64:誰かの声

 一歩を踏み出したその瞬間、静の姿が一瞬にして掻き消えた。


 敵と味方、骸骨と竜昇がほぼ同時にそうと認識してしまったくらい、静の踏み込みは鋭く速いものだった。

 圧力がはじけるような音が周囲に響き、そうと気づいたその瞬間には、静がもう骸骨の目の前まで距離を詰めている。


『アシィッ!?』


 慌てて骸骨が首を逸らし、そうしてどうにか回避行動をとった骸骨の頬骨を突き出された石槍の穂先が削り取る。

 鉈を振るう手も間に合わない。

 そんな判断があったのか、ほとんど反射的に骸骨が目の前にいる静の体に手を伸ばすが、しかしその時には静はもう骸骨の脇をすり抜けて、すぐ背後にまで駆け抜け、距離を取っていた。

 クルリと身を翻し、地を蹴る足のつま先が床を叩いて、同時に足裏に集めておいた暴風の魔力が、床との接触によってすぐさま炸裂する。


「――【突風斬】」


 次の瞬間、空気がはじけるような音と共にまたも静の姿が一瞬にして掻き消えて、直後に彼女の石槍が今度は骸骨の肩付近を抉っていた。

 同時に、静が踏み切ったその位置で、床に降り積もっていたほこりが爆発するように舞い上がる。


 本来なら武器に宿して使う技である【突風斬】を、足裏に宿して踏切と同時に炸裂させての高速移動。

 一歩間違えればバランスを崩して転倒しかねない、そんな危険をはらんだ踏み込みを超人的なセンスで可能として、再び骸骨の脇を通り過ぎた静は三度身を翻し、二度の攻撃に翻弄される骸骨目がけて三度目の踏み込みを発動させる。


「【突風斬】」


 ただし今度はすれ違いざまの攻撃ではない。

 撃ち込むのは正面から、あえて相手に武器で受けさせるつもりで、静は骸骨との距離を一気に詰めて右手の十手を振り下ろす。

 同時に使用するのは、歩法への転用ではない、本来の用途で使う暴風の剣撃。


「――【突風斬】」


 武器どうしが激突したその瞬間、十手に込められた暴風の魔力が炸裂し、それを受け止めた骸骨の体が勢いよく背後へとふっ飛ばされる。


 とは言え、相手は酷く身の軽い骸骨だ。

 その体捌きは腕の力だけで馬上から落下しても体勢を立て直せるほどで、その相手がたかだかふっ飛ばされた程度で体勢を崩すとは静も思っていない。

 だから静が狙ったのは、もっと直接的な、この骸骨への攻撃だ。


『――ジ、ア、シィッ!?』


 暴風に吹き飛ばされ、宙に浮いていた骸骨の体が、突如として空中で止まる。

 そして同時に響くのは、まるで回転する丸鋸を骨に押し付けたような、そんなあまりにも残酷な切断音だ。

 実際、静の目の前で起きていることはそれと大差ない。なにしろ今目の前では、静の【突風斬】で吹き飛ばされた骸骨が、背後に配置されていた気流の刃、骸骨の背後に、いつの間にかX字に設置されていたそれに、もろに突っ込んでしまったというそんな状態なのだから。


「【風車】、先ほどそのあたりを通った時に仕掛けさせていただきました」


 種明かしとして静が口にした言葉の通り、静がその場所に気流の刃、【風車】を設置したのは、先ほど静が骸骨とのすれ違いざまに攻撃を放っていたその時だ。何ということはない、静は左手の石槍で骸骨へと攻撃を仕掛けるそのわきで、空いた右手の十手を使って空中に敵を追い詰めるための罠のラインを描いていたのである。

