12:出発前の

 習得したスキルの奇妙なレベルの高さというものを指摘されて、それに対して静が示した反応は、やはりと言うべきなのか『よくわからない』と言ったものだった。

 さもありなん、竜昇が感じるこの感覚は、普段ゲームをそれなりにやる人間でないと理解はしにくいだろう。


「普通こう言うレベルってさ、習得したばかりの段階だと大抵は『1』レベルから始まるものなんだよ。レベルアップだってこんなに急じゃなくて、何体もの敵を倒して、それによって経験値をためて、それで一つ一つレベルを上げていくものなんだ」


 一応そんな説明を竜昇もしてみるが、静の反応はやはりと言うべきか芳しくない。

 というよりも、根本的に静は竜昇が何を問題視しているのかもわかっていないのだろう。


「とりあえず互情さんが考えるスキルとレベルの上がり方が違うというのはわかりました、ですが、それはいったい何が問題なのですか? スキルのレベルが上がって、先ほどのように新しい魔法を習得できたりと言ったことが起きるのでしたら、特に不都合はないように思うのですが」


「いや、まあ、不都合は確かにないんだけどさ……。何というか、不自然なんだよ」


 不自然。究極的に言ってしまえば、竜昇がここで抱えている違和感というのは、その一言に集約される。

 確かに、静の言う通り問題はないのだ。むしろ今後の不問ビル攻略を考えるなら、異常な速度でレベルが上がるというのはむしろ好都合とも言える。


 だがどうにも違和感がぬぐえない。

 なまじ【魔法スキル・雷】がこれまで普通にレベル1から始まって一つずつレベルが上がっていただけに、そこから逸脱したレベル上昇を見せられると感じる違和感もひとしおなのだ。

 なんと言うか、どうしても何かがあるのではないかというそんな気がしてしまう。


「それに、小原さんの【投擲スキル】の数字がまだ3って言うのも気になるな。経験値によるレベルアップだとしたら、こっちの魔法スキルとレベルアップの速度が違うのも妙だし……」


「単に使用頻度の問題ではないでしょうか? 実際互情さんはこの魔法スキルを何度も使用していますが、私は先ほどから二回しか使っていませんし……」


「そうか、それは確かにありうるのか……」


 流石に使用回数そのままということないのだろうが、しかし先ほどの戦闘で竜昇が何発も魔法を打ち込んでいたのもまた事実だ。もっとも、その大部分が阻止されてしまい、竜昇自身、自分の手札の力不足を実感する羽目になったわけだが。


「というかですね互情さん。私はむしろ、互情さんの言うレベルアップの速度の方がおかしいと思うのですが」


「え? っていうと?」


 首をかしげる竜昇に対して、静もおとがいに手をやりながら少し考えるようにして言葉を紡ぐ。


「いえ、得に深い意味はないのですが、あんな戦いを何度も繰り返して、それでも上がるレベルが1だけというのは割りに合わないと言いますか……。

確かにゲームならばそうなのかもしれませんが、現実には実戦に勝る訓練なしという言葉もあります。そもそも経験や成長というのは敵ではなくむしろ私たち自身の、個人の問題なのですから、そこに個人差が出るのはむしろ当然なのではないでしょうか?」


 言われてみれば、確かに静の言うことの方が筋が通っているような気はした。

 なんだかんだとゲーム的システムが絡んではいるが、実際問題実際に戦っているのは現実の自分たちなのだ。ならばそのレベルアップに、竜昇たちの側の要素が絡んでいても不思議はない。


