85:扉の中身

「やれやれ、まさか銃器を持ち出すエネミーまで現れるとは、先が思いやられますね」


 城司の魔法によって敵が文字通りの意味で叩きつぶされた後、敵の消滅を確認したのち、静がそんなつぶやきを漏らす。


 実際問題、竜昇の方も火縄銃という前例があったとはいえ、ここまで近代的な銃がこの不問ビル内で登場して来るとは思っていなかった。

 それは言ってしまえば単純な思い込みで、思えば大した根拠があったわけではなかったのだが、しかしたいしたことない根拠として最初の武器部屋で銃器の類が一切なかったことが強いてあげられる理由である。要するに、あの部屋の武器のラインナップからそれほど外れた武器は出てこないだろうと、無意識に竜昇達はたかをくくってしまっていたのだ。


「ありがとうございました。おかげで命拾いいたしました」


「いや、俺だってお嬢ちゃんたちに命救われてんだから礼なんていいよ。それより、そっちの少年を休ませんなら早いところ場所を探そうぜ。俺も人のことを言えた状況じゃないけど、魔法使うのも難儀してるんじゃ本格的に命に関わる」


「そうですね。――ああ、ですがその前に、今の敵のドロップアイテムだけ回収していきましょう。先ほどの駅では拾っている暇などありませんでしたが、役に立ちそうなものは拾っておくに越したことはありませんし」


 城司に礼を述べ、静は周囲の様子をうかがいながら敵が潰された壁面へと近づき、魔法の盾が消えた後の床付近に視線をさまよわせ始める。


「なんつうか、最初見た時から思ってたけど結構たくましい嬢ちゃんだな……。肝が据わってるって言うか、神経が太いって言うか……」


「は、ははは……。その認識でもたぶん甘いと思いますよ」


 残された男二人が、静の後姿を眺めながらそんな会話を交わす。

 実際には静はたくましいなどという生易しい言葉では表しきれない少女なのだが、そうした事実を知らない城司から見ても、どうやら静の只者ではない雰囲気は感じ取れるものだったらしい。


 あるいは、下着代わりのスクール水着に黒マント、腰から下はスカートと靴下、そして体育館用のシューズという、いろいろな意味でアレな格好でも平然としていられるその神経も、城司のその感想に拍車をかけていたのかもしれない。

 竜昇としても、静が着ていたセーラー服を敵諸共焼き払ってしまったことに結構な罪悪感を覚えていたのだが、当の静は別段今の自分の格好を気にも留めていないようだった。

 あるいは、静が自分の服装を気にするのは、極端に暑いサウナのような場所か、あるいは冷凍庫のように極端に寒い場所の様な、服装を間違うと実害があるような場所くらいかもしれない。


「……おや?」


 と、そんな風に竜昇が鈍い頭でどうでもいいことを考えていると、どうやらドロップアイテムを見つけたらしい静が何かをつまんで拾い上げる。

 その段階で、今回のドロップアイテムが武器の類でないことはほぼ確定したわけだったが、しかしその後静が持ち帰ってきたのは、竜昇としても少々予想外のものだった。


「それは……、スキルカード、じゃないよな?」


「そのようですね。一応カードではあるようですけど、あれとはまた別物のようです」


 言いながら、静は自身が持ち帰った一枚のカードを二人にも見えるように掌の上に置いて提示する。

 そこにあったのは、今までドロップアイテムとして何度か見てきたスキルカードとは明らかに違う代物だった。


 強いて言うならクレジットカードなどが近いのだろうか。

 表面に幾つかのアルファベットが刻印されたそのカードは、片側に磁気テープか何かなのだろう、わずかに光を反射して輝く一本のラインが入っている。


 いったい何のカードだろうかと、竜昇が内心でそう思案していたとき、その疑問の答えを隣にいた城司が思いついたように口にした。


「これ、どこかの扉のカードキーじゃねぇか?」







「おい、あったぞ。この扉ならカードキーを試せそうだ」


 両側の壁沿いに並ぶ大量の扉、そのうちの一つにカードキーを通す機会が設置されているのを見つけたのは、ドロップしたカードキーを試せる場所を探し始めてから数分後のことだった。