 そうして仕掛け終えたら、後は相手を吹き飛ばす技である【突風斬】を用いて、相手を無理やりにでもその罠の中へと押し込んでしまえばいい。


『――ア、アジィィィィイイイッ!!』


 断末魔のような叫びと共に、今度こそ骸骨の背骨が断ち切られ、猿の下半身がその核となっている猿の骨や勾玉ごと寸断される。

 先ほどまであれほど二人をてこずらせていた猿の足と蛇の尾が、骸骨の脊椎ごと切り落とされて、足どころか体の半分を失った骸骨が地面を転がり、その周囲を待ち構えていたように竜昇の雷球が取り囲む。


「今です、互情さん――!!」


「――発射ファイア


 動くための足を奪われ、地面へと投げ出された骸骨目がけて、周囲に雷球を飛ばして隙を覗っていた竜昇がすぐさま雷の光条を浴びせかける。

 周囲を包囲したまま放たれる六発の光条。足があったとしても無傷で回避するのは難しい、静が隙を作ると信じて竜昇が配置していた必殺の布陣。

 仕留めたと、竜昇がそう確信しかけたその直前に骸骨がとったのは、もはや破れかぶれと言ってもいい、死に際のそんな抵抗だった。


『アシィィィイイイイイイイイイィィィイァァアアアアアアッッッ!!』


「なにッ!?」


 絶叫し、追いつめられた骸骨が右手の鉈を静目がけて放り出し、空いた左手で力の限りに地面を叩く。

 骨だけで肉も内臓もない、ただでさえ軽い体が胸から下を失ったことでさらに軽くなったからなのか、左手一本で行った踏切が予想以上の勢いで骸骨の体を竜昇の攻撃のその中心点から引きはがし、死にもの狂いの力技で強引に必殺の囲みを突破する。


 とは言え、それでも当然骸骨自身とてただでは済まない。

 放たれた雷球の内四発は骸骨のとっさの抵抗によって床を穿つに終わったが、残る二発の内の一発は骸骨の体の中心を穿って胸部を丸ごと粉砕し、そしてもう一発の光条が骸骨の顔面へと炸裂してその顔の半分を粉々に吹き飛ばした。


「――ここまでやってもとは、見上げたしぶとさです」


 自分に向けて投げつけられた大鉈を横に跳んであっさりと回避して、しかし静はこれだけの破壊を身に受けてもなお動き続ける骸骨にいっそ関心さえ覚え、内心でその脅威度の判定をさらに上昇させる。

 静とて、自分たちを散々苦戦させてくれたこの骸骨のことを決して甘く見ていたわけではない。静が短期決戦に踏み切ったのは、相手を瞬殺できると考えた訳ではなく、持久戦に持ち込まれては自分たちが敗北すると、そう判断したが故の戦術的な割り切りだ。


 だがそんな静も、流石に敵の、このしぶとさは予想外だった。

 見れば、腹から下を切り落とされ、胸を粉砕されて、さらに顔の半分を失っておきながら、それでも骸骨は残る両腕でまだ動き続けている。

 どうやら竜昇の魔法は骸骨の顔面を砕きはしたものの、その中の核へはギリギリ直撃しなかったらしい。

そして敵が生き残ってしまった以上静の方ものんきに感心してもいられない。骸骨はその体の中で唯一無事だった両腕で床上に立ち、猛烈な速さで立ち上がり、走り出す。


 その先にいるのは、柱に寄り掛かってどうにか立っている、魔法を使い切った直後の竜昇の姿。


「させません」


 敵の行動を受けて、すぐさま静もその背を追いかけるようにして走り出す。

 すでに敵は満身創痍、武器すら手放した丸腰の身だが、それについてはそんな骸骨に狙われている竜昇の方とて同じだ。むしろまだ感電のダメージが抜けきっていない分、襲われれば竜昇の方が不利と言うこともできるかもしれない。


 幸いなことにすでに敵の核は頭蓋骨を砕かれたことでむき出しだ。追いついて背後から核を一突きにすればいいと、そう判断して――。


「――!?」


 直後、真横で紫電の輝きと共に蛇型の使い魔が現れ、静目がけて飛び掛かって来ことでその目論見を崩されることとなった。


「ッ、【風車】――!!」


 反射的に十手を振りぬき、飛び掛かる蛇の進路上に気流の刃を生み出すことで、静は自身に飛び掛かる使い魔を迎撃する。

 狙いたがわず、空中に設置された刃が自ら飛び込んだ蛇の体を、その核となっていた勾玉ごと両断して役目を果たす。


(さっき切り落とした下半身、足の核だった猿の骨は勾玉ごと断ち斬りましたが、蛇の方はまだ残っていたのですか――!!)


