるような気がした。いかにそれによって助かっているとは言っても、やはりレベルを上げるまでもなく最初からMAXで習得できてしまうというのはどこかチート臭いという感覚がぬぐえない。


「それにしても、一体どういうことなのでしょう? 入淵さん、本当にそんなレベルで習得できてしまったことへの心当たりはないのですか? 例えば似たような技術を元から習得していたとか」


「まあ、“まったくないとは言わないが”……。だがそれにしたって説明はつかんだろう。なにしろ俺がカンストして習得したスキルの中には【魔法スキル】なんてものも混じってるんだぞ」


 事前に静から伝え聞いていたらしい、スキルレベル上昇についての考察を踏まえたうえで、城司は静に対してそう反論する。

 確かに事前知識を何らかの形で得られていた可能性がある武術系スキルならいざ知らず、魔法スキルを事前知識として知っているというのはやはり理屈に合わない。

 あるいは、敵と交戦した際にその手の内を全てださせたうえで撃破すればレベルカンストもありうるかとも思ったが、しかし城司の証言では実際に敵と交戦した際に敵が使っていた魔法は全体の中のほんの一部だけで、そうした形で事前知識を得る機会もなかったらしい。

 そんなわけで、先ほど城司のスキルを見た際になされた考察でも、彼のレベルが最初からMAXだった理由には見当を付けられなかったのである。

 そうして、またも噴出した問題が棚上げになる中で、今度は城司が感心したような言葉を口にする。


「そんなことより、俺としてはやっぱりお嬢ちゃんの立ち回りの方が驚きだよ。俺の動きはほとんどスキルによる恩恵のたまものだけど、お嬢ちゃんの腕は純粋にお嬢ちゃんの力量なんだからな」


 すでに静のスキル編成と明かされた術技の特性を一通り把握して、その上で城司がそんな感心したような声をあげる。

 とは言え、城司の反応が“この程度で済んでいる”のには一応それなりの理由があった。


「やっぱり普段から武術を齧ってると、いざって時に相応に役に立つもんなんだな」


「ええ、まあ。……もっとも私自身、人生の中でこの“習い事”が役に立つ日が来るとはこれまで一度も思っていませんでしたが……」


 感心し、驚いたような声で静に対してそう声をかける城司に対して、静が謙遜したような笑みを浮かべながら平然とそう“嘘を吐く”。

 互いの手の内を表明し、先へと進むための作戦を組み上げた竜昇たちだったが、しかし実のところすべてが全て真実を話したわけではない。


 もちろん、互いのできること、習得している術技やスキル、武装の性能やそれらを使っての戦闘スタイルなどに関しては、多少の迷いはないでもなかったものの、最終的には竜昇や静もその全てを表明していた。

 一応会ったばかりの人間に手の内をさらすことについて、つい先ほど対人戦を経験した身としては抵抗を覚えないでもなかったが、そこは信頼関係の樹立を優先した形である。


ただ一点、竜昇が城司に対して嘘をついて隠したのは、静が近接戦を行える、その理由についてだけである。


 端的に言ってしまえば、普段から武道を習っていたことにしたのである。


 実際問題として、静がこんな風に常人では到底不可能なはずの超人的な立ち回りができる理由ははっきりとはわかっていない。

 静自身、運動能力には自信があったようだが、ここまでとは思っていなかったようで、彼女の戦闘能力についてはこのビルに入って初めて発覚した、才能の一種としか判断できていないような状況だ。


 そんな現実を、正直に城司に対して話したところで信じてもらえるとは思えない。

 むしろ下手をすると、スキルには全く表示されていないのにそこまで戦えるというその事実から、あらぬ勘繰りをされて疑心暗鬼の種になってしまう可能性だとて十分にあるのだ。

 幸い、今なら竜昇と出会った時とは違い、【嵐剣スキル】や【歩法スキル】と言った新しいスキルも加わって、どこまでが静自身の才能で、どこからがスキルの影響なのかがわかりにくくもなっている。静が多少なりとも武道の枠を超えた動きをしていてもごまかしは効くだろうというのが、実際にその嘘を最初に口にした竜昇の判断だった。


 そうして、竜昇が即興ででっち上げた嘘に静が乗っかって(余談だが、嘘に乗っかるときの静は、事前の打ち合わせなどまるでしていなかったにもかかわらずまったく動揺などが見られず、竜昇はその事実に呆れると同時に舌を巻いた)、とりあえず静の設定は、『家の方針で護身術兼習い事感覚で武道を習っていた静が、その武道をスキルで補完する形で現在のスタイルに至った』というものになっている。