 驚いたことに、立ち並ぶ扉はそれぞれが全く違う形式のカギが使われており、通常の鍵穴が設けられた鉄製の扉もあれば、それとは違う形の扉に錠前が取り付けられたようなものもあったりと、施錠のされ方が扉によってバラバラだったのである。

 とは言え、全ての扉が全くばらばらという訳でもないらしく、前述の鍵穴のある扉はここまで探した扉の中にも何か所かあったし、それは錠前の扉もまた同じ形だったのだが、カードキーが使える扉は探し当てるのに少し時間がかかってしまった。


(それにしても、この建物……)


 立ち並ぶ扉を眺めながら、竜昇は今回攻略する羽目になる、この階層のコンセプトについて疲れた頭で思いをはせる。


 先ほどから見ているが、前の三つの階層と違い、どうにもこの階層はコンセプトの様なものがわからない。


 先の三つは、一目見て分かるほどに何の建物を模しているのかは明白だった。

 最初の階層は博物館、二層目は学校、三層目は地下鉄駅と、少し周囲を歩いてみればはっきりとそうとわかるような、そんな構造に先の三層はなっていたのである。

 ところが、この階層はパッと見ではいったい何の建物を模した空間なのかが判然としない。

 やたらと明るい空間、立ち並ぶ扉と、中央の最下層まで続くと思われる吹き抜け構造。

 しかも立ち並ぶ扉はそのデザインもバラバラで、しかも古めかしい作りのものから変に未来的なデザインの扉まで、その構造がまちまちになっているように見える。


(まるで特定の建物をモデルにしたというよりも、何らかの施設にカテゴライズされる要素を寄せ集めたような感じだな……。けど、だとしたら一体何の要素を集めたらこうなるんだ……?)


 思い、なんとかその感覚の正体を探ろうとするが、鈍った思考はどうしてもあと一歩でその答えを掴めない。

 ただ、漠然とした嫌な感じがする。正体がわからないからというのもあるのだろうが、しかし同時にここがよくない場所なのだと、竜昇の直感が思考とは別のところで告げている。

 ここはまずい。早く気付け、見極めろ、と。


(……いや、それを言うならもっと見極めが必要なのは、この階層のクリア条件もか……)


 自身の胸の内で騒ぐ本能的な感覚の正体を探りながら、一方で竜昇はこの階層の攻略方法にも思いをはせる。

 というのも、これまで三つの階層を攻略して来て、どうにもそれぞれの階層には攻略するためのテーマの様なものがあったように感じ始めていたからだ。


 最初の博物館は、まだ竜昇の考える通常のダンジョンと同じ形式だった。

 徘徊する敵を突破してボス部屋へとたどり着き、そのボスを倒して先へと進む。良くも悪くも、竜昇が知る王道のダンジョンそのものと言っていい、そんなシステムであの階層は成り立っていた。


 対して、その後の二層は今にして思うと少しそれらとは毛色が異なる。


 第二層の学校、あの階層ではそもそもボス部屋に入るのに、六体の敵を討伐することが必須条件となっていた。

 すなわち、何らかの手段で敵の眼を掻い潜り、戦闘を避けて通ることを許さずに、あの校舎内にいた一定数以上の敵の中から、六体を倒すことが先に進むための条件として義務付けられていたのである。

 ボスを含めて計七体の敵を討伐する。それこそが、第二層であるあの学校で求められた、次に進むためのクリア条件だったのだ。


 そして第三層、こちらは既に、あのホームで電車が来た際に予想していたことである。

 ホームに入ると同時に、ボスとともに現れる大量の敵を突破して、その先に待ち構える本命のボスを撃破する。

 二層目で遭遇した敵達のように、一体一体がそれほど強力でなかったのが救いだったし、そもそも竜昇たちは若干そのコンセプトからずれた形であの階層を強行突破してしまったわけだが、しかしあの階層のクリア条件は間違いなく『大量の敵を突破してのボスの撃破』であったはずだ。


 では立ち返って、この第四層。未だ何の建物なのかも定かではない、この階層のクリア条件は何なのか?


