第2話「重力を惹くもの」


 鳳市は近頃、かなりの頻度で大事件が起こり続けていた。


 遊園地ジャック事件やらディザスターの超兵器を無数に生成するアビスガーディアンの襲来やら超巨大奈落獣の襲撃やら……その大半が現地に駆け付けたガーディアン達の活躍により、事無きを得ていたが、それにしても防衛力の強化は必須だろう。


 というのが防衛隊内において専らの会話のネタであった。


 それは上層部においても共有された危機意識であり、その発露は大抵軍の兵器改良や新規開発、またはガーディアンやミーレスの増強という形で図られてきた。


 そこで彼、矢車コウゾウが出てくるのも無理からぬ話。


 蓄えた口髭。


 剥げた頭部に軍帽を被り、司令官と前に何もファミリーネームを付けずに呼べば、それは彼の事を指す、とは……鳳市でならば、常識の範疇だ。


 鳳スペースポートの奈落獣襲撃の際にも一般人の保護と避難に一役買った彼は未だ現役(と本人は周囲に言っている)タンク乗りであり、そのガーディアンに比べればオモチャのような戦車で前線に立つ姿は正しく軍人の鑑。


 なので、軍上層部の会議。


 集まった佐官級と尉官級の者達の大半は彼がブチ上げる正論を前にしてはもの申すという事が出来ずに現実的な案にしようと諭す事も儘ならなかったりする。


 まぁ、言ってしまえば、矢車コウゾウ57歳の我儘は鳳市においては殆ど現実になる(それが無茶ではあるが無謀ではない事が大半な為)のである。


「何度言っても幕僚本部は首を盾に振らん!! 新型カバリエではもはや足りないのは明白!! イヅモの特異性を鑑みても、まずは最新のガーディアンクラスを防衛軍の当事者に配備するのは妥当!! だというのに、あのグラビトロンが配備されてからというもの、一向に追加配備が来ない!! アーディティヤやローレシアの主要基地にはもう何機か配備されとると言うじゃないか!! 本来、フレスベルグの量産機は我々が先んじて先行配備されるという話になっとった!! それがグラビトロン級一機、それもまったく仕様書とは違う試作機だけを寄越して、後は防衛予算の増額だけに留まっとるというのは上の怠慢だろう!!」


 同じ司令官達や司令補達が自分達も思っている事をズケズケと言う……会議では一番面倒だが、納得出来る意見を前にして黙り込むしかなかった。


 此処で同調して上に更なる要求をすれば、冷や飯を食うのは想像の範疇。


 それが無くとも彼らに押し迫った脅威が存在するという証拠があるわけでもない。


 単に大きな事件が連続しているだけ、という可能性が高い以上。


 気炎を上げる定年が見えてきた名物司令を宥めすかすというのが妥当な会議の切り上げ方なわけであるが、此処に来て一人の乙女。


 少女と見紛うような若さと溌剌さを秘めた撫子のような士官が手を上げるのを見て、慌てて止めようとする者が多数。


 だが、それよりも早く上層部への不満に目を怒らせたコウゾウが口を開く方が早かった。


「何かな? 葦原アシハラ中尉」

「はい。グラビトロン級の操縦者として意見具申したく思います」


「ほう? 若い意見も必要だろう。当事者である君の意見ならば、尚更だ。聞こうか」


「ありがとうございます。では、失礼して」


 立ち上がったモスグリーンの軍服に軍帽姿の彼女。

 葦原アシハラミズホ。


 現在、グラビトロン級を軍から預かる彼女はその控えめながらも華を思わせる美貌とその瞳に宿した明確なる強さを感じさせる光を周囲の上官達の眼光にも負けずに降り注がせる。


 濡れたような長い黒髪。


 純イヅモ的な顔立ちはこれでイヅモの民族衣装でも着ていれば、絵になる存在であろう。


 しかし、其処はお見合いやお茶やお花の現場ではない。

 純然たる軍会議。

 それも上級士官のみが入れる聖域なのだ。


 此処にいるというだけで年若く見える彼女がどれだけ優秀なものかは軍関係者ならば分かるだろう。


 無論、彼女を知っている全ての上官はこのお嬢さんに見えて実際若く、実際正義に燃え、実際現場で抜群の成績を叩き出す俊英に対して傾聴の姿勢を取った。


「端的に申し上げて、現在連邦軍全体における軍の資源管理的にイヅモへこれ以上のリソースを割く事は不可能であろうと推測します」


「ふむ……何か具体的な事実があるのか? 葦原中尉」


「はい。現在、連邦の各大陸の現地軍は実質的に次世代戦力の過渡期にあると推察され、小官が理解する限り、この戦略上の要衝ではあっても、最前線とは言い難い場所に純戦略級に位置付けられるグラビトロン級クラスの戦術ユニットが、それが量産機であっても……複数配備される事は無いと考えます」


