第45話

 案内の学徒が座を薦め、時子と童は相対して座った。無論、時子が上座である。


 学徒もまた、童の傍らへ付き添って座る。この場合、彼女は童の庇護者たる言仁の名代という位置づけだ。




「あ、あの、時子殿。本日はどの様な御用件で……」


「和国では希有な人狼にして、宮中で帝みかどの御側に侍る事を許された初めての男子という物ですから。どの様な方かと気になりましたの」




 遙かに格上の相手に頭を下げられ、童は思わず狼狽してしまった。


 その様子に、時子は思わず笑みを漏らして答える。




「は、初めて、ですか?」


「ええ。補陀落ポータラカから見れば、今上の那伽摩訶羅闍ナーガマハラジャは女帝ですから。あちらのしきたりで、女帝のおわす宮中に、男子が勤める事ははばかられましたの」




 言われてみれば、宮中の者は女ばかりである事に、童は今更ながら思い当たった。


 警護の近衛や兵卒も、屋内にいるのはやはり女兵ばかりで、男子は専ら外回りに配置されている。




「俺は…… 良かったんですか?」


「新たな者を登用していくのに、それでは面倒ですものね。貴方の事は、みかどが大層、お気に召している様ですから、丁度良いきっかけでしたわ」




 ちなみに、平家がみかどと呼ぶのは言仁の方である。彼等はあくまで、和国の〝正統な〟天皇たる言仁の臣なのだ。




「じゃ、これからは男も増えてくるんですか?」


「ええ。平家の男子も、これで宮中詰めへと推し易くなったという物。貴方も、男一人では色々と面倒でしょう?」


「ええ。まあ……」




 自分が侍従見習いに登用された事を使って、めざとく平家の利を図った事を愉しげに語る時子に、童は舌を巻いた。




(導師や和修吉ヴァースキ師もだけど、政まつりごとに関わる偉い人は、皆こうだなあ……)




 時子の満足げな様子に、童は思い切って、先程言仁から聞いたばかり自らの素性について、どう思っているのか尋ねてみる事にした。




「時子殿、俺の血筋の事、御存知でしょうか」


「ええ。先刻、私も帝みかどから伺いましたわ。面白い縁ですわね」




 童の生母が蝦夷地の出で、蒙古モンゴルに渡った源義経に臣従していたらしいという事については、やはり、時子も知らされていた様だ。






「平家としては、俺がみかどに御仕えしてもええんですか? 俺は…… 仇の家来の倅って事です」


みかどが良いと仰せですもの、平家としては是非もありませんわ」




 言仁が問わないと言っている以上、平家も追求出来ないのは童も解っている。だが、彼としては本心を聞きたいのだ。


 続く時子の言葉は、童の危惧通り、重く厳しい物だった。




「ですが、やはり筋という物もあります。納得出来ぬ者も多くおりましょう」


「筋…… ですか……」




 主命には従うが、やはり平家の本音としては不快という事なのだろう。


 何しろ、平家の男子は言仁に拝謁した際、父祖の罪を償うとして一斉に自害した経緯がある。


 彼等は尸解仙しかいせんとして蘇ってはいる物の、蘇生が可能な事は知らずに自らを裁いたのだ。


 そうである以上、生母の事で何のけじめもなく、言仁の側近に収まった童の事を、快く思わなくても当然である。




「では、どうすれば何とか収めて頂けるんでしょうか」




 生まれてくる童の子供達は、母親から引き離され、平家の元で養育される事になっている。童としては、我が子が万一にも不利益な扱いを受けない様、平家の不興を被る訳にはいかないのだ。


 不安げに尋ねる童の眼を見つめながら、時子は重々しく答えた。




「交合をもって和議の証とするのが、補陀落ポータラカの習わし。なれば、平家の長たる私自ら貴方とまぐわい、もはや遺恨なき事を示さねばならぬでしょう」


「ま、まぐわい、ですか?」




 時子の切り出した条件に童は戸惑うが、傍らの学徒は頷いた。




「承知致しました、時子殿。床の御支度は、既に整ってございます」




 学徒が隣室との間の襖を開けると、中には厚手の布団が敷かれ、強い匂いの香が焚かれていた。


 男子の色欲を高める媚薬の効果を持つ香にあてられ、童の逸物はたちまちいきり立つ。


 目は血走り、吐く息も荒くなり始めた。




「俺、おれ…… こらえられねえです!」




 肉欲に耐えきれず、童は傍らの学徒に抱きつくが、法術で金縛りを掛けられてしまう。




「申し訳ございません。色欲を高めた若い牡は、抑えが効きませんので……」


「まあまあ、元気があって宜しいですわ」




 学徒は詫びながらも、童の衣を解いて行く。時子もその間に一糸まとわぬ姿となった。




「時子殿。人と狼、いずれの姿と致しましょう?」




 童を裸にむき終えた学徒が尋ねると、時子は少し考え込んで答えた。




「これは遺恨に対する和議のみならず、人狼の皆様と平家とのよしみを通じる為の席。故に、仮初めの姿では無く、本性こそが相応しいでしょう」


「承知致しました。はぁっ!」




 学徒は気合いと共に、固まったままの童の頭に手刀の一撃を加える。


 するとたちまち、童の姿は化身を解かれ、狼の正体を表した。




「ウオウッ! ウオウッ!」




 本性に戻ると共に金縛りが解けた童はすっかり理性を失い、涎を垂らしながら獣の様に雄叫びを挙げている。




「ささ、いらっしゃいませ」




 隣室の床の上で、四つん這いになって尻を向けた時子が、舌なめずりしながら童を誘った。こちらもすっかり、盛り付いた牝である。




「オンオンオン!」




 童はそれを合図に、狼というよりは主人に呼ばれた犬の様に、尾を振りながら時子の背に飛びかかった。両の前足で相手の胸を抱えつつ、後ろから腰を突き入れる。




「んほうーっ!!」




 時子もまた、久方ぶりに迎え入れた牡に鼻息を荒げ、野太い声で歓喜を叫んだ。

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