15 記憶の晩餐

「クリスタっ!!」


 病室に入るなりルビアが一目散にクリスタに飛びつく。


 俺とルビアはクリスタが目を覚ましたという知らせを聞いて来栖とパームの治療所に訪れていた。


 およそ一週間、クリスタは眠り続けた。


 それはまるで永遠のように長い時間に思えた。

 朝が来るたび、太陽を恨むような、まるで俺たちに諦めろと嘲笑うような。


「ちょ、ルビアっ、そのっ、あの!」


 泣きじゃくって抱きつくルビアのせいで、クリスタは喋ることすら覚束ない。


「おい、落ち着けって」


 俺はルビアの首根っこを掴みクリスタから一旦引き剥がす。


「もう、私は大丈夫ですから、落ち着いてください」


 ようやく、落ち着いて喋れるようになったクリスタが諭すように言う。


「……ったく、病人をいたわる気持ちがないのかお前は」


「……す、みません」


「…………」


 俺に怒られ謝るルビアをまじまじと見つめるクリスタ。


「どうした?」


「なんだか、ルビアがルビアじゃないみたいです」


 驚いたように、しかし微笑みながら感想を述べる。


「だろ? まぁ今までのルビアが気張りすぎてたってことだよ」


 俺はこの一週間でやっと慣れたが、まるで子供のように狼狽えるルビアをクリスタは初めて見るのだ。無理もない。


「なんですかそれ。何度も言いますがそうやって私を子供扱いしないでください!」


「はいはい、わかったっての」


 俺は軽く受け流し、もう一度クリスタを見つめる。


「具合は、平気か?」


「……はい、もうすっかり。……ご心配をおかけしました。エータ様」


「よかった」


 本当に、よかった。


 俺だって、気を抜いたらすぐルビアのように、冷静でいられなくなりそうだった。

 でも、わかりやすく混乱しているルビアのおかげで、俺は冷静でいられた。

 ——クリスタを待ってるのは、俺だけではないのだと。

 ルビアのおかげで、孤独に苦しむことはなかったからだ。

 そんなこと、こいつには、言えないが。


「今度は、逆ですね」


「逆?」


「前は、私が目覚めるのを待つ側だったのに」


「……どういうことだ?」


「エータがクロサキに殺されかけた時のことですね」


「……ああ」


 そうか、あの時も、こうやってずっと待っていてくれたのか。

 見ず知らずの俺のことを。


 そうやって話していると、来栖が部屋に入って来る。


「体に違和感がなければもう宿に戻って平気だぞ」


「あ、はい。ありがとうございます……。本当に」


「これが、俺の仕事だからな、気にするな。……でも、もうこんな危険なことはするんじゃないぞ」


「それは…………」


 あの時のクリスタの動きに、迷いなんか一切なかった。

 自分の命がどうなろうと、それでもルビアを助けようとしたのだろう。


「そうですよ! クリスタがあのまま目覚めなかったら、私は……私は……」


「……ごめんなさい、ルビア。心配をかけてしまって」


 ルビアの頭を撫でながら、呟く。


「でもごめんなさい。私、全く後悔してないんです」


「……クリ、スタ」


「あのままあなたが傷ついたってどっちにしろ危険だったし。それにやっと本当のあなたと出会えた。そして私は今こうして生きてる。だったらいいじゃないですか」


「お前なぁ……」


「私、何か間違ってますか?」


「…………いんや、んなこたねぇよ」


 大した奴だ。まったく。


 ルビアに殺されそうになった時に庇ってくれた時もそうだ。どんな恐怖が目の前にあろうとも、それでも絶対に自分を曲げない。

 いつだって、クリスタのそんな強さに俺も、そしてルビアも支えられてきたんだと思う。


「立てそうか?」


「ええ、大丈夫です」


「ほら」


 クリスタの手を取り、ベッドから起き上がらせる。


「…………」


 手、ちっちゃいな……。


「…………」



 …………ん?



 つい無意識でやってしまったが、俺は今ものすごく恥ずかしいことをしてるんじゃないか……?

 女の子と手を繋いだことなんか、今まで一度も——、


「おい、そういうのは外でやってくれ、暑苦しい」


「「ち、ちがっ!!!」」


 来栖に茶化されほぼ同時に声をあげる俺とクリスタ。


「————あ、ち、違くないです! エータ様! もう一度!」


「誰がするか!! もう立ち上がれてるじゃねぇか!」


「むぅ……」


 わかりやすく拗ねるクリスタを軽くあしらっていると、ルビアはこちらを無言で見つめている。


「…………ん? どうしたルビア」


「……へ? な、なんでもないですよ」


「そうか?」


「なんでもないですって。ほ、ほら、大丈夫そうなら早くいきますよ」


「ああ、そうだったな」


「……どっかに行くんですか?」


「ああ——」











「……ここか」


 俺たちは、フリムの町で一番大きな食堂に来ていた。

 蔵人が騒ぎのお詫びとそしてお礼で3人が揃ったらご馳走をしてくれる約束をしていたのだが、当の本人は忙しいとかなんとかで来れないと言っていたが、おそらく俺たちに気を使っているだろう。……それかルビアが怖いか。ちなみに今日だけは町長権限でいくら食べてもタダらしい。


「アンタが瑛太ね!」


 店先で背の高い女性に呼び止められる。

 活発で気が強そうでとにかく胸がでかい。そして、日本人らしい顔だった。


「……は、はぁ」


「蔵人のおっさんから話は聞いてるよ。アタシは穂積ほづみ、お察しの通り同郷者。で、この店は私の店ってわけ」


「……ってことはここで出してるのは」


「そう、”アタシたち”の世界の料理ってわけ。そろそろ恋しくなって来たんじゃない?」


 この世界の料理は、決してまずいわけではない。

 しかし、ずっと食べられていないと無性に食べたくなるもので。


「それに、後ろのお二人さんにも、食べさせてあげたいんじゃない?」


 そちらに目をやると心なしか女子2人の目が輝いているように見えた。


 