 敵の骨の残骸が真っ二つに立ち割られて飛び散るのを目の当たりにしながら、静は突如としてこの使い魔が出現したその理由をそう推察する。

 すでに死んでいる死骸に死んだふりをさせるという奇策は、実際のところそれ単体では決して脅威度が高い策ではない。仮に使い魔の一体や二体残せたところで、数がそろわない使い魔など所詮静にとっては一瞬で片付けられる、すでに対処できる相手でしかないからだ。

 だが、それでもこの敵を倒すのに費やした一瞬という時間は致命的だ。

 実際、静のその一瞬の遅れの隙に、すでに骸骨は竜昇へと組み付き、それを押し倒すところにまで至っている。


「ぐ、う、おォッ!!」


 骸骨の両腕が竜昇の首へと延びる。竜昇自身、その腕の力にどうにか抵抗しようとしているようだが、しかし骸骨の力は筋肉が無いにもかかわらず意外に強い。感電し、うまく力が入らない今の竜昇では大した抵抗にならないし、あの怪力で首を絞められれば呼吸が止まる以前に首の骨を折られかねない。


(間に合わない――!!)


 急ぎ走り出しながら、静は目の前の光景を危機感と共にそう判断する。


 再び足に魔力を集める。

 使うのは先ほど移動に使ったのと同じ【突風斬】。だがそれだけではこの距離を、骸骨の手が竜昇の首に届くその前に詰めるのは不可能だ。


(いいえ、間に合わせるのです――!!)


 記憶の底を探る。

 幸いなことに、その糸口となる技を今まさに静は行使しようとしていた。

 誰に教えられたわけでもない、自分で編み出した【突風斬】による移動法。それとよく似た、あるいはその完成形とも言える技を、すでに静は記憶の奥底に注ぎこまれて知っている。

ならば今静がやるべきは、記憶の底にあるその知識を一遍も残さずすくい取ることに他ならない。


「歩法スキル、移動術――」


 彼我の距離を一瞬で詰めるそんな歩法。

 足裏の爆発だけではない、それらを十全に生かす体重移動と、効果的な身体強化を合わせた一つの技。

 それこそが――。


「――【爆道はぜみち


 床が爆ぜる。

 足裏から放出された暴風の魔力が炸裂し、それによる加速を得た静の体が、一気に向かう先の、今まさに竜昇を殺害せんとしていた骸骨の元へと到達する。


 激突の瞬間、かろうじて骸骨の方も静の加速に気付いたらしい。

 ほとんど体当たりするように激突し、右手の十手で頭部の核を砕こうとしていた静に対して、その寸前に骸骨が突き出した十手を右手で受けて弾き、かろうじて己の急所を守り切る。


「――フゥッ!!」


 攻撃の失敗、それでも静は続く攻撃の手を緩めない。

 弾かれた十手をすぐさま手放し、骸骨もろとも床に倒れ込みながら、左手に持っていた石槍を逆手に持ち替えてもう一度頭蓋骨の割れ目へと突き入れる。


 槍の穂先が核へと届く。

 確かに触れる手応えがある。

あと一センチ、否、あと一ミリ深く突き込めば、それだけで核を突き割れるという、そんなところまで槍を突き込んで、しかしその一ミリがわずかに届かず、静が逆手に盛った石槍が敵の核に触れた状態で静止する。

