第43話
上人が伊勢へ向かってから後の石津。
街はすっかり落ち着きを取り戻し、伊勢との交易で賑わっていた。
ただ、主に商われていた物の内、材木のみは、
無人となった集落への入植については、代官の職が空位となっている為、話が全く進んでいない状態だ。
寺では、留守を預かる四名の高野聖が、上人の帰りを待ちわびていた。
(上人様、いつお戻りになるんだろうか……)
黙々と日々の勤めを続ける彼等だが、胸中の不安は徐々に増す一方だった。
いずれも上人に才覚を見込まれ拾われた身の上で、術者としての資質は、一門の学徒の平均を上回る程だ。
だが精神の未熟さ故に、頼るべき存在から切り離されてしまうと、気が弱くなってしまう脆さもあった。
もし、このまま上人が戻らなければ、自分達はどうなるのか。
各々、口には出さないが、考えている事は同じである。
そして、七日目の夜明け頃。
ようやく、迎えに来た時と同じ、白虎の牽く車が寺へと現れる。
車から降りて来た上人の無事な姿に、高野聖達は皆、我先にと駆け寄って出迎えた。
「上人様、お帰りなさいませ!」
「よ、よくぞ御無事で!」
「うむ、うむ」
すがりついて来る高野聖達を、上人は鷹揚に頷きながらなだめる。
彼等が落ち着きを取り戻すのを見計らい、上人は高野聖達に、本堂へ入る様にと促した。
「立川流の進むべき道を話さねばならぬが、ここでは落ち着かんでな」
高野聖達は戸惑いながらも、上人の後に続いた。
* * *
本堂に入ると上人は、答志島で
生は一度限りの物として輪廻を否定し、故にその輪から抜け出る解脱を至高の目標として目指す事もない。あくまで、現世に於ける繁栄を重視する。
そして、知恵を持つ数多の種族が分け隔て無く暮らし、生の愉しみを謳歌できる楽土の建立を目指すというのが、一門の説く〝諸族協和〟〝皇道楽土〟だ。
また、それを実現する手段として、出自の貴賤を問わず子は親から引き離し、全て公で育成するという
仏道寺院は基本的に、口減らしの子供を受け入れ教育を施す事で、新たな世代を賄っている。
高野聖達は、異邦の
「拙僧はこの際、立川流は龍神の庇護の下に入るべきであろうと思う。戦国の世で苦しむ衆生を救済するには、今の我等は余りにも非力である」
「しかし…… かの
高野聖の筆頭格が、上人の示した方針に疑念を呈した。
この場合の〝外道〟とは、古代印度に於いて、仏道と対立した諸々の思想、宗門を指す。
「今更何を言うか。仏道は諸派に割れて対立しており、釈尊から見れば、立川流を含め、現存する仏道諸派のいずれもが外道であろうよ。己の姿を顧みよ」
上人は、筆頭格の疑念を一笑に付した。
「如何に民を導くかこそが肝要であろう?
〝力を分け与える〟という一言に、高野聖達は色めき立った。彼等が修養を重ねているのは、ひとえに超常の力を欲しての事なのである。
しかし、筆頭格は再び不安を口にした。
「確かにそうですが…… 龍神は、逆らう者を容赦なく鏖殺するという風評です。我等がその先棒を担がされるのでは……」
「なればこそ、龍神が暴挙に及ぼうとしたならば我等が諫め、抑える事も出来よう。その立場を得る機を、みすみす棒に振る訳には行かぬのだ」
上人の一言に、筆頭格は衝撃を受けた。
龍神に近づける立場を得れば、誤りがあれば正す事が出来るかも知れない。
勘気に触れて処断される事もあり得るが、それを恐れて何とするのか。
「上人様、そこまで御覚悟でしたか…… ならば、どこまでも御一緒致します」
筆頭格は合掌して上人への恭順を示し、他の者もそれにならうのだった。
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