第四層 混戦鳴動の大監獄

84:消耗のままの始まり

 四番目の階層、やたらと広いその空間は、これまでと違い竜昇たちにはどうにも見覚えの無い作りの建物だった。

 竜昇たちが出た扉の前にやたらと広い広場があり、その先の柵の向こうには両側の壁面沿いに通路が、中央には最下層までつながっているとみられる巨大な吹き抜けの空間が、まるで巨大な谷のように広がっている。

 どうやら壁面の通路は左右一本づつではなく、何階かに分かれて下の方にも続いているらしく、よく見れば今竜昇たちがいる場所から一番離れたところに階段があり、そこから下へと降りられるようになっていた。


 最初その作りを見た時、竜昇はここがショッピングモールか何かなのかと思った。

 中央が吹き抜け構造になっていて、左右の壁沿いに店舗が展開しているショッピングモールには、竜昇自身どこかで見覚えの様なものがあったからだ。

 だがそれにしては異様だったのが、左右の壁に並んでいるのが店舗の出入り口ではなく、それぞれデザインの違う、妙に頑丈そうな小さな扉の数々だったということだ。

 少なくともそれは、店舗の出入り口では有り得ない。

 いったい何の扉だろうかと、そこまで考えたところで竜昇は、足元の感覚が薄れるような、強い立ちくらみのような感覚に襲われた。


「大丈夫ですか、竜昇さん」


「……あ、ああ」


 よろめきかけた体を隣から静に支えられ、竜昇はどうにかそう返事を返す。


 とは言え、大丈夫でないのは傍から見ている静も、そして竜昇自身にも明白にわかることだった。そして竜昇自身においては、その原因にも一応のあたりが付いている。


「……少し、【増幅思考シンキングブースト】を派手に使いすぎた」


 途中から集中力の低下や鈍い頭痛など、【増幅思考】の反動が強くなっているのは感じていたが、どうやらあの階段に飛び込む前に発動させた最後の一回がトドメになってしまったらしい。

 頭がふらついて、あまり目の前のことに集中できない。強烈な眠気が襲って来て、それに耐えて立っているだけでも精いっぱいのありさまだ。

 あのハイツという男と戦っているときから無茶を承知で魔本の力を使い続けていたが、どうやらここにきてそのツケが本格的にやってきたらしい。


「少し、どこかで休んだ方がよさそうですね。とりあえず階段空間に――」


 言いかけて、静が振り返った直後に黙り込む。

 理由は竜昇自身、すぐに察することができた。なにしろ、それをやってしまったのは他でもない、竜昇自身だったのだから。


「……しまった。扉、なんとか固定しとけばよかった」


 背後を見て、いつの間にか閉ざされてしまっていた扉に竜昇が悔恨の呟きを漏らす。

 これまでは階段空間でしっかり準備を整えた後に次の階層に出ていたためあまりその必要はなかったが、今回のようにその暇もなく飛び込んだ場合に、きちんと退路を確保しておかなかったのは明らかに判断ミスである。

 特に竜昇の場合、前の階層で扉が勝手に閉まろうとするその光景を目の当たりにしていて、なおかつこの階層に入る際にも一番最後にこの階層に飛び込んでいたのだから、扉に対して一番注意を払わなければいけなかったのは間違いなく竜昇自身なのだ。


 だというのに、そのことに思考が至らなかったことに、竜昇は思わず頭を抱える。


「……くそ。悪い、静」


「いえ、これは私の方で注意しておくべき事項でした。今の竜昇さんの状態は、間違いなくフォローしなくてはいけなかったのに……。

 ともかく、どこか別に休めるところを探しましょう」


「休めるところ、と言っても……」


 周囲を見渡し、その視界の広さに警戒しながら竜昇は回らない頭でそれでも考える。


 魔法を初めとする飛び道具を警戒するなら、今この場所で休むというのは論外だ。いつどこから攻撃を受けるかわからないという理由に加えて、これほど見晴らしのいい場所にいては付近をうろつく敵に発見されてしまう可能性が低くない。

 しかしそうなると、残る候補はあの壁沿いに並ぶ大量の扉ということになる訳だが、しかしこちらについていうならば竜昇はどうにも少し気が進まなかった。


 戦略的にどうこう、というわけではない。

 なんとなくあれらの扉から、言いようのない嫌な感じを受けるのだ。


(……とはいえ、この状態じゃやっぱり、どこかの部屋に立てこもって休みをとるしかない、か……)