 他ならぬ、静が砕こうとした核の主。体の胸から下を完全に失って、ほとんど両腕と肩、首と頭部だけになったそんな骸骨の、その両腕に槍を掴まれたことで。


「――これでも、まだ――!!」


『アシィィィィィ……。アシィッ、アシィッ、アシィ――!!』


 静が内心で戦慄する。

 静自身、決して重いとは言えないまでも、それでも全体重をかけて槍を頭蓋骨の大穴に突き込もうとしているのに、足元に転がる骸骨はそんな石槍の刺突を死にもの狂いの抵抗によってどうにか押し戻そうとあがいている。


 すでに失われ、もはや新たに作り出すことも叶わない足の存在を叫びながら。


 否――。


『ア、シィ……。ロ、ルガッ、イリヌイカルゲェッ――!!』


「――!?」


 突如、骸骨が、そのノイズがかったような声で口にした意味不明の音に、槍へと全体重をかけていた静が眼を見開く。

 足の無い怪物としての、キャラづくりのために与えられたようなセリフではない。かと言って、これまで遭遇して来た敵達が口にしていたような、特に意味を感じない雄たけびとも少し違う。

 しいて言うなら聞こえるその音は、死にもの狂いになった人間が放つ言葉に近い。


(言葉……? いえ、ですがこれは、いったいどこの――?)


 聞き覚えの無い、言葉のような何かに静が内心で疑問を抱く。

 だが次の瞬間、静は背筋に走る悪寒によって、その疑問を棚上げにせざるを得なかった。

 骸骨の中に渦巻く魔力の感覚、その発現を直前に察して、とっさに静は身の内に残っていた魔力の、そのありったけを注いで技を発動させる。


「――【甲纏】」


 静の全身を黄色いオーラが包むのと、骸骨の残り少ない体を紫電の輝きが包むのはほとんど同時のことだった。

 骸骨の力が急激に強くなり、同時にそんな骸骨と石槍越しに触れている静の、その全身を守るオーラが急激に減衰していく。


(これは、電気の筋肉を己自身で纏った? 先ほどまではこんなことやってこなかったのに……!!)


 電気の肉を自身の体に纏えるならそれは間違いなく有用な能力だ。実際それがあれば、この敵はわざわざ竜昇の電撃から本体を守るようなことはしなくて済んだはずだし、筋肉としての性質を持つ魔力をその全身に纏うということは、間違いなく身体能力の向上という意味でも戦闘に大きな影響を与えていたことだろう。

 何らかの理由でこれまで使えなかったのかとも思ったが、静はその考えをすぐに違うと捨て去った。


 成長している。

この土壇場で、骸骨の方もまた追い詰められたことで、静が【突風斬】の応用から歩法スキルの【爆道】を発現させたように。


 そしてこの場合の成長は、それと相対する静にとっては決して喜べるものではない。

 どころか、この場での敵の成長は間違いなく最悪と言っていい事態だ。


 帯電する敵の体が、静の体からジリジリと防御の魔力を削っていく。

 もとより、単純な力比べでは静の方が分が悪いのだ。今は静の方が上を取り、槍に全体重をかけることでどうにか拮抗した状態を保っているが、逆に言えばそこまでやっても相手との間の拮抗を崩せていないことになる。

 これで【剛纏】が使えれば勝ち芽も出てくるかもしれないが、オーラの維持のために魔力を割かざるを得ない今の状態ではそれもままならない。かと言って、オーラの維持を怠ればその先に待っているのは感電による戦闘不能である。敵が槍を掴んでいる以上、武器を手放して逃げるという選択肢も使えない。

 敵を仕留めるしか術がない。今ここで、自身を守る【甲纏】のオーラが、維持できなくなるその前に。


「――く、ぅうッ!!」


 槍を突き込む。力の限りに。もはやそれ以外に手段が残されていないがゆえに。

 だが刃は届かない。骸骨に掴まれ、若干ではあるが押し戻された石槍の刃は、あと数センチというところで敵の命に届かず、槍を突き込もうとする静と、押し返そうとする骸骨の間で絶望的な拮抗を続けている。

相手の命との、あとたったの数センチという距離が、今の静にはどうしても埋められない。

 勝利のためのあと一押しが、今の静には決定的に足りていない。


(あと一押し、あと一押しだけ、なにか――!!)


