16 無法の剣

「ぅおらっっ!!!」


 全体重を乗せ、木刀を振り下ろす。


「……遅い!!!」


 しかし、あまりにもあっけなくその剣撃は避けられて、


「…………」


 次の瞬間、こめかみにガーネイルが突き付けられる。


「…………っだあ!!! ぜんっぜん勝てねぇ!!!」


 俺は思わずその場に倒れこむ。


「一体、この前の動きは何だったんですか?」


 先日のルビアとの決闘にて、俺は明らかに自分のキャパシティを超えた動きでルビアを追い詰めたが、しかしあの戦いの後、ルビアとの戦闘訓練でいくらあの動きを再現しようとしても一向に出来ずにいた。


「……俺も、よくわからないんだよな。あの時は勝手に体が動いたっていうか」


「私をバカにしてます? そんなわけないでしょう」


「いやいや、本当なんだって。俺のやる気がないわけじゃない!」


「なら、クリスタが何かしたのですか?」


 俺らがドンパチしているのを横で見ていたクリスタにルビアが問う。


「いえ、体が勝手に動くなんて呪文、私は知りません……」


「エータは、他に何か心当たりはないんですか?」


「うーん、でもなんか、何かがあの時とは違う感覚があるんだよな」


 環境というか、雰囲気というか、何かが。


「——それはまぁ、あの時とは違いますよね」


「え?」


「だって、チョークベルグを使ってませんし」


 当然のようにクリスタが言ってのける。


「いやいや、使えるわけないだろ!」


 あの時は本気の決闘だったから剣を抜いただけで、今はルビアの体に傷がついたら困——


「いえ、そうじゃなくて、あの動きの原因が剣自体にあるんじゃないかと」


「それは……」


 ……まさか、あれは魔法の剣とでもいうか。


「で、でもそんなことあのジイさんは一言も——」


「…………なるほど、クォールなら、やりかねないかもしれませんね」


「へ?」


「クォールは、王都でも一部の人間しか知らない鍛冶屋なのですが、昔から王都に住んでいるという情報以外素性については謎なんです」


「いやいや、お前はそんな得体の知れない奴の剣を俺に持たせたのかよ」


「それは……で、でも、信用できないわけではありませんよ!」


「あのジイさんはぱっと見信用できるような面じゃなかったぞ」


 いや、人を見た目で判断してはいけないか……。でもエロジジイだったしな。


「しかしそういえば、ルビアとは気が知れたような話し方でしたよね?」


「え、ええ……まぁ、古い知り合いなので]


「古いって、お前が城を出たのは最近じゃないのか?」


 こいつの話ではそれまでは自分の部屋に幽閉されていたはずなのに。


「そ、それは……」


「どういうことですか?」


 ルビアは一瞬迷ったような仕草を見せたが、語り始める。


「一回、城を抜け出しことがあるんです。多分7歳とかそれぐらいの時だったと思うんですけど、案の定あの広い王都で迷子になってその時に出会ったのがクォールだったんです」





 あの頃、私はただただ停滞する世界に恐怖を覚えていた。


 でも未熟な私にはどうすればいいかなんてわからなくて、何も考えずに城を飛び出した。その行為に果たして意味があるのかなんて全然わからずに。でも漠然とこのままここにいてはいけないと思った。


 しかし、城から出たこともない私はあっけなく路地裏に迷い込んだ。

 全てが見たこともない道で右も左も何もわからず、このまま永遠に彷徨い続けるんじゃないかと思ったその時、その人は声をかけて来た。


「お嬢ちゃん、どうかしたのか?」


 私は声のした方に振り向き言葉を失う。自分の何倍もの大きさの強面の老人がいたのだ。そんなもの怖くないわけがない。

 途端、私はその場で泣き出してしまう。ずっと不安な心を押し殺して耐えていたところにそんな大男が現れたのなら無理もない。


「お、おい。泣かないでくれよ。別にとって食おうってわけじゃないんだから……な、な?」


 その言葉の意味は理解していた。でも止めどなく涙が流れるのはもはや恐怖だけのせいじゃない。


「まいったな……」


 今思えば、申し訳ない事をしていたと思う。その人は、静かに私が落ち着くまで声をかけ続けてくれ、その甲斐あってか落ち着きを取り戻した。

 そして、私はその老人に城から抜け出して来た事を伝える。


「なかなか上物の服を来ていると思ったが、やっぱり城の子だったのかい」


 彼はとりあえずとすぐ近くにあった鍛冶屋に連れてってくれてミルクを出してくれた。

 そのあたりから私はだんだん物事を冷静に考えられるようになってきて、私1人では今の状況を変えるために行動しても何もできないことも、だからといっていざ城に戻ってもこっぴどく責められるだろうこともわかり始めていた。