「ふむ。次世代戦力……過渡期。その根拠は何だ?」


 冷静な矢車コウゾウというものを見た事が無い一般の人々にしてみれば、フォーチュンの部隊や警察に怒鳴り散らしている困ったお爺ちゃんがこうして自分より位の低い士官の言葉を聞いているところは想像出来ないだろう。


 だが、それこそが本来的には防衛軍において彼が司令と言われる所以だ。


 本当に堅実な将官というのは得てして、現場と会議室では本質が同じであるにも関わらず、このように違って見える事が多い。


 それは現場を知るからこそ、現場における激しさを体現する者であり、会議の場を知るからこそ、会議における冷静さを体現する者、という事なのである。


 どちらでも優秀だからこそ、司令の地位に堅実な戦績しか持たない男は君臨しているのだ。


「はい。現在、連邦軍の主力カバリエは加速度的に増加する大規模奈落災害や侵略者に対して火力不足であるというのはこの数年、様々な軍事分野の論文で語られる事であります。俗にディザスターの火力が足りないからだ、と軍事談義で言われるはそれこそ真であると小官は理解しています。実際にはディザスター級の火力があっても、もう追い付かないというのが適当でしょう。加速度的に進歩するアビテクや次第に強くなってきていると統計が出ている奈落獣、ガーディアン・ミーレス製造技術の進歩は従来のロールアウトされた兵器類を、ガーディアンそのものを含めて陳腐化させてきているのです」


「つまり、現在主力である兵器が新規兵器や敵性存在に対して時代遅れになっている、と」


「はい。これを連邦軍上層部は確実に問題視しているというのは将校の方々の論文からも明らかであり、従軍する技術者達の意見からも見て取れます。これへ早急に対処しようとしているのが実情であり、グラビトロン級の配備はその先駆け。旧来戦力の改造強化が限界に達しつつあるという声が一部のガーディアン製造に関連する企業内からこちらにも届いている以上、時間は然程ないでしょう。恐らくは数年。もしかしたら、2、3年の間に軍は何処も改革を迫られるかもしれません」


「続けたまえ……」


「これが意味するところは早急に連邦軍内に最新鋭の時期主力を配備し、前線において、その運用ノウハウを獲得しなければならない、という事です。このイヅモは確かに多くの勢力から狙われていますが、逆に言えば、この惑星の大半の場所では此処程に敵が多彩であったりはしません。連邦軍の対応している最前線におけるノウハウが必要なのであって、此処に来るような多種多様な相手と防衛線や遭遇戦を行うというのは戦術的にも戦略的にも次期主力のテストとしては相応しくないと考えている方は技術畑の方にもいらっしゃるでしょう。勿論、これは戦力が無くてもいいという事にはなりませんが、それを埋める為にこそ、私のグラン・グリーズはあります」


「つまり、貴官こそがイヅモの防衛軍における多種多用な進歩する敵性存在に対してのカウンターに成り得ると。そう、言うのだな?」


「はい!! そのように努力し、研鑽を積んでまいりました!! 実際、グラン・グリーズは戦術レベルの戦力としてはガーディアン中隊規模に匹敵し、ミーレスに対しては現在50機近くまでを同時に相手出来る機体であると技研からの評価報告も受け取っています。今後、機体習熟と共に新規改造、OS改良、新兵器搭載による底上げが図られれば、単一ユニットとしてはオーバーロード級を凌ぐ火力、防衛力、集団戦などの大規模衝突に対する有効打になるかと!!」


 モノをズケズケ言うというところは正しく彼の下で一時期働いていた彼女だからこそか。


「……ふ、ふふ……ガハハハハ、これは一本取られたわい!! だが、覚えておけ!! 軍はお前一人で戦争をしているわけではない!! 今日のところは引き下がろう!! 実に先見的な意見だった。ミズホ中尉!!」


 矢車の破顔に周囲がホッと胸を撫で下ろす。


「ハッ、出過ぎた事を申しました!! 申し訳ありません!! 今後ともご指導ご鞭撻の事、よろしくお願い致します!! 司令官殿!!」


 よくやったという顔の上官達の顔に少しだけ困ったような嬉しいような表情となった彼女はその後の会議では静かに現状把握に努めた。


 解散後、定時になったので基地から出ようとした彼女は不意に空を見上げて僅かに目を細める。


 イヅモ防衛軍において正式にスターゲイザーと定められた彼女にだからこそ分かる異変。


 いつも大きな事件がある時は必ずあった兆し。

 それを見逃さない直観が何か起こると告げていた。


「街に出てみよう……きっと、何かが……」


 彼女の整った相貌には僅かな緊張。


 そして、新たな事件を何とか未然に防がなければ、どうにかしなければ、という軍人というよりは……正義の味方のように真っ直ぐな瞳の輝きがあったのだった。

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