 あと一歩というところで進まない槍の切っ先、その穂先として使われる黒い石器の、輝く表面に静の顔が映りこむ。

 同時、まるでその黒い輝きに意識が引きずり込まれるような、そんな錯覚を覚える。

 否、それは果たして、本当にただの錯覚だったのか。


『……たく、強……い……、無頓……ねぇあんたは』


 声が聞こえる。遠く感じるのに、まるで耳元でささやかれているようにも感じる、そんな声。

 背筋が泡立つ。

 どこかで聞いた覚えのあるその声が、まるで意識の底から浮かび上がるようにして徐々にはっきりと聞こえるようになって来る。


『あと一押…いうなら、それ……うあんたにちゃんと……てやっただろうさ』


 反射的に、意識を研ぎ澄ます。

 この言葉だけは絶対に聞き逃してはいけないと、そう直感で理解して、静は槍を両手で握ったまま聞こえる声に耳を傾ける。


 ――否、静が両手で槍を握っていたのは、実際にはこの瞬間までだった。


『――其は、全ての武具の始まり』


 槍を握っていた右手が柄から離れる。

 妙にゆっくりと感じる時間の中で、眼の前の骸骨が驚いたように核を揺らすのが目に映る。


『始祖にして、やがて全へと至る神造の刃』


 手を伸ばす。

 左手で握る石槍が押し返されるがもはや構わなかった。

 聞こえる、まるで誇らしい逸話を謳い上げるかのようなそんな声。それを捕らえようとするかのように静の右手がゆっくりと伸びて、持ち上げられる石槍の、その先端の石刃へゆっくりと触れる。

 そっと、慈しむような手つきで。

頭の中に浮かび上がった、その石刃を現す一つの名と共に。


「――【始祖の石刃ルーツブレイド】」


 瞬間、伸ばした手の中から銀色の光が伸びて眼前の核へと突き刺さり、そんな刺突を受けた核が直前までの赤い輝きを失ってあっさりと二つに割れて消滅する。

 同時に、槍を支えていた骨の腕が力を失ってバラバラになり、それに全体重をかけていた静が転がり落ちるようにして床へと倒れ込む。


「……ハァ、…………ハァ、………………ハァ」


 自身の呼吸の音がする。

 先ほどまで聞こえていた声はもう聞こえない。

 否、あの声が本当に存在していたのか、そんなことすらも今となっては曖昧だ。

 もしもその証とも言うべきものがあるとするならば、それは今静の手の中にあるただの一振りの刃のみ。


 そう思い、静は手の中に感じる重みをゆっくりと持ち上げ、仰向けの態勢のまま自分の真上に掲げてみる。

 その手が握っていたのは石刃ではなかった。かと言って、箒の柄に石刃を付けて作った石槍ですらなかった。テープで無理やり取り付けていた箒の柄は、今の攻防の中ですでに外れて、今は静の足元に何の変哲もない木製の棒として転がっている。


 手の中にあったのはあるはずの無い、しかし見覚えのある一振りの小太刀。


「……それは、【加重の小太刀】、か……?」


 見れば、痺れた体でどうにか起き上がった竜昇が、驚いたような視線で静の手の中にある刃を見つめている。

 それはその刃を実際に握る静自身、見間違えるはずもない。

 先の戦いで人体模型によって砕かれて、その場で放棄する羽目になったはずの失われた武器が、今確かに静の手の中に、変わらぬ姿でそこに存在していた。


 しばし二人、掲げられた小太刀を呆然と見つめた後、やがて小太刀を握る静の手がゆっくりと床へと下ろされる。

 同時に発せられるのは、あまりにも切実な一つの訴え。


「疲れました……。これ以上の考え事は、休みと食事をとった後にしましょう」


「……ハハ、同感」


 へたり込み、横たわる二人の意見が当然のように一致する。

 考えることは山ほどあって、現状はいまだ決して気を抜けない状況だったが、それでも二人の体力はいい加減に限界だった。

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