 テーブルには見覚えのある料理の数々、異世界に来てからかれこれもう1ヶ月以上が経過しているので、その料理たちはもはや懐かしさすら感じる。

 驚いたのは、和食、洋食、中華。俺が思いつくような料理は、なんでも出してくれる所だ。穂積さんに元の世界では何をしていたのかと聞いたら、まさかのファミレスの店員らしい。


「ただのファミレス店員じゃないからな! 10年以上キッチンを守ってきたプロだぞこっちは」


 それは、威張るようなことなのだろうか。


「今、それは威張ることじゃないって思っただろ」


「へ? い、いやだなぁ、そんなこと思ってませんよ」


 心読まないでください。


「確かに、高級料亭のシェフとかに比べたらダサいだろうよ。でもな、大体のことがそこそこにできるってのはこの世界では一番いいんだよ。それこそ名店の寿司職人がこの世界に来たって、きっと魚がなくて途方にくれる」


「なるほど」


「生態系が全く違うけど、探してみると近いものってのは割とあるもんなんだよ。そのパスタだって、小麦のないこの世界で必死に探し当てたムルスルっていう似てるけど全く別の作物から作ったんだぜ」


 言われるがまま口に運んだミートソースパスタらしきものは、見事に懐かしい味がした。


「すごいな。ファミレスの味がする」


「おいおい、それ微妙に貶してるだろ」


「……でも、安心する味がする。これだよな、って感じ」


「ふふん。そうだろうそうだろう。"そこそこでもちゃんと美味しい"を目指してるからな! ……ってそろそろアタシもキッチン戻らないと。まぁゆっくりしてってくれよな」


 そのまま去って行く穂積。


「エータ、これはなんていう食べ物なんですか?」


 そう尋ねてきたルビアが食べていたのはハンバーグだった。


「ああ、ハンバーグって料理だ」


 一体何の肉なのだろうか、謎だ……。


「これが、エータ様が向こうで食べてたものなんですね……、あとでホヅミさんに作り方を聞かないと……」


 クリスタも気に入ったらしいオムライスに舌鼓を打っている。

 いつも俺たちの料理を用意してくれてるのはクリスタなのでレシピが気になるらしい。

 ちなみに俺もルビアも料理はさっぱりなのでクリスタがいない間はずっとパンを買って食べていた。久々にまともな料理を食べたな……。




 ゆっくり2時間ほど食事を堪能し、俺たちは宿に帰ることにした。


「ごちそうさまでした」


「おう、おそまつさまでした。この街にいるならまた来てくれよ。次はちゃんと有料だけど」




 


「エータ様。エータ様は向こうの世界で、どんな方だったんですか?」


 部屋に戻るとクリスタがそんなことを聞いてくる。


「どんな、って……学生だったから仕事はしてなかったから…………うーん、このまんま、だと思うけどな」


「例えば、ご家族や友人の話など、料理を食べていたら気になってしまって」


「……私も少し、気になります」


「家族は、普通だな。両親は普通の会社員で……っていってもわからないか。あと姉がいた」


「姉……どんな方でしたか?」


「どんなって……まぁ、優しかった……かな。でも家族ってどんな人か意識することがないっていうか、そこに当然のようにあるものだからな……」


「そう、なんですか。私は家族の記憶がないので、想像しにくいですけど」


「あ……、そ、その……ごめん……」


「あ、いえいえ、そういうつもりで言ったわけじゃないですよ! 聞いたのは私ですし」


「うーん、あとは友達、……か。変なのが1人いた」


「変なの、ですか?」


「とにかく異世界に行きたがってた」


「それは、物好きですね……私は、他の世界に行きたいなんて思いませんが」


「普通はそうだよなぁ……でもあいつは……っていうか俺らの世界では割と行きたがる人が多かったんだよ。そういう物語が流行ってたから」


「なるほど、だから魔法を使いたがる、と」


「そういうこと」


「そのお友達って……………………………………女の子ですか?」


「………………………………え?」


「…………女の子、なんですね?」


「えっと…………」


「ごまかそうたってそうは行きませんよ!」


「いや、でもクリスタが想像しているようなあれじゃなくて……!」


「どういうあれですか?!」


 いや、こええよ!


「いやだからそいつは————■■■Delete■■■————痛ッ!!」




 ——突然、鈍い頭痛が俺を襲う。


■■■■■Delete■■■■■、


「ど、どうしたんですか?!」


 しかし、痛みはすぐに引いて、何事もなかったように無痛になる。


「……なんだったんだ、今の」


「だ、大丈夫ですか?」


「い、いや、大丈夫だ。多分、気のせい……か?」


「ならいいんですけど」


「そうそう、あいつは…………あ、い、つ、は?」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■Delete■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ——————————?


■■■■■■■■■■■■Delete■■■■■■■■■■■■


 ——————————あ、い、つ、の


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ——————————■■の顔と名前が、思い出せない?


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■DeleteDeleteDeleteDeleteDeleteDeleteDeleteDeleteDelete■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


——いや、、、、、そもそも■■■■■


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ————————俺は、■■■■■■■ 何を————


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、





 何を、思い出そうと————していた?






【■■■■■DELETE■■■■■】





「エータ様?」


「…………いや、何でもない、すまん」


「疲れが出たのでしょうか……?」


「今日は、もう休んだ方がいいかもですね」


「そう、だな」









 


















 【日暮ひぐらし 瑛太えいたは、を忘れた】

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