 自分でもそれなりによくできた嘘だとは思っていたが、こうして実際に城司がその嘘を信じてくれているのを見ると、表情には出せない中でもホッと胸を撫で下ろす気分だった。


「さて、敵を倒したとなると、気になるのはドロップアイテムの方だけど……」


「こちらはまた鍵でしたね。交戦した感じでスキルは期待できないとは思っていましたけど、武器の一つも落としませんでした」


「こいつも持ってたのは鍵だな。ったく、さっきから合計で五体も敵をつぶしてるってのに、本当にろくなもんがドロップしない」


 城司の言う通り、話し合いを終えて、あの独房を出発してからというもの、すでに竜昇たちは五体の敵を屠っていたのだが、そのうちの三体である看守系の敵達はそのドロップアイテムが全て形の違う檻の鍵で、スキルや武装と言った役に立ちそうなものはひとつたりともドロップしなかった。


 そしてもう二体、ここに来るまでに竜昇たちは囚人型の敵も倒していたのだが、こちらはこちらでドロップアイテムに相応の問題があった。


「そこの檻、格子状になってて中から俺達が見えるけど、どうするよ?」


「一応、警戒しておきましょう。もしかしたらさっきの奴と違って、向こうから襲ってくる可能性もゼロじゃない」


 城司からの問いかけに、竜昇は出しっぱなしにした雷球をいつでも発射できるように周囲に配置して、新たに大きめの盾を左手に生成した城司の後ろに隠れるようにしながら問題の檻の中を覗き込む。


 中にいるのは、縞々の囚人服を纏ってベッドの上に座り込んだ一体の囚人。


 ただし、竜昇達が気にするその囚人は、自分のいる牢がのぞき込まれても微動だにしておらず、こちらに対して襲い掛かって来る様子はおろか、こちらに気付いた様子すら見せないありさまだった。


 どうやらここの囚人たち、鍵を開けたり、外から攻撃を仕掛けたりしない限りは外を通るプレイヤーに対して反応しないらしい。

 一応、攻撃を仕掛ければ相手が檻の中に閉じ込められている関係上簡単に始末できるのだが、この敵達は囚人という立場故なのか、自身を拘束する拘束具や牢内で使っている日用品くらいしかドロップせず、本当に全くと言っていいほど倒す価値が無かったのである。

 しかも、牢の扉は手持ちの鍵が合わなければ開けられないため、先に倒した二体の囚人のドロップアイテムは回収すらできず、結局竜昇たちは華夜の捜索を急ぎたいという事情も相まって、囚人型に対してはある程度警戒しつつも、基本的には無視して進むというスタンスで攻略を進めていた。


「行きましょう、どうやら牢の中にも異常はないようですし」


 微動だにしない囚人に、静の冗談めかしたそんな言葉と共に檻の前を後にする。


 一応、檻の中から不意打ちの攻撃が来る可能性も考慮し警戒はしていたのだが、結局最後の最後まで中の囚人は竜昇たちに対して何の反応も示さなかった。


「それにしてもこの階層、どの檻も囚人のデザインや独房の構造の時代背景がバラバラで、まるで囚人の博物館ですね。いえ、檻の中に入っていることを考えれば、博物館よりも動物園でしょうか?」


「結構えげつねぇこという嬢ちゃんだな。……まあ、確かに世界中の囚人を、それも時代関係なく集めたような印象はあるな。ここに来るまでにも何体か独房を覗いたけど、足に鉄球付けてる奴もいりゃ、どっかの外国みたいにオレンジの囚人服着てる奴もいるし……」


「それに関しては看守型の方に関しても同様みたいだな。こいつらもこいつらで国も時代もバラバラだ。

 ……それにしても、まったく襲ってこないとなるとこの囚人たちにいったい何の意味があるんだ?」


 疑問に思いながら、竜昇は次の扉の、上の方に取り付けられた鉄格子の隙間を除き、中に何か、あるいは誰かがいないかを確認する。

 ここに来るまでの間、竜昇は内部からの攻撃に警戒しながらも、必ず独房の中に誰か、あるいは何かがいないかを確認するようにしていた。

 これは、先の戦いで囚われ、連れ去らわれた城司の娘である入淵華夜が、この階層に並ぶ独房のどこかに囚われている可能性を考えてのものだ。

 まあ、竜昇としてはわざわざ命がけで連れ去らっておいて、彼女一人を檻に閉じ込めてどこかに行ってしまう可能性は低いと見ていたが、しかし別の可能性として先ほど竜昇たちがそうしたように、どこかの独房の中に隠れて負傷した体の回復を図っている可能性というのも十分にあり得る。