「まあ、偉そうなことを申しましたが、しかし結局のところ今の段階ではすべてが推測です。詳しいことはもっと他の事例をかんがみて出ないと答えは出せないでしょう」


「まあ、そうなるか」


 流石にまだこの段階では結論は出せないと、竜昇は残念に思いつつも湖の場でこの思考を完結させる。

 竜昇としては効率的にレベルアップを図る方法があるのなら早めにその手段を確立しておきたかったのだが、流石にこのビルのルールは一筋縄ではいかないらしい。


「ところで互情さん。もう一つよろしいでしょうか?」


「え、ああ。なにか?」


「このビルのことなのですが。率直に言って、互情さんはこのビルのことをどう考えていますか?」


「どう、と言われてもな」


 改めて聞かれても答えに窮する、それは非常に答えづらい質問だった。竜昇とて無論このビルについて思うところがない訳ではない。どころか、思っていることならばそれこそ怒りから疑問に至るまでそれこそ数えきれないほどある。

 だがもっとも重要なビルの正体やそれに繋がる疑問点には何ら答えが出ていないままだ。


「正直言ってわからないことだらけだよ。ビルが突然町中に現れた理由、そのビルが俺達以外の人間に気にされない訳、スキルに敵(エネミー)。どれをとってもさっぱりだ」


「そうですね。いえ、もとより私もわかっていると思っているわけではありません。ただ、もしかしたら互情さんなら理屈くらい想像できるかと……。

 ……いえ、違いますね。このビルにまつわる現象は到底理解できるものではありません。恐らくこの先、これまで起きた現象について説明されたとしても私達は半分も理解できないでしょう」


 不問ビルで起きる現象が、少なくとも竜昇の知る技術では起こし得ないものであることは想像に固くない。それが魔法のような技術なのか、あるいはそれ以外の何かなのかはわからないが、静の言う通り、今の竜昇たちではどうやって起こしているかは考えたところでわかるものではないだろう。


「ですが、理由に関しては違います。理由、あるいは動機や目的と言い換えてもいい。こんな大がかりな舞台を用意して、こんな作為が無ければ作れないような戦場を用意している以上、理解はできなくても想像くらいはできるような、そんな理由があるはずです」


「理由、動機、あるいは目的、か」


 確かに、これまで起きる現象のあまりの現実感の無さに、もっと言えば非現実性にばかり目を奪われてきたが、しかしここまで明らかな人為的現象が有った以上、それを起こした存在にも確固とした目的はあるはずなのである。

 街中にいきなり巨大ビルを出現させ、どういう方法なのかそれをほとんどの人間に疑問に思わせず、それでも疑問を持った人間をビルの中に閉じ込め、わけのわからない力を与えて訳の分からない敵と戦わせているそんな理由が。

 あるいは動機が、目的が。


「私が最初に思いついたのは、口封じと言うことです。この不問ビルと言う、わけのわからない建物について疑問を持った、“疑問を持つことのできた”人間の口を封じることが目的である可能性。しかしこれは残念ながら正解とは言えないでしょう」


「そうだな。もしも口封じだけが目的なら、このスキルやら武器やら魔法やらの存在がよくわからなくなる。何らかの不備の結果として、こちらに抵抗の余地が残ってしまったというならわかるが、このスキルやらの存在は明らかに向こうからこちらに抵抗の手段を与えるものだ。口封じをしようと言う相手が、こんなものをこちらに用意する利点がまずない。そんな真似をせずにさくっと殺してしまえばそれでいいはずなんだから」


 もちろん、さくっと殺されては困るので、相手がスキルと言う抵抗手段を残してくれたことは竜昇たちの方にもまだ都合がよかったことではあるのだが、しかし根本的にこんな状況に追い込んだ相手からそんなものを与えられたところで感謝はそうそうできそうにない。むしろ掌の上でもてあそばれているようで不快感すら覚える話だ。


「そういう意味では、俺が一番有りうると考えるのは『愉快犯の犯行』と言う可能性だな」


「愉快犯、ですか?」


「ああ。俺たちがこのビルの中であの敵たちと戦って、死にもの狂いで勝利したり、逆に敗北して無残に殺されるところを見て楽しもうとしている。実際殺し合いを見て楽しむって言うのは、現代でこそ好まれない価値観ではあるけど、それでも歴史上では珍しくもない話だったしな」


