62:下肢換装の脅威

 皿が爆散し、電撃の光条が床を穿つ鈍い音が響く中、竜昇は急いで静の元へと合流するべく向かっていた。

 その左手には、先ほど竜昇に組み付く猿を撃退した石槍が握りしめられている。静が皿を叩き割り、その破片を飛ばして敵を屠る中、竜昇は竜昇で静の攻撃によって動けなくなった使い魔に止めを刺しつつ、同時に付近に転がっていた石槍を回収していたのだ。


 そうして、急ぎ静と合流しようとしていた竜昇は、しかしその寸前で考えを変え、手にした石槍を静目がけて投じてその場で身構えた。

 対して、静の方も意識を同じ方角に向けながら、投げられた石槍を左手だけで受け止め十手と共に両手に携え、構え直す。


「小原さん、気配が――」


「――ええ、消えていませんね」


 二人の視線の先、厨房のカウンター前では、先ほど竜昇の【光芒雷撃】の集中砲火を受けたことで粉塵が立ち込めている。

 おかげで視界が悪くなり、一時的に敵の姿が見えなくなっているわけだが、それでもそこから感じる魔力の、その気配とでもいうべき感覚はなおも変わらずそこに存在していた。


「――来ます」


 静が口にしたその直後、舞い上がる粉塵の壁を突き破り、後ろ半分に雷光の輝きを纏った何かが地を這うような低い位置を移動し、飛び出してきた。

 その形は先ほど静との戦闘中に一度だけ見せた蛇人(ナ―ガ)形態。その下半身故か、地面を高速で這い回る下半身蛇の骸骨が、鉈をほとんど引きずりかねない、地面すれすれの位置に構えて静目がけて振りかぶる。

 狙うのは静から見て防御もしづらい低い位置。先ほどの人体模型や銅像との戦闘でスカートが焼けて、包帯を巻かれただけで露わになってしまっている彼女の左足の太腿部分だ。


『アシィィィィイッ!!』


「脚フェチならその物騒なもんは余計だろうよ――!!」


 と、静の足を狙ってだろう、彼女めがけて突進していた骸骨の目の前に、一発の雷球がその進路を塞ぐように強引に割り込みをかける。

 直前まで防御のしづらい足元を攻撃しようとしていた骸骨が、とっさに直撃を避けるべく雷球目がけて鉈を振りぬいて、しかし雷球に触れてしまったことでその全身を明らかに痙攣させた。


『ア、ジ……!!』


「あまり気にしていませんでしたが、確かに露出が多いというのは少々考え物ですね」


 そしてそうして晒された隙を、静という少女は決して見逃さない。

 目前で雷球によって感電し、動きを鈍らせた骸骨の、その頭蓋骨の中にある核目がけて、静は【甲纏】の黄色いオーラを纏わせた石槍を一遍の容赦もなく突き入れる


「右だ、小原さん――!!」


 と、その寸前、竜昇の叫びが耳へと届いて、同時に静は言葉の通り自分の右手に、紫電の輝きが迫っているのを認知する。

 とっさにシールドを展開し受け止めたそれは、眼前の骸骨の後ろ半分である蛇の尾のようだった。どうやら痺れて動きを止めた骸骨本体とは全く別に、尾の方が動いて近づく静を迎撃して来たらしい。


(なるほど、本体が動けなくとも、下半身は別物として動かせるのですか――!!)


 見れば、静をシールドごと跳ね飛ばした蛇の尾は、そのまま地面にその蛇身をのたくらせると、動けない上半身のダメージもお構いなしとばかりに、ほとんど上半身を引きずるような形で食堂の床を這って、その身を静たちから引きはがすように遠ざかっていた。


「逃がすか――!!」


 通常とは別の意味で這って逃げる蛇人の骸骨に対して、竜昇が雷球から光条を発射する。五発残る雷球から立て続けに発射された光条が床を砕き、それをぎりぎりで蛇の下半身が床上をジグザグに這って回避する。


(くぅ、当たんねぇ!!)


 ほとんど上半身を引きずるような形でありながら、蛇の下半身の進む速度は異様に速い。加えて、這いずるにあたって自由の効かない骸骨の上半身を振り回すように動いているため、最も狙うべき頭蓋骨が常に動いているのだ。おかげで面ではなく点で攻撃する【光芒雷撃】の光条は、五発のうち二発が蛇の肉体をかすめはしたものの、未だ決定的なダメージを与えられずにいる。

 とは言え、それでもそのままであったならば竜昇の攻撃が敵を仕留めるのは確実であっただろう。

 蛇の下半身を持つ骸骨が、その低い体高を生かしてその先にあった物影へと飛び込まなければ。


「なッ、しまった、あいつ――!!」


 気付いた時にはもう遅かった。なにかが暴れた後のように荒らされた食堂、その中でも無事に並んでいたテーブルの下に骸骨の蛇身が滑り込み、周囲の椅子や倒れたテーブルの影に隠れるようにしてイスとテーブルの森へと消えていく。