(今考えることじゃないかもしれないけど、この階層の正体と一緒にそれも見極めないといけないな……)


 そこまで考えてから、竜昇は意識を目の前の扉に戻し、働きの悪い頭でどうにか術式を構築し、自身の周囲に雷球を出現させる。

 何はともあれ、今はこの扉の先に何があるのか、その確認が一番先だ。

 出現した雷球を扉の周囲に配置し、静や城司に頷きと共に合図を送ると、カードキーを持つ城司が壁に取り付けられた端末にカードを通して扉を開錠した。


 同時に、静が勢い良く扉を開けて、次の瞬間――。


『ギュリィィィィイイイイッ――!!』


 開いた扉、そのそばに誰かがいればそのまま跳ね飛ばさん勢いで、中から一体オレンジ色の上下の衣服をまとった敵が飛び出してきた。


「やっぱり出たか――!!」


 思い、その直後には竜昇は周囲に浮かべた雷球をその進行方向上に割り込ませる。

 勢いよく飛び出してきたのはよかったが、今回はその敵の勢いが仇となった。

 突然目の前に現れた雷球に止まることなど考えていなかっただろう敵はまるで対応できず、そのまま雷球に正面から激突してその全身を痙攣させる。

 さらに――。


「【棘突防盾スパイクシールド】――!!」


 城司が右腕に全身をカバーできるような、表面と上下に棘のついた巨大な盾を発生させてそのまま敵へと突撃をかける。

 雷球に激突して感電し、その場に立ち尽くす敵へと棘だらけの盾でタックルをかまし、そのまま相手を押しつぶすように倒して、動きを封じて抑え込む。

 そしてそうなってしまえば、後は止めを刺すのはそう難しい話ではない。


「御命頂戴いたします」


 素早く駆け寄り、その顔面の核に素早く静が刃を突き刺す。

 三人の躊躇の無い攻撃に、部屋から飛び出してきたばかりの敵はなす術もなく、黒い煙となって空気に溶けて消えていった。


「……ふぅ。どうやら、部屋の中にいたのは今の一体だけのようですね」


「……ああ。それにしても、まさかこの部屋一つ一つにこんな敵がいるのか? なんつうか、閉じ込められてたもんをわざわざ解放したみたいな感じになってるが」


 静の言葉に、城司が自身の展開していた魔法の盾を消して、立ち上がりながらそんな言葉を口にする。


「閉じ込められてた……?」


 本人としては何げなく言っただろうその言葉。

 しかしそばで聞いていた竜昇にとっては、その言葉はこの建物の正体に迫る大きなヒントになっていた。


「……まさか」


 思い付き、慌てて先ほどのオレンジ色の上下を着た敵が出て来た、その部屋の中を覗き込む。

 思えばあのオレンジの服装、あの目立つ格好もどこかで見たようなものだった。

 確か外国の映画で、それもあまりよくない立場のキャラクターが着ていた衣装があんな感じのものだったはずだ。


 そして、竜昇のその推測は、先ほどの敵が出てきた部屋の中を覗いたことで完全に確定する。


 狭い個室、その中にしつらえられたベットと、そして水道とトイレの便器というあまりにも殺伐としたその内装を目の当たりにしてしまえば。


「……そう言えば、今の敵のドロップアイテムは何だった?」


「ドロップアイテムですか? それなら今入淵さんが……、これは、手錠ですか?」


「手錠みてぇだな。……なあ、おい。まさかとは思うけどここって……」


「ああ。たぶん間違いない」


 銃器を持った制服姿の敵、並ぶ扉とその中の個室、そして手錠をドロップする敵の、オレンジの上下というその服装。

 これだけの材料がそろえば、流石に全員がその結論に嫌でもたどり着く。


「間違いないよ。ここは監獄だ」







 第四層、混戦鳴動の大監獄。攻略開始。

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