「……ってーと嬢ちゃんは家出して来たってことなんだよな」


「……うん」


「城の暮らしってのはそんなに嫌なもんかねぇ。毎日うまいもんも食える、暖かい布団で寝れる」


「…………」


 私にだってわかっていた。私は恵まれている事を、恵まれていてなお、それ以上を望んでいるただの欲張りだと。それでも彼はこう続けた。


「でもまぁ、羨ましいなんてちっともおもわねぇな。俺も貧乏とまでは言わないが陽の光を浴びるのも憚れる人間だ。めったに客なんか全然来ない鍛冶屋をずっと続けて、まずい飯ばっか食って、でも、それが楽しいんだ、だって——」


 大口を開けて笑うその顔が忘れられない。


「自分は誰かの所持品じゃなくて自分のもんだ。他の誰かに大切にされても自分が大切に思えねぇと、そんなもん嬉しくても楽しくはないよなぁ」


「…………!」


 そうだ、私は、そういうことを思っていたんだ。願っていたんだ。


「ま、安心しろ。城の剣士にネフっていう俺のお得意さんがいる。そいつに話をつけてできるだけ怒られないように城に戻してやるよ。他の国の奴に攫われたのをそいつが助け出した。とかでっちあげれば大丈夫だろうよ」


「…………」


 私は、正直それでも戻りたくはなかった。


「……まぁ、戻りたくないだろうが、嬢ちゃんはまだガキだ。何もできないし、何も変えられない」


 そんなこと、わかりきってる。でも——、


「でも、それでも変えたかったら、力をつけろ。強くなれ。お前を見下して管理する連中全員をぶん殴って反抗できるようになれ。そうすれば、自分を自分で認められるようになるさ。今は無理でもいつかはできるかもしれない。いつか嬢ちゃんが自分の力で城から出られるようになったら、またここに来い。そのための武器を託してやる」






「そして、無事城から出た私があの鍛冶屋に向かいもらったものがこれです、名前はゴート、というらしいです」


 ルビアは腰に携えていた20センチほどの銀色の短刀を取り出す。


「《ラフル》」


 そう唱えると、銀色だったその刀がみるみる赤く変色しまるで刃が燃え上がる炎のごとく輝く。


「って、あっつ!!!」


 近くでまじまじ見ていた俺はその灼熱に驚き後ずさる。しかしその炎の短剣をもつ当人ルビアは物ともせずそのまま剣を構え続ける。


「ハァッッ!!!」


 そしてそのまま振り下ろすと回り一帯が燃え上がるほどの衝撃波が発せられる。


「どうやら不思議なことにこの炎の影響は私にだけは影響がないみたいなんですよね。まったく熱くないですし、服も燃えない」


「……ってそれどころじゃないだろ!! 火事になるって!!」


 炎は今にも宿の裏庭に止まらず、建物を燃やしてしまいそうだ。


「大丈夫ですよ。《ラムル》」


 しかしルビアがその唱えた瞬間、一瞬のうちに火の手が消える。

 ——まるで最初から存在しなかったかのように。


「……って、ルビア!? 大丈夫ですか?!」


 その光景に驚いて凝視していると、突然クリスタが悲鳴をあげる。

 その声に驚きルビアの方に視線を戻すとルビアが倒れていて、それをクリスタが支えている。


「……え?」


「……大丈夫ですよ。これは確かに強力ですが魔法効率がバカみたいに悪いんです。今の一撃で私の中にある魔力のほとんどを使い切ってしまうんです。ダメージを受けているわけではないので、少し座ってれば回復しますよ。見ての通りの樣なので実戦ではこれは使えません」


「……びっくりしましたよ、もう。……え? …………ちょっとその短剣見せてもらっていいですか?」


「え? あ、はい」


 言われるがままクリスタに短剣を渡す。


「————これ、ルビアの魔力を吸い取ってます」


「……え? 魔力を、吸い取る? そんな現象、聞いたことないですよ」


「……どういうことだ?」


「エータ様、この世界の武器は自分の魔力を"送り込んで"それをルビアのガーネイルみたいに発射したりするのが普通なんです。でも、この短剣は、術者の意思に関係なく発動中はこの武器自体がその人の魔力を吸い取ってます。今はもう止まりましたが、それはもう、ものすごいスピードで」