 同時につい今しがたまで感じていた敵の魔力の感覚や、蛇の下半身が発する紫電の輝きまでもが消滅する。


「なんだ、気配も姿も……」


「恐らく先ほどの階段下でいきなり足元にいたのと同じ理屈でしょう。魔力の気配を隠蔽したり姿を見えなくする、何らかの魔法があるのだと思います」


 動揺を見せる竜昇に対して、隣にやってきた静がそう冷静に分析を述べる。

 言われて、そこでようやく竜昇の方も思い出した。先ほど階段を下りて一階についた時、あの骸骨はいきなり自分の真下に鉈を振り上げて現れていたことを。


「そうか……。さっきはいきなり現れたように思ってたけど、あの時のあれは姿を消して最初から足元に潜んでたのか……」


 竜昇が先ほどの状態をそう理解する中、竜昇の耳に部屋のどこかから、巨大な蛇身が床上を滑り、這いまわるような微かな音が聞こえてくる。どうやら予想通り、見えなくなって、感じ取れなくなっているというだけで、敵自体は姿を隠して確かにこの食堂のどこかに存在しているらしい。


 と、そこまで考えて思い出すのは、先ほどの階段付近でまさに襲われようとしていたその時、竜昇が直前に敵の存在に気付くことができたその要因だ。


「小原さん、気配を洗い出す」


「ええ、いつでも」


 背中合わせに声を掛け合い、竜昇は即座に【探査波動】を発動、周囲に魔力の波動を放ってぶつけ、そこにいるはずの敵の気配を、それを隠ぺいする魔力ごとかき乱して洗い出す。


(……あ、たぶん今レベル上がったな)


 状況と行動に触発されたのか、脳裏に記憶がよみがえる感覚があった。

 引き出された知識は、当然【探査波動】による気配隠蔽破りについての知識である。一度の経験をもとに行った行動に知識による保証がついて、直後にその知識の正しさを表すように敵の気配が顕在化する。


 ただし敵が現れたのは少し離れた机の下ではない。


 身構える二人のすぐそば、ほとんど至近距離と言ってもいい、ほんの二メートル先のその場所だった。


「――ッ!?」


「互情さん――!!」


 敵の出現に気付いたその直後、背後の静が竜昇の体を突き飛ばし、同時に両手の武器を構えて下から迫る骸骨へと迎撃の構えを見せる。

 腰を落とし、敵の低さに対応したような低い構え。振り上げられる鉈に対して、静は左の石槍を突き出して鉈の側面を槍でなぞり、外側に押すようにしてその軌道を逸らして見せる。

 振り下ろされた鉈が地面を叩き割り、直後に静の右手、そこに握られた十手が骸骨の側頭部を打ちのめす。


(――、やはり十手では頭蓋骨に阻まれますか……)


 振るった十手に返る感触に、静は反射的に胸の内に苦い感情を抱く。


 手ごたえはあった。手に返って来る感触から考えても、恐らく静の十手の一撃は相手の頭蓋骨にヒビくらいは入れていることだろう。

 だがそれだけだ。いかに静が力いっぱい十手を叩きつけていたとしても、相手に与えられた損傷はたったのそれだけ。

 これが人間だったのならば、あるいはそれでも十分すぎる攻撃だったのだろうが、動く無機物であるこの敵にとってはこの程度の損傷は大きな問題とはなり得ない。

 損傷をものともしない、殴っても脳震盪一つ起こさないそんな敵に有効となるのは、それこそ頭蓋骨を叩き割って、その中に守られている赤い核まで届くような、そんな重く鋭い一撃だ。


(これで加重の小太刀が残っていれば、少しは話も変わってくるのでしょうが……。――!!)


 と、静が内心で歯噛みした次の瞬間、再び静の視界の端に紫電の輝きが映りこみ、直後に再び蛇の尾による一撃が炸裂する。

 先ほど接触したときにも、同じように繰り出された尾による一撃。とは言え、静を相手に先ほど失敗した一撃が、もう一度やって成功するわけもなく、今回の一撃も静の展開したシールドに炸裂しただけで、攻撃自体は先ほどとまったく同じ形で阻まれた。

 阻まれて、しかしそれだけでは終わらなかった。

直後、シールドに打ち付けられた蛇の尾がシールドの表面を覆うように巻き付いて、それによって静の体が、展開したシールドごと尾の力によって持ち上がる。

 同時に静が眼にするのは、尾の根元にあたる骸骨の下半身の更なる変化。


(これは、別の下半身をさらに追加して……!!)


