第42話
言仁が
「お目覚めですわね」
「う、うむ…… ここは?」
読書をしつつ、枕元で見守っていた
閉じ込められた玄室から再び移された様だと、彼は理解した。
「小生の屋敷に戻って来ましたわ。活仏の深淵を迂闊に覗く物ですから、貴方は心を奪われていましたのよ」
「こ、心を……であるか……」
はっきりしない頭で、上人はうめく様につぶやく。
「活仏のせいではありませんわ。あれが自ら封じていた力を、貴方が無理にこじ開けたのですもの。迂闊でしたわね」
「あれが、安徳帝の力であるか……」
活仏と称するだけの事があるのは、上人にも実感出来た。
夢うつつの内に、問われるままに高野山の内情を話してしまった事も思い出したが、あの力を前には、とてもかなう筈が無い。
「ええ。でも、あれだけではありませんの。面白い物をお見せしますわね」
そこには、裸身で絡み合う、言仁と
座した言仁の上から、
激しい動きにも関わらず、双方ともその顔は穏やかで、新たな生命を創造する至福に満ちていた。
「如何かしら?」
「こ、これは…… 歓喜仏……」
上人から見た二人の姿は、秘仏として立川流の寺院が所蔵している”歓喜仏”に生き写しだった。
男女の交合による修行を繰り返し、真理へと至る。
立川流で説く修練を、言仁と
これこそが、長年にわたって立川流が追求しながら、完全には為しえていなかった奥義である。
「ええ。これこそ、我等が活仏の真なる姿。憎悪と愛欲の結合により、至高へと進む修養ですわ」
「憎悪とな? いや、安徳帝から感じられたのは、むしろ包み込む様な……」
”憎悪”と聞き、上人は首を捻った。
あの穏やかな青年からは、微塵も感じられない物だ。
「通常、憎悪は男の、愛欲は女の気性とされますけれども。我等が活仏は、幼くして生母や一族を失い彷徨った事から、愛に飢えていますの。故に、その相方は、卑しまれ虐げられた事から憎悪の気性を持つ、
「つまりあの二人は、通常の男女と気性が逆なのであるか……」
「面白いでしょう? けれどそれ故に、より強い結びつきとなりますのよ」
「うむう……」
通常と気性を逆にした組み合わせで、修養の効果を高める試みに、上人は斬新さを感じた。
「安徳帝の相方を務めておる女人も、貴殿の門下であろうか?」
「ええ。活仏とまぐわっている相方は
「ふむ……」
一門は単に勉学の場に留まらず、活仏の相方として資質に優れた者を育成し、子を産ませる為の”後宮”の様な役割もある様だと、上人は理解した。
「しかし、安徳帝は、龍神の伴侶なのであろう?」
権力者が正室の他に女を囲うのは特に珍しい事ではないが、言仁は龍神の庇護下で、弱い立場にある筈だ。
自分の夫が多数の女を抱き、子を為しているのを認めている龍神の心情が、上人には気になった。嫉妬を感じたりはしないのだろうか。
「
「成る程……」
国が違えば、男女の関わり方も異なる。皇国でそれが大らかなのだと、上人は考えた。
「ともあれ、活仏の胤によって、
「それはまた、随分と壮大であるな…… だが、安徳帝と、貴殿の門下たる二百名余りで、それが達成されようか?」
上人の問いを、
「まさか。その為にも、活仏や学徒共だけでなく、和国在来の
「つまり、我等の胤も、皇国に加えたいと申されるか」
遂に、
「ええ。無論、それだけではありませんわ」
「と言うと?」
「立川流を率いて皇国に臣従し、その総力をもって和国支配の為に働きなさいな。そうすれば、知識も、地位も、そして、精神の高みへと至る道をも与えましょう」
魅惑と威圧が入り交じった瞳は、逆らい得ない輝きに満ちていた。
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