第46話

 仮宮では弗栗多ヴリトラ計都ケートゥが、八咫鏡を介して、時子と童が交わっている様子に見入っていた。

 狼に背後からのしかかられた時子は、惚けてたるみきった顔で白目をむいて、涎と鼻水を垂らしながら尻を前後に激しく振り、悦びに身を委ねている。


「あの荒々しいまぐわい。全く良い物じゃのう」

「時子殿も、久々に女の欲を満たしている様で、大変に結構ですわね」

「うむ。時子があれならば、平家の方は大丈夫じゃろうな」


 童の出自を知った平家が、新たな侍従に加える事を受け容れるかについては、弗栗多ヴリトラはさほど心配していなかった。

 童が賎民を卑しまない態度を示していた事を、平家が高く評価していた旨を承知していた為である。

 交合による和解の座を用意させたのは、童の側の不安を払う為の配慮という面が大きい。


「ぐはぁっっっっ!」「おほぅぅぅーっ!」


 童と時子が絶頂に達し、共に絶叫を放って倒れ込み失神した処で、弗栗多ヴリトラは指を弾いて八咫鏡に映る画を消した。


「牡としても逸材ですわね」

「ふふ、愉しみじゃのう。坊が見込んだだけの事はありそうじゃ」


 皇帝夫妻とまぐわい、悦ばせるのも侍従の役割の内である。

 童のまぐわいを見た事で、弗栗多ヴリトラの期待はより膨らんだ。


「ところで、此度の一連の件。他にもおおむね、順調に推移しておる様じゃな」

「ええ。立川流を掌握した事で、高野山、ひいては和国仏道を手中にする糸筋がつきましたわ。美州についてもこれを機に、武力を用いる事なく飼い慣らしていけましょう」


 

 童の村が滅んだのは不幸だったが、立川流の介入や、美州領家との対話という思わぬ僥倖に恵まれたのは大きい。


「美州を〝こちら側〟に入れられれば、和国併呑への大きな一歩じゃろうな」

「では、美州と高野山には、仕込みを進めていきますわね」

「うむ」


 計都ケートゥの確認に、弗栗多ヴリトラは満足げに頷いた。


「肝心の人狼じゃがの。結局、あれ一人であったのは、いささか残念じゃのう」

「ええ。けれども、阿瑪拉アマラや学徒達が、あの童の胤を受けて孕みましたわ。さらに胤付けを進めて子を為していけば、人狼の血の濁りはひとまず薄らぎますもの、さしあたりはそれで良しとしませんとね」


 人狼の血統の濁りを根本から治すには、牡一人では根本的な解決にはならない。より多くの新たな血を加えなければ、次々代頃には元の木阿弥となってしまうだろう。

 もっとも、神属の寿命は長い。さし当たり、童の胤で生まれる子供達が健常であれば、充分に時間が稼げるのだ。


「ふむ。実は以前より、北方…… 蝦夷地へ物見 ※偵察 を出したいと思うておったのじゃが。この機に、人狼の探索を兼ねて、誰か出せぬ物かの?」

「手が足りませんわ。伊勢の地歩固めに加え、美州や高野山への仕込みも始まりますもの」


 弗栗多ヴリトラの要望に、計都ケートゥは首を横に振った。


計都ケートゥ師にしては、珍しく控えめではないかの?」

「化外の地での探索行となると、迂闊な者には任せられませんわ。その様な者を割く程の余裕はありませんわよ」


 皇国に不足しているのは、何よりも人材である。計都ケートゥとしては、貴重な人材を、分の悪い賭に費やす様な無駄は認めがたかった。

 蝦夷地での人狼の存在は、元より〝見込み〟に過ぎない。また、蝦夷地その物についても、計都ケートゥはさほど重視はしていなかった。

 文字を持たぬえびす ※蛮族 が点在する極寒の地というのが、彼女にとっての蝦夷地の認識である。いずれは版図に収めるにしても、後回しで良いと考えていたのだ。


「しかし、時は待ってはくれぬぞ。和国併呑については少々伸ばせようがの。手がかりを得ながら手をこまねいておっては、いずれ人狼共の忠義にも関わろうて」


 血統の濁りを解消するのは、補陀落ポータラカに住まう神属にとって、種を問わない悲願である。それを棚上げしてしまっては、人狼に不満が出る恐れがあると、弗栗多ヴリトラは懸念しているのだ。


「何か、阿瑪拉アマラが直に貴女へ申し上げましたの?」


 計都ケートゥは鋭い目つきとなって、弗栗多ヴリトラに迫る。

 学師たる阿瑪拉アマラが僭越な真似をしたとあれば、一門の結束に関わるのだ。


阿瑪拉アマラ師ではのうてな。美州での人狼捜しを打ち切る命を下した折、差し向けておった人狼兵が随分と落胆したと、耳に入って来てのう。捨て置く訳にもいかんでな」

「そうでしたの……」


 末端より不満の芽が生じたとなれば、計都ケートゥも配慮せざるを得ない。

 基板が盤石とは言い難い和国遠征で、足下をすくわれる事態は防ぐ必要がある。


「誰ぞ、使えそうな者はおらんのかや?」

「そうですわね……」


 計都ケートゥは無言のまま目を閉じ、熟考に入った。

 その間に、弗栗多ヴリトラは侍女を呼び、茶を入れさせる。

 弗栗多ヴリトラが茶碗の中身を飲み干えるのとほぼ同時に、計都ケートゥは再び目を開いた。


「……丁度、一名いましたわね。使い潰しても惜しくない、それでいて重き責に耐え得る者が……」

「手が足りぬというに、使い潰しても良いとは。全く穏やかでは無いのう? 何者じゃ?」

「若い武官ですわ。失態を冒した為に、和修吉ヴァースキの勘気に触れた様ですわね」

「なれば、その者を蝦夷地へ遣わそう。任を果たせば、汚名を晴らす機ともなろう?」

「承知しましたわ」


 計都ケートゥは普段の様に微笑み、自らの茶に口をつけた。

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