 蛇の尾の下半身に加えて、骸骨の腰から現れるのは尾の替わりにしっかりと地面を踏みしめる二本足。ただし現れるその形は、人のものよりも若干獣に近い風貌だ。

 その足の持ち主の存在には、静も竜昇も共に心当たりがあった。


「こいつ、さっきの猿の骨を隠し持ってやがったのか……!!」


 恐らく、さきほど集中砲火を浴びた際、猿の使い魔を盾にしつつも、その核となる骨をひとつこっそり回収していたのだろう。

 竜昇が驚きの声を漏らした直後、シールド越しに静を掴んだ蛇の尾が、静の体を、それを守るシールドごと己の元へと引き寄せる。

 同時に振り上げられる右手の大鉈。どうやら引き寄せた静を、今度こそシールドごと叩き斬るつもりらしい。


「させるかッ!!」


 竜昇の周囲に雷球が出現し、即座に四本の光条が空中を走る。

 それに対して猿の足を出現させた骸骨は一度静への攻撃を諦めると、軽快なステップで左右に跳んで自身への攻撃を回避して、直後に猛然と竜昇目がけて距離を詰めて来た。

 とっさに展開したシールドに鉈が叩き付けられ、透明なシールドの表面に一撃でひびが入る。


「ぐッ、――のヤロッ!!」


 即座に反撃するべく残していた二発の雷球から光条を走らせるが、しかしその反撃もやはり猿の敏捷性を捕らえるには至らない。

 骸骨はまたも左右に跳んで至近距離からの攻撃をかわすと、今度は片足を軸にして身を回し、太い蛇の尾をシールド越しに勢い良く叩き込んできた。


「グッ、うぅッ……!!」


 すでに先ほどの鉈の一撃でひびを入れられていたシールドが砕け散り、蛇の尾が脇腹に打ち付けられて、竜昇の体が背後の床へと投げ出される。

 更なる追撃をかけるべく再び鉈が振り上げられるが、その攻撃は今度は静が間に合ったことでまたしても阻まれた。


「――フッ!!」


 息を吐く音共に左手の石槍が突き出され、避けそこなった骸骨の、左肩付近の骨に浅い傷をつける。

 これで相手が人間だったならば、骨まで届く一撃は相手に相当な怪我と出血をもたらすはずだが、生憎と無機物の体であるこの敵にそんなルールは適用されない。

 むしろ骨一本折れない攻撃などものともせずに、左腕を振るい、続く十手による打撃を躊躇なく自分の腕で受け止める。

 ただし静の方とて自分の一撃が受け止められることなど予想済みだ。


「【突風斬】」


 十手に込めた魔力が炸裂し、生まれる強烈な突風が骸骨の体を無理やり背後へと押し戻す。皿を叩き割った時と違って、骨の体がバラバラになるようなことはなかったが、それでもどうにか竜昇のそばから敵を引き離すことはできた形だ。

 逆に言えば、静と言えどもそこまでが限界だったという話でもあるのだが。


(……フゥ。これは、敵が剣術系のスキルを習得していないらしいのがせめてもの救いでしょうか……)


 敵との距離が空いたことでようやく一息ついて、静は敵の様子をうかがいながら相手のスキル構成をそう分析する。

 鉈を振るい、様々な使い魔のものへと下半身を換装して襲ってくるこの敵だが、しかし一方でその鉈の扱いに関しては技のようなものが見られず、振るわれるその攻撃はほとんどが力任せのものだ。少なくとも上の階で静が遭遇した敵達のような、剣の扱いに覚えのある人間の動きとは思えない。

 恐らく死体からの使い魔召喚スキルと、後は先ほどの姿をくらますスキルの二つがこの敵が習得しているスキルの全てなのだろう。他にも何らかのスキルを保有している可能性はないではないが、使い魔がほとんど全滅するこの段になるまで使ってこなかったことを考えれば可能性は低い。そして幾度か危険に陥っても使ってこなかったことから考えて、シールドも恐らく習得していないのだろう。ただでさえ攻撃手段が限られている現状、敵にさらなる防御手段がないとわかったのは不幸中の幸いではある。


(とは言え……、厄介なことに違いはありません。石槍や十手では相手の核にまで攻撃が届かない……。投擲スキルの技や、【風車】なら敵の体を貫けるでしょうが、投擲スキルの技は投げる際に隙が生じますし、【風車】は基本待ちの技……。こちらから撃ち込むには少々不都合の多い手段です)


 これで【加重の小太刀】が残っていたのならばまた話は違ったのだろうが、現状静の手元にある手札ではどうしても決定打にかけてしまう。

 現状、敵を葬る唯一の攻撃手段は竜昇の【光芒雷撃】のみ、それとて動き回る敵には決して命中率は高くないから、やはり相手の動きをどうにかして止めなければいけない。


 と、そこまで考えていた静は、ふと自分の背後、先ほど蛇の尾で打たれて投げ出された竜昇がなんのアクションも起こしていないことに気が付いた。


 否、何もしていないわけではなかった。ただその行動が、動けない体でどうにか起き上がろうともがくような、そんなレベルにとどまってしまっていたというだけで。


「互情さん?」


「う、くぁ……」


 視線を骸骨に向けたまま背後の気配を探り、そこでようやく静は一つの事実を思い出す。

 先ほど竜昇が敵の蛇の尾の打撃を受けた時、竜昇の体を守っていた静の【甲纏】が、ほとんど消滅寸前のところまで弱っていたということに。


(感電……、迂闊でした)


 竜昇に起きている事情を遅まきながら推察して、静は自分たちがさらなる危機に陥ったことを理解する。

 表情を変えぬまま、武器を握る手の力を強める静を目がけ、猿の足と蛇の尾を持つ合成骸骨が、鉈を片手に躍りかかる。

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