「この独房は空、か……。ちなみに鍵は開けられるか?」


「……ええ。先ほどの警棒の看守が落とした鍵が合いますね。とりあえず鍵だけ開けてこの場所を覚えておきましょう」


 竜昇の問いかけに、静が手持ちの鍵を試して、その結果上手いこと扉が開く。

 ここに来るまでにも、からの独房のうちの一つに最初のカードキーで開けられる独房が一か所だけあった。

 どうやらこれらの鍵、対応する独房が複数存在しているらしく、扉の種類だけ鍵を集めていけば全ての扉を開くこともできなくはなさそうだった。


「……これは、もしかして……」


「どうかしましたか? 竜昇さん?」


「いや、この階層の攻略法について少し思うところがな……。とは言え、まだ確証がある訳じゃないから、話は今度落ちついて話せるときにでも――」


「ストップだ、二人とも」


 扉の前で会話を交わす二人に対し、城司が何かに反応したように二人の方を叩いてそう呼びかける。

 いったい何事かと周囲を警戒して身構えると、そうして周囲に向けた竜昇の五感のうちに一つ引っかかって来る感覚があった。


「……これは、何の音だ?」


「複数の音が混在して聞こえますね。重いものを振り下ろすような音と、なにかが落ちる音と……、後は小さくて聞き取れませんが……」


 三人そろって耳を澄ませて竜昇たちはそろって音の発生源とその音の正体をそれぞれ探る。

 城司が腕の盾をいつでも向けられるように警戒し、竜昇が周囲に浮かべた雷球に意識を飛ばして迎撃準備を整える中、最初にその音の発生源を見つけたのは武器を携えたまま通路の淵、奈落の底まで続くような大穴となって広がる吹き抜けを見下ろした静だった。


「……どうやら、あれが音の発生源のようですね」


 そう言って、視線による静の呼びかけに答えて男二人も構えを解いて通路の淵、そこに建てられた欄干を掴みながらその方向へと視線を向ける。


 見れば、竜昇たちがいる場所よりも一段下、どこかにあるだろう階段を下りて、通路沿いに向こう側まで渡らなければ行けないだろう対岸に、一か所通路からせり出した広場のような場所があり、そこでエネミーによるエネミーの処刑が行われていた。


 そう、処刑である。


 驚いたことにその場所では、覆面をかぶり、両手剣を構えた処刑人敵エネミーの前に看守敵エネミーによって囚人敵エネミーが引っ立てられ、そのまま首を差し出すような態勢で取り押さえられて処刑人による斬首刑が執行されていたのだ。


「おいおいおい……」


 その光景に、隣の城司がつぶやくような音量に抑えられた声と共に顔を歪める。

 あまりにも趣味の悪い光景に竜昇自身絶句する中、先ほど聞こえたのと同じ音と共に両手剣、あるいは断罪剣エクセキューショナーズソードとでも呼ぶべき剣が振り下ろされて、囚人の頭部が覚悟と切り離されて奈落の底の様の様な眼前の暗闇の中へと落ちて行った。


「なんとも、意味の分からない階層だな……」


 その光景を見届けて、ようやく全容を理解した城司がはき捨てるようにそんな言葉を口にする。

 見れば、今しがた処刑され、消滅したエネミーの他にも処刑を待つ囚人型が何体かいるらしく、ここからだと見えにくい対面の通路の影には複数の服装の違う囚人たちが拘束され、取り押さえられた状態で並ばされていた。

 どうやらさっきからのあの音は、ああして囚人の処刑をずっと続けていた結果出ていたものらしい。


エネミーが同じエネミーを殺している、というのはどういう意味があるのでしょうか……。それともこれも、ある種の舞台設定なのですかね?」


「……さあな、なんにせよ、敵が勝手に減ってくれんなら文句を言うのも違うだろうよ。襲ってくる様子が無いならあれも無視して、とっとと探索を進めようぜ」


 言いながら、欄干を離れる城司に続いて、静も同じく目の前の処刑の光景に背を向ける。

 そんな二人に続いて、竜昇も先へと進もうと振り返りかけた、その寸前――。


「――え?」


 視界のすみに捉えた光景に慌てて足を止め、竜昇は再び欄干を掴んでもう一度その光景へと身を乗り出した。


「――? どうかされましたか、竜昇さん?」


 様子が変わった竜昇に対して、背後から静が声をかけてくるがそれに返答する余裕もない。

 今しがた感じた違和感を一刻も早く確かめなければと、そんな衝動に突き動かされて、竜昇はならべられた囚人たちの、そのうちの次の順番にいるらしい囚人に注目する。

 他の囚人たちが手錠や枷で拘束される中、一人だけ拘束衣を着せられて厳重に拘束された一人の囚人。

 その囚人の姿を目を凝らして観察して、竜昇は自分の感じた違和感が的中しているのを確信した。


「……まずい、まずいぞ……!! あの囚人たち、中に一人人間が混じってる――!!」


「……なんですって?」


 竜昇の言葉に、先に進もうとしていた二人が踵を返して竜昇の傍へとやって来る。

 そうして、三人は同時にそれを見た。

 拘束衣を着せられ、マスクをかぶせられたその囚人のマスクの後ろから長い髪が伸びていて、そして引きずるように引っ立てられ始めたその囚人の裾から、黒い煙上の魔力ではない、明らかに人間のものと思われるか細い両足首がのぞいているのを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る