 と、竜昇が鈍い思考の中でそんなことを考えていたその時だった。


「どこに行かれるのですか? えっと、おじさま」


 恐らく名前がわからなかったからなのだろう、『おじさま』というそんな呼び方で相手を呼んで、いつの間にかこちらに背を向け、どこかへと歩き出していた男性を静が呼び止める。


 対して、呼び止められた男性の方は静の呼びかけに足を止めると、『おじさま』という呼びかけに何か思うところがあったのか、首だけ動かして静の問いかけに答えを返した。


城司じょうじだ。いりふち城司じょうじ。それが俺の名前だ」


「それでは入淵さん。改めてお伺いしますが、一人で何処に行かれるつもりなのですか?」


 大柄な男性、どうやら入淵城司というらしいその男に対して、静は特に躊躇することなくそう問いかける。

 特に語気を強めているという訳でもなかったため、問い詰めるような聞き方にはなっていなかったはずだが、しかし問われた城司の方はどこか余裕のない、焦りを滲ませたような口調でその理由を口にした。


「決まってる。娘を。華夜かやを探しに行くんだ」


「華夜さん……、それが先ほど、あのハイツというらしい男に連れ去られた女の子の名前ですか?」


「ああそうだ。……おい少年。お前が先に追いかけてたあのハイツとかって男も、同じように扉を通ってこっちに来てるんだろ?」


「あ、ああ」


「だったらまだあいつはこの近くにいるはずだ。さっきの駅のホームで多少の足止めは喰らったが、お前ら二人が助けてくれたおかげで足止めされた時間はたいしたことねぇ。あの野郎も、俺の娘も、まだそう遠くに入っていないはずだ」


 確かに、城司の言うことは一理ある。

 実際、ハイツはあの扉を閉めてボスを出現させることで、大量の敵によるこちらの殲滅、あるいは足止めを狙っていた可能性がある。だが実際には、その目論見通りに竜昇たちが撤退することはなく、それどころか大量の敵がホームに降り立つ前に扉を開けて、敵との交戦を極力避けて扉に飛び込んだことで、そうした目論見からは完全に狙いから外れてしまっているのだ。

 あの、下手をしなくても相当に攻略に時間がかかったはずの三層目は、しかし特殊な条件と状況、そして竜昇たちの判断によってこれまででも最短と言っていい時間で突破されてしまったのだ。

 ならば、先にこちらの階層に逃げ込んだはずのハイツも、それほど遠くに行く時間はなかったはずだ。それどころか与えたダメージを考えればこの階層のどこかで回復を図っている可能性すらある。


「ですが、探すにしてもこれだけ広い空間で特にあてがある訳ではないのでしょう? それに入淵さんも、その頭の傷については見たところ血は止まりかけているようですが、それでも先ほどまでのダメージがあまり抜けきっていないように見えますが」


「……ッ」


 静の指摘に、城司は反射的に未だ血のにじむ自身の頭を押さえて顔を歪める。

 実際、竜昇から見ても、城司の動きはお世辞にも万全とは言い難いものだった。

 先ほどはどうにか走って駅を駆け抜けるような真似はできていたようだが、今の彼は明らかに足元がふらついているし、顔にもひどく汗をかいていて、あるいは竜昇以上に無理して立っているのがわかるような状態だ。

 これでは一人で行動すれば、彼の娘らしいあの華夜という少女を見つける前にそのあたりの敵にやられてしまう。


「とりあえずどこかで休息と怪我の手当てをいたしましょう。こちらも、竜昇さんが回復すれば怪我の治りを速める【治癒練功】が使えますし、手当に使えそうな医療器具も多少は用意があります。どのみち探す当てもないのです。一度落ち着いて情報を交換し、効率的に華夜さんを探す方法を考えた方が得策かと思いますが?」


