第31話 酒場
南区の飲み屋界隈は、大きく二種類に分けられる。身なりを整えて乾杯するか、着の身着のままで酌み交わすか。前者を選ぶなら、貴腐街をお薦めしよう。後者を選ぶなら、莫迦門通りに限る。
莫迦門通りなら、五百円か千円の銀貨・丁銀があれば十分、満足できる量を飲み食いできる。反対に貴腐街で食べるなら、一万円の金貨・中判は最低限必要となる。中には、白銀貨・小判を支払う超高級店もあるほどだ。
皮肉も込めて、ぼったくりと言われるほど、貴腐街は一般庶民には程遠い場所である。
【泥酔上等亭にて】
今宵、飲みに来た藤堂七夜一行は、勿論、貴腐街。などに行ける訳もなく、莫迦門通りにある泥酔上等亭で飲み明かす事となった。
時間はすでに深夜十二時。客はまばらだが、一際騒がしい客が三人。泥酔上等という看板を掲げながら、店の主人は顔を引きつらせて、熱燗八本を運ぶ。
だが、丸太のように太い腕がそれを片っ端から、飲み干し、八本とも瞬く間に中身が無くなってしまう。
「たりんわーいっ! 面倒だのう、店の酒を全部、持って来んかあ!」
酒臭い吐息を浴びせられ、主人は泣きたくなった。
藤堂七夜。柳生宗不二。棟方冬獅郎。三人は盃に注ぎ、酒を酌み交わす。
口に含むと、甘みと共に喉が急激に熱くなる。一気に飲んだせいか、藤堂七夜は早くも顔が赤くなった。
棟方冬獅郎は早いペースで盃を空にしている。
柳生宗不二は、まるで水を飲むように次々と飲み干し、運ばれてくる徳利をテーブルに置く暇も与えない。神業だ。
炙った肉類。焼いた魚介類。酒のつまみも忘れない。三人は特に話す事もなく、自分勝手に酒を楽しんでいた。
「なんだなんだ。暗いのう」
「勝手に暗くなってんのはこいつだ。俺じゃねぇ」
「......................吐きそう....................」
「単に酔っぱらっただけかよ!。吐くなら外行け!」
乱暴に酒を飲む棟方冬獅郎に怯えつつ、店の主人が恐る恐る声をかけた。
「あ、あのう......もう店の酒もなくなっちまったんで、店じまいしたいんですが」
「おう。構わんぞ」
「そ、そうですかい?」
「わしらは勝手に飲んどるからな」
「いや、それ困るんですけど」
「気にするな!主人!。わーははははははははははっ!」
豪快に笑う柳生宗不二に、笑うに笑えない店の主人。
結局、店の鍵を渡し、主人は帰らされた。何とか追い出そうと努力したものの、最後は柳生宗不二の眼力に負けてしまったのだ。
飲み始めて、すでに四時間。深夜三時である。酔いは廻り、三人も赤ら顔になりながらも、酒をあおる手を止めない。いや、藤堂七夜はすでにギブアップしていた。彼は生来、酒に弱いのだ。
「いえにかえりたいー......こたつにはいりたいー......はたらきたくないー......」
元の世界の情景がありありと思い浮かび、藤堂七夜はむせび泣く。
労働という面倒臭い仕事はあったものの、家に帰ればまだ平和だった。まぁ、問題が無かったわけではないが、それでも、今の状況よりはずっとマシだ。
「ほんとにもうやだ...................」
遂に現実逃避に入り始めてしまったのだった。
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