 もしかしたらこの近くにもカメラが設置されていて、そのカメラ越しに竜昇たちの戦いが、観客たちの酒のさかなとして楽しまれているかもしれない。

 胸糞悪くなる想像ではあったが、しかしそれが一番わかりやすく、簡単な犯行動機であるようにも思える。


「確かにそれならば、ビル内のルールがやけにゲーム的なのにも説明は尽きますね……。もっとも、それが正解なのかを確認するすべはないわけですが」


「……今思えば、この不問ビルって建物は、もしかすると俺達みたいな、ビルの存在を疑問視できる奴をおびき寄せるための罠だったのかもしれないな。ただでさえ目立つビルなんだ、こんなのがいきなり現れたら、危険を感じる以上に気にはなる」


 実際にまんまとビルにおびき寄せられ、乗り込んでしまった立場である静にこれを告げるべき加は少々迷ったが、しかしこの少女ならば告げずともいずれはこの答えにたどり着くだろうと、あえてそんな言葉を竜昇は口にする。

 案の定静もその可能性には気づいていたらしく、『互情さんもそう思われますか』と少し落胆したように視線を伏せる。

 だからというわけではないのだが、しかしこの時胸に抱いた感情を、竜昇は素直に吐露することにした。


「……なんかさ、腹立ってきたな」


「……はい?」


「いや、これまでは不問ビルの、なんていうかシステム的な、人間味の無い部分ばかりを相手にしてきたからあんまりこんな風には思わなかったんだけど、ちゃんと、“相手がいる”って言うのを意識しだしたら、やっぱり、この状況、腹立つなと思ってさ」


 竜昇のもの言いに、静も伏せていた視線を上げてクスリと笑う。どうやら彼女も彼女で竜昇の言い草に同意できる部分が有ったらしい。


「そうですね。確かに私もムカムカしてきました。確かにここは、私たちにこんなことを強制している相手に対して、怒りを覚えるべき場面でしょう」


 笑い合い、直後に二人がそろって腹を決める。いまだわからないことの方が多く、解っていることなどほとんどないという最悪の状況だったが、この場で出会った二人の目的意識だけはハッキリした。


「ぶち壊しにしてやろうか、こんなふざけたゲームは。いつまでもおとなしく、俺達がこんなゲームをプレイしてやるのは業腹だ」


「そうですね。台無しにして差し上げましょう。私たちをこのビルに招いたことを、きちんと後悔していただけるように」


 現状はわからないことだらけだが、とりあえず今後の方針は固まった。

 ならばもうここに留まる事もないと頷き合い、二人で荷物をまとめて戦支度を整える。

 武器を携え、荷物をまとめて、とりあえず周囲の探索を再開しようと外に出かけたちょうどそのとき、竜昇はふと一つだけこの場でやり残していたことがあったのを思い出した。


「ああ、そういえば。こいつの鑑定だけまだやっていなかった」


「こいつ、ですか?」


「ああ。俺の魔法スキルをとった時に一緒についてきた物なんだが、使えるのかどうかがいまいちわからなくてな」


 そう言って、竜昇は最初の部屋から持ち出してきた文庫本大の魔導書、【雷の魔導書】を鑑定アプリにかける。

 竜昇としては碌な効果もない、ただの読めないだけの本である可能性が高いと予想していたのだが、その予想に反してはっきりと、その本が特殊なアイテムであるらしき解説文が表示された。


『魔法の発動の補助。および魔法の強化を行う術式を封入する』


「……補助?」


 考え込む。

 助けてもらえた覚えがない。






互情竜昇

スキル

 魔法スキル・雷:8

  雷撃≪ショックボルト≫

  静雷撃≪サイレントボルト≫

 護法スキル:4

守護障壁

探査波動

装備

 再生育の竹槍



小原静

スキル

 投擲スキル:3

  投擲の心得

装備

 磁引の十手

 武者の結界籠手

 小さなナイフ


保有アイテム

 雷の魔導書

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