「それが、あなたの特技の魔術回路が感じられるって奴ですか……。私は私のことなのにまったく気づかなかった……なるほど、だからこんなに魔力が枯渇するんですね」


「それを作ったのがクォールだから、俺の剣も不思議な力を秘めててもおかしくないってわけか」


「そういうことですね」


「ああ!!」


 ルビアが突然何かを思い立ったように声をあげる。


「ど、どうした?」


「今の魔力の流れが凄まじかったのでよくわかったのですが、よくよく考えればエータ様のチョークベルグもおかしいところがあったんです」


「どういうことだ?」


「エータ様に魔法をかけると思ったよりも早くその効果が切れるんですよ。それはずっとエータ様の、……その、……才能がなくて身体に魔力を貯められないのかと思ってたんですが、チョークベルグが私の魔力を吸い取っているとしたならば、合点がいくというか」


 しれっとひどいことを言われた気がするが、なるほど、そういう可能性があるのか。


「エータ様、チョークベルグを出してもらえますか?」


「え? あ、ああ」


 言われるがまま、背中に携えていたチョークベルグを抜いて構える。


「《バイスシルク》」


 俺に対して呪文を唱えたクリスタがそのままチョークベルグを見つめる。


「やっぱり、吸い込まれてますね……、エータ様自体に魔力が感じられないのでわかりづらいですが」


「なぁ、ってことはもし俺が魔法を使えるようになっても、こいつに吸い取られるってことか?」


「………………」


「おい、なんで黙るんだよ」


「非常に言いにくいんですけど、おそらくこれはルビアのゴートとは違って起動式じゃないので、多分常に周りの魔力を吸っていると思われます……ので、そもそもエータ様が魔力を扱えない理由が、これ、なの……かも…………」


「……は?」


 あのくそじじいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!


「ふざけんな! 取説ぐらい作れよ!!」


「ま、まぁまぁ落ち着いてください。剣としてはかなりいいものですし、捨てようとするのはいけませんよ」


 今にも剣を投げ捨てようとしてた俺をクリスタが止める。


「それに、それの代金を考えると、捨てるのは愚行ですよエータ」


 それを捨てるなんてとんでもない! の理不尽さを身をもって知る俺。


「エータ様、もう一つだけ試したいんですけど、いいですか?」


「……ああ、どうとでもしてくれ……」


「ルビア、魔力が回復したようならそれなりに強い魔法をチョークベルグに向けて放ってもらっていいですか?」


「え? い、いいですけど……」


「大丈夫です、怪我したら私が治癒魔法かけるので、直撃してもすぐ取り掛かかれば1週間ぐらいで完治すると思います」


「…………は?」


 ちょっとまて。


「…………エータ、私は、悪くないですからね」


 そういってガーネイルの銃口を俺に向ける。


「……え? ちょっと?」


「恨むならクリスタを恨んでください」


 少しは、その、躊躇いってものは……。


「……ルビアさん、ちょっと、落ち着こう?」


「嫌ですね、私はとても落ち着いてますよ。……《ザザント》」



「ああああああああああああああ!!!」







 刹那、俺はチョークベルグを振り上げ、爆撃をしのいでいた。







「…………え?」


「やっぱり、その剣が吸い取るのは術者本人の魔力だけではないみたいですね」


「え?」


「誰の唱えたものであろうが関係なく周りの全ての魔力を強ければ強いほど、その剣は恐ろしいスピードで吸い取っているみたいです」


 俺は、恐怖でバランスを崩し、その場で倒れる。


「で、多分大きな魔力と対峙した時に、今のようにエータ様のキャパシティーを超えた動きで戦えるみたいですね」


「なるほど、あの時は本気でエータを倒しにかかってたからそれが発動したってわけなんですね」



 ちょっと? お二人さん? 俺、腰抜けてたてないんだけど、ちょっと、助けてくれよ。勝手に納得してないでさ。ねぇ。




「こんな武器聞いたこともありませんし、クォール、一体何者なんでしょうか」





 今はそんなことどうでもいいから助けてくれぇえ!!!!!



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