 何処までも冷静な静の物言いに、城司はしばし焦り、迷うような態度を見せたものの、結局は大きく息を一つついて頷きと共に静の提案を受け入れた。

 どうやら、ここで闇雲に動くことが得策でないくらいの判断を下せる冷静さは彼の中にも残っていたらしい。


「決まりですね。となると後は、どこで休むかという問題になる訳ですが――、互情さん――!!」


「――え?」


 瞬間、静が声をあげると同時にへたり込む竜昇の前へと立ちはだかり、左手の籠手の力に魔力を流してシールドを展開する。

 直後に何かが炸裂する音があたりに響き、静の展開したシールドに、まるで防弾ガラスに弾丸がいくつも着弾したような大量のひび割れがいくつも発生した。


 直後、消滅したシールドの向こうに『がしゃんっ』という音と共に地面に空薬莢を輩出し、手にした得物をこちらへと構え直す敵の姿が見て取れる。

 竜昇とて半端な知識でしか知らない、ポンプアクション式の黒光りする銃身。

 加えて先ほどシールドに刻まれた弾痕を思えば、相手が持つ武器が一体なんであるかは素人でもどうにか理解できた。


散弾銃ショットガン、だと――!?」


 最初の博物館で一度だけ見た銃、しかしあの時の火縄銃などとは遥かに攻撃力も性能も違う武器の存在に、竜昇は思わず声をあげて反応する。


 これまでの戦闘で、ここまで露骨な近代兵器が出現したのは事実上初めてだ。

 もちろん、これまでにも飛び道具として優秀な武器や、魔法の存在はあったし、考えようによっては魔法の方がよっぽど銃器よりも優秀な攻撃手段である可能性が高いのだが、しかしそう言った物とは別に、竜昇の中に銃器を使う相手とこのビル内で遭遇する確率は低いだろうという見積もりがあったのがこの驚きの大きな理由となっている。


「――く、光芒レイ雷撃ボルト……!!」


 とっさに反撃の魔法を放とうとするが、疲労により集中が乱れているせいかその術式構築スピードは呆れるほどに遅い。

 そうこうしている間にもすでに散弾銃を構えた敵は二発目の発射準備に入っており、その照準は既にシールドを展開した直後の静へ、そしてその後ろの竜昇へと合わせられている。


(まずった――!!)


 遅れた対処に内心で悪態をつく竜昇に対して、静の方は既に次善と言える動きに移っている。

 武器を引き抜き前に出て、同時に左手の籠手に魔力を込めて二度目のシールド展開でどうにか相手の攻撃をしのぎつつ距離を詰めようとして――。


「【鉄壁大盾ランパートシールド】――!!」


 その直前、割り込んできた城司が巨大な円形盾を前面に展開し、発射された弾丸をものの見事に受け止めていた。


(――!! あの盾、こっちのシールドより強度が高い――!!)


 散弾銃の一撃で全体にひびが入ってしまった静のシールドに対して、城司が展開した円形盾は方向こそ前面しか守っていないものの、散弾銃による銃撃を受けてもなおヒビ一つ入っていない。

 込めていた魔力の差というのもあるのだろうが、それでも城司が使った盾の魔法は明らかに竜昇たちの使うシールドよりも上位に位置する防御魔法だった。

 否、実際のところこの円形盾は、ただ防御するだけの魔法には留まらない。


「【防盾砲弾シールドブリット】――!!」


 自身の全面、そこに展開した円形盾に対して、城司が殴りつけるようにして拳に込めた魔力を撃ち込む。

 その瞬間、直前に敵の散弾を受け止め、防ぎ切った鉄壁の盾が回転しながら敵へと向かって射出され、巨大な砲弾となって散弾銃を構える敵を引きつぶすように激突した。


 当然、そんな攻撃を受けた敵がただで済むはずもない。

 巨大な円形盾の直撃を受けた敵は、立ての激突のあとそのままなす術もなく背後の壁へと激突し、そのまま核まで叩き潰されてあっさりとその場から消滅した。





互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:44→52

  雷撃ショックボルト

  静雷撃サイレントボルト

  迅雷撃フィアボルト

  光芒雷撃レイボルト

 護法スキル:25→28

  守護障壁

  探査波動

  治癒練功

 魔本スキル:100

  意識接続アクセス

 軽業スキル:19→23

  バランス感覚

  逆立ちの心得

 領域スキル:18(New)

  領域展開(New)

  領域隠蔽(New)

装備

  雷の魔導書

   増幅思考シンキングブースト

   分割思考ディバイドシンキング

   魔力充填マナチャージ

   属性変換:雷

 雷撃の呪符×5→3

 静雷の呪符×5

 迅雷の呪符×1



小原静

スキル

 投擲スキル:33→40

  投擲の心得

  螺穿スパイラル

  回円サイクル

  弾投ブリッツ(New)

 纏力スキル:35→44

  一の型・隠纏

  二の型・剛纏

  三の型・鋼纏

  四の型・甲纏

  七の型・瞬纏

嵐剣スキル:16→22

 風車

 突風斬

歩法スキル:17→21

  壁走り

  爆道はぜみち

装備

 始祖の石刃ルーツブレイド

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ

 染滴マント

 雷撃の呪符×5

 静雷の呪符×5

 迅雷の呪符×1



入淵城司

スキル

??スキル:??

 鉄壁大盾ランパートシールド

 防盾砲弾シールドブリット


……その他詳細不明


保有アイテム

 集水の竹水筒

 思念符×73


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